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第40話 アンゴル大峡谷遠征
———翌日、空は晴れ渡り、絶好の出発日和となった。
『アンゴル大峡谷遠征』については、先日国民に対して正式に告知されている。
王都から国境の壁付近までの沿道にはズラリと人々が集まり、その中を進む俺たちは、さながら祭りのパレードのようだ。
きらきらしい美男美女を見て、熱狂的な歓声を上げるのは、どの世界でも変わりはない。
「キャー!! シルワ様ー!! こっち向いてー!!」
「キャー!! ホントにこっち見た!! キャーッッ!!」
「えっ、誰、あの美女!」
「お前知らないのか!? アルカ王国随一の治癒魔法使い、ラティオ・ロース様だぞ!」
「ラティオ様ー!! 踏んでくださいーッッ!!」
「ウオーッ!! フェール兄貴ー!! ウォーッッ!!」
……何か方向性がおかしなファンが一部いるなあ。
「お嬢様、ご気分はいかがですか?」
幌馬車の中から群衆を眺めていると、リトが声をかけてきた。
「まだ出発したばかりですのよ。そんなにすぐ疲れたりしませんわ」
昨日からやや過保護気味な、ジト目メイドの気遣いに俺は苦笑する。
———俺の『アンゴル大峡谷遠征』参加が決定すると、彼女も当然のように同行を申し出た。
有能メイドのリトが一緒なら俺も心強い。
でも今回の旅は確実に危険を伴うものだ。そして、リトには魔力がない。
毒物には詳しいそうだが、それが果たして魔物に効くかどうか……。
最初は危険だからと断固拒否したが、
「お嬢様が無事でいらっしゃるかどうか分からないと、私は眠れません」
という彼女の脅しのような鉄の意志に、俺は屈した。
いや、本音はとても嬉しいんだ。
クレア——ササPが襲われて、心が弱っているのが自分でも分かる。
誰かに寄り添って欲しいという願望を、聡いメイドさんは気付いたんだろう。
リトが同行してくれた以上、俺が彼女の身を守らなくてはいけない。
一月訓練を共にした俺の相棒——魔銃を、決意も新たに握りしめた。
「フィリア、もうすぐ国境を越えるぞ」
王都を離れ、沿道の人々の姿も消えた頃、幌馬車の外からカロルが声をかけてきた。
アルカ王国の王都はネブラ王国との国境に隣接している。出発したのは早朝だが、ここまで来るともう日が暮れかかっていた。
後方に茜色に染まる街並みが遠く見え、前方には巨大な壁門が扉を開けて待っていた。
俺とリトが乗った馬車は長い隊列の後方——兵站部隊の中に位置し、周りを騎兵に守られている。
カロルもその中の一人だ。
俺はちょっとだけ窓から顔を出してみた。
馬車の後方にいたカロルと目が合う。
「ほら」
「あっ!」
巨大な壁でも、馬車で駆け抜けると一瞬だった。
門番たちが敬礼している姿も、たちまち後方に遠ざかる。
見る見るうちに小さくなる壁の近くに、廃墟の街らしきものが見えた。
「あれは……ネブラ王国の難民の……」
「ああ、ディエス殿下の母上がいた街だな」
「えっ!? カロル、殿下からその話を聞いたのですか!?」
俺の呟きを拾って返答したカロルの言葉に、俺は驚愕する。
「ああ。メンブルム領で訓練してる時、俺の大事な人が魔物に殺されたって話をしたらさ、殿下も自分のこと話してくれたんだよ」
「そう……だったのですか」
確かに、同じような体験をしているカロルだからこそ、ディエスも自分のことを話す気になったのだろう。
これは喜ばしい変化だ。
夕陽に照らされたカロルの顔が笑っている。
「俺さ、殿下のこと少し誤解してたよ。学園に入る前はさ、王になるくせに周りに人を寄せ付けないような、そんなヤツだと思ってた」
彼の初期ディエス評に、俺も同意する。
殿下の幼少期を知っていれば変わるかもしれないが、彼に対する初見の印象は概ねそんなものだろう。
「だからさ、フィリアが婚約者だって聞いて心配してた」
「カロル……」
「フィリアは殿下のこと好きだって前から言ってたけど、殿下があんな感じじゃ、フィリアが幸せになれるのかなって……」
「……」
「でもさ、最近の殿下なら大丈夫な気がする。ディエス殿下って、要は感情表現が苦手なんだな。喜怒哀楽は普通にあるよ、多分」
「多分って……でも、殿下が感情表現が苦手というのは同感ですわ」
「フィリアのことも大事に思ってるよ、多分」
「ふふっ、また多分ですか」
カロルがコミ強なこともあるが、ディエスも少しは自分から打ち解けたのだろう。
カロルがディエスを語る口調は優しかった。
友だちが増えるのは良いことだ。
「今はさ、フィリアが王妃になる事が心配なくらいだ」
「まあ! それはどういう意味ですの!?」
「お嬢様。失礼ながら、言葉通りの意味かと」
「本当に失礼ですわね! リト!!」
「はははっ!」
