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第4話_策略家裕哉の誘い
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夜明けの闇市──それは王都西門のさらに裏手、水路に沿って建てられた傾いた露店群と、屋根もない劇場跡の廃墟の集まりだった。
そこには奇妙な活気があった。公式には“存在しない”市場であるはずなのに、今日も早朝から雑多な人々が、許されぬ交易と秘密の交渉に集っていた。
巧たちは、人の目を避けるようにその雑踏を抜け、劇場跡の裏手にある古びた扉の前に立った。
「……この先にいるのが、例の“策士”か」
勇が念を押すように問う。巧はうなずいた。
「裕哉。昔の知り合いだ。……孤児院の頃のな」
「へえ、あんたにもそんな時代が?」
すずがひょいと口を挟んだが、すぐに真顔になった。
「けど、どういう男なの? 信用できるの?」
「……人の顔色を読む天才だ。敵に回すと面倒だが、味方にすれば頼れる」
巧がノックを三度打つと、奥からゆっくりと錠が外れる音がした。
現れたのは、演劇の道化装束を身に着けた青年。整った顔立ちに無精髭、そしてどこか抜けたような笑み。
「やあやあ、これはこれは。話題の“勘当王子様ご一行”じゃないか」
「……最初から情報が回ってるってわけね。さすがね」
すずが呆れたように言うと、裕哉は肩をすくめてみせた。
「闇市の風の速さを舐めちゃ困る。ここじゃくしゃみ一つで価値が動くのさ」
彼は手招きし、廃劇場の控室のような小部屋に彼らを招いた。
「さて──話を聞いたよ、巧。あんたが来たってことは、面白い企みがあるんだろ?」
「俺たちは今、王宮情報院から追われてる。勇は王子だとバレてるし、紗織は冤罪から逃れたばかり。そして今は……身を隠しながら、動ける場所を探してる」
「それで、俺に何を?」
裕哉はカップを傾けながら訊く。
「隠れ家の手配か? 偽名か? それとも──戦うための情報か?」
「全部だ」
巧が一言で答えた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
ふざけた仮面のような裕哉の笑顔が、ほんの一瞬、真顔へと変わる。
「……なるほど。お前が本気で言ってるとわかってたら、最初から茶化したりしなかったさ。……で、聞こう。どうしてそこまで動く? お前はもう“追放された”んだろ?」
その問いに、巧はわずかに目を細めて答えた。
「……捨てられた理由が、間違ってたからだ。そうとわかって黙ってたら、俺は“自分を裏切る”ことになる」
裕哉はしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを戻し、椅子の背に深くもたれた。
「……まったく、面倒な奴だ。昔と変わらないな」
そして、皆に向き直った。
「よし、協力しよう。ただし、俺からも一つ条件がある」
「条件?」
「この一行の“参謀役”を俺にやらせろ」
突拍子もない提案に、一同は面食らった。すずが最初に反応する。
「えーっと……なんで、わざわざそんなことを?」
「いいかい。王子、令嬢、剣士に吟遊詩人──見栄えはいいが、作戦を組む奴がいない。美しさと強さだけじゃ、世の中は動かせない」
「……つまり、あんたは“頭脳”って役割を買って出るってこと?」
紗織が警戒しつつ尋ねると、裕哉は真剣な顔で頷いた。
「策を張るのが俺の生き方さ。光の中じゃ生きられない。だが、影から支えることなら、何度でも引き受けてやる」
その言葉に、勇が立ち上がった。
「……ぜひ、力を貸してほしい。俺はまだ、知恵で戦う方法を知らないから」
「おっ、いいね。素直な王子様ってのも悪くない」
裕哉が片目をつむって見せる。
「とりあえず、まずは一時的に身を隠せる“南辺境の村”を手配する。あそこなら王都の目も届きにくいし、いざとなったら海路にも逃げられる」
「……準備には?」
「三日くれ。その間に変装用の衣装と移動手段、それに身分証も用意する。ああ、それと“旅の劇団”って設定にしとこう。演劇の巡業なら、どこでも通る口実になる」
「ずいぶん手慣れてるのね」
