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第十七話「無言のペア作業、理解はデータの先に」
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十月一日、午前九時。相模湾沖。
灰色の雲が薄くかかるなか、学習船「しおかぜ丸」は穏やかな波の上を静かに進んでいた。
甲板には、潮風高校の生徒たちが乗り込み、サンプリング実習の準備に追われていた。
その中で、裕之と絢香は並んで装置の最終確認をしていた。
「プランクトンネット、フック完了。タイマー設定は……3分。海流、いけそう?」
「……3.2ノット。流される。タイマー、2分半に」
裕之の声は小さい。だが、正確だった。
絢香はうなずき、タイマーを調整した。手際にムダはない。
二人は、普段ほとんど会話を交わさない。
けれど、道具の渡し方、作業の順序、足場の位置確認――すべてが自然と噛み合っていた。
「3、2、1……投下!」
絢香の掛け声で、ネットが海中へ滑り込む。
その瞬間、甲板を打つ風がふっと強まった。絢香の帽子が飛ばされそうになる。
「……!」
裕之は反射的に片手でキャップのつばを押さえ、もう片手で計測器を支える。
「ありがとう……!」
「風、変わる。次、気をつけて」
彼の口調は変わらず淡々としている。
だが、その手には、確かな“気遣い”が宿っていた。
3分後。ネットを引き上げ、観測台に試料を広げる。
その手順も、無言のまま進んでいく。
「繊毛虫、多いね」
「今期、海水温、高い。塩分濃度、前より……0.4上がってる」
「この前の江の島調査と、傾向が一致してる……かも」
二人はしばらく、顕微鏡をのぞきこみながら、短く言葉を交わす。
やがて、記録を終えた絢香がぽつりとつぶやいた。
「……声、なくても、やれるんだね。こういうの」
「……うん。言葉、なくても、わかることある」
「でも、ちょっとだけ言っとく」
絢香が顔を上げる。
「裕之、今日の作業、すごく正確で、助かった。ありがとう」
彼は少しだけ目を見開いて、ほんの一秒、間を置いてから。
「……こっちも。安心、した。絢香の動き、無理がない。正しい」
絢香の表情が、静かにほころぶ。
「……今日は、ちょっとだけ“主役”だった気がする」
「脇役も、主役になる。場が、合ってれば」
その言葉に、絢香は吹き出しそうになった。
裕之がこんな“セリフっぽい”ことを言うとは思っていなかったからだ。
「今の、もう一回言ってもらっていい?」
「……やだ」
裕之はすっと背を向け、機器の片づけに戻った。
絢香はその背中を見つめながら、声を出さずに笑った。
その後ろ姿から、信頼と対等がしっかりと伝わってきたから。
灰色の雲が薄くかかるなか、学習船「しおかぜ丸」は穏やかな波の上を静かに進んでいた。
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「……3.2ノット。流される。タイマー、2分半に」
裕之の声は小さい。だが、正確だった。
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二人は、普段ほとんど会話を交わさない。
けれど、道具の渡し方、作業の順序、足場の位置確認――すべてが自然と噛み合っていた。
「3、2、1……投下!」
絢香の掛け声で、ネットが海中へ滑り込む。
その瞬間、甲板を打つ風がふっと強まった。絢香の帽子が飛ばされそうになる。
「……!」
裕之は反射的に片手でキャップのつばを押さえ、もう片手で計測器を支える。
「ありがとう……!」
「風、変わる。次、気をつけて」
彼の口調は変わらず淡々としている。
だが、その手には、確かな“気遣い”が宿っていた。
3分後。ネットを引き上げ、観測台に試料を広げる。
その手順も、無言のまま進んでいく。
「繊毛虫、多いね」
「今期、海水温、高い。塩分濃度、前より……0.4上がってる」
「この前の江の島調査と、傾向が一致してる……かも」
二人はしばらく、顕微鏡をのぞきこみながら、短く言葉を交わす。
やがて、記録を終えた絢香がぽつりとつぶやいた。
「……声、なくても、やれるんだね。こういうの」
「……うん。言葉、なくても、わかることある」
「でも、ちょっとだけ言っとく」
絢香が顔を上げる。
「裕之、今日の作業、すごく正確で、助かった。ありがとう」
彼は少しだけ目を見開いて、ほんの一秒、間を置いてから。
「……こっちも。安心、した。絢香の動き、無理がない。正しい」
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その言葉に、絢香は吹き出しそうになった。
裕之がこんな“セリフっぽい”ことを言うとは思っていなかったからだ。
「今の、もう一回言ってもらっていい?」
「……やだ」
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その後ろ姿から、信頼と対等がしっかりと伝わってきたから。
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