実話怪談・短編集◆えみため◆

茶房の幽霊店主

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◇青写真◇

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※(店主と後輩の体験談です)
※(プライバシー保護のため地域・固有名詞などは伏せています)


【雪は降っていない】


 高校時代に知り合った美術部の後輩と、同じ大学へ通っていたときのお話です。

 高校の美術部は先輩たちがしっかりとしていたので、部員たちの足並みはそろっていました。部長のS川先輩が卒業してから、同じクラスのKが部長、私が副部長に任命され、ひとつ下の学年にMさんがいました。

 2年生は良くも悪くも個性的で活発な者が多く、まとめるのが大変でした。風景画を描くために海辺へ行ったときも、波とたわむれて遊びまわっているのは2年生だけ。

 真面目に描いている1年生をからかったり、サボるように誘ったりで、私のこめかみに血管が浮き出るのも珍しくもありません。

 その中でもMさんは集中力があまり保てない方で、同じ2年のAさんに「また脱線してる」と、あきれた顔をされても、持前のスルースキルでうまく誤魔化していました。

 しかし、Mさんの描く絵は非常に力強く、鮮やかな色で構成されているので、見る人を引き付ける力を持っていました。パースや緻密な構図を無視した作品が多かったのですが、いくつかの絵画コンテストで入賞するほどの才能を持っていたのです。


 そんなMさんと私が、進学した大学の後輩として再び顔を合わせたのは2年生の春。

『先輩、お久しぶりです!Mです。覚えてます?』
『あぁ!Mさん!?お久しぶり。同じ大学に来たんだね』

 大学構内で偶然に再会し、そして、Mさんが絵を描くのを辞めてしまったと知りました。

『もったいないな。趣味でいいから気が向いたときだけでも描けばいいのに』
『いやぁ……私、絵を描くのが好きではなくて、それよりも、早く結婚したいんですよ!』

 どういう思考をしたらそのような答えが返ってくるのか、さっぱりわかりません。

『私、オジコンじゃないですか?かなり年が上のほうが好きというか。なので、大学進学も花嫁修業感覚なんですよ。学歴も大事でしょう?だから、卒業したらイケオジと結婚したいんです!』

 高校時代のMさんも「理想の旦那様はイケてるオジさま!」と断言していて、同級生は子供っぽ過ぎてつまらないとも言っていました。事実、彼女にデートを申し込んだ美術部員が、その場でフラれていたのを覚えています。

 結婚願望があると本人も言っていました。家庭に入って専業主婦となり、子供をもうけて育てていくのだと、常々、美術部員の前でも話していたので、何かしら自身の家庭環境で悩んでいたのかもしれませんが、愚痴を聞いた記憶はなかったのです。

『そっかぁ、素敵な人と出逢えるといいね』
『はい!私、絶対に幸せになるんです!先輩、また休みの日でも一緒に遊びに行きましょうね』

 同じ大学に来ていたのも驚きましたが、彼女は自分の理想に向かって突き進んでいるようです。次の講義の時間も迫っていたため、そのまま分かれ、各々目的の場所へ向かいました。


※※※※※


 その日の講義が終わって、友人たちとおしゃべりの時間を過ごしていました。

『みんな、霊感って信じる?私は半信半疑なんだよね~』

 オカルト好きなK元さんがそんな話を振って盛り上がっていました。

『俺は霊感はどうかと思うけど、亡くなったはずのおばあちゃんが、普通に家の階段下りてきたの見たことあるから、そんなのもあるのかなって感じ』
『え、マジで?それって霊感あるってことじゃない?』
『いやいや、見ただけだったからどうなんだろう』
『うわー、Tさんって霊感あるんだ!やっぱりそれって家族や親戚も見える人いるのかな?』

 私は内容を聞き流して頷いたり、相槌あいづちを打ったりするだけで、話の中心に入ることはしませんでした。

『高校のときにキャンプで行った○○湖は、昔、自〇したひとが出たとかで、夜にこっそりロッジを出て散歩していた人が幽霊見たとか言ってたな』
『私、小さい頃に飼ってた猫がなぜか部屋にいたことある。ぱっと消えちゃったけど』