楽しげに笑うカロルの声が夕焼けの空に響き、『アンゴル大峡谷遠征』一日目は、平和に何事もなく過ぎていった………。
『アンゴル大峡谷遠征』については、先日国民に対して正式に告知されている。
王都から国境の壁付近までの沿道にはズラリと人々が集まり、その中を進む俺たちは、さながら祭りのパレードのようだ。
きらきらしい美男美女を見て、熱狂的な歓声を上げるのは、どの世界でも変わりはない。
「キャー!! シルワ様ー!! こっち向いてー!!」
「キャー!! ホントにこっち見た!! キャーッッ!!」
「えっ、誰、あの美女!」
「お前知らないのか!? アルカ王国随一の治癒魔法使い、ラティオ・ロース様だぞ!」
「ラティオ様ー!! 踏んでくださいーッッ!!」
「ウオーッ!! フェール兄貴ー!! ウォーッッ!!」
……何か方向性がおかしなファンが一部いるなあ。
「お嬢様、ご気分はいかがですか?」
幌馬車の中から群衆を眺めていると、リトが声をかけてきた。
「まだ出発したばかりですのよ。そんなにすぐ疲れたりしませんわ」
昨日からやや過保護気味な、ジト目メイドの気遣いに俺は苦笑する。
———俺の『アンゴル大峡谷遠征』参加が決定すると、彼女も当然のように同行を申し出た。
有能メイドのリトが一緒なら俺も心強い。
でも今回の旅は確実に危険を伴うものだ。そして、リトには魔力がない。
毒物には詳しいそうだが、それが果たして魔物に効くかどうか……。
最初は危険だからと断固拒否したが、
「お嬢様が無事でいらっしゃるかどうか分からないと、私は眠れません」
という彼女の脅しのような鉄の意志に、俺は屈した。
いや、本音はとても嬉しいんだ。
クレア——ササPが襲われて、心が弱っているのが自分でも分かる。
誰かに寄り添って欲しいという願望を、聡いメイドさんは気付いたんだろう。
リトが同行してくれた以上、俺が彼女の身を守らなくてはいけない。
一月訓練を共にした俺の相棒——魔銃を、決意も新たに握りしめた。
「フィリア、もうすぐ国境を越えるぞ」
王都を離れ、沿道の人々の姿も消えた頃、幌馬車の外からカロルが声をかけてきた。
アルカ王国の王都はネブラ王国との国境に隣接している。出発したのは早朝だが、ここまで来るともう日が暮れかかっていた。
後方に茜色に染まる街並みが遠く見え、前方には巨大な壁門が扉を開けて待っていた。
俺とリトが乗った馬車は長い隊列の後方——兵站部隊の中に位置し、周りを騎兵に守られている。
カロルもその中の一人だ。
俺はちょっとだけ窓から顔を出してみた。
馬車の後方にいたカロルと目が合う。
「ほら」
「あっ!」
巨大な壁でも、馬車で駆け抜けると一瞬だった。
門番たちが敬礼している姿も、たちまち後方に遠ざかる。
見る見るうちに小さくなる壁の近くに、廃墟の街らしきものが見えた。
「あれは……ネブラ王国の難民の……」
「ああ、ディエス殿下の母上がいた街だな」
「えっ!? カロル、殿下からその話を聞いたのですか!?」
俺の呟きを拾って返答したカロルの言葉に、俺は驚愕する。
「ああ。メンブルム領で訓練してる時、俺の大事な人が魔物に殺されたって話をしたらさ、殿下も自分のこと話してくれたんだよ」
「そう……だったのですか」
確かに、同じような体験をしているカロルだからこそ、ディエスも自分のことを話す気になったのだろう。
これは喜ばしい変化だ。
夕陽に照らされたカロルの顔が笑っている。
「俺さ、殿下のこと少し誤解してたよ。学園に入る前はさ、王になるくせに周りに人を寄せ付けないような、そんなヤツだと思ってた」
彼の初期ディエス評に、俺も同意する。
殿下の幼少期を知っていれば変わるかもしれないが、彼に対する初見の印象は概ねそんなものだろう。
「だからさ、フィリアが婚約者だって聞いて心配してた」
「カロル……」
「フィリアは殿下のこと好きだって前から言ってたけど、殿下があんな感じじゃ、フィリアが幸せになれるのかなって……」
「……」
「でもさ、最近の殿下なら大丈夫な気がする。ディエス殿下って、要は感情表現が苦手なんだな。喜怒哀楽は普通にあるよ、多分」
「多分って……でも、殿下が感情表現が苦手というのは同感ですわ」
「フィリアのことも大事に思ってるよ、多分」
「ふふっ、また多分ですか」
カロルがコミ強なこともあるが、ディエスも少しは自分から打ち解けたのだろう。
カロルがディエスを語る口調は優しかった。
友だちが増えるのは良いことだ。
「今はさ、フィリアが王妃になる事が心配なくらいだ」
「まあ! それはどういう意味ですの!?」
「お嬢様。失礼ながら、言葉通りの意味かと」
「本当に失礼ですわね! リト!!」
「はははっ!」
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