4 / 39
第4話_策略家裕哉の誘い
しおりを挟む
夜明けの闇市──それは王都西門のさらに裏手、水路に沿って建てられた傾いた露店群と、屋根もない劇場跡の廃墟の集まりだった。
そこには奇妙な活気があった。公式には“存在しない”市場であるはずなのに、今日も早朝から雑多な人々が、許されぬ交易と秘密の交渉に集っていた。
巧たちは、人の目を避けるようにその雑踏を抜け、劇場跡の裏手にある古びた扉の前に立った。
「……この先にいるのが、例の“策士”か」
勇が念を押すように問う。巧はうなずいた。
「裕哉。昔の知り合いだ。……孤児院の頃のな」
「へえ、あんたにもそんな時代が?」
すずがひょいと口を挟んだが、すぐに真顔になった。
「けど、どういう男なの? 信用できるの?」
「……人の顔色を読む天才だ。敵に回すと面倒だが、味方にすれば頼れる」
巧がノックを三度打つと、奥からゆっくりと錠が外れる音がした。
現れたのは、演劇の道化装束を身に着けた青年。整った顔立ちに無精髭、そしてどこか抜けたような笑み。
「やあやあ、これはこれは。話題の“勘当王子様ご一行”じゃないか」
「……最初から情報が回ってるってわけね。さすがね」
すずが呆れたように言うと、裕哉は肩をすくめてみせた。
「闇市の風の速さを舐めちゃ困る。ここじゃくしゃみ一つで価値が動くのさ」
彼は手招きし、廃劇場の控室のような小部屋に彼らを招いた。
「さて──話を聞いたよ、巧。あんたが来たってことは、面白い企みがあるんだろ?」
「俺たちは今、王宮情報院から追われてる。勇は王子だとバレてるし、紗織は冤罪から逃れたばかり。そして今は……身を隠しながら、動ける場所を探してる」
「それで、俺に何を?」
裕哉はカップを傾けながら訊く。
「隠れ家の手配か? 偽名か? それとも──戦うための情報か?」
「全部だ」
巧が一言で答えた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
ふざけた仮面のような裕哉の笑顔が、ほんの一瞬、真顔へと変わる。
「……なるほど。お前が本気で言ってるとわかってたら、最初から茶化したりしなかったさ。……で、聞こう。どうしてそこまで動く? お前はもう“追放された”んだろ?」
その問いに、巧はわずかに目を細めて答えた。
「……捨てられた理由が、間違ってたからだ。そうとわかって黙ってたら、俺は“自分を裏切る”ことになる」
裕哉はしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを戻し、椅子の背に深くもたれた。
「……まったく、面倒な奴だ。昔と変わらないな」
そして、皆に向き直った。
「よし、協力しよう。ただし、俺からも一つ条件がある」
「条件?」
「この一行の“参謀役”を俺にやらせろ」
突拍子もない提案に、一同は面食らった。すずが最初に反応する。
「えーっと……なんで、わざわざそんなことを?」
「いいかい。王子、令嬢、剣士に吟遊詩人──見栄えはいいが、作戦を組む奴がいない。美しさと強さだけじゃ、世の中は動かせない」
「……つまり、あんたは“頭脳”って役割を買って出るってこと?」
紗織が警戒しつつ尋ねると、裕哉は真剣な顔で頷いた。
「策を張るのが俺の生き方さ。光の中じゃ生きられない。だが、影から支えることなら、何度でも引き受けてやる」
その言葉に、勇が立ち上がった。
「……ぜひ、力を貸してほしい。俺はまだ、知恵で戦う方法を知らないから」
「おっ、いいね。素直な王子様ってのも悪くない」
裕哉が片目をつむって見せる。
「とりあえず、まずは一時的に身を隠せる“南辺境の村”を手配する。あそこなら王都の目も届きにくいし、いざとなったら海路にも逃げられる」
「……準備には?」
「三日くれ。その間に変装用の衣装と移動手段、それに身分証も用意する。ああ、それと“旅の劇団”って設定にしとこう。演劇の巡業なら、どこでも通る口実になる」
「ずいぶん手慣れてるのね」
「伊達にスパイ劇を書いてるわけじゃないさ」
裕哉はにやりと笑いながら、仲間に加わった。
こうして、追放された者たちに、影の策士が加わった。
