あの校庭の花は、全部知っている。

乾為天女

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第11章「旧理科準備室へ」

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「理科準備室って……こっちだっけ?」
 放課後、薄暗くなり始めた校舎の西棟――その2階、誰も使わなくなった旧理科棟の一角。
「うん、今は使われてないけど、“旧理科準備室”って札だけまだ残ってるらしい」
 拓毅の案内で、一行はいつものようにテンションのままズンズンと進んでいた。
「でもさ、理科準備室ってだけで怖くない?」
「なんか“実験中に消えた教師の魂が眠ってる”的な噂あるよね」
「それ中学のときの“旧視聴覚室”のコピペじゃない!?」
「いや、でも理科って何かと“異界との接点”多いよな。顕微鏡越しに別次元見えたとか、フラスコから精霊出たとか」
「そんな危険な理科授業うちの学校でやってたら問題だよ!!」
 そんな話をしているうちに、古びた鉄製の扉の前に到着した。
 扉にはまだ札が残っている。
『理科準備室(旧)』
「……こわ……」
「え、これ扉叩いたら“ドーン”って爆発音しない?」
「それは花火部の倉庫と間違えてる」
「花火部存在するのかよ!」
 しかし、そこに鍵はかかっていなかった。
 キィィィィ……
 まるで、ホラー演出を意識してるかのような音を立てて扉が開いた。
「うわっ、匂い……“古い薬品×湿気×謎の資料”みたいな……」
「理科室の記憶が鼻でよみがえる……」
 中は、雑然としていた。
 埃をかぶったビーカー、倒れかけた薬品棚、割れた試験管、そして何より――
「……PCある」
 部屋の奥、なぜかポツンと残された古いノートパソコン。
「あんな古そうなやつ、まだ動くの?」
「いやむしろ、あれが“まだ動いてる”から怖いんだよな……」
「じゃあ……押す?」
「押すなよ!押すなよ!って言ってから押せ!!」
「わかりました、押します」
 ボタンを押すと――
 ブウウウゥゥゥゥ……
 まさかの起動音。
「起動したぁぁぁぁぁ!!」
「フリーズ前提で見てたのに起動すんなよ!!」
「これが“理科室の呪いパワー”ってやつか……!」
 画面には、いくつかのフォルダ。
「“境界装置_試作記録”…?」
「なんだこの厨二病全開の名前……」
「いやでも、今の状況でそれ出てきたらもう“現実”だよ!」
 恐る恐る、哲哉がクリックする。
 フォルダ内には、複数のテキストファイルと、なんと動画データ。
 再生すると、古びた白黒映像。
 実験装置らしきものと、中央に置かれた――一輪の花。
「……これ、見覚えある」
「校庭の……あの花だ」
 映像の中で、複数の大人たちが何かを調整している。そして、花の周囲にうっすらと“光の膜”のようなものが現れると――
『……映っている。過去だ……』
「うおっ、音声入ってる!」
『これが“境界の窓”……記憶を写す花だとすれば、その記憶はこの空間に再構築されている……』
「誰?誰なのこのナレーション!?かっこいいけど怖いよ!」
『この装置を通して、“記憶の花”が人間の意識と接続される可能性がある……』
「え、じゃあ、マジで“意識と花”繋がってんの!?え、俺ら!?」
「じゃあ俺がYO言うたびに花にも届いてるの!?あんなにも!?!?」
「うん……それはちょっと申し訳ないかも」
 さらに表示された研究ログには、こう書かれていた。
『起動条件:花の記憶が一定量に達したとき、装置は“境界”を開く』
「境界……やっぱり、異世界行きのゲートだ……!」
「やばいよやばいよ、どんどん“フェスの出し物”どころじゃなくなってきてる!」
「もはやチュロス作ってる場合じゃない!!」
「でも、境界の向こうでチュロス売れるかもしれないじゃん!新市場だよ!」
「お前すぐ異世界ビジネス考えるな!!」
 一方、真剣にログを読んでいた拓毅がぽつりと言う。
「この装置の“起動キー”……“花の記憶を集めた者たちの想い”って書いてある」
「それ……つまり……」
「俺たち!?」
「選ばれた……?」
「また!?また選ばれた系!?1章に1回くらい選ばれてない!?多くない!?」
 哲哉が画面を見つめながら、低く呟く。
「“花の記憶”って……つまり、花の前で誰かが話したこと、それを全部集めて、装置が動くってことか?」
「じゃあ……俺たちが、今まで花の前で“ふざけたり”“悩んだり”“YOしたり”したこと、全部、記憶されてる……?」
「YOも!?記憶されてるのYOも!?」
「やばい、異世界で再生されたら恥ずか死ぬ!」
 それでも、全員が黙って、花のことを思った。
 今まで、あの花の前で過ごした日々。
 ただの偶然だったのかもしれない。
 でも――
「……準備が整ったら、俺たち、境界を開けるってことだよな」
「佐々木を、連れ戻すために」
「うん」
「よし……なら、フェスの準備と異世界装置の準備、同時進行だ!」
「忙しすぎる高校生か!!」
 笑いながら、全員がうなずいた。
 旧理科準備室――そこに眠っていた“過去の実験”が、いま、未来に向かって動き出した。