「伊達にスパイ劇を書いてるわけじゃないさ」
裕哉はにやりと笑いながら、仲間に加わった。
こうして、追放された者たちに、影の策士が加わった。
計略の幕は、ここから本格的に上がる。
その日の午後、廃劇場の舞台裏では、奇妙な光景が広がっていた。
裕哉が持ち込んだ化粧道具と衣装一式に囲まれながら、すずがため息をつく。
「……本気で旅芸人に化けるのね、私たち」
「それが最も警戒されにくく、かつ目立たず移動できる手段だよ。君たちが貴族の旅装をしてたら、辺境では目立つだけさ」
裕哉は鏡の前で自分の顔に演劇用の化粧を施しながら、手慣れた口調で説明した。
すずは小道具のリストを整理しながら、ふと疑問を口にする。
「でも……裕哉、あんた昔、情報院で相当な地位にいたんじゃないの? どうして今、こんな裏方まがいなことしてるのよ?」
その問いに、裕哉の手が一瞬止まった。
「……俺は、命令に従ってある村の調査をしてた。けど、上から“必要なら切り捨てろ”って命令が来た。……それで全部嫌になった」
彼の声は淡々としていたが、どこか深く凍ったものを感じさせた。
「正義も忠誠も、あの組織にはなかった。ただ、便利に動ける奴隷が欲しかっただけだ。だから俺は、仮面をかぶって逃げた。“劇団員”って肩書きの方が、よほど人間らしい」
「それでも、戻ってきたのね」
勇が静かに言った。
「腐った体制を、許せなかったからだろ?」
裕哉は笑わなかった。ただ、その目だけがわずかに優しく揺れた。
「……正直、最初はただ巧に借りを返すつもりだった。でも、今は違う」
彼は一同を見渡し、真っ直ぐに言葉を続けた。
「勇、紗織、すず、巧──お前たちが本気で“何かを変えようとしてる”ってわかったから、俺も乗ることにした。……裏で支えるくらいしかできないけどな」
「支える者がいなきゃ、前には進めないよ」
すずがさらりと返す。
そのとき、倉庫の奥で物音がした。巧が即座に剣に手をかける。
扉の影から顔を出したのは、煤けた旅装の少年だった──いや、小柄な少女だ。
十歳ほどの小さなその子は、分厚いゴーグルと古びた皮ベストを身につけ、腰には何本もの工具と試験管を提げていた。
「……あら?」
すずがきょとんとする。
「なんだい、このおませさんは?」
少女は堂々と前へ進み、簡潔に言った。
「そこの裕哉。あんたの“古い連絡符”がまだ動作してたから来ただけ。まさか、王子や冒険者のアジトになってるとは思わなかったけど」
「……ああ、君か。久しぶりだな、友子」
裕哉が笑みを浮かべた。
少女──友子は、王立魔導学院を最年少で卒業した“錬金術の神童”と呼ばれた元研究員。だが、軍事利用の強制に反発し、自ら失踪した曰く付きの存在だった。
「……このメンツ、どう考えても国家反逆寸前ね」
「そうでもない。国家“再構築”チームと言ってくれ」
裕哉が軽口を叩くと、友子は鼻で笑った。
「いいわ、退屈してたし。私も混ぜて。逃げてばかりじゃ飽きるもの」
まさかの申し出に、すずがぽかんと口を開けた。
「え、今のって、参加表明? 天才幼女が加入って……何なのこの旅団」
紗織がくすりと笑う。
「まあ、これで賢者枠も埋まりましたわね。いよいよ物語らしくなってきたということでしょう」
勇は苦笑を浮かべながら、しっかりと友子に向き直る。
「改めて、歓迎する。僕らと一緒に歩いてくれるなら」
「条件が一つあるわ」
友子はまっすぐ巧を見た。
「“感情抜きの指示”はやめて。私は命令されるのが嫌い。共に考える仲間としてなら、協力する」
その目は、子供とは思えぬほど澄んでいて強かった。
巧は少し目を伏せ、そして──短くうなずいた。
「……了解した。共に動こう、友子」
こうして、かつての神童、天才幼女・友子が加わった。
放浪の策略家、追放の剣士、勘当の王子、冤罪の令嬢、口達者な吟遊詩人。
そして──孤高の錬金術師。
六人の旅団は、ついに旅立ちの準備を整えようとしていた。
その夜、廃劇場の地下室にて、最後の準備が進められていた。
友子は持参した錬金器具一式を床に広げ、精密な仕掛けを組み立てていた。液体魔力の回路管、結晶化した触媒、水晶チップの列──まるで子供が積み木で遊ぶような手つきだったが、工程は完璧に計算されていた。
