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第36話 吟遊詩人の独白
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午後の王都公会堂は、木漏れ日とざわめきに包まれていた。舞台の上にはすずが立っている。彼女は一礼し、観客席を見渡すと、深く息を吸った。
「──皆さま、本日は『旅する六人の記録詩』、その終章にあたる物語を、お聞きいただければと思います」
場内に緊張が走る。広報では“吟遊詩人すずによる特別朗読劇”とだけ告知されていたが、その内容に踏み込んだ者はほとんどいなかった。
すずは語り始めた。巧という無骨な剣士が、地下迷宮で裏切られたこと。勇という名の剣士が、王子としての道を捨てたこと。悪役と呼ばれた少女が、自分を見失わなかったこと。そして、命の重さを測る天才が、未来の光を求めたこと。
人々の呼吸が揃っていく。すずの声に、言葉に、歌に、観客たちの心が静かに繋がっていく。
そのときだった。
「質問してもいいですか!」
少年の声が響いた。観客の列の間から、立ち上がったのは十歳ほどの少年だった。
ざわつく会場を制するように、すずは手を挙げて応じる。
「もちろん。なんでもどうぞ」
「お姉ちゃんは、なんで……そんなに人のことが分かるの? 本当に全部、見てきたの?」
すずは、しばらく黙っていた。そして、マイクスタンドから少し離れた位置に歩み寄る。
「……見てきたわけじゃないの。私は“誰かの横にいる”ことしか、できなかった。巧にも、勇にも、紗織にも、友子にも、裕哉にも、私は何もしてあげられなかった」
客席が静まり返る。
「でもね、隣にいたからこそ、私はその人の“声にならない声”を聞けたと思ってる」
すずの目が潤む。彼女がこんなふうに感情をさらけ出すのは、仲間たちの前でさえ稀だった。
「だから、私は今日、この詩をみんなに届けたい。誰かのことを“わかったつもり”になる前に──“聴く勇気”が、私たちを繋げるって信じてる」
静かに拍手が起こり、次第に広がっていく。
舞台袖でその様子を見守っていた巧は、ふっと肩の力を抜いた。横にいた勇が小声で言う。
「……まさか、あいつが泣くとはな」
「ああ。あいつは、強がりの仮面を脱いだ吟遊詩人だからな」
「感情表現が苦手なお前が、よく見抜いた」
「お前に言われたくはない」
二人の会話は短いが、言葉以上に通じ合っていた。
すずの歌が再び流れ出す。
その詩は、すず自身の物語であり、誰もがどこかに持っている“語れなかった物語”でもあった。
朗読が終わったあとも、拍手は止まらなかった。まるで会場全体が、言葉にならない余韻に抱かれているかのようだった。
だが、すずはゆっくりと舞台の中央に戻ると、もう一度マイクの前に立った。
「……本当は、今日みたいな舞台は、怖かったんです」
すずの声は震えていたが、その震えは、まっすぐだった。
「私は……人の話を聞いて、物語にするのは得意だけど、自分のことを話すのが本当に下手で。だから、ずっと“誰かの物語の案内役”でいいって、思ってたんです」
誰もが、彼女の声に耳を澄ませていた。
「でも、この旅で出会った人たちは、どんなに怖くても、自分をさらけ出すことから逃げなかった。感情を抑えて生きてきた巧も、王子の名を捨てた勇も、過去に縛られた紗織も、信じてきた理想に裏切られた友子も、孤独のなかで演じてきた裕哉も──みんな、誰かのために“話す勇気”を持ってた」
すずの肩が小さく揺れる。
「私だけが、それができなかった。いつも“言葉にしない”ことで守られてた気がして……だけど、勇にこう言われたんです。“話してみろ。間違えてもいい。黙るより、ずっと伝わる”って」
舞台袖でその言葉を聞いた勇は、袖の奥で目を伏せ、口元だけ笑った。
すずは深く息を吸い、まるで空気ごと取り込むように吐き出した。
「私は……ずっと、本当の自分が、誰かをがっかりさせるんじゃないかって、怖かったんです」
客席から、すすり泣く音が聞こえた。
「でも、それでも、今ここに立って、話しています。私の本当の名前は、“すず”じゃない。私はただの、どこにでもいる家の……逃げ出して、名もない港町で歌ってた少女です」
息を飲むような静寂が降りる。
だが、すずは笑った。
「けど、そうやって拾ってくれた人がいた。歌を聞いて、“面白いな”って言ってくれた人がいた。その中に、あの不器用で、感情の読めない剣士がいたんです」
会場の視線が、舞台袖の巧に向いた。巧は軽く手を上げて、小さく苦笑した。
「だから私は、あの人の物語を書きたかった。歌いたかった。嘘でも脚色でもなく、その人がずっと隠してきた“本当”を」
彼女は最後に、マイクにそっと口を寄せる。
「──そして今、この物語が終わるとき、ようやく私の物語が始まる気がしています」
静寂の中、すずの言葉が空気に溶けていく。
次の瞬間──会場から、ひとつ、またひとつと拍手が沸き起こり、それは歓声に変わっていった。
涙を拭う者、微笑む者、立ち上がる者。すずは舞台の真ん中で、それら全てを受け止めるように、ゆっくりと頭を下げた。