計略の幕は、ここから本格的に上がる。
その日の午後、廃劇場の舞台裏では、奇妙な光景が広がっていた。
裕哉が持ち込んだ化粧道具と衣装一式に囲まれながら、すずがため息をつく。
「……本気で旅芸人に化けるのね、私たち」
「それが最も警戒されにくく、かつ目立たず移動できる手段だよ。君たちが貴族の旅装をしてたら、辺境では目立つだけさ」
裕哉は鏡の前で自分の顔に演劇用の化粧を施しながら、手慣れた口調で説明した。
すずは小道具のリストを整理しながら、ふと疑問を口にする。
「でも……裕哉、あんた昔、情報院で相当な地位にいたんじゃないの? どうして今、こんな裏方まがいなことしてるのよ?」
その問いに、裕哉の手が一瞬止まった。
「……俺は、命令に従ってある村の調査をしてた。けど、上から“必要なら切り捨てろ”って命令が来た。……それで全部嫌になった」
彼の声は淡々としていたが、どこか深く凍ったものを感じさせた。
「正義も忠誠も、あの組織にはなかった。ただ、便利に動ける奴隷が欲しかっただけだ。だから俺は、仮面をかぶって逃げた。“劇団員”って肩書きの方が、よほど人間らしい」
「それでも、戻ってきたのね」
勇が静かに言った。
「腐った体制を、許せなかったからだろ?」
裕哉は笑わなかった。ただ、その目だけがわずかに優しく揺れた。
「……正直、最初はただ巧に借りを返すつもりだった。でも、今は違う」
彼は一同を見渡し、真っ直ぐに言葉を続けた。
「勇、紗織、すず、巧──お前たちが本気で“何かを変えようとしてる”ってわかったから、俺も乗ることにした。……裏で支えるくらいしかできないけどな」
「支える者がいなきゃ、前には進めないよ」
すずがさらりと返す。
そのとき、倉庫の奥で物音がした。巧が即座に剣に手をかける。
扉の影から顔を出したのは、煤けた旅装の少年だった──いや、小柄な少女だ。
十歳ほどの小さなその子は、分厚いゴーグルと古びた皮ベストを身につけ、腰には何本もの工具と試験管を提げていた。
「……あら?」
すずがきょとんとする。
「なんだい、このおませさんは?」
少女は堂々と前へ進み、簡潔に言った。
「そこの裕哉。あんたの“古い連絡符”がまだ動作してたから来ただけ。まさか、王子や冒険者のアジトになってるとは思わなかったけど」
「……ああ、君か。久しぶりだな、友子」
裕哉が笑みを浮かべた。
少女──友子は、王立魔導学院を最年少で卒業した“錬金術の神童”と呼ばれた元研究員。だが、軍事利用の強制に反発し、自ら失踪した曰く付きの存在だった。
「……このメンツ、どう考えても国家反逆寸前ね」
「そうでもない。国家“再構築”チームと言ってくれ」
裕哉が軽口を叩くと、友子は鼻で笑った。
「いいわ、退屈してたし。私も混ぜて。逃げてばかりじゃ飽きるもの」
まさかの申し出に、すずがぽかんと口を開けた。
「え、今のって、参加表明? 天才幼女が加入って……何なのこの旅団」
紗織がくすりと笑う。
「まあ、これで賢者枠も埋まりましたわね。いよいよ物語らしくなってきたということでしょう」
勇は苦笑を浮かべながら、しっかりと友子に向き直る。
「改めて、歓迎する。僕らと一緒に歩いてくれるなら」
「条件が一つあるわ」
友子はまっすぐ巧を見た。
「“感情抜きの指示”はやめて。私は命令されるのが嫌い。共に考える仲間としてなら、協力する」
その目は、子供とは思えぬほど澄んでいて強かった。
巧は少し目を伏せ、そして──短くうなずいた。
「……了解した。共に動こう、友子」
こうして、かつての神童、天才幼女・友子が加わった。
放浪の策略家、追放の剣士、勘当の王子、冤罪の令嬢、口達者な吟遊詩人。
そして──孤高の錬金術師。
六人の旅団は、ついに旅立ちの準備を整えようとしていた。
その夜、廃劇場の地下室にて、最後の準備が進められていた。
友子は持参した錬金器具一式を床に広げ、精密な仕掛けを組み立てていた。液体魔力の回路管、結晶化した触媒、水晶チップの列──まるで子供が積み木で遊ぶような手つきだったが、工程は完璧に計算されていた。
「このリキッド回路装置を馬車に設置すれば、魔導探知を一時的に無効化できるわ。おかげで王都の監視網を通過する手はずは整った」