「このリキッド回路装置を馬車に設置すれば、魔導探知を一時的に無効化できるわ。おかげで王都の監視網を通過する手はずは整った」
「……まさか、数時間でこんなものを」
勇があっけにとられて言うと、友子は工具を片づけながら淡々と答えた。
「天才ってそういうものよ。退屈してた分、脳のほうがうずうずしてたの」
「わかるようで、まったくわからない……」
すずがリュートの弦を張り直しながら苦笑する。
「でも、これで王都から出られるのね?」
「ああ。馬車は明日の未明に出す。外見は商人団体、荷は劇団用具と偽装書類。紗織の旧家の知人に仕立ててもらった“外遊認可証”も揃ってる」
裕哉が帳簿をぱらぱらとめくりながら言う。
「行き先は“南辺境”でいいんだな?」
「ああ。勇を追う連中の動きも分散できる。辺境なら少しは身動きがとりやすい」
巧がうなずくと、全員が自然と頷き返した。
しばしの沈黙ののち、すずが立ち上がり、古びた舞台の上に立った。
「それじゃあ、本番の前に、前夜祭といきましょうか!」
リュートが軽やかな音を立てる。すずの歌声が闇市の天井へと響いた。
♪──
「追われし者は捨てられず
捨てられし者は還らず
ただ一つ、選んだ道を歩む
道化と王と、魔導と剣と、
歌と知恵が交わる場所に、
真実は生まれる──」
──♪
その旋律に、皆が耳を傾けていた。
巧は静かに目を閉じた。もう戻る道はない。だが──後悔もない。
勇は拳を握る。まだ王としての資格は持たないが、この命を賭ける理由はある。
紗織は胸元のブローチをそっと握り締める。それは没落前に家族から贈られた最後の宝物だった。
友子は言葉もなく、ただ舞台の下で光る回路装置を見つめ、ひとつだけ息をついた。
裕哉は、全員の顔を一つひとつ見渡し、ゆっくりと帽子を目深にかぶり直す。
「じゃあ、劇団〈暁の旅人〉の初公演だ。舞台は“王国の運命”──観客はまだ気づいていないが、すでに幕は上がっている」
明け方。馬車の車輪が静かに石畳を転がり始めた。
追放された者たち。勘当された王子。冤罪の令嬢。放浪の策士。天才幼女。そして、口達者な吟遊詩人。
六人の一行は、薄明の街を抜け、やがて見えなくなる。
この日から、彼らの“物語”はただの逃亡ではなく、王国の枠組みすら変えていく大きな旅へと繋がっていく。
そこには奇妙な活気があった。公式には“存在しない”市場であるはずなのに、今日も早朝から雑多な人々が、許されぬ交易と秘密の交渉に集っていた。
巧たちは、人の目を避けるようにその雑踏を抜け、劇場跡の裏手にある古びた扉の前に立った。
「……この先にいるのが、例の“策士”か」
勇が念を押すように問う。巧はうなずいた。
「裕哉。昔の知り合いだ。……孤児院の頃のな」
「へえ、あんたにもそんな時代が?」
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「けど、どういう男なの? 信用できるの?」
「……人の顔色を読む天才だ。敵に回すと面倒だが、味方にすれば頼れる」
巧がノックを三度打つと、奥からゆっくりと錠が外れる音がした。
現れたのは、演劇の道化装束を身に着けた青年。整った顔立ちに無精髭、そしてどこか抜けたような笑み。
「やあやあ、これはこれは。話題の“勘当王子様ご一行”じゃないか」
「……最初から情報が回ってるってわけね。さすがね」
すずが呆れたように言うと、裕哉は肩をすくめてみせた。
「闇市の風の速さを舐めちゃ困る。ここじゃくしゃみ一つで価値が動くのさ」
彼は手招きし、廃劇場の控室のような小部屋に彼らを招いた。
「さて──話を聞いたよ、巧。あんたが来たってことは、面白い企みがあるんだろ?」
「俺たちは今、王宮情報院から追われてる。勇は王子だとバレてるし、紗織は冤罪から逃れたばかり。そして今は……身を隠しながら、動ける場所を探してる」
「それで、俺に何を?」
裕哉はカップを傾けながら訊く。
「隠れ家の手配か? 偽名か? それとも──戦うための情報か?」
「全部だ」
巧が一言で答えた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
ふざけた仮面のような裕哉の笑顔が、ほんの一瞬、真顔へと変わる。