カーテンがゆっくりと下りる。
彼女の新しい物語は──きっと、ここから始まる。
「──皆さま、本日は『旅する六人の記録詩』、その終章にあたる物語を、お聞きいただければと思います」
場内に緊張が走る。広報では“吟遊詩人すずによる特別朗読劇”とだけ告知されていたが、その内容に踏み込んだ者はほとんどいなかった。
すずは語り始めた。巧という無骨な剣士が、地下迷宮で裏切られたこと。勇という名の剣士が、王子としての道を捨てたこと。悪役と呼ばれた少女が、自分を見失わなかったこと。そして、命の重さを測る天才が、未来の光を求めたこと。
人々の呼吸が揃っていく。すずの声に、言葉に、歌に、観客たちの心が静かに繋がっていく。
そのときだった。
「質問してもいいですか!」
少年の声が響いた。観客の列の間から、立ち上がったのは十歳ほどの少年だった。
ざわつく会場を制するように、すずは手を挙げて応じる。
「もちろん。なんでもどうぞ」
「お姉ちゃんは、なんで……そんなに人のことが分かるの? 本当に全部、見てきたの?」
すずは、しばらく黙っていた。そして、マイクスタンドから少し離れた位置に歩み寄る。
「……見てきたわけじゃないの。私は“誰かの横にいる”ことしか、できなかった。巧にも、勇にも、紗織にも、友子にも、裕哉にも、私は何もしてあげられなかった」
客席が静まり返る。
「でもね、隣にいたからこそ、私はその人の“声にならない声”を聞けたと思ってる」
すずの目が潤む。彼女がこんなふうに感情をさらけ出すのは、仲間たちの前でさえ稀だった。
「だから、私は今日、この詩をみんなに届けたい。誰かのことを“わかったつもり”になる前に──“聴く勇気”が、私たちを繋げるって信じてる」
静かに拍手が起こり、次第に広がっていく。
舞台袖でその様子を見守っていた巧は、ふっと肩の力を抜いた。横にいた勇が小声で言う。
「……まさか、あいつが泣くとはな」
「ああ。あいつは、強がりの仮面を脱いだ吟遊詩人だからな」
「感情表現が苦手なお前が、よく見抜いた」
「お前に言われたくはない」
二人の会話は短いが、言葉以上に通じ合っていた。
すずの歌が再び流れ出す。
その詩は、すず自身の物語であり、誰もがどこかに持っている“語れなかった物語”でもあった。
朗読が終わったあとも、拍手は止まらなかった。まるで会場全体が、言葉にならない余韻に抱かれているかのようだった。
だが、すずはゆっくりと舞台の中央に戻ると、もう一度マイクの前に立った。
「……本当は、今日みたいな舞台は、怖かったんです」
すずの声は震えていたが、その震えは、まっすぐだった。
「私は……人の話を聞いて、物語にするのは得意だけど、自分のことを話すのが本当に下手で。だから、ずっと“誰かの物語の案内役”でいいって、思ってたんです」
誰もが、彼女の声に耳を澄ませていた。
「でも、この旅で出会った人たちは、どんなに怖くても、自分をさらけ出すことから逃げなかった。感情を抑えて生きてきた巧も、王子の名を捨てた勇も、過去に縛られた紗織も、信じてきた理想に裏切られた友子も、孤独のなかで演じてきた裕哉も──みんな、誰かのために“話す勇気”を持ってた」
すずの肩が小さく揺れる。
「私だけが、それができなかった。いつも“言葉にしない”ことで守られてた気がして……だけど、勇にこう言われたんです。“話してみろ。間違えてもいい。黙るより、ずっと伝わる”って」
舞台袖でその言葉を聞いた勇は、袖の奥で目を伏せ、口元だけ笑った。
すずは深く息を吸い、まるで空気ごと取り込むように吐き出した。
「私は……ずっと、本当の自分が、誰かをがっかりさせるんじゃないかって、怖かったんです」
客席から、すすり泣く音が聞こえた。
「でも、それでも、今ここに立って、話しています。私の本当の名前は、“すず”じゃない。私はただの、どこにでもいる家の……逃げ出して、名もない港町で歌ってた少女です」
息を飲むような静寂が降りる。
だが、すずは笑った。
「けど、そうやって拾ってくれた人がいた。歌を聞いて、“面白いな”って言ってくれた人がいた。その中に、あの不器用で、感情の読めない剣士がいたんです」
会場の視線が、舞台袖の巧に向いた。巧は軽く手を上げて、小さく苦笑した。
「だから私は、あの人の物語を書きたかった。歌いたかった。嘘でも脚色でもなく、その人がずっと隠してきた“本当”を」
彼女は最後に、マイクにそっと口を寄せる。
「──そして今、この物語が終わるとき、ようやく私の物語が始まる気がしています」
静寂の中、すずの言葉が空気に溶けていく。
次の瞬間──会場から、ひとつ、またひとつと拍手が沸き起こり、それは歓声に変わっていった。
涙を拭う者、微笑む者、立ち上がる者。すずは舞台の真ん中で、それら全てを受け止めるように、ゆっくりと頭を下げた。
カーテンがゆっくりと下りる。
彼女の新しい物語は──きっと、ここから始まる。
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