追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第30話 新制御塔の挑戦

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 王国と帝国の和平が成立してから、季節はひとつ巡った。
  蒼氷山脈のふもと、かつて八百年閉ざされていた魔導塔は、いまや両国共同の観測・研究施設としての改修が進められていた。各国の魔導技師、建築職人、学者が入り乱れ、あちこちで声を張り上げる。
  その中心にいるのは、まだ十一歳の少女──友子だった。
 「違うってば! この回路は雷属性の波長にしか反応しないの! 風と混ぜたら暴発するよ!」
  塔の中層部で、両手を腰に当てて叫ぶ友子。目の前の大人たちは一様に苦笑しながら、回路石を交換し始めた。
 「……もう、学会じゃ天才って呼ばれてたくせに、実地じゃポンコツなのよ……」
  ぼやきながらも、手元の設計図を数枚広げる。構造と魔力線の流れを同時に最適化するには、配線も材質も、すべて見直す必要があった。
 「……あと三日で上層部の起動試験って言ったよね、裕哉さん?」
 「言ったね。言ったけど……そこまで徹夜続きにする必要ある?」
  塔の柱影から、裕哉が菓子を片手に現れる。式典前の忙しさの中でも、口元にはいつもの飄々とした笑み。
 「じゃあ手伝ってよ! 演劇の台本書いてる場合じゃないでしょ!」
 「いやあ、こっちはこっちで“新同盟記念の演目”を王宮から頼まれてるの。プレッシャーすごいんだよ? 外交顧問って名前に“劇団の脚本家”は含まれてなかったはずなんだけどなあ……」
 「ぶつぶつ言ってないで! ほら、あの階段の配線確認して!」
  裕哉がぼやきながらも足を動かすと、入れ替わりに塔の入口からもう一人の影が姿を現す。
 「調子はどう?」
 「紗織さん!」
  友子がぱっと笑顔になって駆け寄る。紗織は改まった濃紺の装束、左肩には新たに制定された“外務卿”の印章を付けていた。
 「だいぶ進んでるみたいね。帝国の調査団も、明後日には到着予定よ。……それと、今日の午後、国王陛下が視察に来るって」
 「え、勇くんが?」
 「“陛下”ね。今は」
  そう言って紗織が笑う。かつての逃亡王子は、いまや即位から半年。初めての地方視察として、この観測所を選んだのだった。
 「よし、それまでに最低でも下層の魔力制御板まで完成させる! 最悪、徹夜してでも!」
 「……またかぁ……」
  裕哉が天を仰ぐ。
  そしてその横で、すずが記録用の羽ペンを片手に、苦笑混じりに言葉を紡いだ。
 「──今、塔の最上部には、子どもと大人と、未来と過去が、全部入り混じってる。ひとつ屋根の下で、全部、笑い合ってる」
 「今の書き留めた?」
 「もちろん」
  塔の窓から見えるのは、かつて死地だった山の向こうの青空だった。