「……なるほど。お前が本気で言ってるとわかってたら、最初から茶化したりしなかったさ。……で、聞こう。どうしてそこまで動く? お前はもう“追放された”んだろ?」
その問いに、巧はわずかに目を細めて答えた。
「……捨てられた理由が、間違ってたからだ。そうとわかって黙ってたら、俺は“自分を裏切る”ことになる」
裕哉はしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを戻し、椅子の背に深くもたれた。
「……まったく、面倒な奴だ。昔と変わらないな」
そして、皆に向き直った。
「よし、協力しよう。ただし、俺からも一つ条件がある」
「条件?」
「この一行の“参謀役”を俺にやらせろ」
突拍子もない提案に、一同は面食らった。すずが最初に反応する。
「えーっと……なんで、わざわざそんなことを?」
「いいかい。王子、令嬢、剣士に吟遊詩人──見栄えはいいが、作戦を組む奴がいない。美しさと強さだけじゃ、世の中は動かせない」
「……つまり、あんたは“頭脳”って役割を買って出るってこと?」
紗織が警戒しつつ尋ねると、裕哉は真剣な顔で頷いた。
「策を張るのが俺の生き方さ。光の中じゃ生きられない。だが、影から支えることなら、何度でも引き受けてやる」
その言葉に、勇が立ち上がった。
「……ぜひ、力を貸してほしい。俺はまだ、知恵で戦う方法を知らないから」
「おっ、いいね。素直な王子様ってのも悪くない」
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「とりあえず、まずは一時的に身を隠せる“南辺境の村”を手配する。あそこなら王都の目も届きにくいし、いざとなったら海路にも逃げられる」
「……準備には?」
「三日くれ。その間に変装用の衣装と移動手段、それに身分証も用意する。ああ、それと“旅の劇団”って設定にしとこう。演劇の巡業なら、どこでも通る口実になる」
「ずいぶん手慣れてるのね」
「伊達にスパイ劇を書いてるわけじゃないさ」
裕哉はにやりと笑いながら、仲間に加わった。
こうして、追放された者たちに、影の策士が加わった。
計略の幕は、ここから本格的に上がる。
その日の午後、廃劇場の舞台裏では、奇妙な光景が広がっていた。
裕哉が持ち込んだ化粧道具と衣装一式に囲まれながら、すずがため息をつく。
「……本気で旅芸人に化けるのね、私たち」
「それが最も警戒されにくく、かつ目立たず移動できる手段だよ。君たちが貴族の旅装をしてたら、辺境では目立つだけさ」
裕哉は鏡の前で自分の顔に演劇用の化粧を施しながら、手慣れた口調で説明した。
すずは小道具のリストを整理しながら、ふと疑問を口にする。
「でも……裕哉、あんた昔、情報院で相当な地位にいたんじゃないの? どうして今、こんな裏方まがいなことしてるのよ?」
その問いに、裕哉の手が一瞬止まった。
「……俺は、命令に従ってある村の調査をしてた。けど、上から“必要なら切り捨てろ”って命令が来た。……それで全部嫌になった」
彼の声は淡々としていたが、どこか深く凍ったものを感じさせた。
「正義も忠誠も、あの組織にはなかった。ただ、便利に動ける奴隷が欲しかっただけだ。だから俺は、仮面をかぶって逃げた。“劇団員”って肩書きの方が、よほど人間らしい」
「それでも、戻ってきたのね」
勇が静かに言った。
「腐った体制を、許せなかったからだろ?」
裕哉は笑わなかった。ただ、その目だけがわずかに優しく揺れた。
「……正直、最初はただ巧に借りを返すつもりだった。でも、今は違う」
彼は一同を見渡し、真っ直ぐに言葉を続けた。
「勇、紗織、すず、巧──お前たちが本気で“何かを変えようとしてる”ってわかったから、俺も乗ることにした。……裏で支えるくらいしかできないけどな」
「支える者がいなきゃ、前には進めないよ」
すずがさらりと返す。
そのとき、倉庫の奥で物音がした。巧が即座に剣に手をかける。
扉の影から顔を出したのは、煤けた旅装の少年だった──いや、小柄な少女だ。
十歳ほどの小さなその子は、分厚いゴーグルと古びた皮ベストを身につけ、腰には何本もの工具と試験管を提げていた。
「……あら?」
すずがきょとんとする。
