追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第8話_王子の真価

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 その村は、名前さえ地図に記されていなかった。
  山と川に挟まれた土地。通行路からも外れ、かつては“補給地”として栄えたが、傭兵団に奪われてからは干上がった井戸のように、徐々に活力を失っていた。
  そして今日、勇たちは解放された物資を届けに戻ってきた。
 「これで、当面の食料は賄えるはずだ」
  村長と思しき、腰の曲がった老人が、感無量の面持ちで何度も頭を下げる。
 「本当に……なんとお礼を言ったらいいのか……。皆さま、いったい何者で?」
  勇はほんの少しだけ迷ってから、堂々と名乗った。
 「元・王家の人間です。……勘当され、今は旅の一団として動いていますが、志は失っていません」
  老人は目を丸くしたが、それ以上問い詰めることはしなかった。
 「……立場など、どうでも良いのです。今こうして、わしらの暮らしを助けてくださった。それが、すべてじゃよ」
  その言葉を聞き、勇の胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
      * * *
  物資の配布作業が終わると、勇はひとり鍬を手に、村の畑に足を運んだ。
 「……何してんの?」
  呆れたような声を背後から投げたのは、すずだった。
 「こんなときに畑仕事なんて、誰も王族がやるとは思ってないでしょ」
 「だからこそ、やるんだ」
  勇は土に鍬を入れ、根の張った雑草を抜き取る。
 「俺が変わったことを示すには、“変わった姿”を見せるしかない。言葉で示すより、こうして働く姿を見せるほうが、百倍信頼される」
  すずはじっとその背を見つめたあと、軽く肩をすくめた。
 「……まったく、そういうとこだけは真っ直ぐなのね。はいはい、私も手伝う。雑草取るの得意だし」
  いつの間にか、紗織と友子も加わっていた。
 「すず様、手袋はこちらですわ」
 「え、ありがとう紗織ちゃん。……って、あれ? このグローブ高級そうなんだけど!」
 「庭園用のものですもの。手が荒れませんわよ」
  友子は真剣な顔で土壌を観察していた。
 「うーん、この土地、微生物が全然活動してない……肥料足りてないね。わたし、堆肥作る道具つくる!」
  裕哉は木陰に座ってメモを取っていた。
 「一行で五人。王族、令嬢、幼女、元密偵、吟遊詩人、追放冒険者……誰が主役かわからんな、これ」
 「だからいいんだろ?」
  巧が、背後から呟いた。
 「誰かが一人目立つより、全員がそれぞれの場所で力を出す。そういう形でいい。あとは……」
  その先の言葉は、風にかき消された。
  だが、土にまみれながら笑い合う彼らの姿こそが、その答えだった。


 翌朝、空が白み始める頃──。
  勇は再び畑に立っていた。今度は村の若者たちが数人、その後ろに並んでいた。
 「……やっぱ、王族ってすげぇな。鍬の握り方、完璧じゃねぇか」
 「いや、それは違うぞ。あれは多分、“訓練された鍬の握り方”だ。剣術みたいな動きしてるし……」
  勇は振り向かず、土に鍬を差し込んだまま言った。
 「最初は真似でいい。ただ、手を動かすうちに、身体が覚えてくる。コツは“諦めずに続けること”だ」
  誰に向けた言葉でもなかったが、それは確かに、彼の“今”を象徴するひと言だった。
  かつて王子として生きながら、周囲との価値観の乖離や、父王との衝突から“勘当”を受けた勇。
  身分を捨て、今は一介の旅人として、ただ正しいと思える道を歩いている。
  誰かに認められるためではなく、誰かの役に立つために。
 「おーい、湯が沸いたぞー!」
  すずの声とともに、即席の炊き出し場から香ばしい香りが漂ってきた。
 「配給のおにぎり完成です! 味は三種、梅・塩・味噌!」
  友子が得意げに叫ぶと、村の子供たちが歓声を上げて走り寄る。
  その笑顔に、勇の口元がわずかにほころんだ。
      * * *
  その日の夕方、村長から一通の書状が差し出された。
 「これは?」
 「これは、王都への“請願書”じゃ。税を取り立てていた辺境監督官の横領の件、この村から正式に異議を申し立てたい」
 「でも、それって……無視される可能性も」
  すずが言いかけた言葉を、勇が制した。
 「──構わない。たとえ無視されたとしても、これは“声”だ。出さなければ、誰にも届かない」
  そう言って、勇は筆を取り、署名を記した。
  筆跡は端正で、力強かった。
  そのすぐ隣に、「行脚騎士・勇」と名乗る文字が書き加えられていた。
 「……王子の名は使わないのね?」
  紗織が静かに問うと、勇は笑った。
 「いまの俺は、王子じゃない。“王になろうとする男”でもない。ただ、“民の声を届ける剣”でありたい」
  その言葉に、誰も異を唱えなかった。
  次の朝、勇たちは旅を再開した。
  彼らの背に、村人たちの手振りと、炊き出しで使った鍋の匂いがいつまでも残っていた。
  それは、ただの“出発”ではなかった。
  彼らが世界を少しずつ変えていく、その確かな“第一歩”だった。
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