追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第34話 王家の海上戴冠式

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 南海の上空を、陽光を反射する巨大な浮遊都市が漂っていた。
  その名は──ゼピュロス。
  雲の海に浮かぶこの空中都市は、交易と研究の拠点であり、王国と帝国の新たな同盟の象徴でもあった。
  そして今──その中心部、白金の広場では王国の新たな節目となる“戴冠式”が執り行われようとしていた。
  巧は、近衛総隊長の礼装を纏い、広場周囲の警戒を最終確認していた。
 「問題なし。各所、結界魔導士と弓兵配置完了」
  報告に目を通しながらも、巧は浮かない顔だった。
  空は青く、群衆の熱気も祝祭を物語っている。それなのに、どこか胸の奥に澱のような予感が残っていた。
 「……また、何か起きる気がする」
  その呟きに、背後からふわりと柔らかな声が返ってきた。
 「緊張、伝わってくるよ。あまり眉間にシワ寄せると、写本の挿絵で変に描かれちゃうよ?」
  すずだった。公式記録官として、今回の戴冠式の“物語化”を任されている。
 「写本、というか、お前の詩はいつも劇的にしすぎだ」
 「だって英雄譚だもの。波乱万丈が似合うでしょ?」
  すずはにっこりと笑った。だがその瞳の奥には、かつての苦労も迷いもすべて越えた、揺るがぬ光があった。
  一方──式典の舞台では、純白と紅の正装に身を包んだ勇が、王剣を胸に抱えて立っていた。
  その傍らには、外務卿となった紗織が寄り添い、外交文書を納めた銀の箱を手にしている。
 「ここまで、来たんだな」
 「ええ。あなたが、自分の足で歩いてきた道。そのすべてが、今ここに繋がっている」
  紗織は、かつての“悪役令嬢”という陰口などとうに消えた自分の名を誇らしげに胸に刻んでいた。
  勇はひとつ、深呼吸をして歩みを進める。
  その先に待つのは──帝国からの来賓。アンドレである。
 「よくぞ、ここまで辿り着いたな。弟よ」
 「兄さん。今日は王国と帝国の未来のため、協力してくれると信じている」
  短く握手を交わす二人の間に、これまでの軋轢や葛藤が確かに存在していた。だがそれでも、今は同じ“王家の血”として、未来を見据える同胞だった。
  広場の鐘が鳴る。
  空を舞う白鳩とともに、戴冠の儀が始まった──

 戴冠の儀式は厳かに進んでいった。
  王家の伝承を口にする巫女の歌声が、魔導スピーカーを通じて都市全体に響き渡る。浮遊都市ゼピュロスの底部に設置された魔導石の共振により、雲下の大海にもその歌が波紋として伝わっていくという。
 「やっぱすごい……この音波制御設計、私がやったんだよ……ふふん……!」
  広場脇の技術制御台に陣取る友子が、鼻高々に胸を張っていた。
  彼女の発明した“魔導音波拡散回路”により、今回の儀式は空前の規模で中継されている。王都、帝都、そして辺境の村々までも、すべてが同じ瞬間に新王の戴冠を目撃していた。
 「子どもがこんなもん作る時代になったのか……すげぇ……」
  周囲の技術者たちが絶句する中、友子はふっと表情を曇らせた。
 「……でも、これは“お祝い用”だから良かったけどさ。軍事転用されたらって考えると、やっぱ怖いよ」
 「されないさ」
  声をかけたのは裕哉だった。
  演劇風の礼装を着こなしたまま、外交来賓の接待と情報収集を同時にこなしているらしい。
 「今の王様……いや、“勇くん”がそんなこと望むわけない。僕たちが一緒に歩いてきた意味、信じようぜ」
  友子は小さく頷いた。
 「うん。信じる。信じたいじゃなくて……信じる、にする」
  その言葉に、裕哉も口元を緩めた。
 「成長したなあ、マジで。小さいまんまだけど」
 「余計なお世話ー!」
  軽くじゃれ合いながらも、二人の表情は晴れやかだった。
  そして──その瞬間は訪れた。
  勇が王冠を授かり、王剣を高く掲げたのだ。
  風が吹き、雲が割れ、陽光が彼を包む。
 「我が名は、勇・セリオス・アルフェリオ──この王国に生きるすべての人に、誓おう。恐れではなく、信頼による統治を。剣ではなく、言葉と意志による力を──!」
  大歓声が、海と空とを震わせた。
  王が生まれた。確かにこの瞬間、世界は少しだけ前に進んだのだ。