「なんだい、このおませさんは?」
少女は堂々と前へ進み、簡潔に言った。
「そこの裕哉。あんたの“古い連絡符”がまだ動作してたから来ただけ。まさか、王子や冒険者のアジトになってるとは思わなかったけど」
「……ああ、君か。久しぶりだな、友子」
裕哉が笑みを浮かべた。
少女──友子は、王立魔導学院を最年少で卒業した“錬金術の神童”と呼ばれた元研究員。だが、軍事利用の強制に反発し、自ら失踪した曰く付きの存在だった。
「……このメンツ、どう考えても国家反逆寸前ね」
「そうでもない。国家“再構築”チームと言ってくれ」
裕哉が軽口を叩くと、友子は鼻で笑った。
「いいわ、退屈してたし。私も混ぜて。逃げてばかりじゃ飽きるもの」
まさかの申し出に、すずがぽかんと口を開けた。
「え、今のって、参加表明? 天才幼女が加入って……何なのこの旅団」
紗織がくすりと笑う。
「まあ、これで賢者枠も埋まりましたわね。いよいよ物語らしくなってきたということでしょう」
勇は苦笑を浮かべながら、しっかりと友子に向き直る。
「改めて、歓迎する。僕らと一緒に歩いてくれるなら」
「条件が一つあるわ」
友子はまっすぐ巧を見た。
「“感情抜きの指示”はやめて。私は命令されるのが嫌い。共に考える仲間としてなら、協力する」
その目は、子供とは思えぬほど澄んでいて強かった。
巧は少し目を伏せ、そして──短くうなずいた。
「……了解した。共に動こう、友子」
こうして、かつての神童、天才幼女・友子が加わった。
放浪の策略家、追放の剣士、勘当の王子、冤罪の令嬢、口達者な吟遊詩人。
そして──孤高の錬金術師。
六人の旅団は、ついに旅立ちの準備を整えようとしていた。
その夜、廃劇場の地下室にて、最後の準備が進められていた。
友子は持参した錬金器具一式を床に広げ、精密な仕掛けを組み立てていた。液体魔力の回路管、結晶化した触媒、水晶チップの列──まるで子供が積み木で遊ぶような手つきだったが、工程は完璧に計算されていた。
「このリキッド回路装置を馬車に設置すれば、魔導探知を一時的に無効化できるわ。おかげで王都の監視網を通過する手はずは整った」
「……まさか、数時間でこんなものを」
勇があっけにとられて言うと、友子は工具を片づけながら淡々と答えた。
「天才ってそういうものよ。退屈してた分、脳のほうがうずうずしてたの」
「わかるようで、まったくわからない……」
すずがリュートの弦を張り直しながら苦笑する。
「でも、これで王都から出られるのね?」
「ああ。馬車は明日の未明に出す。外見は商人団体、荷は劇団用具と偽装書類。紗織の旧家の知人に仕立ててもらった“外遊認可証”も揃ってる」
裕哉が帳簿をぱらぱらとめくりながら言う。
「行き先は“南辺境”でいいんだな?」
「ああ。勇を追う連中の動きも分散できる。辺境なら少しは身動きがとりやすい」
巧がうなずくと、全員が自然と頷き返した。
しばしの沈黙ののち、すずが立ち上がり、古びた舞台の上に立った。
「それじゃあ、本番の前に、前夜祭といきましょうか!」
リュートが軽やかな音を立てる。すずの歌声が闇市の天井へと響いた。
♪──
「追われし者は捨てられず
捨てられし者は還らず
ただ一つ、選んだ道を歩む
道化と王と、魔導と剣と、
歌と知恵が交わる場所に、
真実は生まれる──」
──♪
その旋律に、皆が耳を傾けていた。
巧は静かに目を閉じた。もう戻る道はない。だが──後悔もない。
勇は拳を握る。まだ王としての資格は持たないが、この命を賭ける理由はある。
紗織は胸元のブローチをそっと握り締める。それは没落前に家族から贈られた最後の宝物だった。
友子は言葉もなく、ただ舞台の下で光る回路装置を見つめ、ひとつだけ息をついた。
裕哉は、全員の顔を一つひとつ見渡し、ゆっくりと帽子を目深にかぶり直す。
「じゃあ、劇団〈暁の旅人〉の初公演だ。舞台は“王国の運命”──観客はまだ気づいていないが、すでに幕は上がっている」
明け方。馬車の車輪が静かに石畳を転がり始めた。
追放された者たち。勘当された王子。冤罪の令嬢。放浪の策士。天才幼女。そして、口達者な吟遊詩人。
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