 視察の準備に、観測塔の一階ホールは大忙しだった。
  歓迎の横断幕、軽食のケータリング、護衛の配置確認。それぞれが自分の持ち場で動きつつ、どうしても中心にはなるのが──
 「すず、式典演説の下書きできた? もう一時間後には読み合わせよ!」
 「はいはい、少しばかり感情を込めすぎたけど……まあ、喜ぶと思うよ、あいつ」
  すずは羽根ペンを耳に挟み、スケッチブックをぱらぱらとめくる。彼女の仕事は“記録官”だが、現場では司会進行から案内係、さらには雰囲気作りまで一手に担っていた。
 「私、こんなことまでやることになるとは……でも、まあ悪くないね。こういうのも“語り”だよ」
  その言葉を拾ったのは、階段を駆け下りてきた友子。
 「すず、演説の中に“観測塔は世界を照らす灯台になる”ってフレーズ入れてくれる? そのために今、反射板を金に変えたの!」
 「おお、それは詩的!」
 「でしょ! さっき、巧が『目立ちたくはないけど、結果的にこうなった』って言ってたから、たぶん彼のこともちゃんと書いといて」
 「巧のこと? んー……“寡黙なる背骨”って感じかなあ」
 「もっとカッコいいのがいい! こう、バンッて! 」
  すずと友子が笑い合うその背後で、タイミングを見計らったように、入り口の扉が開いた。
 「陛下、お越しです!」
  案内の声と共に入ってきたのは、王の装束をまといながらも、どこか気取らぬ佇まいの青年。勇が、少しだけ緊張した面持ちで立っていた。
 「……随分、にぎやかだな」
 「そりゃそうよ。あなたが来るって聞いて、全員張り切ってるの」
  紗織が先に歩み寄り、公式の礼を取る──が、彼女の笑みにはどこか私的な親しみがにじむ。
 「この施設、君たちのおかげで本当に動き出してるんだな」
 「そうよ。王都の政治家も、帝国の参謀も、“この観測塔が未来を結ぶ”って言い出してるわ」
 「……そんな大層なものか?」
  勇は小さく肩をすくめた。だが、笑っていた。
 「それにしても……子どもに研究を任せ、冒険者が防衛を担い、詩人が公式記録を……変な国になったもんだ」
 「それを作ったのは、あなたよ」
  すずが静かに言った。
 「勇、ちゃんと見て。今日、あの塔の最上階で、友子が“魔法の天文観測”を公開する。帝国の学者も来る。彼女の論文が通れば、正式に王国と帝国の“共同魔導規格”が誕生するの」
 「……そこまで来たのか」
  勇が顔を上げる。視線の先には、再建された魔導塔の頂──金色の反射板が太陽を浴びて輝いていた。

 「……なんか、怖いな。自分が選んだ道が、こうして本当に国の形になってくると」
  勇は本音を漏らした。それを聞いた紗織は、少しだけ首をかしげて、
 「怖がるのは、責任感がある証拠よ。でも、怯えたまま止まるのは違うわ。あなたは前に出るべき人間。それは、私が誰より知ってる」
 「紗織……」
 「さ、王様。式典の時間ですよ」
  すずがひょいと背後から勇の腕を引いた。その軽やかさに勇は苦笑しながらも、歩き出す。
  式典の壇上。民衆の目の前には、新たな王、かつての冒険者たち、そして未来を担う子どもたちが並ぶ。
  天文台から望遠の魔眼装置を覗く準備をする友子。その横には、魔導記録装置を調整する裕哉の姿も。
 「俺たちは、“始まりの地下迷宮”で出会った。そこから、たくさんの理不尽と向き合ってきた……でも、その中で、俺たちは一つの希望に辿り着いた。誰かが勝つためじゃなく、みんなで進むための“選択”を──」
  勇の言葉は、風に乗って広場を満たしていく。
  やがて、友子が空へ指を突き上げた。
 「星、出てるよ! 昼間なのに!」
  歓声が上がった。
  塔の先端に仕込まれた魔導反射板が、太陽の光を曲げ、遠くの星の位置を可視化したのだ。それは“軍事利用”とは真逆の、純粋な知識への扉だった。
 「……見えるだろう。これは、誰かを倒すための力じゃない。未来を照らす光だ」
  勇の演説が終わると、会場は拍手と歓声に包まれた。
  その中、巧は一歩後ろで立っていた。すずが寄ってきて、軽く肘で突く。
 「あなたも、もう少し表に出なさいよ。全部、あんたが背負ってくれた道なんだから」
 「いや……俺は、こうして裏で支えてる方が合ってる」
 「ふうん。じゃあ、“王国の背骨”って呼んであげる。ちゃんと、記録に残すから」
  すずの笑みに、巧は少しだけ、目を細めて笑った。
  その夜、塔の最上階での祝宴。各国の研究者や魔導士が交わる中、友子は帝国の老学者に囲まれていた。
 「十歳の少女が、星の魔源座標を再計算した……なんという未来だ」
 「ふふ、まだまだここからです。次は浮遊都市との中継網を──」
  彼女の目は、すでに次の空を見ていた。
  王国は変わろうとしている。かつて追放された者たちが、その中枢に立ち、新たな世界を形作っていく。
  ──その中心に、“個性”という光があった。
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