追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第9話_誓いの火祭り

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 峠道を越えて三日、勇たちの旅路は北方に伸び、ようやく開けた高地の村へと辿り着いた。
  そこではちょうど、年に一度の火祭りが始まろうとしていた。
 「よくぞ、この日を選んで来てくれた!」
  村の代表は笑顔で彼らを迎え、簡素ながらも清潔な宿を案内してくれた。
  それは“よそ者”を拒絶しがちな辺境では異例の歓待だったが、その理由はすぐに明らかとなる。
  村の子供がはにかみながら言った。
 「おじちゃんたち、あの“食べ物と笑顔を持ってきた旅団”でしょ? 噂で聞いたよ!」
 「……広まってるのか、あれ」
  巧がやや苦笑する。
 「まあ悪い噂じゃないし、いいんじゃない?」
  すずは軽やかに言って、村人の太鼓に合わせてステップを踏んだ。
  村人たちも、そんな彼らの気さくさに心を開いていった。
      * * *
  日が落ち、広場には巨大な薪が積み上げられていた。
  それは“精霊に誓いを立てる夜”──火祭りの主役となる聖火台だった。
 「これ、ただの焚火じゃないんだね」
  友子が目を丸くする。
 「うん。この火に願いを込めると、来年までに一度だけ“本当の自分”に気づけるって言い伝えがあるの」
  それは村に古くから伝わる風習であり、火を囲んで「名乗り」と「祈り」を捧げることが義務づけられていた。
 「つまり、自分の中で何かを“変えたい”者が、ここに立つってわけだ」
  裕哉が呟いたその瞬間──
 「だったら、俺から行かせてくれ」
  巧が一歩前に出た。
  その背に、かつての冒険仲間に置き去りにされた記憶が、重くのしかかっているように見えた。


 薪に火が灯された瞬間、乾いた音とともに炎が舞い上がり、巧の顔を橙に照らした。
  その炎を前に、彼は深く息を吸った。
 「……俺は、感情を表に出すのが苦手だ。子どもの頃からそうだった。言葉より、剣のほうがずっと得意だった」
  村人たちは、静かに耳を傾けている。
  彼の声は大きくない。それでも、炎の前では不思議と届いた。
 「仲間ともうまくやれていたつもりだった。だが、それが誤解だったと知ったのは……置き去りにされた、あの迷宮の中だった」
  語りながら、巧の掌がぎゅっと拳を握る。
 「“何も言わないお前が悪い”と、そう言われたとき、何も返せなかった。たしかに、俺は“察してもらえる”と勝手に思っていたのかもしれない」
  すずがそっと視線を送り、勇が火の光のなか、わずかに頷いた。
  誰も言葉を挟まない。
  これは巧にとって、己の過去と向き合う“名乗り”なのだから。
 「だから誓う。これからの旅では、自分の想いを、ちゃんと言葉にする。……たとえそれが、不器用でも、届かなくても、伝え続ける」
  その言葉が終わると、誰からともなく拍手が起きた。
  それは強制ではなく、心からの共感だった。
 「よし、次は俺の番だな」
  そう言って前に出たのは裕哉だった。
 「……俺はな、昔から“誰かの代わり”ばっかりだった。情報を集め、策を巡らせ、後ろから支える。目立たないように、間違えないように」
  火の中で、彼の瞳がちらりと揺れた。
 「でも今回の旅で、久しぶりに“自分の名前”を呼ばれるってのを味わったんだ。……それが、悪くなかった」
  裕哉は軽く肩を竦めて笑い、背後の巧に視線を投げる。
 「俺も、不器用だけど、やってみるさ。“脚本家”じゃなくて“出演者”としての自分ってやつをな」
  拍手が重なり、夜空に響いた。


 「じゃあ、あたしの番かな!」
  勢いよく前に出たのはすずだった。くるりと回ってドレスの裾を翻し、炎の前で胸を張る。
 「私は、話すことが得意。人と人をつなぐこと、空気を和ませることも、自信がある。でもね……実は怖いの」
  彼女の声がふっと沈んだ。
 「一人きりになって、自分が本当に何を求めてるのか、向き合うのが──すごく、怖いの」
  いつもは冗談を交えたり、茶化したりしてしまう彼女の素直な言葉に、皆が息を呑んだ。
 「だから私は誓う。……逃げずに、“自分の声”を聞くことを。ちゃんと、本当の自分とも会話できるようになりたい」
  すずの目が、火を映して揺れていた。
  そして一歩、巧の隣に戻ると、そっと袖を掴んだ。
 「次、誰がいく?」
  火の粉が舞う中、そっと前に出たのは紗織だった。
  真紅の外套に身を包んだ彼女は、静かに祈るように目を閉じ、炎に向かう。
 「私は……失ったものばかりを数えてきました。名誉、立場、信頼。──婚約破棄された日から、私は“過去”の中で立ち止まっていた」
  強い風が吹き、彼女の髪を後ろへなびかせる。
 「でも、皆さんと旅をして知りました。“正しさ”とは誰かから与えられるものではなく、自分の手で選び取るものだと」
  その言葉には確かな覚悟があった。
 「だから私は、未来を向くことを誓います。──たとえその道に、また棘があろうとも」
  すずが静かに彼女の背を押した。
  そして、残るは一人──小さな影が、炎の前へと進む。
 「……わたし、も、いっていい?」
  友子は少し震えながらも前を向いた。