「……まさか、数時間でこんなものを」
勇があっけにとられて言うと、友子は工具を片づけながら淡々と答えた。
「天才ってそういうものよ。退屈してた分、脳のほうがうずうずしてたの」
「わかるようで、まったくわからない……」
すずがリュートの弦を張り直しながら苦笑する。
「でも、これで王都から出られるのね?」
「ああ。馬車は明日の未明に出す。外見は商人団体、荷は劇団用具と偽装書類。紗織の旧家の知人に仕立ててもらった“外遊認可証”も揃ってる」
裕哉が帳簿をぱらぱらとめくりながら言う。
「行き先は“南辺境”でいいんだな?」
「ああ。勇を追う連中の動きも分散できる。辺境なら少しは身動きがとりやすい」
巧がうなずくと、全員が自然と頷き返した。
しばしの沈黙ののち、すずが立ち上がり、古びた舞台の上に立った。
「それじゃあ、本番の前に、前夜祭といきましょうか!」
リュートが軽やかな音を立てる。すずの歌声が闇市の天井へと響いた。
♪──
「追われし者は捨てられず
捨てられし者は還らず
ただ一つ、選んだ道を歩む
道化と王と、魔導と剣と、
歌と知恵が交わる場所に、
真実は生まれる──」
──♪
その旋律に、皆が耳を傾けていた。
巧は静かに目を閉じた。もう戻る道はない。だが──後悔もない。
勇は拳を握る。まだ王としての資格は持たないが、この命を賭ける理由はある。
紗織は胸元のブローチをそっと握り締める。それは没落前に家族から贈られた最後の宝物だった。
友子は言葉もなく、ただ舞台の下で光る回路装置を見つめ、ひとつだけ息をついた。
裕哉は、全員の顔を一つひとつ見渡し、ゆっくりと帽子を目深にかぶり直す。
「じゃあ、劇団〈暁の旅人〉の初公演だ。舞台は“王国の運命”──観客はまだ気づいていないが、すでに幕は上がっている」
明け方。馬車の車輪が静かに石畳を転がり始めた。
追放された者たち。勘当された王子。冤罪の令嬢。放浪の策士。天才幼女。そして、口達者な吟遊詩人。
六人の一行は、薄明の街を抜け、やがて見えなくなる。
この日から、彼らの“物語”はただの逃亡ではなく、王国の枠組みすら変えていく大きな旅へと繋がっていく。
そこには奇妙な活気があった。公式には“存在しない”市場であるはずなのに、今日も早朝から雑多な人々が、許されぬ交易と秘密の交渉に集っていた。
巧たちは、人の目を避けるようにその雑踏を抜け、劇場跡の裏手にある古びた扉の前に立った。
「……この先にいるのが、例の“策士”か」
勇が念を押すように問う。巧はうなずいた。
「裕哉。昔の知り合いだ。……孤児院の頃のな」
「へえ、あんたにもそんな時代が?」
すずがひょいと口を挟んだが、すぐに真顔になった。
「けど、どういう男なの? 信用できるの?」
「……人の顔色を読む天才だ。敵に回すと面倒だが、味方にすれば頼れる」
巧がノックを三度打つと、奥からゆっくりと錠が外れる音がした。
現れたのは、演劇の道化装束を身に着けた青年。整った顔立ちに無精髭、そしてどこか抜けたような笑み。
「やあやあ、これはこれは。話題の“勘当王子様ご一行”じゃないか」
「……最初から情報が回ってるってわけね。さすがね」
すずが呆れたように言うと、裕哉は肩をすくめてみせた。
「闇市の風の速さを舐めちゃ困る。ここじゃくしゃみ一つで価値が動くのさ」
彼は手招きし、廃劇場の控室のような小部屋に彼らを招いた。
「さて──話を聞いたよ、巧。あんたが来たってことは、面白い企みがあるんだろ?」
「俺たちは今、王宮情報院から追われてる。勇は王子だとバレてるし、紗織は冤罪から逃れたばかり。そして今は……身を隠しながら、動ける場所を探してる」
「それで、俺に何を?」
裕哉はカップを傾けながら訊く。
「隠れ家の手配か? 偽名か? それとも──戦うための情報か?」
「全部だ」
巧が一言で答えた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
ふざけた仮面のような裕哉の笑顔が、ほんの一瞬、真顔へと変わる。
「……なるほど。お前が本気で言ってるとわかってたら、最初から茶化したりしなかったさ。……で、聞こう。どうしてそこまで動く? お前はもう“追放された”んだろ?」
