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第28話 魔銃訓練
パンッ!
軽い発砲音と共に、標的のど真ん中に穴が開いた。
「……ふうん、こんな感じですか」
グランスは握っていた銃をじっくり見てから、俺の掌に返した。
「さすがですわ、グランス様! あんなど真ん中に! 何かコツはあるのでしょうか?」
「それにはまず、この銃に慣れることですよ。フィリア様」
俺とグランスは、メンブルム騎士団訓練場の射撃場にいた。
メテオラに直々に指名されたグランスの指導のもと、俺が魔銃を使いこなす訓練をするためだ。
メンブルム騎士団は王都のパルマ騎士団に次ぐ規模と質を誇り、団員の武器——魔具も様々だ。
杖、盾、剣、槍、鞭、鎌、弓、斧などなど……。
グランスのように銃を使う者も少なくないので、射撃場はそれなりの広さがあり、誤射被害が出ないように周りには結界が張られている。
ちなみに他のメンバーは、メンブルム騎士団と同じ訓練場の敷地内にて合同訓練だ。
最初は「フィリア様がいないと張り合いがないーっ」と駄々を捏ねていたクレア——ササPだが、騎士団員にビキニ鎧の美女がいると分かり、張り切って出て行った。現金なもんだ。
遠くで米粒ほどの人影が空中で肉弾戦を繰り広げているが、ひよっとしてアレがササPとビキニ鎧の美女だろうか。城に戻ったら彼に聞いてみよう。
「グランス様の銃とは大きさや形が違いますわね。威力も違うのでしょうか? 弾が使用者の魔力か、魔石の魔力かの違いはありますけれど」
俺は手に持った銃と、グランスが腰にさげている銃を見比べた。
今グランスが撃ってみた感じだと、俺の銃の方が威力が小さいようだ。
「そうですね。僕の銃は銃自体に魔石が使われ、使用者の魔力を補強します。フィリア様の物は、銃にも魔石は使われているみたいですが、威力そのものは魔力の供給源である装填された魔石に拠ります」
彼は冷静に解説した後、ホルスターから右の銃を抜き、さっき撃った的のやや下を狙った。
パンッ!
「!」
発砲音はさほど変わらないが、威力の差は歴然だった。
俺の銃の二回りほど大きな穴が、そこには空いていた。
「フィリア様の銃は恐らく、反動が少ないように魔石の魔力も抑えられている。威力より使い勝手重視ですね。これで魔物を仕留めるとなると、何発も撃たないと駄目ですね」
「成程……」
グランスみたいな格好良い一撃必殺は難しいのか……少し残念だ。
「とりあえず、当たらなければ話になりません。訓練あるのみです」
「はい! よろしくお願いしますわ、グランス様!」
という訳で、早速魔具の銃——魔銃を撃つ訓練だ。
生前は幸いなことに銃とは無縁な平凡な人生だったから、撃つのはこれが初めてだ。自分の身——最弱悪役令嬢フィリアの身体を守れるように頑張るぞ!
パンッ!
「……また、外しましたわ、グランス様」
「大丈夫です! フィリア様、徐々に的に近付いています!」
「……でも、六十発撃っても当たらないって……弾の魔石を二つ無駄にしましたわ……」
「魔石の魔力の上限が分かって良かったじゃないですか! 次いきましょう! 次!」
どちらかと言えば普段クールなグランスが、テンション高く俺を励ましてくれる。そんな異常事態が発生するほど、俺の射撃の腕は壊滅的だった。
的の真ん中どころか、的にすら当たらないって———
「大丈夫! 魔物は大抵デカブツでウスノロです、当たりさえすれば何とかなります!」
「ノクス先生のエポカは、小さくて俊敏で賢いですわ」
「うっ……! それはそれ、これはこれです!」
テンションガタ落ちの俺に、グランスの慰めは虚しく響いた。
生前の俺の体育の成績はいたって普通だったのに……いやいや、フィリアの身体能力にせいにしてはいけない。
ここで何とかしなければ、いざという時闘えない。フィリアの身体を守れないんだ。
「———すみません、グランス様。当たらな過ぎて少し弱気になりましたわ。当たるまで頑張りますわ!」
気合を入れ直して銃を構える。
「……あの、ちょっと良いですか、フィリア様」
「はい、何でしょう?」
グランスのストップに従って、次の彼の言葉を待ったが、なかなか口を開こうとしない。ひょっとして、物凄く言い辛いことを俺に言おうとしてるのか!?