 友子の足元には、旅のあいだずっと彼女が抱えていた道具箱が置かれていた。蓋には、いくつもの擦り傷と焼け跡がある。旅のあいだ、彼女がどれほどの知恵と工夫を尽くしてきたかの証だった。
 「……わたし、小さいころから“天才”って呼ばれてた。なんでもできるって、大人たちが言って、なんでも任されて、でも……ほんとは、ぜんぜんわからなかった」
  炎の明滅が、彼女の頬に浮かぶ涙の光を映す。
 「怖かった。誰にも頼れなくて。大人たちは“もっとすごいもの作れ”ってしか言わなくて。わたしが泣いても、誰も困らなかった」
  その声は小さかったが、静かに場を打った。
 「でも、勇くんは“王子だから”じゃなくて、“自分が守りたいから守る”って言ってくれた。巧さんも、怖くても、ちゃんと守ってくれた。皆が……“わたし自身”を、見てくれた」
  言葉の途中で、声が詰まった。
  すずがそっと寄り添い、手を取る。紗織が静かに背を支えた。
  友子は小さく息を吸い、涙声のまま、はっきり言った。
 「わたし、もう“役に立つから”じゃなくて、ここにいたい。皆と一緒にいたい。それを、自分の言葉で言えるようになりたい」
  炎の前で、彼女の目が強く光った。
  その一歩が、小さな背中に大きな勇気を宿らせていた。
  やがて、彼女は小さな拳を掲げた。
 「だから誓う! わたし、もう逃げない。泣いても、間違えても、前に進む!」
  その言葉に、拍手が一斉に湧き上がる。
  最後に一歩踏み出したのは、勇だった。
  火を見つめる彼の瞳は、穏やかで、そしてどこか切なげだった。


 「……俺は、勇。かつて王子だった者だ。そして、王都から勘当された裏切り者でもある」
  その名乗りに、村人たちがざわついたが、すぐに静まり返った。
  彼の目には、誰もが心を惹きつけられる力があった。
 「弟や兄の影に隠れ、期待されず、でも自分の意志では動けなかった。父の命令に背いたときも、それが“自分の正しさ”なのか分からなかった」
  ゆっくりと拳を握りしめる。
 「だが──今は分かる。俺の選んだ道は、後悔のない道だった。巧たちと出会い、命を救われ、信頼を得て、俺は“王子”ではない“勇”という人間として、生きている」
  火が揺れ、夜風が草を震わせる。
 「そして、俺はもう一度、誓う。この命に代えても、皆の未来を切り拓く。そのために、剣を振るい、言葉を紡ぎ、歩みを止めない」
  その瞬間、炎がぼうっと大きく揺らめいた。まるで、彼の誓いに呼応するかのように。
 「俺は、“名乗り”に恥じぬ者になる。それが、王子だった過去を超える、俺の生き方だ」
  広場は、静寂に包まれていた。
  そして、次の瞬間には、誰よりも大きな拍手と、村人たちの声援が起こる。
 「これで、全員かな?」
  すずが微笑む。
 「いえ。もう一人、忘れていませんか?」
  と、誰かが言った。
  村の長老だった。
 「この火は“名乗り”の場。貴殿らはそれぞれ、自らの誓いを掲げた。だが──“誓いを見届ける者”の言葉もまた、火の精霊は求めておられる」
  皆が思わず視線を向けたのは──焚火の中央に座していた、老いた吟遊詩人の姿だった。
 「……まさか」
  すずが目を丸くする。
 「この村の“火守(ひもり)”──語り部の師匠よ」


 火守──その名にふさわしい、灰色の長髪と深紅のローブをまとった老人は、ゆっくりと立ち上がった。
  その手には、煤けた古い竪琴が抱えられていた。弦はところどころ緩み、音も決して澄んでいない。しかし、彼が奏で始めた旋律には、不思議な力があった。
 「誓いの言葉は、風に乗り、火をくぐり、いつか空へと昇る。そしてまた──物語となって降り注ぐ」
  その声に、すずが小さく息を呑む。
 「師匠……」
  彼女の肩が小さく震えていた。
 「おまえの“声”は届いているよ、すず」
  老詩人はそう優しく語りかけると、仲間たちに向き直った。
 「そこの剣士──巧とやら」
 「はい」
 「おまえの“言葉にしなかった想い”は、確かに火に届いた。感情を閉じ込めることは強さではない。だが、それを自ら解き放つ覚悟は、もっと強い。──それを知る者は、少ない」
  巧がわずかに頷く。
 「紗織。貴族の名を持ちながら、それに縛られず、なお美しくあろうとするおまえ。その矜持は、燃え盛る炎のように清らかだ。……過去に囚われた者こそ、未来に最も忠実であれ」
  紗織の目に、ふっと光が宿る。
 「友子。小さき賢者よ。おまえの言葉は稚(いとけな)いが、魂は誰よりも深い。役に立つからではなく、生きる価値がある──その気づきこそ、世界を変える叡智だ」
  友子は黙って火を見つめながら、頷いた。
 「そして、勇。名を持つことの苦しみ、捨てることの痛み。その両方を抱え、それでも立ち上がる者にだけ、真の名乗りは許される。──その剣、心に刻め」
  皆が、声もなく火を見つめていた。
  やがて火守は、竪琴の弦をひとつ、優しく鳴らした。
 「この火は、記憶する。今夜交わされた誓いも、涙も、声も。──だから、おまえたちはもう、迷ってよい。間違ってよい。何度でも、誓いを思い出せ」
  そして火守は、静かに火の前に跪いた。
 「──物語の始まりは、名乗りから。そして、その終わりもまた、名乗りである。おまえたちの旅が、語り継がれるほどに長く、深くありますように」
  その夜──風が止み、炎は静かに空へと昇った。
  それぞれの心に灯された、名前を持つ誓いの炎と共に。
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