 戴冠式の直後、城塞区の屋上テラスにて。祝宴の準備が進められていた。
  精霊樹の果実を使った菓子が並び、空中舞踏団が帆布の上で軽やかに舞う。
 「……勇、今なら戻ってもいいのよ?」
  紗織が小さく切り出した。傍らの勇が、テーブルに両手を置いたまま、ふっと笑う。
 「“戻る”って? 王として、か?」
 「ええ。……でも、あなたが“行脚騎士”のままでも、私はそれを誇るわ」
 「……ありがとう。俺も、“婚約破棄された悪役令嬢”って肩書より、“王の友”って方が誇らしいと思ってる」
  紗織は驚きに目を瞬いた後、ぷいと顔を逸らした。
 「……言ってくれるわね……そういうの、反則」
 「そうか? でも、今は素直に言える気がしたんだ」
  会話の終わり際、二人の視線が合い、ふっと微笑みがこぼれる。
  少し離れた場所では、すずが広場の舞台で吟遊詩人としての役目を果たしていた。
 「──そして彼らは、時に誤解され、時に笑われ、それでも前を向いた……!」
  観客たちは静かに耳を傾ける。涙ぐむ者すらいた。
  すずは最後に言葉を締める。
 「──だからこそ、この物語は、あなたの物語でもあるのです」
  割れんばかりの拍手が巻き起こった。
 「……やるじゃん」
  その陰で、巧が小さく呟いた。
  彼は近衛総隊長の礼装姿のまま、警備を兼ねて会場を巡っていた。
  場を壊さぬよう一歩引いた立場を守りつつも、しっかりと仲間の姿を見届けている。
 「感情を……ちゃんと伝えられるようになったな、みんな……俺も……」
  言葉の途中、足元でぴょんと何かが跳ねた。
 「わっぷ! 巧くん、こっちこっちー!」
 「うおっ……友子? おい、走るなって」
 「えへへ、見せたいものあるんだ!」
  友子が抱えていたのは──王家と帝国との共同署名文だった。
 「ねぇ、巧くん。これ、ちゃんと意味わかってる?」
 「……未来に向けた、最初の合意、だろ?」
 「そう。戦争じゃなくて、話し合いで世界を繋ぐっていう、最初の!」
  その目は、希望に満ちていた。
 「──やっと、ここまで来たんだね。みんなで」
  巧は、心のどこかがあたたかくなるのを感じた。
 「……ああ。これからも、前に進むためにな」
  浮遊都市を渡る風が、祝福するように吹き抜けた。

 夜。都市の中心塔にて、勇の正式戴冠式が執り行われた。
  儀式の最中、アンドレ皇帝が壇上へ進み出た。
 「ここに、帝国を代表し、王国との同盟締結を宣言する。我らが争った日々は、遠き記憶とならんことを」
  老練な声が広場に響いた。観客席にざわめきが起こる。
  アンドレが続ける。
 「この日、王勇が王位に就くことを、帝国として正式に認め、今後の国際会議にて主導的立場を共に担うことを望む」
  帝国と王国の代表が固く握手を交わす瞬間、巧の胸が高鳴った。
 (ついに……この国は“未来”を選んだんだ)
  儀式が終わり、王剣を手にした勇が一歩、民の前に進み出る。
 「──我は王勇、今日よりこの地を治める者。だが、民なくして王は成り立たぬ。この王位は、皆の手で築くものだ!」
  群衆から拍手と歓声が上がった。
  壇上にいたすずが一歩前に出て、勇の隣に立った。
 「……そして、物語はまだ続く。いつか伝説になるその日まで」
  その声を合図に、花火が次々と空に咲く。
  紅、碧、金、紫。
  空に描かれたそれぞれの色が、彼らの歩んできた道を象徴していた。
  それを見上げる裕哉が、ふっと肩をすくめた。
 「……俺も、そろそろ二足の草鞋に本腰入れるかね。演劇と諜報、どっちも捨てられない性分でさ」
 「いっそ劇団名を“密偵座”にでもしたらどうだ?」
  巧が軽く返すと、二人で小さく笑い合った。
  その背後で、友子が観測用のスコープを空へ向けていた。
 「……あ、流星……それも三つ同時!」
 「なにそれ縁起良すぎ!」
  すずが思わず叫び、紗織が呆れ顔で続ける。
 「まるで“物語の都合”のような展開ね……でも、嫌いじゃないわ」
  誰かがふと口ずさむ。
  ──「これが終わりでなく、始まりなんだ」──
  言葉にせずとも、誰もが同じ想いを抱いていた。
  この物語の終わりは、次の誰かの始まりになる。
  浮遊都市ゼピュロスの空の下、新たな時代の幕が上がった。
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