追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第38話 帝国の黄昏会議

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 空が茜に染まる刻──王国王城、最上階の執務室。
  勇は机に向かい、手紙を三度読み返していた。帝国より届いた、アンドレの名を冠する招待状。内容は、〈黄昏会議〉の開催通知だった。
  王国と帝国の未来を決する、四十八時間におよぶ集中交渉。舞台は国境近くの中立都市〈ルメルナ〉。すべての利害がぶつかる場だ。
 「……来る、か」
  小さく呟いた勇に、背後から声がかかる。
 「そりゃ来るさ。あっちもあっちで、内政ぐっちゃぐちゃらしいしな」
  裕哉だった。昼過ぎに斥候を戻したばかりだが、すでに全情報を頭に叩き込んでいるらしい。
 「軍閥、古貴族、工業派。どこも内部で火花散ってる。あいつ──アンドレが止めなきゃ帝国は半分崩れる。で、止めるには『正統性』が要る」
 「……つまり、王国の同盟王が、その正統性の保証人になると」
 「王族ってのは便利だな。黙って座ってるだけで誰かの象徴になる」
  皮肉っぽく笑う裕哉に、勇も苦笑を返した。
  そのとき、部屋の扉が開き、紗織が入ってきた。手には数十ページに及ぶ書類の束。
 「交渉用の議題草案、三十二項目用意しました。うち二十四は即答を避けて時間稼ぎ用。残り八は譲歩と対価の調整で成立の目ありです」
 「……早いな」
 「昨日のうちに、もうやっておきました」
  彼女のさらりとした言葉に、勇と裕哉は同時に口を閉じた。
  そこへすずと友子も現れる。すずは軽装に旅用マント。友子は巨大な筒状ケースを背負っていた。
 「じゃ、出発するわよ? 交渉会場で語り部が必要なら、私たちの冒険譚の総集編を持ってった方がいいでしょ」
 「これは記録装置。四十八時間、交渉内容を完全録音する。あと、投影装置つき」
  小さな少女の無表情な宣言に、全員が頼もしさを覚える。
  巧が最後に現れたのは、それから数分後だった。
  黒の軽鎧に身を包み、剣を背負い、腰には指揮用短笛。
 「護衛隊と連絡魔石の調整、完了した。三隊六班が交替で張りつく。突発事態には私が対応する」
  勇がうなずくと、全員がそろって立ち上がった。
 「──王国代表団、出発」
  そう宣言した勇の言葉に、誰もが無言で応えた。
  世界の均衡を再構築する四十八時間の会議が、今、幕を開けようとしていた。

 会場となったのは、〈ルメルナ〉と呼ばれる古代都市の再開発区。その中央広場に臨時設営された巨大なテント群。その一つ、円形の会議棟で、勇たち王国代表団は帝国側と向き合っていた。
  帝国代表団の筆頭は、もちろんアンドレだ。
  黒銀の軍服を身に纏い、冷静な視線で各陣営を観察している。隣には、秘書官のイザベルの姿。だが、彼女はあくまで補佐。実務はアンドレが一人で取り仕切る構えだった。
 「第一議題、国境地帯の自治権再編について──」
  交渉は淡々と進んだ。表面上は。
  だが、その裏では緊迫した駆け引きが続いていた。
  王国は、国境周辺の旧監視砦群の一部運用権を帝国に譲る代わりに、新設される〈国際監視評議会〉の議決権を得るという案を提出。
  帝国側は、それに対し、「安全保障上の理由から即時譲渡を求める」と主張。
  勇が静かに口を開く。
 「帝国が誠実に協調体制を築こうと考えているのならば、焦る理由はないはずだ」
  するとアンドレは、わずかに目を細めて答えた。
 「誠実であるがゆえに、時を惜しむのだ。──貴国の摂政派残党が、まだ裏で動いていると聞く。彼らと結託されたら困るのでな」
  言葉の端々に、探りが混じる。
  その瞬間、すずが静かにマントを揺らして一歩前に出る。
 「ならば、物語で確かめ合いませんか?」
  何の前触れもなく、すずが奏で始めた。
  彼女の口から、旅の中で築かれた信頼と対話の記憶が詩となって流れ出す。まるで場の空気そのものが彼女の声に支配されたかのようだった。
  そして、彼女が歌い終えると、友子が合図し、装置を展開。魔導映写機が勇たちの旅の映像記録を宙に投影し始める。
  魔導塔、辺境村、空賊との交渉──
  すべての交渉が、嘘ではなかった証として眼前に映し出された。
  アンドレは無言で映像を見つめたのち、ゆっくりと口を開いた。
 「……なるほど。我が帝国にはこうした記録文化がない。率直に、感服した」
  その一言が、交渉の流れを変えた。
  以降、帝国側の口調はわずかに和らぎ、王国への非難を控えるようになった。
  休憩に入る直前、アンドレは囁くように言った。
 「勇。お前が王でなければ、この会談はなかった」
  勇は静かにうなずいた。
 「……兄上も、帝国の未来を背負っている。ならば共に立てるはずだ」
  二人の間に交わされた視線。それは、過去ではなく、これからの兄弟としての信頼の、第一歩だった。

 休憩時間中、裕哉はそっと巧に耳打ちした。
 「交渉の空気は良くなったが……帝国側、背後に別の動きがあるな。兵站の配置が妙に偏ってる。これは本国とは別筋の“政治的仕掛け”が控えてる」
  巧は小さく頷く。
 「なら、それを暴く準備をしておけ。……俺たちは、真っ向勝負で信頼を取る」
  裕哉がにやりと笑った。
 「正論は嫌いじゃない。でも、バックアップは取っとけよ、“剣だけじゃ足りない時”のためにさ」
  一方、紗織は帝国代表団の女性官僚たちと非公式の会話を重ねていた。
  旧貴族派の生き残りや、摂政派と思想が近かった帝国議員の動向について、言葉を濁す彼女たちの態度。だが、紗織はその奥にある“戸惑い”を見逃さなかった。
 「……あなたたちが“変わらなければならない”と理解しているのなら、きっと私たちは手を取り合えるはずです」
  その真摯な語りかけに、一人の女性官僚がぽつりと答える。
 「あなたのような方が、帝国にもいたら……」
  そして、会議再開。
  友子が即席で構築した「投影記録文書」──魔力回路を通して交渉中に作成された合意文書を即座に視覚化・複製・保管できる装置が議場に導入された。
 「王国はこの技術を隠さない。合同開発して、世界標準にしましょう」
  友子の言葉に、帝国の技術官僚たちは目を丸くする。
  さらにアンドレが提案した。
 「ならば、〈和平記録投影装置〉と名づけよう。二国の和解の象徴として」
  すずがくすっと笑った。
 「名前も、なかなか詩的ですね」
  会場に、柔らかな笑いが広がった。
  数時間の追加協議の末──ついに、合意文書が完成。
  帝国と王国、双方の調印者が揃い、厳かな空気の中で署名が交わされる。
  勇が最後にペンを取ると、会場が静まり返った。
  そのとき、イザベルが小声で告げる。
 「……この文書、公開と同時に帝都に投影通信します。つまり、もう誰にも止められない」
  勇はうなずき、ペンを走らせる。
  そして、合意文書が掲げられた。
  ――帝国・王国両国による、新たなる和平の枠組み。
  テントの外では、両国の民がこの瞬間を待っていた。
  その掲示とともに、歓声が沸き起こる。
  巧が、そっと呟く。
 「……これで、一つの鎖がほどけたな」
  その隣で、すずが微笑む。
 「じゃあ、次は物語の“結び”の章ね」
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