「あの……グランス様」
「はい?」
「銃を撃つ才能が、私に致命的に欠けてるとか……そういう事を仰りたいのですか?」
「とんでもない! そうじゃなくて、ですね……」
「?」
じゃあ何だろう?
グランスは顔を赤くして、眉間に皺を寄せたり呻いたり天を仰いだり、しばらく悩んでいたようだが、意を決したらしくキッと俺の方を向いた。
「フィリア様の身体を触らせて下さい!」
「堂々の痴漢宣言!?」
「いや! 邪な気持ちではなく、姿勢を矯正したら当たるのではないかと!」
「あー、確かに。私の撃つ姿勢が悪いのかもしれませんわね」
そういえば、グランスに教えてもらう時は全て口頭だった。
「もちろんグランス様を信頼していますから、指導の一環として触られることに何の問題もありませんわ。寧ろ最初から手取り足取り教えてくれていれば、私こんな醜態を晒さなくて済んだのでは?」
「そういうわけにはいきません。フィリア様はディエス殿下の婚約者ですから」
「まあつれない。演習戦では私たち抱き合った仲じゃありませんか」
「揶揄わないでください!」
時間は有限だ。楽しいけれどグランス弄りはこの辺にしよう。
俺は真面目モードに切り替える。
「グランス様。私、死ぬわけには参りませんの。身を守る術をちゃんと教えてください」
「……フィリア様」
俺の本気が伝わったのか、グランスも表情を改める。
「分かりました。では、失礼します」
今度は躊躇うことなく俺の腕に手をそわせ、身体を密着させる。
「この銃は反動は少ないですが、やや前傾で……そうです。撃つ姿勢は人によって違うんですが、とりあえずこれでやってみて、調整していきましょう。照星をよく見て、的の真ん中に合わせて下さい」
触れそうなほど近くにグランスの顔がある。
「こう、でしょうか」
「……いいでしょう。撃ちます」
「え」
パンッ!
「当たった……しかもど真ん中……!」
ほぼグランスが撃ったようなものだから当然の結果だ。
でも少し嬉しい。
「今の感覚を身体で覚えましょう。続けて撃ちますよ」
「はい!」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
しばらくグランスに支えられながら、何十発も続け様に撃ち込んだ。
板の的はもうボロボロだ。
グランスが的を新しい物に取り替えるため、一旦そばを離れると「次はフィリア様一人で撃ってみましょう」と、俺に促した。
出来るだろうか、俺に———
先の散々な結果のせいで、一人で撃つことにまだ躊躇いがあった。
「駄目だったら、出来るまで僕が付き合います」
「グランス様……」
グランスは俺の心を読んだように少し笑った。
そうだ。グランスだってメテオラに俺の指導を任命されたが、暇なわけじゃない。彼自身、騎士団との訓練や戦闘時の連携の確認等々、やることはいっぱいある。第一は俺の為ではあるが、グランスの気持ちにも報いたい。
「撃ちます!」
気合いと共に宣言して、姿勢を正す。
グランスと一緒に撃った感覚を思い出しながら、ターゲットに照星を合わせ、引き金を引いた。
パンッ!
「当たった……!」
真ん中よりやや下方にズレたが、的に当たった。
小さなことだけれど、俺にとっては大きな前進だ!
「当たりましたわ! グランス様!」
「ええ、やりましたね、フィリア様。次はもっと精度を上げましょう!」
「はい!」
思わず浮かれて飛び跳ねていたら足が滑った。
「キャッ!」
「危ない!」
グランスがすかさず手を伸ばして俺の腕を掴み、引き寄せる。
「わっ!?」
「!」
しかしバランスが崩れ、二人して芝生の上に倒れ込んでしまった。
ドサッ!
俺は背中から倒れたが、咄嗟にグランスが頭を庇ってくれたので、訪れる筈の衝撃はなかった。
それよりも———
「あ……」
彼の吐息と唇の感触が頬に触れた。
グランスの大きく見開かれた瞳と、一瞬視線が絡み合う。
「しっ、失礼しました!!」
吹っ飛ぶような勢いで、彼が俺の身体の上から飛び退いた。
背けた顔が耳まで真っ赤になっている。
………あっぶねーっっ!!
