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第53話 ウィルガ・メンブルムの告白
異変は空から訪れた。
「ねえ、あなた。あれ何かしら? 雲にしては様子がおかしくない?」
我が愛する妻ミルレが、メンブルム城の窓から空を見上げて言う。
「母様、あれは…………!? ま、魔族の大群です!!」
目に入れても痛くない息子リベルは、同じく空を見上げて叫んだ。
魔物の大群の出現に城内は騒めき、慌ただしく現状報告と対策の連絡が飛び交った。
「皆、落ち着いて良く聞くんだ!」
陣頭指揮は当然、私、メンブルム侯爵こと———ウィルガ・メンブルムだ。
「我がメンブルム騎士団は現在、半数がアンゴル大峡谷遠征に赴き不在である。しかし心配することはない。何故なら、我が騎士団は精鋭揃いだからだ。たとえ半数の団員を欠いたとしても、その実力が魔物に劣るわけがない! ただ今回は敵の数が多い。領民の避難を最優先として、自身も無理はせず守りに徹してくれ!」
「はっ!」
私の指示に領地に残った騎士団員たちが大きな返事をして、各々の持ち場に散って行く。
「あなた……」
「父様」
人気のなくなった城内で、私の愛する家族が不安そうにこちらをうかがっていた。
不安になるのも当然だろう。
威勢の良いことを言ったが、残った騎士団員たちで空を覆う程の魔物の大群に太刀打ち出来るとは、私自身思っていない。
それでも私は二人を安心させるべく、笑顔を作る。
「大丈夫だ。こんな事もあろうかと、ご先祖様が秘密兵器を用意してくれている」
「秘密兵器!?」
キラキラした金色の瞳で、リベルが私の話に食いついた。
昔、父にメンブルム家の秘密を打ち明けられた時、きっと私もこんな顔をしていたのだろう。
まさか自分がそれを使うことになるとは、想像すらしなかったのだが———
「こっちだ。ミルレもついてきてくれ」
私は二人を誘い、旧館の深層部——あの部屋に赴いた。
魔物の大群は結界が壊れたことを意味する。
おそらく私の愛する娘は、もう人の形をしていないだろう………。
こうなることは分かっていたはずだ。
———あの日この場所で、剣の姿になったフィリアを腕に抱いた魔物と、私は愚かな契約を交わした。
魔物は言った。
『僕の存在を他言しなければ、あなたの娘さんにもう一度魂を与えます』と。
私たち——『ノーティオの遺物』と呼ばれる魔具は、魔具として顕現したが最後、心を失う。
魔剣になったフィリアは、ただの抜け殻だ。私の愛したフィリアではない。
———それでも、私は愚かにも願ってしまった。
人の姿で、あの子が私に笑いかける光景を———例え、中身が別物であったとしても!