 旧理科準備室。
 未だホコリまみれの実験台の上には、“境界を開く装置”とされる謎の機械が鎮座していた。
「……これ、どう見ても“未来感”はゼロだよね」
「うん、なんか……炊飯器と扇風機の融合みたいな見た目してる」
「この辺のネジとか、絶対ホームセンターで売ってるやつだよ」
「それでも“異世界へのゲート”なんでしょ?ギャップで胸焼けしそうなんだけど」
 とはいえ、画面にははっきりと表示されていた。
『メモリー残量:83% 起動条件まであと少し』
「えっ、これ……“溜まった記憶のパーセンテージ”ってこと?」
「つまり、花が記憶を吸い取って、それが100%になったら――“ビーーッ!”って開くってこと?」
「異世界の入り口、まさかのカウント制!?」
「しかも今83%て!もうすぐじゃん!!どうしよ!?どうするの!?心の準備もパスポートもないよ!?」
「異世界、ビザ申請制かよ」
 そんな中、栄徳が感動気味にパネルをのぞき込みながら言った。
「……これ、やっぱ俺のYOが結構ポイント稼いだんじゃね?」
「違うよ!!絶対違うよ!!」
「“花に語りかけた想い”だぞ!?YOって“想い”扱いされてんの!?」
「だとしたら世界の感性、想像以上にフリーダムすぎるわ!」
 その時、画面が一瞬だけチカッと光った。
『記憶再生モードに移行します』
「えっ!?なになに!?再生って!?」
「再生ボタン押してないよ!?なんで急に“自動再生”してきたの!?」
 そして画面に現れたのは――
「……これ、俺たち……」
 確かに、校庭の花の前で会話している自分たちだった。
「うわっ、やば……これ完全に“過去ログ”じゃん……」
「見て、これ俺が“花は今日もYOってる”って言った時のやつだ……!再生されてる……!証拠が……!」
「証拠ってなに!?なんの罪!?花への侮辱罪!?」
 場面が切り替わるたび、花の前で交わされた言葉の断片が映し出されていく。
「“応援って、伝える気持ちなんだよね”」
「“花って、本当に誰かの記憶を見てるのかも”」
「“やば、チュロスもう一本食いたい”」
「それ要る!?」
「いやそれ“記憶”として選ばれたの!?花の基準謎すぎる!!」
 やがて画面が暗転し、最後にこう表示された。
『記憶容量、95%。
  最終記録を受け付け中。
  想いを込めて語りかけてください。』
「……これ、最後の“一言”が起動のキーになるんだ」
「じゃあ、どうする? 誰が言う?」
 しんと、部屋が静かになる。
 みんなが、あの花の前で、自分が何を思ったかを、考えていた。
「……俺、最初はただの“変な花”だと思ってた。ラップのネタくらいにしか」
「でも、あの花、俺のYOにもちゃんとリアクションしてくれてた……たぶん……ちょっとだけ、だけど……」
「それって、“耳を傾けてくれてた”ってことじゃん?俺、それだけで、もうなんか……いいなって」
「……YOってる割に、ちゃんと考えてたんだな……」
「YOの裏には、思いがあるんだよ……」
「うわ、めっちゃ名言っぽいけど台無しにしかならないのなんで!?」
 そのとき。
 菜緒が、そっと一歩前に出た。
「私、言う」
「えっ?」
「ずっと……花のこと、気になってたから」
 そう言って、菜緒は装置の前に立つ。
 花の前で話しかけていたときと、同じように。
「……あなたは、ずっと聞いてくれてたよね」
「誰にも見つけてもらえなかった記憶を、私たちに見せてくれた」
「……私、まだ、何もわかってないかもしれない」
「でも、それでも知りたい。“誰かの想い”が、どこへ行こうとしてたのか」
「佐々木が見た景色、私たちも、一緒に見せてほしい」
 そう語り終えた瞬間――
 ピッ……
『記憶率:100% 到達。装置起動準備完了。』
「えっ!?マジで!?今ので!?いけたの!?詩的発言有効だったの!?」
「すごい……詩人って異世界解錠に有利なんだな……」
「チュロスの在庫どうする!?異世界持ち込む!?防腐剤足りる!?」
「そこじゃないでしょ!?今ここ歴史の分岐点!!」
「やばい、これもう完全に“境界、開きます”って流れじゃん!!」
 装置の中央が、じわりと光り出す。
 そして――
 ゴゴゴゴゴ……
「うわっ!震えた!いま地面震えた!!」
「音!音もしてる!!炊飯器のくせに起動音壮大すぎ!!」
「異世界門なのに“ピーッ!ご飯が炊けました!”って言わないで!!」
 けたたましい轟音と共に、装置の上部から立ちのぼる光の柱。
 その光は、まっすぐに天井を突き抜け――
 次の瞬間、全員の視界が、白に包まれた。

 “ようこそ。想いの中へ”
 声がした。
 空間が、変わっていた。
 目の前には、あの花。
 でも、それは――巨大だった。
 空も、地面も、何もない白い空間の中に、ぽつんと咲いていた。
 そして、その前に――
「……佐々木!」
 彼女が、そこにいた。
 ふり返った佐々木は、少し笑って言った。
「来てくれたんだ。ありがとう」
 次章――境界の向こう側、“記憶の中の世界”へ。
【章終】

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