イデオロギーは悪なのか

ササキ・シゲロー

文字の大きさ
18 / 20

イデオロギーは悪なのか〈18〉

しおりを挟む
 個々の時代あるいはその個々の時代の人々が、その時代における「支配的なイデオロギー」に対する関係において、そのイデオロギー的な関係に促され導かれたイデオロギー的諸活動の主体として具体性を持っているということの、「イデオロギー的なトラップ」に、誰もが引っかかってしまっている。
 マルクスは次のように言っている。
「…例えば、ある時代(…あるいはその時代の人々=筆者補足…)が、自分は純粋に「政治的な」あるいは「宗教的な」動機で規定されていると思い込んでいるとすると、----「宗教」や「政治」というものはその時代の現実的な諸動機の形式にすぎないのに、----その時代の歴史記述家はこの臆見を受け入れる。こうした一定の人々の、自分たちの現実的な実践についての「思い込み」や「表象」が〈現実の〉唯一の規定的・能動的な〈本質〉力に転化される。…」(※1)
 自分たちの現実的な実践は具体性=現実性を持っており、それこそが「唯一の本質」であり「真理」であるというように転化=倒置される。それは実はそのようなイデオロギー的な関係の内部で、そのイデオロギー的な関係の仕方・様式・形式を通じて見出されているイデオロギー的表象であるのにすぎないのに。
 しかしこのように、「すぎないのに」というように考えてしまう限りにおいてはやはりまた、そのようなトラップに絡め取られてしまっているのではないだろうか?とアルチュセールは考える。
「…マルクスにとってイデオロギーとは想像上のでっちあげであり、無意味な空虚な単なる夢である。そしてこうした夢は充実し、かつ実在する唯一の現実の、すなわち自己の存在を物質的に産出している具体的で物質的な諸個人の具体的な歴史という現実の《昼の名残》によって構成されている。(…中略…)イデオロギーの歴史はイデオロギーの外にあり、その外にある歴史だけが、つまり具体的な諸個人等々の歴史だけが存在するのである。…」(※2)
 「具体的で物質的な諸個人の、具体的な歴史という現実」は、イデオロギーにおいて表象されている具体性とは別にある、あるいは「その外にある」のだ、それこそが「人間の真の歴史」なのだ。
 もし、そのように考えられているのだとしたら、言うまでもなくまさしく「それがイデオロギー」なのである。

 アルチュセールの見立てによれば「初期マルクス」は、まさしくそういった「ドイツ・イデオロギーの、イデオロギーの領域の内部」にあった。そしてまさしく『ドイツ・イデオロギー』という書物は、その領域圏から脱するための一つの「思想上の断絶」であり、その記念碑でもあるのだろう。
 しかしそうでありながら、むしろそのような「断絶のさなか」にあるがゆえに、マルクスがその思想上で関係していたイデオロギーは、「その断絶の中」においてでも引き継がれていたのではなかったのだろうか?
 アルチュセールは、『ドイツ・イデオロギー』の中にマルクスが記した、「イデオロギーは歴史を持たない」という一つの定義に注目する。
「…「イデオロギーは歴史をもたない」という(…中略…)公式は『ドイツ・イデオロギー』の一節の中にはっきりと見うけられる。マルクスは道徳(およびイデオロギーの別の様々な形態ということが言外に含まれている)と同様、形而上学は歴史をもたないと述べたが、彼はその形而上学についてこのことを表明していたのである。…」(※3)
 マルクスが「イデオロギーは歴史を持たない」と言っているのは、つまり「イデオロギーは現実を持たない」ということであり、「現実を持たないイデオロギーは、現実の歴史を持たない」ということなのだろう。
 それに対してアルチュセールは、イデオロギーはその機能に促され導かれた物質的な関係において活動する主体が存在する限りにおいて、それぞれ物質的な、すなわちそれぞれ「現実的な」歴史を持つのだと考える。ただ、「イデオロギー一般は歴史を持たない」というのは、そのイデオロギーの「機能それ自体」は歴史を持たないということだ、と考える。
「…イデオロギーの特質はひとつの構造と機能を備えていることであり、こうした構造と機能はイデオロギーを非歴史的な、すなわち歴史遍在的なひとつの現実にすることである(…中略…)ここで歴史遍在的という用語は、イデオロギーの構造と機能が同一不変の形をとって、歴史全体と呼ばれているものの中に現存しているという意味において(中略)使われているのである。…」(※4)
 イデオロギーは、その「構造と機能」言い換えればその「形式や様式」において、それ自体としては「同一不変の形で、歴史全体に存在する」のであり、その構造・機能・形式・様式の「歴史遍在性」あるいは「一般性」において、「非歴史的」なのであると言える。つまり「歴史のどの時点」においても「同一不変」な、「イデオロギーという、構造・機能・形式・様式」を持って現れるがゆえに、そのように「一般的に現れるものとしてのイデオロギー一般は、歴史を持つことがない」のだということになる。
 しかしながらその、イデオロギーの機能・構造・形式・様式に促され導かれた「イデオロギー的関係の主体」が、イデオロギー的諸活動において取り結ぶ「物質的な諸関係」において、イデオロギーは物質的に、つまり現実的に「歴史の中に現れる」ことになる。
 例えると、「個々の」時間は、その中において現実的に活動するものがある限りにおいて、現実的かつ「有限」であり、そのように有限で現実的な「歴史」を持つことになる。そして「歴史を持つ」ということは同時に、「終わり」を持つということでもある。
 だがしかし、「時間」という機能・構造・形式・様式は、同一不変に遍在的かつ「無限」であるがゆえに「個々の歴史」というもの自体が成立しない、よって「個々の歴史」を持たない、すなわち「終わり」がない、という具合である。そして、「個々の時間における現実的な活動」はけっして「昼の名残り」ではなく「現にあったこと」であり、「幻想」ではけっしてありえない取り消すことのできない現実性として「歴史」を持つ、ということなのだ。
(つづく)

◎引用・参照
(※1)マルクス=エンゲルス「ドイツ・イデオロギー」 廣松編訳・小林補訳
(※2)アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」 柳内隆訳
(※3)アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」 柳内隆訳
(※4)アルチュセール「イデオロギーと国家のイデオロギー装置」 柳内隆訳

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処理中です...