もう少しズレていたら、事故チューしてしまうところだった。
俺は跳ねる鼓動をなんとか宥めようとした。
「こ、こちらこそ、申し訳ありません。今のは事故ですもの、私は気にしていませんわ!」
「え」
グランスがこちらを振り向き、俺の顔をじっと見る。
「……顔、赤いですよ。フィリア様」
「ええっ!?」
思わず火照る頬に手を当てる。確かに少し熱い。
フィリアはディエス一筋なんだから、ここで他の男によろめいたら駄目だろう!?
いや、そもそも中の人はいい歳をしたオッサンなんだから、少女の身体につられてほっぺにチュウごときでときめくわけにはいかない。
頑張れ、俺!
「フィリア様、僕は———」
熱を孕んだ瞳でグランスが俺に近づく。
離れなきゃいけないのに、俺は蛇に睨まれたカエルのように動けない。
彼の伸ばした手が俺の頬に届きそうになった、その時———
ドオオォォンッッ!!
「!?」
空中戦の勝敗が決して、誰かが地上に墜落した。
あの服の色合いからして———ササPか!?
水を差されたお陰で、乙女心の呪縛が解けた。
ありがとう、ササP!
俺はグランスの手を、逆にぎゅっと握りしめる。
「フ、フィリア様!?」
「訓練を続けましょう、グランス様! まだまだ私の生存確率を上げるには足りませんわ!!」
「は、ハイ!」
やや微妙な表情だったが、俺の勢いに押されてグランスも我に返った。
その後は無心で黙々と、俺とグランスの特訓は日が落ちる寸前まで続いた。
「フィリア様~っ!!」
グランスと別れ、メンブルム城の自室に戻って来るなり、涙目のクレアに抱きつかれた。
「あー、あるかなきかの、ささやかな膨らみに癒される~」
しかも、かなり屈辱的な事を言われた気がする。
「私、今クレアさんに侮辱されましたわ。殺っておしまいなさい、リト」
「お言葉ですが、お嬢様。私もクレア様もお嬢様のささやかな膨らみを愛しておりますから、侮辱には当たりません。褒め言葉です」
「なんてこと! 傷口に塩を塗られましたわ!」
味方だと思っていたメイドさんに後ろから殴られた気分だよ、俺は。
ひっぺがそうと思っても力ではクレアに敵わないので、仕方なく彼女——中身は彼か——の気がすむまで、そのままにしておく。
そもそもクレア——ササPは、メンブルム騎士団のビキニ鎧の美女にウッキウキで会いに行ったはずだ。
何故ここまでダメージを受けているんだ?
彼女に負けたのが、そんなに悔しかったのか?
「いい加減離してくださいまし。昼間何があったんですの? ビキニ鎧の美女さんはいらっしゃったんでしょう?」
「うん。いることはいた」
「……なんだか、ハッキリしない答えですわね」
ササPが上目遣いで俺を見て、ポツポツと話し始めた。
「いたよ、ビキニ鎧の美女…………ホントに顔は美人だったんだ………身体も凄くボンッキュッボンで」
「最高じゃありませんの。なんの問題が?」
「身体がね……仕上がり過ぎてるんだ。肉体がもはや武器なんだ。アレも一つの美の形なんだろうけど……私はエッチなお姉さんを期待してたのに~っっ!」
そう言って、さめざめと俺の胸で泣くササP。
「布面積があんなに少ないのに、ピクリとも動かないんだよう! 私の心のナニが!!」
この男は……。
「それに演習戦で負けちゃったし」
「やっぱりアレはクレアさんだったんですのね」
「……フィリア様のせいで負けたんだからね!」
「?」
何故か身に覚えのない八つ当たりをされた。
どうしたものかと考えあぐねていると、ササPがバッと顔を上げた。
憔悴していたのが嘘のように、瞳がキラキラしている。
「この心のモヤモヤを晴らすには、フィリア様にビキニ鎧を着せよう、そうしよう!」
「はあ!?」
しょうもない理由で落ち込んでいると思ったら、立ち直った理由がさらにしょうもなかった。
「あのビキニ鎧自体が魔具だから、フィリア様が着れば攻撃力とか防御力とか、とにかくなんか上がるよ!!」
「適当ですわね!」
「あの、ビキニって何ですか?」
不毛なやりとりにジト目メイドが割り込んできた。
そうだった。
ここに馴染んできて忘れがちになるが、生前の世界にあってこの世界にはない単語も多いんだった。
「騎士団員の中で女性で、露出が多い鎧だけの人いるでしょ? ああいう鎧のことだよ、リトさん」
「ああ、ノッツェさんですね」
リトはすぐに該当する人物に思い当たったようだ。
