追放冒険者と勘当王子と悪役令嬢、ときどき天才幼女──誤解だらけの王道物語

乾為天女

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第39話 最後の行軍

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 北の空が、紫灰に染まっていた。
  氷原の果て──王国と帝国の共同管理地〈北境線〉を突如越えて出現した魔獣の群れは、すでに五つの前哨基地を喰い破っていた。
 「報告、魔獣総数三百を超え、内二割がC級以上、上位個体に“蠍の外殻を持つ牙獣”を確認……!」
  偵察隊の兵が、息を切らして報告を投げ込む。
  その声を受けて、巧は前線指揮所の小高い丘に立つ。
 「このままじゃ、次の村がやられる。全兵力、第一防衛線へ展開──罠の誘導は俺がやる」
  その目に宿るのは、決意だけだった。
  背後では、友子が巨大な魔導結界装置の起動作業に没頭していた。
 「あと五分! この結界は“敵を弾く”んじゃなくて“敵の進路を限定する”の。動線を作れば巧さんたちが誘導できるでしょ?」
  全身煤だらけの少女が、大人たちを仕切っているのを見て、補佐の魔術師が小声で呟く。
 「……本当に十歳か?」
  一方、勇は騎兵隊と共に最前線の中央突破部隊を率いる。
 「俺が先陣を切る。敵の牙獣は俺が引き受ける。巧、お前は全体の流れを──」
 「わかってる。無茶するなよ、王様」
  その言葉に、勇が僅かに笑った。
 「お前が言うな」
  紗織は補給隊と共に、後方からの支援物資の運用計画を指揮していた。
  輸送路を守るため、友子が提案した“幻影分身結界”を各所に設置する作業が急ピッチで進む。
  裕哉は斥候隊を率いて、魔獣の迂回路を封鎖しながら、同時に敵を引き寄せる“陽動劇”を展開中だ。
 「魔獣相手に演技なんて……と、思ってたんだけどね。やってみると、案外乗ってくるんだな、奴らも」
  山肌の斜面に張られた大きな布幕には、血を模した赤い染料で描かれた“巨大な人影”。
 「“獲物の影”を見せると、野生の連中は逆に群れになる。逃げ惑わせるより、纏めて罠にかけた方が効率的さ」
  巧が耳元の伝音玉に指を当てて呟く。
 「陽動、上出来だ。……来るぞ、全軍、構えろ!」
  地響きが迫る。
  森の向こうから、黒い濁流のような魔獣たちが一斉に姿を現した。
  その先頭、異様に膨れた上半身と、蠍のような尾を持つ牙獣──Bランク個体が咆哮を上げる。
 「全軍、第一罠へ誘導! すず、号令歌!」
  指示を受けて、すずが高台に立ち、短く息を吸った。
 「──ここは、誰の地か! 何のために立つのか!」
  音が響く。
  それは鼓動のように、兵たちの心臓を打ち、足取りを合わせる。
  混乱していた歩兵たちが、歌のリズムに従って陣形を整え始める。
  魔獣と、人と──戦いが、交錯する。

 剣が、尾を裂いた。
  巧の一撃は牙獣の左後肢を貫通し、動きを鈍らせる。そこに勇の騎兵槍が一直線に突き刺さり、背中の甲殻が砕けた。
 「今だ──罠、作動!」
  叫びと同時に、地面が爆ぜる。土中に隠された魔導杭が放電し、牙獣の肢体を拘束。さらに友子が設計した“反重力結界”が発動、巨体が地面から引き剥がされるように浮いた。
 「動けない今がチャンス!」
  兵たちが一斉に押し寄せる。
  その間にも、周囲では中型・小型の魔獣との戦いが続いていた。巧は冷静に戦況を見極める。
 「左翼の小隊が押されてる。裕哉!」
 「把握済み、今“村娘に扮した俺”が、助けを呼びに走ってる」
 「……演技派が過ぎる」
  友子の結界は綻びも出始めていた。しかしその都度、彼女が地図と数式を書き換えながら再構築する。
 「もうちょっと……もう少しで、第二誘導線が完成するから!」
  魔獣の波の一部が、新たな光のラインに引き寄せられはじめた。
  すずの歌は、もはや兵たちだけでなく、周囲の森の動物や魔獣の小型種にまで影響を与えつつある。
 「声って、不思議ね……“痛みを伴わない命令”って、あるのよ」
  その言葉を呟きながら、彼女は喉を震わせる。
 「──あなたの足音が、大地を踏むたびに。誰かが勇気を持てるのよ」
  刹那、中央の戦場に光の柱が立ち上った。
  巧と勇が同時に視線を向ける。
 「……紋章か」
  牙獣の傷口から、微かな青い光が漏れたのだ。
  それは以前、地下迷宮の最終層で見た“王統の紋章”に酷似していた。
 「まさか……こいつも、“王家の制御兵”か?」
  だが、今は考える余裕はない。
 「後回しだ! 今は、押し切る──!」
  二人が再び前に出る。
  巧が囮となり、牙獣の注意を引きつける。その隙に、勇の槍が再び甲殻を貫き、最後の一突きで、敵は動かなくなった。
  ──戦場が、静まり返る。

 戦いの余韻を引き裂くように、森の奥から新たな足音が聞こえた。
  だが、敵ではなかった。
 「応援部隊です! 浮遊都市の傭兵団が、合流!」
  その声に、兵たちがざわめく。勇が前に出て、応援部隊の旗印を確認すると、苦笑した。
 「ゼピュロスの空賊たちか……義理堅い連中だな」
  傭兵団の中には、以前交渉した空賊姫の姿もある。彼女は風を操る魔導銃を掲げ、笑った。
 「借りは返す主義でね。あと……こっちも、王様の即位式に招待されたくて!」
 「まだ“即位”してねえけどな!」
  巧が肩をすくめる。
  戦場を整理しながら、友子が地図に次の目的地を書き込む。
 「残党は三方向に分かれて逃げてるけど……南側が最も危険。そこだけ、魔源の反応が異常」
 「黒幕がいるな」
  裕哉が頷く。「俺も思う。帝国の古代術式が、残ってる線が濃い」
 「ならば行くしかあるまい。トドメは、今ここで刺す」
  勇の言葉に、全員が頷く。
  ──この数ヶ月、彼らは過去と向き合い、痛みを抱きながらも、前へと進んできた。
  誤解された過去、壊された信頼、奪われた立場、失われた未来。それを“己自身”の手で取り戻す旅だった。
  巧は拳を握り締める。
  心の底に溜まっていた“言葉にできなかったもの”が、今は仲間の存在によって形を成していた。
  誰かに誤解されるのは、もう怖くない。今の自分には、それを超えて話し合える仲間がいる。
 「行くぞ。最後の戦場へ」
  その言葉とともに、彼らは南へと向かった。
  夜明けが、近づいていた。

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