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シモーヌの場合は、あまりにもおばかさん。----ヴェイユ素描----〈8〉
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ヴェイユ自身にとっての不幸は、その肉体的苦痛に導かれるもののみならず、才能に充ち溢れた彼女の兄に対するコンプレックスと、自分自身の凡庸さに対する失望に伴われて、幼い頃から彼女の目の前に立ちはだかっていたものでもあった。
ヴェイユは、自身の思春期の苦悩を次のように振り返る。
「…十四歳のとき、私は思春期の底なしの絶望の一つに落ちこみました。自分の生来の能力の凡庸さに苦しみ、真剣に死ぬことを考えました。パスカルの才能に比較されるほどの少年期、青年期を持ちました私の兄の異常な天賦の才能が、どうしても私の凡庸さを意識させずにはおかないのでした。外的な成功を得られないことを残念に思っていたのではなく、本当に偉大な人間だけがはいることのできる、真理の住む超越的なこの王国に接近することがどうしてもできないということを口惜しく思っていたのでした。真理のない人生を生きるよりは死ぬ方がよいと思っておりました。…」(※1)
今で言えば「自己肯定感の欠如」ということにもなろうか。あるいは「中二病」と嘲笑われるようなものでさえあるのかもしれない。たしかにこのような、本人がどれだけ「底なしの絶望」だと思っているようなことでも、それを他人に話したとして、「まるで我がことのように理解してもらえる」というようなことはほとんどない。最悪ならばやはり、鼻で笑われて終わるだけ。ゆえに、このような悩みを抱えているということそれ自体よりも、それを伝えようとしてはねつけられたり笑われたりすることの、その断絶の感覚こそが、人の心に不幸というものをより深く刻み込むものとも思える。
お前に一体、私の何がわかるというのだ。そのように思えてならないとき、「私の不幸」とは私だけのものであるようにも思えてくる。不幸とは何か、それは私だけが語りうることなのだ、むしろそのような「自己顕示」をしたくなってさえくる。
しかし、あるときふと、「不幸な他人」が私の視界に入ってくる。視界に入るどころか、まさにこの目の前にある。そのとき私は、「私の不幸だけ」を見続けていられるだろうか。彼に「私こそ不幸なのです」などと臆面もなく言えるだろうか。
ヴェイユが出会った「他人の不幸」とは、彼女の感性の上ではまさに労働者たちの日常であった。
「…無名の大衆といっしょになって、すべての人々の眼にも、私自身の眼にも、自他の区別のつきかねる工場内におりました時、他人の不幸が私の肉体とたましいの中にはいってまいりました。何ものも私をその不幸から離れさせはいたしませんでした。…」(※2)
ヴェイユが出会い、直面した他人の不幸、それを前にして彼女は、自分自身の不幸など個人的なものにすぎず、他人はおろか自分にとってさえそれほど重要だとは思われないようなもの(※3)であり、「半分の不幸でしかない」(※4)とまで言い切るにいたる。自分自身の「個人的な不幸」を「半-不幸」と呼び、そこに「もう半分の不幸」として他人の不幸、言い換えると「社会的な不幸」が入り込んでくる。彼女の「半分の不幸」に、「もう半分の不幸」が入り込んできて、それを満たしてしまう。そこでヴェイユははじめて、不幸を「根源的なもの」あるいは「生命を根こそぎにしてしまうもの」として見出した。少なくとも彼女自身にはそのように感じられた。それが「彼女だけに感じられるもの」であったとしても。
(つづく)
◎引用・参照
(※1)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※2)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※3)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※4)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
◎参考書籍
シモーヌ・ヴェイユ
『抑圧と自由』(石川湧訳 東京創元社)
『労働と人生についての省察』(黒木義典・田辺保訳 勁草書房)
『神を待ちのぞむ』(田辺保・杉山毅訳 勁草書房)
『重力と恩寵』(田辺保訳 ちくま学芸文庫)