「その、ビキニ鎧ですか。それがお嬢様にお似合いだと?」
「いいと思わない? フィリア様に着せたくない?」
「ん——」としばし黙考する有能メイド。
「さすがにお嬢様の体型では駄目ですね。倫理的に」
「なんで!?」
スケスケが良くてビキニ鎧が駄目な、リトの判定ガバガバなコンプライアンス意識によって、俺の尊厳はちょっとだけ守られた………。
軽い発砲音と共に、標的のど真ん中に穴が開いた。
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「それにはまず、この銃に慣れることですよ。フィリア様」
俺とグランスは、メンブルム騎士団訓練場の射撃場にいた。
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杖、盾、剣、槍、鞭、鎌、弓、斧などなど……。
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ちなみに他のメンバーは、メンブルム騎士団と同じ訓練場の敷地内にて合同訓練だ。
最初は「フィリア様がいないと張り合いがないーっ」と駄々を捏ねていたクレア——ササPだが、騎士団員にビキニ鎧の美女がいると分かり、張り切って出て行った。現金なもんだ。
遠くで米粒ほどの人影が空中で肉弾戦を繰り広げているが、ひよっとしてアレがササPとビキニ鎧の美女だろうか。城に戻ったら彼に聞いてみよう。
「グランス様の銃とは大きさや形が違いますわね。威力も違うのでしょうか? 弾が使用者の魔力か、魔石の魔力かの違いはありますけれど」
俺は手に持った銃と、グランスが腰にさげている銃を見比べた。
今グランスが撃ってみた感じだと、俺の銃の方が威力が小さいようだ。
「そうですね。僕の銃は銃自体に魔石が使われ、使用者の魔力を補強します。フィリア様の物は、銃にも魔石は使われているみたいですが、威力そのものは魔力の供給源である装填された魔石に拠ります」
彼は冷静に解説した後、ホルスターから右の銃を抜き、さっき撃った的のやや下を狙った。
パンッ!
「!」
発砲音はさほど変わらないが、威力の差は歴然だった。
俺の銃の二回りほど大きな穴が、そこには空いていた。
「フィリア様の銃は恐らく、反動が少ないように魔石の魔力も抑えられている。威力より使い勝手重視ですね。これで魔物を仕留めるとなると、何発も撃たないと駄目ですね」
「成程……」
グランスみたいな格好良い一撃必殺は難しいのか……少し残念だ。
「とりあえず、当たらなければ話になりません。訓練あるのみです」
「はい! よろしくお願いしますわ、グランス様!」
という訳で、早速魔具の銃——魔銃を撃つ訓練だ。
生前は幸いなことに銃とは無縁な平凡な人生だったから、撃つのはこれが初めてだ。自分の身——最弱悪役令嬢フィリアの身体を守れるように頑張るぞ!
パンッ!
「……また、外しましたわ、グランス様」
「大丈夫です! フィリア様、徐々に的に近付いています!」
「……でも、六十発撃っても当たらないって……弾の魔石を二つ無駄にしましたわ……」
「魔石の魔力の上限が分かって良かったじゃないですか! 次いきましょう! 次!」
どちらかと言えば普段クールなグランスが、テンション高く俺を励ましてくれる。そんな異常事態が発生するほど、俺の射撃の腕は壊滅的だった。
的の真ん中どころか、的にすら当たらないって———
「大丈夫! 魔物は大抵デカブツでウスノロです、当たりさえすれば何とかなります!」
「ノクス先生のエポカは、小さくて俊敏で賢いですわ」
「うっ……! それはそれ、これはこれです!」
テンションガタ落ちの俺に、グランスの慰めは虚しく響いた。
生前の俺の体育の成績はいたって普通だったのに……いやいや、フィリアの身体能力にせいにしてはいけない。
ここで何とかしなければ、いざという時闘えない。フィリアの身体を守れないんだ。
「———すみません、グランス様。当たらな過ぎて少し弱気になりましたわ。当たるまで頑張りますわ!」
気合を入れ直して銃を構える。
「……あの、ちょっと良いですか、フィリア様」
「はい、何でしょう?」
グランスのストップに従って、次の彼の言葉を待ったが、なかなか口を開こうとしない。ひょっとして、物凄く言い辛いことを俺に言おうとしてるのか!?