その問いに、巧はわずかに目を細めて答えた。
「……捨てられた理由が、間違ってたからだ。そうとわかって黙ってたら、俺は“自分を裏切る”ことになる」
裕哉はしばらく黙っていたが、やがて口元に笑みを戻し、椅子の背に深くもたれた。
「……まったく、面倒な奴だ。昔と変わらないな」
そして、皆に向き直った。
「よし、協力しよう。ただし、俺からも一つ条件がある」
「条件?」
「この一行の“参謀役”を俺にやらせろ」
突拍子もない提案に、一同は面食らった。すずが最初に反応する。
「えーっと……なんで、わざわざそんなことを?」
「いいかい。王子、令嬢、剣士に吟遊詩人──見栄えはいいが、作戦を組む奴がいない。美しさと強さだけじゃ、世の中は動かせない」
「……つまり、あんたは“頭脳”って役割を買って出るってこと?」
紗織が警戒しつつ尋ねると、裕哉は真剣な顔で頷いた。
「策を張るのが俺の生き方さ。光の中じゃ生きられない。だが、影から支えることなら、何度でも引き受けてやる」
その言葉に、勇が立ち上がった。
「……ぜひ、力を貸してほしい。俺はまだ、知恵で戦う方法を知らないから」
「おっ、いいね。素直な王子様ってのも悪くない」
裕哉が片目をつむって見せる。
「とりあえず、まずは一時的に身を隠せる“南辺境の村”を手配する。あそこなら王都の目も届きにくいし、いざとなったら海路にも逃げられる」
「……準備には?」
「三日くれ。その間に変装用の衣装と移動手段、それに身分証も用意する。ああ、それと“旅の劇団”って設定にしとこう。演劇の巡業なら、どこでも通る口実になる」
「ずいぶん手慣れてるのね」
「伊達にスパイ劇を書いてるわけじゃないさ」
裕哉はにやりと笑いながら、仲間に加わった。
こうして、追放された者たちに、影の策士が加わった。
計略の幕は、ここから本格的に上がる。
その日の午後、廃劇場の舞台裏では、奇妙な光景が広がっていた。
裕哉が持ち込んだ化粧道具と衣装一式に囲まれながら、すずがため息をつく。
「……本気で旅芸人に化けるのね、私たち」
「それが最も警戒されにくく、かつ目立たず移動できる手段だよ。君たちが貴族の旅装をしてたら、辺境では目立つだけさ」
裕哉は鏡の前で自分の顔に演劇用の化粧を施しながら、手慣れた口調で説明した。
すずは小道具のリストを整理しながら、ふと疑問を口にする。
「でも……裕哉、あんた昔、情報院で相当な地位にいたんじゃないの? どうして今、こんな裏方まがいなことしてるのよ?」
その問いに、裕哉の手が一瞬止まった。
「……俺は、命令に従ってある村の調査をしてた。けど、上から“必要なら切り捨てろ”って命令が来た。……それで全部嫌になった」
彼の声は淡々としていたが、どこか深く凍ったものを感じさせた。
「正義も忠誠も、あの組織にはなかった。ただ、便利に動ける奴隷が欲しかっただけだ。だから俺は、仮面をかぶって逃げた。“劇団員”って肩書きの方が、よほど人間らしい」
「それでも、戻ってきたのね」
勇が静かに言った。
「腐った体制を、許せなかったからだろ?」
裕哉は笑わなかった。ただ、その目だけがわずかに優しく揺れた。
「……正直、最初はただ巧に借りを返すつもりだった。でも、今は違う」
彼は一同を見渡し、真っ直ぐに言葉を続けた。
「勇、紗織、すず、巧──お前たちが本気で“何かを変えようとしてる”ってわかったから、俺も乗ることにした。……裏で支えるくらいしかできないけどな」
「支える者がいなきゃ、前には進めないよ」
すずがさらりと返す。
そのとき、倉庫の奥で物音がした。巧が即座に剣に手をかける。
扉の影から顔を出したのは、煤けた旅装の少年だった──いや、小柄な少女だ。
十歳ほどの小さなその子は、分厚いゴーグルと古びた皮ベストを身につけ、腰には何本もの工具と試験管を提げていた。
「……あら?」
すずがきょとんとする。
「なんだい、このおませさんは?」
少女は堂々と前へ進み、簡潔に言った。
「そこの裕哉。あんたの“古い連絡符”がまだ動作してたから来ただけ。まさか、王子や冒険者のアジトになってるとは思わなかったけど」
「……ああ、君か。久しぶりだな、友子」