『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』(今村純子編訳 河出文庫)
吉本隆明
『甦るヴェイユ』(JICC出版局)
冨原真弓
『人と思想 ヴェーユ』(清水書院)
ヴェイユは、自身の思春期の苦悩を次のように振り返る。
「…十四歳のとき、私は思春期の底なしの絶望の一つに落ちこみました。自分の生来の能力の凡庸さに苦しみ、真剣に死ぬことを考えました。パスカルの才能に比較されるほどの少年期、青年期を持ちました私の兄の異常な天賦の才能が、どうしても私の凡庸さを意識させずにはおかないのでした。外的な成功を得られないことを残念に思っていたのではなく、本当に偉大な人間だけがはいることのできる、真理の住む超越的なこの王国に接近することがどうしてもできないということを口惜しく思っていたのでした。真理のない人生を生きるよりは死ぬ方がよいと思っておりました。…」(※1)
今で言えば「自己肯定感の欠如」ということにもなろうか。あるいは「中二病」と嘲笑われるようなものでさえあるのかもしれない。たしかにこのような、本人がどれだけ「底なしの絶望」だと思っているようなことでも、それを他人に話したとして、「まるで我がことのように理解してもらえる」というようなことはほとんどない。最悪ならばやはり、鼻で笑われて終わるだけ。ゆえに、このような悩みを抱えているということそれ自体よりも、それを伝えようとしてはねつけられたり笑われたりすることの、その断絶の感覚こそが、人の心に不幸というものをより深く刻み込むものとも思える。
お前に一体、私の何がわかるというのだ。そのように思えてならないとき、「私の不幸」とは私だけのものであるようにも思えてくる。不幸とは何か、それは私だけが語りうることなのだ、むしろそのような「自己顕示」をしたくなってさえくる。
しかし、あるときふと、「不幸な他人」が私の視界に入ってくる。視界に入るどころか、まさにこの目の前にある。そのとき私は、「私の不幸だけ」を見続けていられるだろうか。彼に「私こそ不幸なのです」などと臆面もなく言えるだろうか。
ヴェイユが出会った「他人の不幸」とは、彼女の感性の上ではまさに労働者たちの日常であった。
「…無名の大衆といっしょになって、すべての人々の眼にも、私自身の眼にも、自他の区別のつきかねる工場内におりました時、他人の不幸が私の肉体とたましいの中にはいってまいりました。何ものも私をその不幸から離れさせはいたしませんでした。…」(※2)
ヴェイユが出会い、直面した他人の不幸、それを前にして彼女は、自分自身の不幸など個人的なものにすぎず、他人はおろか自分にとってさえそれほど重要だとは思われないようなもの(※3)であり、「半分の不幸でしかない」(※4)とまで言い切るにいたる。自分自身の「個人的な不幸」を「半-不幸」と呼び、そこに「もう半分の不幸」として他人の不幸、言い換えると「社会的な不幸」が入り込んでくる。彼女の「半分の不幸」に、「もう半分の不幸」が入り込んできて、それを満たしてしまう。そこでヴェイユははじめて、不幸を「根源的なもの」あるいは「生命を根こそぎにしてしまうもの」として見出した。少なくとも彼女自身にはそのように感じられた。それが「彼女だけに感じられるもの」であったとしても。
(つづく)
◎引用・参照
(※1)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※2)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※3)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
(※4)ヴェイユ「(手紙(四)別れの手紙《精神的自叙伝》)」(『神を待ちのぞむ』所収)
◎参考書籍
シモーヌ・ヴェイユ
『抑圧と自由』(石川湧訳 東京創元社)
『労働と人生についての省察』(黒木義典・田辺保訳 勁草書房)
『神を待ちのぞむ』(田辺保・杉山毅訳 勁草書房)
『重力と恩寵』(田辺保訳 ちくま学芸文庫)
『シモーヌ・ヴェイユ アンソロジー』(今村純子編訳 河出文庫)
吉本隆明
『甦るヴェイユ』(JICC出版局)
冨原真弓
『人と思想 ヴェーユ』(清水書院)
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