 キャンプ、学校の帰り道、親族のお葬式、墓参り、公共施設、喫茶店など、幽霊なのかさえ分からない不思議な体験が話されている中、K元さんが不意に、

『今、ここにいるメンバーで、一番最初に死ぬ人って誰なんだろう?』

 不穏ふおんな、非常に不謹慎ふきんしんな発言をしたのです。

 K元さんはオカルト好きとは言え、普段は礼儀正しい常識人だったので、その問いかけに驚きました。

「そんな疑問を周りに問いかけるのは良くない」と、忠告しようとしたときです。

 顔の中心、鼻先へ向かって柔らかく丸められた雪が、ぽん、ぽん、ぽん、と、当たったような感触がしたのです。冷たく乾いた空気さえ皮膚に感じました。

 その雪玉のようなものが当たると、カメラフラッシュのように後輩Mさんの姿が3回差し込まれました。

 1回目は、男性と親密そうに腕を組んでいる風景。

 2回目は、Mさんの顔面が視界一面に広がり、目を閉じている。
 そして、目の周辺、口元、鼻を囲むようにして赤みがかっている。

 そして、3回目は、鴨居かもいひもを通して首を吊りぶら下がっている後ろ姿。
 ……真下ましたには水たまり。

 すぐ側には、幼い女の子がおもちゃで遊んでいました。

 私は混乱したまま息をつめて黙り込んでしまい、それを見ていた友人たちは「顔色悪いけど、大丈夫?」そう心配して視線を向け、K元さんの肩をつついたり軽く叩いたりしていました。

『ちょっとした好奇心だって。本気で怒らないで』

 私は元から少し怒り顔のため、黙っていると不機嫌そうに見えてしまいます。普段から気を付けているのですが、このときばかりはショックで表情を失っていました。

『好奇心でもそんなこと問いかけるものではないよ』
『……ごめん。こんな空気にするつもりじゃなかった。本当に申し訳ない』

 心ここにあらずだったのですが、無意識にK元さんを責めるような言葉を口にしていました。

『ああ、ほら、もうこの話題やめよう!帰りにみんなでお茶行かない?』
『そうだな。駅前のケーキ屋がカフェ始めたって聞いたぞ』

 他の友人が話題を切り上げ、K元さんと私はぎこちないまま、みんなで駅前のケーキ屋さんでお茶を楽しみ解散しました。


 ……あれは何だったのか?


 先ほど見えた情景はあまりにも生々しく、まるでこの先で起こることを垣間見たような、背筋が寒くなる感覚でした。

 人間は起こった出来事へ意味を持たせようと、無意識に情報を探してしまうと言います。

 K元さんの言葉がトリガーとなり、勝手に脳が様々な情報を結びつけたのかもしれません。しかし、なぜ、Mさんだったのか……。

 いや、考え過ぎている。
 単なる偶然か思い過ごしであると、割り切りました。


※※※※※


 数日後、Mさんと構内でばったり出会い、彼女が社会人との合コンでかなり年上の独身男性と知り合ったのだと打ち明けられました。見るからにのめり込んでいる風で、その男性の話をしながら舞い上がっているのがわかります。

 その姿を見た私は咄嗟とっさに、

『年上の人ではなくて、お相手はもう少し若くてもいいのでは?時間はあるのだから焦らなくてもいいんじゃないかな。運命の人は別にいるかもよ?』

 そう、言ってしまいました。もちろん、余計なお世話なのはわかっています。しかし、言わずにいられなかったのです。

『先輩がそんなこと言うなんて思いませんでした。喜んでくれないんですか?私、結婚前提にお付き合いしようって言われて、すっごく嬉しいのに』
『…………』

 返事をしようにも固まって言葉がでてこないのです。

“あなたはその男性と結婚をしたら、〇ぬ”

 脳裏のうりではその台詞が繰り返されているのですが、こおりついて発することができませんでした。

 そんなことを言ってどうするのか。
 相手の気持ちを考えれば、言うべきではないのです。

『ああ……。ごめんね。ちょっと心配になっちゃってさ。夢が叶いそうでよかったじゃん。上手くいくといいね』
『……ありがとうございます!私、きっと、幸せになりますよ!』

 彼女は本当に幸福そうな笑顔でそう言いました。

 頭の中のとは正反対のちぐはぐな肯定の言葉を何とかつむぎだし、ほとんど視線も合わせず立ち去るMさんを見送りました。

 それからMさんと話す機会は少なくなり、学科も違うため、彼女がその後どうなったのか聞くこともありませんでした。


※※※※※※


 私は大学を卒業後、地元から少し離れた企業へ就職してから、新社会人らしく忙しい日々を送っていました。
 そんな時期、高校時代の美術部員のひとりから、Mさんが結婚したと聞きました。

 結婚相手は一回り以上年上の男性で、子供ができたのを機に入籍したようです。
 資産家の長男ですが、相手のお義母さんは家柄いえがらが合わないと大反対していました。しかし、子供ができたことで結婚を許したそうです。

 その後、女の子を出産。結婚祝いはできなかったので、出産お祝いの品だけを元美術部の後輩に託し、その後、さらに3年が経過しました。


 冬の寒い夜。一本の電話が入りました。


『Mさんが亡くなりました。自〇、だったようです。旦那さんと家族が新興宗教しんこうしゅうきょうに入っていて、Mさんも入信していました。でも、子供だけは入れないでくれって、お願いしていたのは聞いていたのですが……。

