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「死神と過ごした三日間」
第2話
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《二日目》
「おはようございます、翔」
「…………」
再び目を覚ます。どうやら眠っていたらしい。
眠る前の記憶を手繰る。みちるが下校するのを見届けようとして、そこからの記憶が曖昧だ。
「死神がこの世界で活動できる時間、午後五時までなんですよ。私の活動時間外は翔の意識が保てないんです。残業申請すれば別なんですけどね」
「ああ、そういうことか」
改めて「死神」は「ビジネス」なのだと思った。この微笑みも仕事上でしか成り立たないまやかしなんだと。
「昨日は何か感じたこととかありますか?」
「んー……微妙。俺が死んだところで時間が止まるわけでもねーんだなって思ったくらい」
俺が死んで、悲しんで、それでも前を向いている妹。それを純粋にすごいとも思う。
けど、そもそも立ち止まることなんて許されないんだ。生きているなら、時は流れる。嫌でも前に進んでいく。
自分が時間という川から追い出されて、それを強く感じた。
「少し、違うと思います」
「え?」
「生きている限り、確かに時は流れ続けます。けど、個人の時間は止まるものです」
「個人の、時間……」
「今日はそれを見に行きましょうか」
もはや見慣れた営業スマイル。
それに違和感を覚えつつ、歩き出すアリサの後ろをついていった。
「ここは……」
これからどこに向かうのか、今日はすぐに理解できた。
どこにでもありそうな家が立ち並ぶ住宅街。この先には、俺の家がある。
昨日が妹なら今日は両親。十分予想できる流れだった。
「えっと、今日はあなたの死後五年が経過してます」
「五年ね……」
数字だけ言われても、いまいちパッとしない。周りを見渡し、知らない家があったり、知っている家がなくなっていたりするのを確認して、ようやく時間の経過が実感できる。
父さんと母さん、か……。
両親には、本当に申し訳ないことをしたと思う。俺の死で一番悲しんだのも迷惑したのもあの人達だろう。後悔こそないが、罪の意識がじわじわと湧き上がってくる。
死ぬ前、俺は胸のうちを両親に打ち明けていた。
苦しかったこと、もう耐えられないこと、全部吐き出した。それらを全部抱えたまま死んでも、解放されないと思ったから。
それと、家族に不満があったわけじゃないことも、伝えたかった。
両親の事は好きだった。仕事が忙しくてあまり一緒にはいられなかったけど、たくさんの愛情を注いでくれた。
俺は、それを裏切った。ただの我侭で。
それが、俺の選んだ道だった。
「あ……」
自分の家を見つける。
庭から、少しだけ煙が上がっていた。
まさか火事ではないだろうか。そんな不安が頭をよぎり、すぐに庭に駆け込んだ。
庭には父さんと母さんが立っていた。二人の前には、火を上げているドラム缶が一つ。
二人とも黙ってじっと火を見つめていた。何を燃やしているのか気になり、ドラム缶の中にするりと入る。
そこにあったものの殆どは、墨になっていて原型が分からなかった。けれどいくつか、見覚えのあるものを見つける。
「これ……」
それはノートのカケラだったり、手作りの小さな棚だったり、トロフィーだったり……一見まとまりがなさそうに見えるが、俺にはどういうものを燃やしているのかがすぐに分かった。
このノートは、俺が学校で使っていたもの。
この棚は、父さんと一緒に日曜大工をした時に作ったもの。
このトロフィーは、部活で大会に出て死に物狂いで取ってきたもの。
全部ぜんぶ、俺の物。
炎はバチバチと音を立ててそれらを燃やしていく。黒ずみ、崩れ落ちる思い出の品たちを、俺はただただ眺めた。