「あの……グランス様」
「はい?」
「銃を撃つ才能が、私に致命的に欠けてるとか……そういう事を仰りたいのですか?」
「とんでもない! そうじゃなくて、ですね……」
「?」
じゃあ何だろう?
グランスは顔を赤くして、眉間に皺を寄せたり呻いたり天を仰いだり、しばらく悩んでいたようだが、意を決したらしくキッと俺の方を向いた。
「フィリア様の身体を触らせて下さい!」
「堂々の痴漢宣言!?」
「いや! 邪な気持ちではなく、姿勢を矯正したら当たるのではないかと!」
「あー、確かに。私の撃つ姿勢が悪いのかもしれませんわね」
そういえば、グランスに教えてもらう時は全て口頭だった。
「もちろんグランス様を信頼していますから、指導の一環として触られることに何の問題もありませんわ。寧ろ最初から手取り足取り教えてくれていれば、私こんな醜態を晒さなくて済んだのでは?」
「そういうわけにはいきません。フィリア様はディエス殿下の婚約者ですから」
「まあつれない。演習戦では私たち抱き合った仲じゃありませんか」
「揶揄わないでください!」
時間は有限だ。楽しいけれどグランス弄りはこの辺にしよう。
俺は真面目モードに切り替える。
「グランス様。私、死ぬわけには参りませんの。身を守る術をちゃんと教えてください」
「……フィリア様」
俺の本気が伝わったのか、グランスも表情を改める。
「分かりました。では、失礼します」
今度は躊躇うことなく俺の腕に手をそわせ、身体を密着させる。
「この銃は反動は少ないですが、やや前傾で……そうです。撃つ姿勢は人によって違うんですが、とりあえずこれでやってみて、調整していきましょう。照星をよく見て、的の真ん中に合わせて下さい」
触れそうなほど近くにグランスの顔がある。
「こう、でしょうか」
「……いいでしょう。撃ちます」
「え」
パンッ!
「当たった……しかもど真ん中……!」
ほぼグランスが撃ったようなものだから当然の結果だ。
でも少し嬉しい。
「今の感覚を身体で覚えましょう。続けて撃ちますよ」
「はい!」
パンッ!
パンッ!
パンッ!
しばらくグランスに支えられながら、何十発も続け様に撃ち込んだ。
板の的はもうボロボロだ。
グランスが的を新しい物に取り替えるため、一旦そばを離れると「次はフィリア様一人で撃ってみましょう」と、俺に促した。
出来るだろうか、俺に———
先の散々な結果のせいで、一人で撃つことにまだ躊躇いがあった。
「駄目だったら、出来るまで僕が付き合います」
「グランス様……」
グランスは俺の心を読んだように少し笑った。
そうだ。グランスだってメテオラに俺の指導を任命されたが、暇なわけじゃない。彼自身、騎士団との訓練や戦闘時の連携の確認等々、やることはいっぱいある。第一は俺の為ではあるが、グランスの気持ちにも報いたい。
「撃ちます!」
気合いと共に宣言して、姿勢を正す。
グランスと一緒に撃った感覚を思い出しながら、ターゲットに照星を合わせ、引き金を引いた。
パンッ!
「当たった……!」
真ん中よりやや下方にズレたが、的に当たった。
小さなことだけれど、俺にとっては大きな前進だ!
「当たりましたわ! グランス様!」
「ええ、やりましたね、フィリア様。次はもっと精度を上げましょう!」
「はい!」
思わず浮かれて飛び跳ねていたら足が滑った。
「キャッ!」
「危ない!」
グランスがすかさず手を伸ばして俺の腕を掴み、引き寄せる。
「わっ!?」
「!」
しかしバランスが崩れ、二人して芝生の上に倒れ込んでしまった。
ドサッ!
俺は背中から倒れたが、咄嗟にグランスが頭を庇ってくれたので、訪れる筈の衝撃はなかった。
それよりも———
「あ……」
彼の吐息と唇の感触が頬に触れた。
グランスの大きく見開かれた瞳と、一瞬視線が絡み合う。
「しっ、失礼しました!!」
吹っ飛ぶような勢いで、彼が俺の身体の上から飛び退いた。
背けた顔が耳まで真っ赤になっている。
………あっぶねーっっ!!