「父様……ここは?」
「あなた、本当に大丈夫なの? 壁にひびが入っているし、崩れそうで心配だわ」
最愛の家族を、私はぎゅっと抱き締める。
暖かい……いつまでもこうして幸せを実感していたい……。
だが、それは叶わない。
「ミルレ、リベル、聞いて欲しい。私は罪を犯した。最低の領主で父親だ」
「何を急に仰るの? 確かにサボり癖はあるけれど、あなたは素晴らしい領主よ! 自信を持って!」
「そうです、母様の言うとおりですよ! 父様は僕の自慢の父様です!」
腕の中の幸せを、私は強く抱きしめる。
私はきっと忘れてしまう。過去の素晴らしい思い出も、この愛おしい瞬間も何もかも。
「私がここに侵入した魔物を見逃したせいで、アンゴル大峡谷の結界が壊された。これから多くの民が死ぬだろう」
あの魔物は親切心から魂を用意してフィリアを人型に戻したのではない。
きっとヤツは失敗したのだ。
人型のフィリアを攫うより、剣にして運ぶ方が楽だと踏んだのだろうが、魔剣のフィリアは魔力が大き過ぎて、結界の網目をくぐれない。
あの魔物程度の魔力では、魔剣を振るって結界を壊すことも出来まい。
今回の『アンゴル大峡谷遠征』の真の狙いは、フィリアの誘拐———
フィリアを人型のまま、魔界に落とし魔王に献上することこそが、魔物の目的だ。
「魔物の恐るべき計画は実行され、目的は果たされた。私はそれを黙って看過した罪を、今こそ償わなくてはならない」
「あなた……?」
「父様……」
名残惜しいが、私は抱擁を解き、二人から離れた。
己がやるべきことは分かっている。
私は部屋の中央に置かれた魔石の上に手を翳す。
「ミルレ、リベル、今までありがとう。お前たちがいてくれたお陰で、私はとても幸せな人生を送れたよ」
私の言葉を聞き、ミルレの顔が青ざめる。
「嫌よ、あなた! こんな時に変な冗談仰らないで!」
「冗談ではないんだ、ミルレ。それから、リベル」
「は、はいっ、父様」
私は片手をリベルの頭に乗せて、優しく撫でた。
もう少し息子の成長を見ていたかったが……仕方のないことだ。
「私の姿をよく見ておけ。これがメンブルム家当主の責務だ。お前の代でこの力を使うことが無いよう、祈っているよ」
「父様……」
不安そうに揺れる幼い瞳に、己の罪深さを知る。
今この時から私に代わり、リベルはその小さな肩に領民の安全と生活を守るという、大きな責務を負う。
別れの時が来た。
私は魔石に掌を置く。
急激に体内を魔力で満たされるのが分かる。
ああ、私の意識——自我は、もうすぐ無くなる。
言わなくては、言っておかなくては———
「ありがとう、愛しているよ、もし、フィリアに、会うことがあった、なら、フィ、リア、に、も、つ、た、え———」
「あなた!」
「父様っ!」
眩い光が視界を満たし、それから、わたし、のいしき、は———
「ねえ、あなた。あれ何かしら? 雲にしては様子がおかしくない?」
我が愛する妻ミルレが、メンブルム城の窓から空を見上げて言う。
「母様、あれは…………!? ま、魔族の大群です!!」
目に入れても痛くない息子リベルは、同じく空を見上げて叫んだ。
魔物の大群の出現に城内は騒めき、慌ただしく現状報告と対策の連絡が飛び交った。
「皆、落ち着いて良く聞くんだ!」
陣頭指揮は当然、私、メンブルム侯爵こと———ウィルガ・メンブルムだ。
「我がメンブルム騎士団は現在、半数がアンゴル大峡谷遠征に赴き不在である。しかし心配することはない。何故なら、我が騎士団は精鋭揃いだからだ。たとえ半数の団員を欠いたとしても、その実力が魔物に劣るわけがない! ただ今回は敵の数が多い。領民の避難を最優先として、自身も無理はせず守りに徹してくれ!」
「はっ!」
私の指示に領地に残った騎士団員たちが大きな返事をして、各々の持ち場に散って行く。
「あなた……」
「父様」
人気のなくなった城内で、私の愛する家族が不安そうにこちらをうかがっていた。
不安になるのも当然だろう。
威勢の良いことを言ったが、残った騎士団員たちで空を覆う程の魔物の大群に太刀打ち出来るとは、私自身思っていない。
それでも私は二人を安心させるべく、笑顔を作る。
「大丈夫だ。こんな事もあろうかと、ご先祖様が秘密兵器を用意してくれている」
「秘密兵器!?」
キラキラした金色の瞳で、リベルが私の話に食いついた。
昔、父にメンブルム家の秘密を打ち明けられた時、きっと私もこんな顔をしていたのだろう。
まさか自分がそれを使うことになるとは、想像すらしなかったのだが———
「こっちだ。ミルレもついてきてくれ」
私は二人を誘い、旧館の深層部——あの部屋に赴いた。
魔物の大群は結界が壊れたことを意味する。
おそらく私の愛する娘は、もう人の形をしていないだろう………。
こうなることは分かっていたはずだ。
———あの日この場所で、剣の姿になったフィリアを腕に抱いた魔物と、私は愚かな契約を交わした。
魔物は言った。
『僕の存在を他言しなければ、あなたの娘さんにもう一度魂を与えます』と。
私たち——『ノーティオの遺物』と呼ばれる魔具は、魔具として顕現したが最後、心を失う。
魔剣になったフィリアは、ただの抜け殻だ。私の愛したフィリアではない。
———それでも、私は愚かにも願ってしまった。
人の姿で、あの子が私に笑いかける光景を———例え、中身が別物であったとしても!
「父様……ここは?」
「あなた、本当に大丈夫なの? 壁にひびが入っているし、崩れそうで心配だわ」
最愛の家族を、私はぎゅっと抱き締める。
暖かい……いつまでもこうして幸せを実感していたい……。
だが、それは叶わない。
「ミルレ、リベル、聞いて欲しい。私は罪を犯した。最低の領主で父親だ」
「何を急に仰るの? 確かにサボり癖はあるけれど、あなたは素晴らしい領主よ! 自信を持って!」
「そうです、母様の言うとおりですよ! 父様は僕の自慢の父様です!」
腕の中の幸せを、私は強く抱きしめる。
私はきっと忘れてしまう。過去の素晴らしい思い出も、この愛おしい瞬間も何もかも。
「私がここに侵入した魔物を見逃したせいで、アンゴル大峡谷の結界が壊された。これから多くの民が死ぬだろう」
あの魔物は親切心から魂を用意してフィリアを人型に戻したのではない。
きっとヤツは失敗したのだ。
人型のフィリアを攫うより、剣にして運ぶ方が楽だと踏んだのだろうが、魔剣のフィリアは魔力が大き過ぎて、結界の網目をくぐれない。
あの魔物程度の魔力では、魔剣を振るって結界を壊すことも出来まい。
今回の『アンゴル大峡谷遠征』の真の狙いは、フィリアの誘拐———
フィリアを人型のまま、魔界に落とし魔王に献上することこそが、魔物の目的だ。
「魔物の恐るべき計画は実行され、目的は果たされた。私はそれを黙って看過した罪を、今こそ償わなくてはならない」
「あなた……?」
「父様……」
名残惜しいが、私は抱擁を解き、二人から離れた。
己がやるべきことは分かっている。
私は部屋の中央に置かれた魔石の上に手を翳す。
「ミルレ、リベル、今までありがとう。お前たちがいてくれたお陰で、私はとても幸せな人生を送れたよ」
私の言葉を聞き、ミルレの顔が青ざめる。
「嫌よ、あなた! こんな時に変な冗談仰らないで!」
「冗談ではないんだ、ミルレ。それから、リベル」
「は、はいっ、父様」
私は片手をリベルの頭に乗せて、優しく撫でた。
もう少し息子の成長を見ていたかったが……仕方のないことだ。
「私の姿をよく見ておけ。これがメンブルム家当主の責務だ。お前の代でこの力を使うことが無いよう、祈っているよ」
「父様……」
不安そうに揺れる幼い瞳に、己の罪深さを知る。
今この時から私に代わり、リベルはその小さな肩に領民の安全と生活を守るという、大きな責務を負う。
別れの時が来た。
私は魔石に掌を置く。
急激に体内を魔力で満たされるのが分かる。
ああ、私の意識——自我は、もうすぐ無くなる。
言わなくては、言っておかなくては———
「ありがとう、愛しているよ、もし、フィリアに、会うことがあった、なら、フィ、リア、に、も、つ、た、え———」
「あなた!」
「父様っ!」
眩い光が視界を満たし、それから、わたし、のいしき、は———
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