大都市RPG 〜失われた輝きを取り戻せ〜

乾為天女

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第二十八章「本庄市 〜すずらんの心と灯りの舞〜」

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 風が静かだった。本庄児玉のすずらんロードを、誰もが下を向いて歩いていた。初夏のはずだったが、白く可憐なはずのすずらんの花は全て、うなだれるように茎を垂らし、葉も青さを失っていた。通りを彩るはずのすずらん灯も灯らず、祭りの準備はどこか虚ろに続けられていた。
「これ……まじでヤバいって」
 健太はポケットに手を突っ込み、うつむいた花の列を見つめた。道沿いの看板には「本庄春のすずらん祭」と書かれた手書きのポスターが貼られていたが、誰もそこに目を留める者はいなかった。
「“すずらんの心”が奪われたって話、本当だったのね」
 隣で静かに歩いていた希が、ふと立ち止まってつぶやいた。彼女の目には、うなだれた花だけでなく、それを飾るために奔走していた市民たちの姿が焼きついていた。彼女は小学生の頃からこの祭りに関わってきた。山車を押したこともある。甘酒を配ったこともある。それら全てが、今、どこかに穴が開いたように感じられて仕方がなかった。
「すずらんって、祈りを受けるんだよ。花言葉が“再び幸せが訪れる”って、知ってる?」
「……知ってる」
 健太は小さく答えた。彼にとっても、すずらんは特別な花だった。祖母が大切にしていた。家の庭にひっそりと植えられていた白い花を、彼は何度も見上げていた。病床の祖母が、最後に言った言葉も「すずらんの音を、また聞きたい」だった。
「岳から連絡があった。羊羹屋の蔵の奥に、神社に奉納された古い写本があるらしい」
「本庄八幡神社の?」
「そう。“花言葉の詩句”が刻まれたやつ。多分、それが“すずらんの心”に通じる道になる」
「……じゃあ、行こう」
 希は歩き出す。すずらんの下を通り抜ける風が、ほんのわずかに揺れた。音のしない小さな揺れだったが、彼女の心にだけ、確かに“何かが応えた”気がした。

 すずらんロードを抜け、健太と希は赤レンガの外壁が印象的な老舗の羊羹屋にたどり着いた。ここは健太の幼馴染、岳が代々受け継ぐ本庄羊羹の店であり、商家としての歴史も長い。扉を開けると、ほんのりと甘い香りと、煤けた木の香りが混ざり合った独特の空気が迎えてくれた。
「よく来たな」
 奥から顔を出した岳は、無表情ではあったが、どこか安心したように頷いた。その手には、木製の引き出しから取り出されたばかりの和紙の束があった。
「これが……本庄八幡神社に奉納されていた“花守りの詩句”の写しだ。うちのじいちゃんが書き写して保管してた」
「今までは祭りのたびに舞台裏で朗読してたよね。でも、あたしたち……ちゃんと意味を考えたこと、なかったかも」
 希が紙束を受け取り、一枚一枚丁寧に目を通していく。書かれていたのは、優雅な筆致による短い詩句だった。
「“花は祈りて 空を仰ぎ
  白き鈴鳴り 心へと響く
  舞いて歌えば 神の灯が降る”……」
 健太はその旋律を、声に出して詠む。すると、部屋の空気が一瞬変わった気がした。窓の外ですずらんの花が、かすかに揺れる。
「すずらんが……応えた?」
 岳がそっと呟く。
「この詩句には、“花を起こす調べ”が込められてる。つまり、“灯りの舞”はこの詩を音楽に乗せて舞う儀式だったんだ。だから、舞が止まると、すずらんの花も眠ったままになってしまう」
「じゃあ……音と舞を合わせて、この詩句を舞いにする必要があるってことか」
「うん。そのためには、音頭を復元しなきゃならない。麻友に連絡してある。祭典会場で“すずらん音頭”の本来の舞を練習してるって」
「じゃあ行こう。……あたしたちで“花の音”を、起こさなきゃ」
 希の瞳には、静かな炎が灯っていた。彼女の中にある“誰かに頼られることへの喜び”と“自分の目標に向かって進む意志”が、この瞬間ひとつになっていた。