もう少しズレていたら、事故チューしてしまうところだった。
俺は跳ねる鼓動をなんとか宥めようとした。
「こ、こちらこそ、申し訳ありません。今のは事故ですもの、私は気にしていませんわ!」
「え」
グランスがこちらを振り向き、俺の顔をじっと見る。
「……顔、赤いですよ。フィリア様」
「ええっ!?」
思わず火照る頬に手を当てる。確かに少し熱い。
フィリアはディエス一筋なんだから、ここで他の男によろめいたら駄目だろう!?
いや、そもそも中の人はいい歳をしたオッサンなんだから、少女の身体につられてほっぺにチュウごときでときめくわけにはいかない。
頑張れ、俺!
「フィリア様、僕は———」
熱を孕んだ瞳でグランスが俺に近づく。
離れなきゃいけないのに、俺は蛇に睨まれたカエルのように動けない。
彼の伸ばした手が俺の頬に届きそうになった、その時———
ドオオォォンッッ!!
「!?」
空中戦の勝敗が決して、誰かが地上に墜落した。
あの服の色合いからして———ササPか!?
水を差されたお陰で、乙女心の呪縛が解けた。
ありがとう、ササP!
俺はグランスの手を、逆にぎゅっと握りしめる。
「フ、フィリア様!?」
「訓練を続けましょう、グランス様! まだまだ私の生存確率を上げるには足りませんわ!!」
「は、ハイ!」
やや微妙な表情だったが、俺の勢いに押されてグランスも我に返った。
その後は無心で黙々と、俺とグランスの特訓は日が落ちる寸前まで続いた。
「フィリア様~っ!!」
グランスと別れ、メンブルム城の自室に戻って来るなり、涙目のクレアに抱きつかれた。
「あー、あるかなきかの、ささやかな膨らみに癒される~」
しかも、かなり屈辱的な事を言われた気がする。
「私、今クレアさんに侮辱されましたわ。殺っておしまいなさい、リト」
「お言葉ですが、お嬢様。私もクレア様もお嬢様のささやかな膨らみを愛しておりますから、侮辱には当たりません。褒め言葉です」
「なんてこと! 傷口に塩を塗られましたわ!」
味方だと思っていたメイドさんに後ろから殴られた気分だよ、俺は。
ひっぺがそうと思っても力ではクレアに敵わないので、仕方なく彼女——中身は彼か——の気がすむまで、そのままにしておく。
そもそもクレア——ササPは、メンブルム騎士団のビキニ鎧の美女にウッキウキで会いに行ったはずだ。
何故ここまでダメージを受けているんだ?
彼女に負けたのが、そんなに悔しかったのか?
「いい加減離してくださいまし。昼間何があったんですの? ビキニ鎧の美女さんはいらっしゃったんでしょう?」
「うん。いることはいた」
「……なんだか、ハッキリしない答えですわね」
ササPが上目遣いで俺を見て、ポツポツと話し始めた。
「いたよ、ビキニ鎧の美女…………ホントに顔は美人だったんだ………身体も凄くボンッキュッボンで」
「最高じゃありませんの。なんの問題が?」
「身体がね……仕上がり過ぎてるんだ。肉体がもはや武器なんだ。アレも一つの美の形なんだろうけど……私はエッチなお姉さんを期待してたのに~っっ!」
そう言って、さめざめと俺の胸で泣くササP。
「布面積があんなに少ないのに、ピクリとも動かないんだよう! 私の心のナニが!!」
この男は……。
「それに演習戦で負けちゃったし」
「やっぱりアレはクレアさんだったんですのね」
「……フィリア様のせいで負けたんだからね!」
「?」
何故か身に覚えのない八つ当たりをされた。
どうしたものかと考えあぐねていると、ササPがバッと顔を上げた。
憔悴していたのが嘘のように、瞳がキラキラしている。
「この心のモヤモヤを晴らすには、フィリア様にビキニ鎧を着せよう、そうしよう!」
「はあ!?」
しょうもない理由で落ち込んでいると思ったら、立ち直った理由がさらにしょうもなかった。
「あのビキニ鎧自体が魔具だから、フィリア様が着れば攻撃力とか防御力とか、とにかくなんか上がるよ!!」
「適当ですわね!」
「あの、ビキニって何ですか?」
不毛なやりとりにジト目メイドが割り込んできた。
そうだった。
ここに馴染んできて忘れがちになるが、生前の世界にあってこの世界にはない単語も多いんだった。
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「ああ、ノッツェさんですね」
リトはすぐに該当する人物に思い当たったようだ。
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「いいと思わない? フィリア様に着せたくない?」
「ん——」としばし黙考する有能メイド。
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父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
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