裕哉が笑みを浮かべた。
少女──友子は、王立魔導学院を最年少で卒業した“錬金術の神童”と呼ばれた元研究員。だが、軍事利用の強制に反発し、自ら失踪した曰く付きの存在だった。
「……このメンツ、どう考えても国家反逆寸前ね」
「そうでもない。国家“再構築”チームと言ってくれ」
裕哉が軽口を叩くと、友子は鼻で笑った。
「いいわ、退屈してたし。私も混ぜて。逃げてばかりじゃ飽きるもの」
まさかの申し出に、すずがぽかんと口を開けた。
「え、今のって、参加表明? 天才幼女が加入って……何なのこの旅団」
紗織がくすりと笑う。
「まあ、これで賢者枠も埋まりましたわね。いよいよ物語らしくなってきたということでしょう」
勇は苦笑を浮かべながら、しっかりと友子に向き直る。
「改めて、歓迎する。僕らと一緒に歩いてくれるなら」
「条件が一つあるわ」
友子はまっすぐ巧を見た。
「“感情抜きの指示”はやめて。私は命令されるのが嫌い。共に考える仲間としてなら、協力する」
その目は、子供とは思えぬほど澄んでいて強かった。
巧は少し目を伏せ、そして──短くうなずいた。
「……了解した。共に動こう、友子」
こうして、かつての神童、天才幼女・友子が加わった。
放浪の策略家、追放の剣士、勘当の王子、冤罪の令嬢、口達者な吟遊詩人。
そして──孤高の錬金術師。
六人の旅団は、ついに旅立ちの準備を整えようとしていた。
その夜、廃劇場の地下室にて、最後の準備が進められていた。
友子は持参した錬金器具一式を床に広げ、精密な仕掛けを組み立てていた。液体魔力の回路管、結晶化した触媒、水晶チップの列──まるで子供が積み木で遊ぶような手つきだったが、工程は完璧に計算されていた。
「このリキッド回路装置を馬車に設置すれば、魔導探知を一時的に無効化できるわ。おかげで王都の監視網を通過する手はずは整った」
「……まさか、数時間でこんなものを」
勇があっけにとられて言うと、友子は工具を片づけながら淡々と答えた。
「天才ってそういうものよ。退屈してた分、脳のほうがうずうずしてたの」
「わかるようで、まったくわからない……」
すずがリュートの弦を張り直しながら苦笑する。
「でも、これで王都から出られるのね?」
「ああ。馬車は明日の未明に出す。外見は商人団体、荷は劇団用具と偽装書類。紗織の旧家の知人に仕立ててもらった“外遊認可証”も揃ってる」
裕哉が帳簿をぱらぱらとめくりながら言う。
「行き先は“南辺境”でいいんだな?」
「ああ。勇を追う連中の動きも分散できる。辺境なら少しは身動きがとりやすい」
巧がうなずくと、全員が自然と頷き返した。
しばしの沈黙ののち、すずが立ち上がり、古びた舞台の上に立った。
「それじゃあ、本番の前に、前夜祭といきましょうか!」
リュートが軽やかな音を立てる。すずの歌声が闇市の天井へと響いた。
♪──
「追われし者は捨てられず
捨てられし者は還らず
ただ一つ、選んだ道を歩む
道化と王と、魔導と剣と、
歌と知恵が交わる場所に、
真実は生まれる──」
──♪
その旋律に、皆が耳を傾けていた。
巧は静かに目を閉じた。もう戻る道はない。だが──後悔もない。
勇は拳を握る。まだ王としての資格は持たないが、この命を賭ける理由はある。
紗織は胸元のブローチをそっと握り締める。それは没落前に家族から贈られた最後の宝物だった。
友子は言葉もなく、ただ舞台の下で光る回路装置を見つめ、ひとつだけ息をついた。
裕哉は、全員の顔を一つひとつ見渡し、ゆっくりと帽子を目深にかぶり直す。
「じゃあ、劇団〈暁の旅人〉の初公演だ。舞台は“王国の運命”──観客はまだ気づいていないが、すでに幕は上がっている」
明け方。馬車の車輪が静かに石畳を転がり始めた。
追放された者たち。勘当された王子。冤罪の令嬢。放浪の策士。天才幼女。そして、口達者な吟遊詩人。
六人の一行は、薄明の街を抜け、やがて見えなくなる。
この日から、彼らの“物語”はただの逃亡ではなく、王国の枠組みすら変えていく大きな旅へと繋がっていく。
0
あなたにおすすめの小説
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる