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第37話 祝祭に射す影
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王都の空は、光の帯をまとっていた。戴冠式から十日、王勇の即位を祝う「新生祭」が城門前の大広場を中心に開かれ、市民と旅人が肩を並べて踊り、笑い、食べていた。
花弁と紙吹雪が風に舞い、音楽家たちの奏でる笛と太鼓が、昼の熱気をさらに押し上げていた。
広場を見渡せる高台の観覧席で、紗織は花柄の外套をまとい、控えの帳簿をめくっていた。かつて「悪役令嬢」と呼ばれた彼女も、いまや新政の外務卿として各国貴族との調整に追われている。
「税関職員の訓示が済んだら、次は――演説ですね」
「うん、前より顔が硬くなってるぞ」
すずが隣でからかうように笑いかけた。彼女は祝祭の“記録官”として、全体運営と進行の監修も務めている。
「演説なんて勇様に任せれば……」
「だめ。紗織の言葉には重みがある。貴族たちに“やり直せる”って信じさせる言葉は、貴族だった人じゃないと出せない」
すずは真顔に戻って言った。紗織は黙って頷き、視線を下へ戻す。
その頃、観覧席から見えない片隅、屋台が並ぶ通りの裏手で、ひとりの男が群衆に紛れていた。長いマントをまとい、左手の袖をたゆたわせながら、彼は木箱の上に立つ。
「……自由を奪った“偽りの王”を讃えるつもりか!」
金属を叩く音が響いた。叫びはすぐに他の喧騒にかき消されるかと思われたが――
違った。
何かが撒かれた。黒い煙だ。数瞬ののち、四方で火薬のような破裂音が連続した。群衆がざわめき、叫び、逃げ惑う。
「煙幕!?」すずが立ち上がる。
「手口が荒い、でも組織的……」紗織は風向きを確認するように髪を払った。「残党ね、摂政派の」
「暴動……本当に起きたんだな」いつの間にか背後に立っていた裕哉がつぶやいた。黒ずくめの衣装は変装用のようだ。
「止められなかったの?」紗織が問い返す。
「止めてはいる。こいつら、動き出す前に“何か”を待ってた。号令か、外の部隊か……あるいは」
「……きっかけが要った」すずが言葉を継いだ。
「そう。だからこっちも出すんだ、“きっかけ”をな」
裕哉は懐から何かを取り出す。それは、王政から発行された特赦証書の複製だった。
「紗織。演説の前に、これを読んで。『残党』じゃなく『誤解された同胞』としての赦しを示せ。市民に混じってる者たちに逃げ道を作らなきゃ、暴走は止まらない」
紗織は一拍だけ考え、手袋を外して証書を受け取った。
「任せなさい。演説でなく、“対話”をしてくるわ」
すずが小さく、だが深く息をついた。「やっぱり、貴女は“悪役令嬢”なんかじゃないね」
紗織は微笑んだ。「あら、そう? だったら……」
彼女はスカートをひるがえし、階段を降りながら言った。
「今日だけは、“王都の花形”を演じてみせるわ」
王都の広場に響く鐘が三度、静かに打たれた。
広場中央の特設演台に上がった紗織は、証書を手に掲げると、凛とした声を響かせる。
「市民の皆様、そして……武器を取ろうとする方々へ。私は元・レムローゼ侯爵家の娘、紗織。今は新政の外務卿として、ここに立っています」
場がざわつく中、彼女の言葉は観客席に設置された拡音結晶を通じて、王都の通り中に伝わった。
「過去に誤った道を選んだ者たちがいます。私も、かつて貴族の傲慢さに惑い、人を裁くことが正義と信じていた」
彼女は証書を胸元に当てる。
「ですが、今は違います。私たちは変わることができる。王は、誤解と対立の中にあった者たちに“対話の余地”を示しました。ここに、罪なき者を赦すための“特赦証書”を掲げます!」
どこからか、短い拍手が起こった。最初は一人、次は三人、十人……そして広がっていく。
その時だった。
「綺麗ごとを……!」煙の中から男の怒声が響く。手製の発火瓶を握った暴漢が演台に走り出す。
だが、それより早く影が跳ねた。
「やめろ、それはもう“敵”に向けるものじゃない!」
叫びとともに飛び込んだのは、巧だった。演台に駆け上がり、投擲された瓶を素手で弾き落とすと、足元で炎が弾けた。
白煙と火の粉の中、巧は軽く身を屈めて紗織を守り、観客へ向かって叫ぶ。
「俺たちはもう、過去の怒りじゃなく、これからを作る仲間だろ!」
しばしの沈黙ののち、ざわつきの中から叫び声が返った。
「……仲間……だと……?」
「王子が変わったんなら……俺たちも……!」
「もう武器なんて、いらねえ!」
次々と武装した市民たちが地面に手斧や短剣を置いていく。
紗織は見ていた。巧が“言葉”で人の衝動を止めたのだと。
彼はいつも自分をうまく語れないと嘆いていた男だ。けれど今、その“誤解されがちな不器用さ”がまっすぐ心に届いている。
そして、紗織の隣に戻った巧に、彼女はそっと囁く。
「ありがとう。あなたの言葉、誰よりも強かったわ」
巧は少しだけ目を逸らして、肩をすくめた。
「言いたいこと、うまく言えたかどうかは……わからないけどさ」
紗織は小さく笑った。
「ううん、十分。だって、炎すら味方につけた英雄だったもの」
観衆がまた一段と大きな拍手を送る中で、二人は視線を交わした。
祝祭は、再び本当の意味で始まった。
その日の王都には、嘘のように穏やかな空気が流れていた。
民衆の武器が置かれ、祝祭が正式に再開されたのは正午過ぎ。広場には炊き出しが始まり、街角の吟遊詩人たちが調律を始めた。火薬の残り香を洗い流すように、風が通り抜けていく。
すずは街頭舞台の上で、まだ震えの残る声を整えながら、即興の祝歌を紡いでいた。
「♪戦は憎しみ生み落とし、心は傷つき血を流す──」
歌に混じるように、そっと寄り添うようなフルートが被さる。脇に立っていた裕哉が、袖から銀の管楽器を取り出していたのだ。
彼はいつもの調子で笑った。
「詩には演出が必要だろ? こう見えて昔、合奏もかじってたからな」
すずは目を丸くしたが、すぐに小さく頷いた。
「……じゃあ、あたしは物語を綴るよ。あなたは響きを添えて」
「おうよ」
奏でられる旋律に、人々の肩の力がゆるんでいく。背負っていたものを、ほんの数秒だけ降ろせたような空気。
そして、その輪の中心で、勇は王都中央の塔に姿を現した。
「皆、聞いてくれ!」
その声は魔導拡声器で届いた。
「今日、我らが流すべきは血ではない。怒りでもない。語らうための声と、誓いだ」
誰よりも遠くを見つめるそのまなざしは、すでに王という名の重みを受け入れていた。
「私たちは変わる。もう“選ばれし者”の時代ではない。歩む道を選ぶ者すべてが、この国を形作るのだ!」
勇の声に、人々は次々と応え始めた。
「我らが王に、万歳!」
「勇王万歳!」
「巧将軍、紗織卿、そして……吟遊詩人に栄光を!」
その場にいた誰もが知っていた。今日、この瞬間が王都の歴史に刻まれるのだと。
友子は少し離れた高台からその光景を眺めながら、小さくつぶやいた。
「……これが、感情というものか。理屈ではなく、心でつながるってこと」
彼女の隣にいたイザベルが、ふっと優しく目を細めた。
「貴女も変わりましたね、友子」
「あなたが仕掛けた密書がなければ、私たちまだ分断されてたよ。……でも、それに感謝するのはやっぱり恥ずかしいな」
イザベルはいたずらっぽく笑った。
「では、私は黙って頷くだけにしておきます」
祭の音が、どこまでもどこまでも空へ昇っていく。
その光景を、遠く離れた帝国の尖塔から、アンドレも静かに見つめていた。
王国の未来が、今、民衆とともに選ばれようとしている。
その日の王都には、嘘のように穏やかな空気が流れていた。
民衆の武器が置かれ、祝祭が正式に再開されたのは正午過ぎ。広場には炊き出しが始まり、街角の吟遊詩人たちが調律を始めた。火薬の残り香を洗い流すように、風が通り抜けていく。
すずは街頭舞台の上で、まだ震えの残る声を整えながら、即興の祝歌を紡いでいた。
「♪戦は憎しみ生み落とし、心は傷つき血を流す──」
歌に混じるように、そっと寄り添うようなフルートが被さる。脇に立っていた裕哉が、袖から銀の管楽器を取り出していたのだ。
彼はいつもの調子で笑った。
「詩には演出が必要だろ? こう見えて昔、合奏もかじってたからな」
すずは目を丸くしたが、すぐに小さく頷いた。
「……じゃあ、あたしは物語を綴るよ。あなたは響きを添えて」
「おうよ」
奏でられる旋律に、人々の肩の力がゆるんでいく。背負っていたものを、ほんの数秒だけ降ろせたような空気。
そして、その輪の中心で、勇は王都中央の塔に姿を現した。
「皆、聞いてくれ!」
その声は魔導拡声器で届いた。
「今日、我らが流すべきは血ではない。怒りでもない。語らうための声と、誓いだ」
誰よりも遠くを見つめるそのまなざしは、すでに王という名の重みを受け入れていた。
「私たちは変わる。もう“選ばれし者”の時代ではない。歩む道を選ぶ者すべてが、この国を形作るのだ!」
勇の声に、人々は次々と応え始めた。
「我らが王に、万歳!」
「勇王万歳!」
「巧将軍、紗織卿、そして……吟遊詩人に栄光を!」
その場にいた誰もが知っていた。今日、この瞬間が王都の歴史に刻まれるのだと。
友子は少し離れた高台からその光景を眺めながら、小さくつぶやいた。
「……これが、感情というものか。理屈ではなく、心でつながるってこと」
彼女の隣にいたイザベルが、ふっと優しく目を細めた。
「貴女も変わりましたね、友子」
「あなたが仕掛けた密書がなければ、私たちまだ分断されてたよ。……でも、それに感謝するのはやっぱり恥ずかしいな」
イザベルはいたずらっぽく笑った。
「では、私は黙って頷くだけにしておきます」
祭の音が、どこまでもどこまでも空へ昇っていく。
その光景を、遠く離れた帝国の尖塔から、アンドレも静かに見つめていた。
王国の未来が、今、民衆とともに選ばれようとしている。
花弁と紙吹雪が風に舞い、音楽家たちの奏でる笛と太鼓が、昼の熱気をさらに押し上げていた。
広場を見渡せる高台の観覧席で、紗織は花柄の外套をまとい、控えの帳簿をめくっていた。かつて「悪役令嬢」と呼ばれた彼女も、いまや新政の外務卿として各国貴族との調整に追われている。
「税関職員の訓示が済んだら、次は――演説ですね」
「うん、前より顔が硬くなってるぞ」
すずが隣でからかうように笑いかけた。彼女は祝祭の“記録官”として、全体運営と進行の監修も務めている。
「演説なんて勇様に任せれば……」
「だめ。紗織の言葉には重みがある。貴族たちに“やり直せる”って信じさせる言葉は、貴族だった人じゃないと出せない」
すずは真顔に戻って言った。紗織は黙って頷き、視線を下へ戻す。
その頃、観覧席から見えない片隅、屋台が並ぶ通りの裏手で、ひとりの男が群衆に紛れていた。長いマントをまとい、左手の袖をたゆたわせながら、彼は木箱の上に立つ。
「……自由を奪った“偽りの王”を讃えるつもりか!」
金属を叩く音が響いた。叫びはすぐに他の喧騒にかき消されるかと思われたが――
違った。
何かが撒かれた。黒い煙だ。数瞬ののち、四方で火薬のような破裂音が連続した。群衆がざわめき、叫び、逃げ惑う。
「煙幕!?」すずが立ち上がる。
「手口が荒い、でも組織的……」紗織は風向きを確認するように髪を払った。「残党ね、摂政派の」
「暴動……本当に起きたんだな」いつの間にか背後に立っていた裕哉がつぶやいた。黒ずくめの衣装は変装用のようだ。
「止められなかったの?」紗織が問い返す。
「止めてはいる。こいつら、動き出す前に“何か”を待ってた。号令か、外の部隊か……あるいは」
「……きっかけが要った」すずが言葉を継いだ。
「そう。だからこっちも出すんだ、“きっかけ”をな」
裕哉は懐から何かを取り出す。それは、王政から発行された特赦証書の複製だった。
「紗織。演説の前に、これを読んで。『残党』じゃなく『誤解された同胞』としての赦しを示せ。市民に混じってる者たちに逃げ道を作らなきゃ、暴走は止まらない」
紗織は一拍だけ考え、手袋を外して証書を受け取った。
「任せなさい。演説でなく、“対話”をしてくるわ」
すずが小さく、だが深く息をついた。「やっぱり、貴女は“悪役令嬢”なんかじゃないね」
紗織は微笑んだ。「あら、そう? だったら……」
彼女はスカートをひるがえし、階段を降りながら言った。
「今日だけは、“王都の花形”を演じてみせるわ」
王都の広場に響く鐘が三度、静かに打たれた。
広場中央の特設演台に上がった紗織は、証書を手に掲げると、凛とした声を響かせる。
「市民の皆様、そして……武器を取ろうとする方々へ。私は元・レムローゼ侯爵家の娘、紗織。今は新政の外務卿として、ここに立っています」
場がざわつく中、彼女の言葉は観客席に設置された拡音結晶を通じて、王都の通り中に伝わった。
「過去に誤った道を選んだ者たちがいます。私も、かつて貴族の傲慢さに惑い、人を裁くことが正義と信じていた」
彼女は証書を胸元に当てる。
「ですが、今は違います。私たちは変わることができる。王は、誤解と対立の中にあった者たちに“対話の余地”を示しました。ここに、罪なき者を赦すための“特赦証書”を掲げます!」
どこからか、短い拍手が起こった。最初は一人、次は三人、十人……そして広がっていく。
その時だった。
「綺麗ごとを……!」煙の中から男の怒声が響く。手製の発火瓶を握った暴漢が演台に走り出す。
だが、それより早く影が跳ねた。
「やめろ、それはもう“敵”に向けるものじゃない!」
叫びとともに飛び込んだのは、巧だった。演台に駆け上がり、投擲された瓶を素手で弾き落とすと、足元で炎が弾けた。
白煙と火の粉の中、巧は軽く身を屈めて紗織を守り、観客へ向かって叫ぶ。
「俺たちはもう、過去の怒りじゃなく、これからを作る仲間だろ!」
しばしの沈黙ののち、ざわつきの中から叫び声が返った。
「……仲間……だと……?」
「王子が変わったんなら……俺たちも……!」
「もう武器なんて、いらねえ!」
次々と武装した市民たちが地面に手斧や短剣を置いていく。
紗織は見ていた。巧が“言葉”で人の衝動を止めたのだと。
彼はいつも自分をうまく語れないと嘆いていた男だ。けれど今、その“誤解されがちな不器用さ”がまっすぐ心に届いている。
そして、紗織の隣に戻った巧に、彼女はそっと囁く。
「ありがとう。あなたの言葉、誰よりも強かったわ」
巧は少しだけ目を逸らして、肩をすくめた。
「言いたいこと、うまく言えたかどうかは……わからないけどさ」
紗織は小さく笑った。
「ううん、十分。だって、炎すら味方につけた英雄だったもの」
観衆がまた一段と大きな拍手を送る中で、二人は視線を交わした。
祝祭は、再び本当の意味で始まった。
その日の王都には、嘘のように穏やかな空気が流れていた。
民衆の武器が置かれ、祝祭が正式に再開されたのは正午過ぎ。広場には炊き出しが始まり、街角の吟遊詩人たちが調律を始めた。火薬の残り香を洗い流すように、風が通り抜けていく。
すずは街頭舞台の上で、まだ震えの残る声を整えながら、即興の祝歌を紡いでいた。
「♪戦は憎しみ生み落とし、心は傷つき血を流す──」
歌に混じるように、そっと寄り添うようなフルートが被さる。脇に立っていた裕哉が、袖から銀の管楽器を取り出していたのだ。
彼はいつもの調子で笑った。
「詩には演出が必要だろ? こう見えて昔、合奏もかじってたからな」
すずは目を丸くしたが、すぐに小さく頷いた。
「……じゃあ、あたしは物語を綴るよ。あなたは響きを添えて」
「おうよ」
奏でられる旋律に、人々の肩の力がゆるんでいく。背負っていたものを、ほんの数秒だけ降ろせたような空気。
そして、その輪の中心で、勇は王都中央の塔に姿を現した。
「皆、聞いてくれ!」
その声は魔導拡声器で届いた。
「今日、我らが流すべきは血ではない。怒りでもない。語らうための声と、誓いだ」
誰よりも遠くを見つめるそのまなざしは、すでに王という名の重みを受け入れていた。
「私たちは変わる。もう“選ばれし者”の時代ではない。歩む道を選ぶ者すべてが、この国を形作るのだ!」
勇の声に、人々は次々と応え始めた。
「我らが王に、万歳!」
「勇王万歳!」
「巧将軍、紗織卿、そして……吟遊詩人に栄光を!」
その場にいた誰もが知っていた。今日、この瞬間が王都の歴史に刻まれるのだと。
友子は少し離れた高台からその光景を眺めながら、小さくつぶやいた。
「……これが、感情というものか。理屈ではなく、心でつながるってこと」
彼女の隣にいたイザベルが、ふっと優しく目を細めた。
「貴女も変わりましたね、友子」
「あなたが仕掛けた密書がなければ、私たちまだ分断されてたよ。……でも、それに感謝するのはやっぱり恥ずかしいな」
イザベルはいたずらっぽく笑った。
「では、私は黙って頷くだけにしておきます」
祭の音が、どこまでもどこまでも空へ昇っていく。
その光景を、遠く離れた帝国の尖塔から、アンドレも静かに見つめていた。
王国の未来が、今、民衆とともに選ばれようとしている。
その日の王都には、嘘のように穏やかな空気が流れていた。
民衆の武器が置かれ、祝祭が正式に再開されたのは正午過ぎ。広場には炊き出しが始まり、街角の吟遊詩人たちが調律を始めた。火薬の残り香を洗い流すように、風が通り抜けていく。
すずは街頭舞台の上で、まだ震えの残る声を整えながら、即興の祝歌を紡いでいた。
「♪戦は憎しみ生み落とし、心は傷つき血を流す──」
歌に混じるように、そっと寄り添うようなフルートが被さる。脇に立っていた裕哉が、袖から銀の管楽器を取り出していたのだ。
彼はいつもの調子で笑った。
「詩には演出が必要だろ? こう見えて昔、合奏もかじってたからな」
すずは目を丸くしたが、すぐに小さく頷いた。
「……じゃあ、あたしは物語を綴るよ。あなたは響きを添えて」
「おうよ」
奏でられる旋律に、人々の肩の力がゆるんでいく。背負っていたものを、ほんの数秒だけ降ろせたような空気。
そして、その輪の中心で、勇は王都中央の塔に姿を現した。
「皆、聞いてくれ!」
その声は魔導拡声器で届いた。
「今日、我らが流すべきは血ではない。怒りでもない。語らうための声と、誓いだ」
誰よりも遠くを見つめるそのまなざしは、すでに王という名の重みを受け入れていた。
「私たちは変わる。もう“選ばれし者”の時代ではない。歩む道を選ぶ者すべてが、この国を形作るのだ!」
勇の声に、人々は次々と応え始めた。
「我らが王に、万歳!」
「勇王万歳!」
「巧将軍、紗織卿、そして……吟遊詩人に栄光を!」
その場にいた誰もが知っていた。今日、この瞬間が王都の歴史に刻まれるのだと。
友子は少し離れた高台からその光景を眺めながら、小さくつぶやいた。
「……これが、感情というものか。理屈ではなく、心でつながるってこと」
彼女の隣にいたイザベルが、ふっと優しく目を細めた。
「貴女も変わりましたね、友子」
「あなたが仕掛けた密書がなければ、私たちまだ分断されてたよ。……でも、それに感謝するのはやっぱり恥ずかしいな」
イザベルはいたずらっぽく笑った。
「では、私は黙って頷くだけにしておきます」
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