追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第7話_辺境の牙、ハイエナ傭兵団

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 北草原からさらに数日、巧たちは街道を外れ、小道を抜けた先にある小さな村にたどり着いた。
  麦の実るこの地には、かつて辺境補給線の中継所があった。だが今は、その役割を担う兵站基地が、傭兵団によって乗っ取られているという噂が流れていた。
 「このあたり、軍の補給線が通ってるって話だったけど……」
  すずが懐中地図を見ながら呟く。
 「補給が滞ってるせいで、隣村では食料が尽きかけてるそうですわ」
  紗織の言葉に、勇が顔を曇らせた。
 「……軍の補給を妨げている“ハイエナ傭兵団”か。軍が手を出せないってのがまた厄介だな」
 「正確には、“軍が黙認してる”が近いんじゃない?」
  裕哉が皮肉めいた笑みを浮かべる。
 「この辺の駐屯官、たしか貴族派の人物だったはず。傭兵団の私腹を肥やすかわりに、辺境民には見て見ぬふりってわけだ」
  友子が拳をぎゅっと握りしめる。
 「許せない……それって、つまり“見捨ててる”ってことでしょ? 民を……!」
  レジーナがぽつりとつぶやく。
 「なら、私は倉庫の中身の目録と配置を調べる。外から、魔素の痕跡をスキャンできるし」
 「おっ、なら俺は連中の隊列とシフト構造を調べよう。陽動も必要だろうし」
  裕哉がにやりと笑った。
  勇は一歩前に出る。
 「作戦を立てよう。ここで民を見捨てるなら、俺は王子の名を捨てた意味がない」
 「待って」
  そのとき、巧が手を挙げた。
 「突入は避けられない。だからこそ、今回は“役割の再配分”が必要だ。敵を崩すには、柔軟に動かないと間に合わない」
  すずが小首をかしげる。
 「役割?」
 「俺は囮になる。正面から敵の注意を引きつけて、その隙に勇が中核を断て。紗織と友子は村民の保護、裕哉とレジーナは後方の情報遮断と補給庫の奪取」
  その場に一瞬、静寂が流れた。
  だが、誰も反対しなかった。
  それぞれが、得意分野と自分の責任を理解していたからだ。
 「わかった。無理はするなよ、巧」
 「ああ。無理はしない。だが、全力ではやる」
      * * *
  その夜。
  星も見えない濃い夜霧の中、傭兵団の野営地へと向かって、黒装束の一人が歩みを進めていた。
  ひと目で“ならず者”とわかる粗暴な連中の間を、静かにすり抜けてゆく。
 「おい、誰だ貴様……!」
 「おっと、悪いが先に名乗るのはそっちだろ?」
  次の瞬間、軽く踏み込んだ巧の拳が、衛兵の腹を撃ち抜いていた。
  警鐘が鳴る。火矢が飛ぶ。が、巧は一歩も引かず、敵の中心へ突っ込んでいく。
  その目には、恐れではなく“意志”が宿っていた。
  仲間を信じ、自分に課せられた役を演じ切る──それが、彼の戦い方だった。


 傭兵たちが叫び、武器を構える。矢が、斧が、火棒が巧に迫る。
  だが彼は、寸前でかわす。前衛の敵に対しては、体の動きだけで戦況を“誘導”した。
  わざと足をもつれさせ、後ろの敵の視界に飛び込む。
  身をかがめて斧を避け、そのまま反動で別の敵を突き飛ばす。
 「……あいつ、やべえ動きしてない?」
 「なんだ、あれ!? まるで踊ってるみたいだぞ!」
 「本当に踊ってたら、お前ら全員いまごろ地べたに転がってるがな」
  巧はつぶやきながら、じりじりと敵を一箇所に“引き寄せて”いく。
  そう、これは殲滅ではない。時間稼ぎ。視線の集中。心理的な“敵認識の誘導”。
 (俺の本分は、“戦うこと”じゃない。……“仲間が戦いやすくする”ことだ)
  傭兵たちの注意が巧に集中したその瞬間、村の裏手に炎が上がった。
 「補給庫が燃えてるぞ!!」
 「なんだと!? 誰か罠を──」
  その声に紛れて、中央指揮棟に黒影が二つ、忍び込んでいた。
  一人は勇。もう一人は紗織だった。
 「主力の注意は逸れましたわ。今が好機です」
 「正面突破は無理だが、俺たちには“信じられる仲間”がいる。それが何よりの武器だ」
  ふたりは物音を抑えて扉を開ける。
  中には、傭兵団の頭領と数名の幹部がいた。皆、武器を構えようとしていたが──
 「それは無駄だ」
  勇はすでに、目の前にいた男の懐に踏み込んでいた。
 「王家剣術・四式──《風貫》!」
  風を裂くような一閃が、敵の腕ごと剣を吹き飛ばした。
 「なに……この動き……」
 「名乗っておこう。俺の名は勇。王家の血筋だが、いまはただの流浪の剣士だ」
  頭領が目を見開く。
 「お前が……あの、第三王子……!?」
 「いいや。俺はもう“王子ではない”。だが──この国を正そうとしている者の一人ではある」
  その言葉とともに、背後で紗織が魔導封印札を投げる。
  壁に掛けられていた輸送指令書や不正兵站の証拠資料が魔力で浮かび上がった。
 「これだけ証拠があれば十分ですわ。すぐにでも王都に送れるでしょう」
 「……俺たちは、もう“見て見ぬふり”はしない」
  勇がそう言い放ったとき、外では、囮役の巧が最後の敵を引き込んでいた。
 「ご丁寧に集まってくれて感謝する。そろそろ交代だ」
  そしてその瞬間、背後の丘から飛び出した友子とレジーナが、魔導煙幕を展開した。
  青い閃光とともに、傭兵たちの視界が奪われる。
 「よし、行って!」
  友子の号令で、村の少年たちが畑の陰から避難していく。
 「見える範囲の子は全員確認! これで民間人は無事です!」
 「燃やしたのはダミー倉庫だけ。物資は別の場所に転送済み。ちゃんと村に返せる!」
  巧は軽く息を吐き、背後にいた裕哉とすれ違いざまに声をかけた。
 「敵の指揮系統は?」
 「既に勇が潰してくれた。あとは投降を促せば終わりさ」
      * * *
  明朝、村の広場には、解放された物資の山が並べられていた。
 「これ……うちの麦袋! 盗られたやつだ!」
 「干し肉も、干し魚も……全部戻ってきてる……!」
  村人たちの目に、自然と涙が浮かぶ。
  その光景を、勇たちは少し離れた木陰から見つめていた。
 「これで、ようやく“次”に進めるな」
 「ええ。“希望の道”を切り開くには、“怒りの火”を鎮めなければなりませんから」
  紗織の言葉に、巧はうなずく。
  敵を倒すだけでは意味がない。大切なのは、その先に“生きる道”を戻すこと。
  だからこそ──彼らは進み続けるのだ。
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