 旦那さんのお義母さん、お姑さんは強引に進めようとしたので、ずっと悩んでいたみたいです。

 集まれる人たちでお通夜に行きますが、先輩はどうされますか?』

 血の気が引いて会話の内容をほとんど覚えていません。
 半通夜はんつやは明日の夕方。仕事の出張で遠方へ出る日だったため、香典だけを送る約束をしたと思います。


 出席した後輩の話では、そのお通夜はおかしいことだらけだったと。

 旦那さんが号泣している横で幼い子供がまったく意味が理解できず、走り回っていて、「Mさんの学友」であることを名乗ると、お姑さんはもの凄い形相ぎょうそうにらんで、

「香典だけ置いてさっさと帰ってください。呼んでもいないのに他人様の家に来るだなんて失礼な人たちね。新築の家でこれ見よがしに死なれたこっちの身にもなって欲しいわ。本当に迷惑な話よ!」

 そう吐き捨てるように言ったので、聞いていた旦那さんが母親を𠮟しかり飛ばしたそうです。

「お別れを言ってあげてください」

 うながされて顔を見れば、目の周辺、鼻の周り、口元が真っ赤になっていた。

 Mさんは高身長だったので棺桶かんおけのサイズが合っておらず、ひざが折り曲げられていた。

 彼女は死んだときの姿のまま棺桶へ入れられているだけで、身なりや化粧などのケアをされておらず、鼻の穴や耳などの綿わたも入っていなかった。

 焼香台もなければ、ひつぎ生花せいかも入れられておらず、伸びた首は白い綿めん布巾ふきんのようなものでおおわれ、粗末にあつかわれているようにしか見えなかったそうです。見たこともない異常な状態もあいまって、いきどおりを感じずにいられなかったのだと。

 何をどう誤魔化したのか警察への通報や現場検証はされていないようで、葬儀屋らしきスタッフも見当たらず、新興宗教の信者たちが集まって、それらしく見えるようにしているだけでした。

 そして、彼女の両親はこの通夜に出席するのを許されず、別れの挨拶もできないため、実家に残っていた美術部の連絡網れんらくもうを使い、Mさんの死を伝えてきたのです。
※(後の電話で、告別式に出ることも拒否されたそうですが、火葬の場へは強引に参列したと聞きました)

 嫁ぎ先の家族は、Mさんの両親から自〇した原因を追及されたくなかったのだと思います。

 死亡診断書は同じ信者の歯科医が出していたと、近所の人から耳打ちされたそうです。


鴨居かもいひもを通して首吊り自〇をした。旦那さんは自分の所為せいだと言っていました。会社から帰ってきたときにはもうすでに亡くなっていたって。お子さんは母親が死んだこともわからないので、ずっと同じ部屋にいたみたいです』


 何も言えません。何を言えばいいのかもわかりません。


 私は、彼女に伝えた方がよかったのでしょうか。
 出逢ったその人と決して幸せにはなれないことを。

 この出来事は、長く私を苦しめていました。


※※※※※


 海沿いで住んでいる伯父は、漫画の単行本を持ってきたついでに、私の中で刺さってるMさんの死ついて話を聞いてくれました。

『おまえさん、後輩を助けられると思ったんか?それはとんだ「うぬぼれ」ってヤツやな。人の生き死にに他人が介入できるなんぞ、そんな仰山ぎょうさんあらへん』
『うぬぼれ、ですか……』

『見えたからといって「青写真あおじゃしん」が変わることなどあらへんって言うとるねん』
『……青写真……』

『人間は1日に大体3000回ぐらい選択していると言われとる。その1つ1つの選択で、寿命が伸びたり縮んだりするともな。数時間やったり、数日やったり、あるいは数年、そやけど、その選択に重要なものが含まれている。

 それを選んだ時点で、後戻りはできんへんのや。わかりやすく言うと「家の設計図」ってところやな。

 この「設計図」がバチっと決まってしまうと、行き先は変えられない。いわば「宿命の青写真」。そやけど、「部屋の中の模様替え」はなんぼでも出来るで。オプションの運命は変えられる』
『Mさんの死は、避けることができなかった?』

『おまえさんも、最初に気がついてたはずやで。何にも言えんかったやろ?どうやっても言葉にできんかったと思うぞ』
『…………』

『この先、起こることにきもちが揺れ動くなら、冷静に、客観的に物事見て、視野を広く、深く観察するためのくさびだと思いなさい』


 伯父の発言は冷徹でしたが、胸の奥深くへアンカーのように沈み込みました。

 以後、誰かの話に耳を傾けるとき、事象や現象を考察する心得としています。
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