最弱悪役令嬢に捧ぐ

クロタ

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第45話 魔界

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「……ま、さまっ! フィリア様!」
「………んっ……」
「良かった、気がつかれましたか」

 ———どのくらい俺は気を失っていたのだろう……。
 目を開けるとコスタがいた。
 そうか、気を失う前に聞いた声は彼だったのか…………。
 …………………………………………。
 ……………………………!!

「コスタ!!」
「ああっ! 急に動いてはいけません、フィリア様! 僕の魔力の暴発で、落下の衝撃は和らげましたが、それでも地面に叩きつけられましたから」
 確かに彼の言う通り、地面は抉れ、身体はあちこち痛い。
 だがそれは些細なことだ。

「私たち、今魔界にいますの!?」
「はい、フィリア様」
「………ああ、なんてこと……」

 受け入れ難い現実の情報が、嫌でも視覚から入ってくる。
 見上げた空はどんよりと暗く、地上の空とまったく違う色をしていた。
 足元の大地には一本の草木も生えておらず、生命の気配がどこにも無い。
 周囲には見当たらないが、遠くで蠢く影は間違いなく魔物だ。

 何より皮膚感覚で分かる。
 ここは俺たち人間の住める世界じゃない『魔界』だと———

「そうだ! コスタこそ大丈夫ですの!? 怪我は? 私を庇って堕ちたのでしょう?」
 俺は慌てて彼の身体を上から下まで見て、次いでペタペタ触ってみた。
「はい。それは大丈夫です。無傷というわけにはいきませんが、こんなのはかすり傷です」
 コスタは俺を安心させるようにニッコリ笑う。
 落下の衝撃で服はボロボロだが、猫耳フードを下ろした角丸出しの頭部から足先まで、目立った外傷は見当たらない。
 彼の言葉に嘘はないようで、俺はホッとした。

「そう、良かった……いや、いいえ! ちっとも良くありませんわ。コスタ、あなたまで魔界に堕ちてしまうなんて……」

 そうだ。
 落下で致命傷を負わなかったのは幸いだが、現状、俺たちには元の世界に帰る術がない。
 そして周りは魔物だらけ、もはや詰んでるとしか言いようがない。

「仕方ないですよ。あの結界を通れるのが、僕しかいなかったんですから」
「でも……っ! コスタ! 後ろ!!」

 いつの間にか、彼の背後に魔物たちが群がっていた。
 いくつもの爛々と光る目が、俺たちを見下ろしている。
 俺は無駄だと知りつつ、懐の魔銃に手をかけた———

「どうやら、来られたようですよ、フィリア様」
「え?」

 こんな状況だというのに、コスタは笑っていた。
 彼の視線の先に人影が見えた。

 魔物ではない。
 いや、魔物なのか。
 それはゆっくりと確かな足取りで、俺たちに近づいて来た。
 周りの魔物は不思議なことに、彼に襲いかかる様子はない。

 目の前まで来た男に、コスタは平伏した。

「お久しぶりです。魔王様」

 長い黒髪に血のように赤い双眸。
 大きな黒々とした角と長く尖った黒い爪、獣のような下肢に背中には黒い翼。
 俺は男の顔に見覚えがあった。

「よく戻った、コスタ。そして初めまして、フィリア・メンブルム———いや、偉大なる魔法使いノーティオの遺物よ」

 何を言っている。
 彼の言葉の意味がわからない。
 そもそもコスタと男の会話を繋げると、信じたくない事実に行き着いてしまう。

「コスタ。あなた、まさか………」
 否定の言葉を聞きたくて見上げれば、彼は微笑んだまま俺を見ていた。
 いつもの笑顔、いつもの声で———

「ええ。フィリア様のご想像どおりですよ」

 あっさりと肯定された。
 さらに信じたくない告白は続く。

「ああ、『日本』ではこんな時こう言うのでしたっけ———ある時はアルカ王国ディエス王子の侍従、またある時は乙女ゲーム『空の彼方、刻の狭間でキミと…』の制作スタッフ、しかしてその実態は魔界を統べる魔王の第一の部下———なんてね」

 邪気のない笑顔でコスタ———もう一人の転生者は言った。
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