 本庄文化会館前の広場にたどり着くと、そこはすでに祭の準備で活気づき始めていた……と言いたいところだったが、会場の雰囲気はやはりどこか冷めていた。ランタンが灯らず、太鼓の音もなく、人々は気まずそうに黙って屋台の準備をしている。
 その中心に、麻友がいた。白と緑の浴衣に身を包み、すずらん柄の扇子を手に、真剣な面持ちで舞の型をひとつひとつ確認していた。
「麻友!」
 希が駆け寄ると、麻友は振り返り、嬉しそうに小さく手を振った。
「来てくれてよかった。……いま、“花守りの舞”をやってるんだけど、リズムの“芯”が見つからなくて」
「芯?」
「そう。“すずらん音頭”ってね、表面的なメロディよりも、“舞う理由”が重要なの。“誰かのために願う心”がないと、音に神が宿らないの」
 健太が、詩句の写しを取り出す。
「これが、八幡神社の花守りの詩句。これを旋律に乗せて、舞に組み込めば、“心”に届くはずなんだ」
 麻友は紙を受け取り、すぐにその節を口に出して歌い始めた。声はまっすぐで柔らかく、まるですずらんの鈴の音のようだった。彼女の動きに合わせて、風がゆるやかに舞い、会場のすずらんの灯籠が、ほんの一瞬だけ、ぽっと淡く光った。
「……今の、光ったよね?」
「うん。やっぱり“心”は、まだ近くにいる。あとは“花の精”――“スズラン・カムイ”に届くように、きちんと祈りながら舞う必要がある」
「舞の最終決戦は……赤レンガ倉庫前だね。夜になったら、ランタンの灯りとすずらん音頭を合わせて、“花言葉の詩句”を舞う。それが“心”を戻す儀式になる」
 岳が荷台から舞扇を取り出し、健太の手に渡した。
「お前がやるんだ。これ、ばあちゃんが言ってた。“すずらんの音”は、心を伝える声にしか応えないって」
 健太は扇を見つめる。その白い紙地には、すずらんの刺繍が細やかに施されていた。
「……やってみるよ。俺、自分を信じてみる。誰かに何かを託されたの、久しぶりだから」
 その言葉に、希がそっと微笑んだ。



 夕刻が近づくにつれ、本庄の町は静かな緊張感に包まれていった。文化会館前の広場では、ランタンの準備が着々と進められていたが、その灯りは未だともる気配を見せなかった。まるですずらんの花たちが、灯りの火種を失ってしまったように、どこか所在なさげに風に揺れている。
 健太は赤レンガ倉庫の前に立っていた。手には白と銀で彩られた舞扇、胸には羊羹屋の蔵で見つけた“花言葉の詩句”が刻まれた写本の一節を抱えていた。夜になるにつれ、人々は静かに集まりはじめていた。誰もが無言で、しかし期待を込めて、広場を見守っていた。
「健太……本当に、やれる?」
 希が声をかけてくる。その瞳は、どこかで「できる」と信じている色を宿していた。
「わからねぇ。でも……俺、今なら誰かの願いを受け取ることができる気がする。ばあちゃんが残したすずらんの庭も、この町の灯りも。全部、つながってるんだって思うから」
 麻友がそっと音頭の節を紡ぎはじめる。太鼓の音はない。鈴のように透き通る声だけが、空間を震わせていく。
「花は祈りて 空を仰ぎ
  白き鈴鳴り 心へと響く……」
 健太が扇を開いた。すずらんの刺繍が月明かりに浮かび上がる。舞の始まりだ。
 彼は一歩、また一歩と、舞いの形を描いていく。型に縛られるのではなく、花の音に従うように、心の声が手と足を導く。
 広場の四隅に置かれたすずらん灯が、ふいにひとつ、ぽっと光った。
「灯った……!」
 観客の誰かが小さく呟いたのを皮切りに、次々と灯りがともっていく。音頭の節が高まり、麻友の唄に合わせて、希が手拍子を打ち始めた。
「がんばれ、健太!」
 その声に呼応するかのように、最後の舞が描かれた瞬間、空から淡い光の粒が降ってきた。それはすずらんの花弁のような形をしていて、広場全体を柔らかく包み込む。
 風が吹いた。それは確かに“音を持った風”だった。白い花弁が宙を舞い、赤レンガ倉庫の屋根を越えて月に向かって登っていく。その中心に、一輪のすずらんの花が浮かんでいた。
「……スズラン・カムイ」
 健太が声に出したとき、その花はふわりと彼の手のひらに落ちてきた。触れた瞬間、それは小さな透明の結晶へと姿を変えた。
 結晶の内部には、すずらんの花言葉――“再び幸せが訪れる”という文字が淡く揺れていた。
「これは……」
「“すずらんの心”が……戻ったんだ」
 希がそっと健太の隣に立ち、静かに微笑んだ。
 麻友が最後の音を唄い終えると、町全体に鐘の音が響いた。祭りの始まりを告げるその音が、すずらんの道を越え、文化会館前に集まった人々の心をゆっくりとほどいていく。
「灯りが……あたたかい」
「ああ。これが、本庄の夜だ」
 空を見上げれば、すずらんの花を象ったランタンの灯が、星空のように揺れていた。
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