19 / 20
イデオロギーは悪なのか〈19〉
しおりを挟む
「イデオロギー一般は不動である」とアルチュセールは言う。たとえそれぞれのイデオロギーはまさに、その時代に見合うその時代の所産だとしても、その「構造・機能・形式・様式」は、けっして「時代の要求にしたがって曲折することはない」のだ、と。
「…イデオロギーは変化するものの、その変化は目に見えぬものであって、そのイデオロギー上の形態はそのままなのだ。イデオロギーは動くものの、その動きは不動の動きであって、イデオロギーは元の位置に保たれ、その場も役割も元のままなのである。…」(※1)
イデオロギーはその「様態の変化」によって、ある場合はイデオロギーになったり、別の場合にはイデオロギーではなくなったりするというものではない。イデオロギーはイデオロギーという「一般的な形式にもとづいて形成されている」のである限りは「イデオロギー上の形態はそのまま」であり、ゆえに「イデオロギーとして不動」であることができるのである。
このような意味においてイデオロギーは、その「一般的な構造・機能・形式・様式」において不動であり、そしてそのような「一般的なもの」とは、たとえどの時代であれ、どの人間たちの生活環境においてであれ、それにもとづいて形成されたものを「一般的なものとして形成する」のである。
たとえば「国家」がその一般的な形式において「個々の個別の国家」をそれぞれに形成することになるのと同様に、イデオロギーは、その一般的な形式において「個々の個別のイデオロギーを、それぞれのイデオロギーとして形成する」わけである。
イデオロギーの構造と機能、あるいはイデオロギー的な関係やその主体であることなどについての考察は、アルチュセールよりももっと以前に、それどころかマルクスやヘーゲルなどよりもさらに以前に、いわゆる「社会契約の思想家たち」においておおよその部分が考えられていたのだと言える。
たとえばルソーは、「…一般意志は、常に不動で変わらず、純粋である。…」(※2)と言う。そして次のような言葉に、アルチュセールがイデオロギーに対して施した数々の分析を、すでにそして明瞭に先取りしているのではないかと「想像する」のは、けっして難しいことではない。
「…党派という部分的結合が、政治体という大結合を犠牲にしてつくられると、これらの結合のおのおのの意志は、その構成員に対しては一般意志となり、国家に対しては特殊意志となる。…」(※3)
繰り返すと、ルソーが「特殊意志は、その内部においては一般意志として機能する」というように言うとき、彼は意志=イデオロギーの機能・構造・形式そのものを言い当てているのだと言える。
そしてルソーに限らず、その他のかつての「社会契約の思想家たち」もまた、個々の政治的イデオロギーの分析者だったのと同時に、その分析においては「イデオロギー一般の機能・構造・形式」そのものをかなりの部分でいち早く浮き彫りにしていたのだと見なすことができる。
ではなぜ、彼らにはそれができたのか?
それは、「その時代においても、イデオロギーはすでに常に不動で変わらず、純粋だったからだ」と、言えるのではないか?
(つづく)
◎引用・参照
(※1)アルチュセール「資本論を読む」 権・神戸訳
(※2)ルソー「社会契約論」 井上幸治訳
(※3)ルソー「社会契約論」 井上幸治訳
「…イデオロギーは変化するものの、その変化は目に見えぬものであって、そのイデオロギー上の形態はそのままなのだ。イデオロギーは動くものの、その動きは不動の動きであって、イデオロギーは元の位置に保たれ、その場も役割も元のままなのである。…」(※1)
イデオロギーはその「様態の変化」によって、ある場合はイデオロギーになったり、別の場合にはイデオロギーではなくなったりするというものではない。イデオロギーはイデオロギーという「一般的な形式にもとづいて形成されている」のである限りは「イデオロギー上の形態はそのまま」であり、ゆえに「イデオロギーとして不動」であることができるのである。
このような意味においてイデオロギーは、その「一般的な構造・機能・形式・様式」において不動であり、そしてそのような「一般的なもの」とは、たとえどの時代であれ、どの人間たちの生活環境においてであれ、それにもとづいて形成されたものを「一般的なものとして形成する」のである。
たとえば「国家」がその一般的な形式において「個々の個別の国家」をそれぞれに形成することになるのと同様に、イデオロギーは、その一般的な形式において「個々の個別のイデオロギーを、それぞれのイデオロギーとして形成する」わけである。
イデオロギーの構造と機能、あるいはイデオロギー的な関係やその主体であることなどについての考察は、アルチュセールよりももっと以前に、それどころかマルクスやヘーゲルなどよりもさらに以前に、いわゆる「社会契約の思想家たち」においておおよその部分が考えられていたのだと言える。
たとえばルソーは、「…一般意志は、常に不動で変わらず、純粋である。…」(※2)と言う。そして次のような言葉に、アルチュセールがイデオロギーに対して施した数々の分析を、すでにそして明瞭に先取りしているのではないかと「想像する」のは、けっして難しいことではない。
「…党派という部分的結合が、政治体という大結合を犠牲にしてつくられると、これらの結合のおのおのの意志は、その構成員に対しては一般意志となり、国家に対しては特殊意志となる。…」(※3)
繰り返すと、ルソーが「特殊意志は、その内部においては一般意志として機能する」というように言うとき、彼は意志=イデオロギーの機能・構造・形式そのものを言い当てているのだと言える。
そしてルソーに限らず、その他のかつての「社会契約の思想家たち」もまた、個々の政治的イデオロギーの分析者だったのと同時に、その分析においては「イデオロギー一般の機能・構造・形式」そのものをかなりの部分でいち早く浮き彫りにしていたのだと見なすことができる。
ではなぜ、彼らにはそれができたのか?
それは、「その時代においても、イデオロギーはすでに常に不動で変わらず、純粋だったからだ」と、言えるのではないか?
(つづく)
◎引用・参照
(※1)アルチュセール「資本論を読む」 権・神戸訳
(※2)ルソー「社会契約論」 井上幸治訳
(※3)ルソー「社会契約論」 井上幸治訳
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる