追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第29話 王都解放

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 ──正午、鐘の音が三度響いた。
  王都の城門がゆっくりと開かれ、その中から、かつて「勘当された王子」と呼ばれた男が、堂々と姿を現した。
  勇は破れた王衣の上から軽鎧をまとい、右手には光の余韻を残す王剣、左手には玉璽を握っていた。
  その後ろには、竜の残骸を背景にした仲間たちの姿。
  巧は槍を肩に担ぎ、紗織は傷ついたドレスを整えて立ち上がり、すずがその場で詩を紡いでいた。裕哉は瓦礫の上に腰を下ろし、最後まで警戒を解かず周囲を見張っている。友子は破損した魔導炉を点検しており、焦げた袖を見もせず魔力漏れを止めていた。
  それを見上げる城下の民衆たち。
  誰もが、信じられないという顔をしていた。
 「……勇殿下……?」
  誰かが呟いた。
  続いて、群衆の一人が叫ぶ。
 「摂政派はどうした! 兵器は?」
 「この剣で止めた! 国を壊す力に抗った!」
  その声に、民がざわめき始めた。
  勇は短く頷き、そして階段を降りる。
  広場の中心──石畳の上に立ち、両手を広げた。
 「民よ。我が名は勇。この国の第三王子として生まれ、民の一人として旅をし、今、再び王都に帰ってきた者だ!」
  すずが舞台袖のように身を引き、代わりに即興の詩を竪琴に乗せて囁いた。
 「──名もなき剣士が、王を救い、民に語りかける。裏切られた者が、希望を紡ぎし光と成る──」
  勇は続けた。
 「摂政派は討たれた! この国を蝕んだ腐敗は断ち切った!」
 「俺たちは……!」
  巧が一歩前へ出て、叫ぶ。
 「ただの冒険者、ただの吟遊詩人、ただの没落貴族、ただの研究者! 何の肩書きもない、だけど――この国が壊されるのを黙って見てはいられなかっただけだ!」
  その声に、民の誰かが拍手した。
  そして、また一人。
  次いで十人、百人と手を叩き、喝采が城下に響く。
 「王子万歳!」
 「勇殿下、我らの王に!」
 「巧! お前もだ、ありがとな!」
  その声が広がる中、すずは竪琴を掻き鳴らす。
 「──祝福の詩を、高らかに」
  友子がふっと肩の力を抜いて、ぼそりと呟く。
 「まったく、派手な幕引きだこと……」
  裕哉が小さく笑う。
 「いや、これは始まりだ。これからが、本番さ」
  空は晴れ渡り、王都の上空に太陽が差し込んでいた。

 その日の夕刻、王都の広場では即席の祝祭が始まっていた。
  王宮の塔に王家の紋章旗が再び掲げられ、各街角には市民たちが酒樽を担ぎ出し、音楽家たちが笛と太鼓を手に集まっていた。
  広場の中心に設けられた即席の舞台には、すずが立っていた。
 「……この物語の結末は、まだ語られていません」
  彼女は歌うように語る。
 「一人の冒険者がいた。誤解され、追放され、でも、それでも人を助けるために剣を抜いた。彼の名は──巧」
  人々の視線が、舞台袖に立つ男に集まる。
  巧は少しだけ面映ゆそうに頬を掻いたが、言葉はない。ただ、すずに視線を返し、軽くうなずく。
 「──そして、失われた王子がいた。名を奪われ、身を潜め、それでも正しさを信じて戦った。彼の名は──勇!」
  観衆が歓声を上げる。勇は舞台脇で頭を下げ、しかしその背筋は真っすぐだった。
 「悪役と呼ばれた貴族令嬢。けれど彼女は、理不尽に抗い、正義を求めて歩んだ。名は──紗織!」
  ステージの階段を歩いてきた紗織が、観客に一礼する。
  花飾りが髪に差され、破れたドレスは巧みな裁縫で仮修復されていた。
 「天才と呼ばれ、孤独だった幼き錬金術師。今や、彼女の名は皆の誇り──友子!」
  友子は舞台裏から顔を出し、手を振る。
 「ふん、べつに皆が必要だって言うから手伝っただけだし……」
  そう呟いてそっぽを向くが、頬は赤い。
 「影の案内人、真実を暴く策略家。誰よりも先を読み、誰よりも人を信じた──裕哉!」
  会場の一角で高く手を振った裕哉は、少しふざけた表情を見せながらも、口元には静かな安堵の笑みがあった。
 「この物語は、まだ続いていく」
  すずは、再び竪琴を弾く。
 「だが今日だけは……声を張って、笑って、抱きしめて、言おう」
  すずの声が広場全体に響いた。
 「──我らが英雄に、祝福あれ!」
  群衆の歓声が爆発した。
  花びらが舞い、焚火が灯り、空に火の粉が舞い上がった。
  そして、王都は──ほんのひととき、戦争も陰謀も忘れて、ただの街として息をした。

 祝祭の裏で、巧は一人、城門へ向かっていた。
  この祭りが始まる直前まで、彼は王城の裏路地を走り回り、残党の潜伏を探っていた。だが目ぼしい動きはなし。摂政派の多くは拘束されたか、国外逃亡の算段を進めているようだった。
  それでも油断はできない。かつて裏切られた身として、そして今や近衛総隊長と目される立場として──街の外縁部までは気を抜けなかった。
  石畳を歩いていると、門前で一人の男とすれ違う。
  装束は旅装、背には大きな革製の鞄。顔を見せぬようにフードを深くかぶっていたが、すれ違いざまに、その男が小さく口を開いた。
 「……お前は、変わらんな」
  立ち止まった巧が振り返ると、相手も足を止めていた。
  暗がりに立つその影──かつての同僚だった。
 「……お前か」
  その男は、王都迷宮の第九層で巧を裏切り、仲間を捨てた張本人だった。
 「今さら謝るつもりもねえよ。だが、見た。お前らの戦いも、王都の解放も。……負けたと思った」
 「勝ち負けの話じゃない」
  巧は低く言った。
 「ただ、選んだ道を歩いただけだ」
  沈黙。
  やがてその男は口の端を上げた。
 「……なら、お前の歩く先に、俺も立ってみたくなった。今度は、味方としてな」
 「……任せろ。裏切ったことも、何をしたかも──すべて俺の責任で受け止めてやる」
  再び沈黙。
  しかしそれは敵意ではなく、ひとつの理解だった。
  男は帽子を目深にかぶり直し、背を向けた。
  その姿を見送ってから、巧は広場へ戻る。
  舞台の上では、すずが即興詩の最後の節を詠んでいた。
 「その剣は、迷いも恐れも抱きしめて、それでも進んだ──」
  その詩の中に、巧は確かに自分の足音を聞いた。
  そして誰よりも、仲間の足音を感じた。
  街が再び灯りを取り戻したその夜、ひとつの物語が幕を閉じ、次の章が始まる音が、確かに聞こえていた。
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