悲しいとは思わなかった。ただ、申し訳なさでいっぱいになった。
アリサは言っていた。今は俺が死んでから五年後だと。
五年間、あの人達はこんなものを大事に取っておいたのか。
五年間、俺の存在は鎖のようにあの人達を縛りつけていたのか。
「生きている限り、確かに時は流れ続けます。けど、個人の時間は止まるものです」
そんな死神の言葉を思い出す。
両親の時間は、俺のせいで止まっていたんだ。
俺の遺品を見るたびに涙を零す父と母の姿が頭に浮かぶ。そうなることなんて分かっていたはずなのに、今になってそれが鮮明に思い描けてしまうのはどうしてだろう。
ごめんなさい、なんて安っぽい謝罪は言えなかった。
今の俺には、それすらできない。
「翔の部屋、これからどうしましょう……」
「書庫にでもするさ。せっかく部屋を空けたんだ。無駄にはできん」
かすかに両親の会話が聞こえてくる。ドラム缶から出て、二人の顔を見た。
二人は、微笑んでいた。
泣いている姿を想像していたから、少し面食らう。
「五年間も部屋を放置して……馬鹿だったわね、私達」
「帰ってくるかもしれない、という夢を捨て切れなかったんだから、確かに馬鹿だな」
「そのせいで、みちるにも辛い思いをさせて……それでも二年、翔の部屋に触れられなかった。情けなさすぎるわね」
「でも、今日でその情けなさともお別れだ」
「ええ。みちるがあんなに頑張ってるんだもの、私達もちゃんとしなきゃね」
昨日のみちると同じ、前を向いている人の顔。
俺がした事は、許されることじゃない。
けど、俺が何をしてもしなくても、周りの人は進んでいける。
この世界は、そういう風にできている。
「……よかった」
「よかったですか?」
俺の何気ない呟きに、アリサが反応した。
「どうして、よかったと思ったんです?」
「……俺の死が、ちっぽけなものだからかな」
「それ、よかったんですか?」
「よかったよ。こんなこと思う俺は最低だろうけど、俺のせいでずっと悲しいままってのは嫌だし」
勝手に死んで、悲しんで欲しくないなんて、本当に最低だ。
それでも、俺にはよかったとしか言えない。
俺は自分が死んだことを、後悔できない。
「アリサはさ、俺が死んだ理由知ってるんだろ?」
「……はい」
少し、遅い返事。
俺が死を選んだのは、自分自身の気持ち悪さに耐えられなかったから。
死ぬ前の一年間くらい、俺は同じ中学に通う一人の男子生徒を執拗に虐めていた。そいつが悪さをしたわけじゃない。原因は俺にあった。全部俺が悪かった。
自分で信じられないが、俺はそいつのことが好きだった。
特に目立ったところもない男だったのに、どうしてか気になった。気がついたら目で追っていた。ああ、思い出しても気持ちが悪い。
男を目で追う自分が許せなくて、その視線は自然ときつくなった。まるで嫌悪しているかのように。当然相手は俺に嫌われてると思っていただろう。
最初はその程度だったからまだよかった。気がついたら、話しかけていた。かなり緊張した。男に話しかけて鼓動を早くする自分は、吐き気がするほど気持ち悪かった。その気持ち悪さはそのまま口から出て罵倒となった。
いつも見ていたから、気になったことがたくさんあった。登校が遅い、体育の時着替えにもたつく、教師にあてられるとどもる。まるで嫌味のように言った。気にくわない。腹が立つ。気持ちわるい。
言動は日に日に悪い方向へとエスカレートした。自分でも何がしたいのか、何を言いたいのかが分からなくなっていった。何も言えなくなると、自然と暴力に訴えた。
ただ友達になろうと言えば良かっただけなのに……。そんなことを考えながら暴力を振るう奴が恐ろしくないはずがない。
俺は俺自身が何より怖かった。気持ち悪かった。大嫌いだった。
何をするか分からない自分。止めるには、死ぬしかないと思った。
「迷惑がかかることも、どうでもよかった。俺が俺じゃなくなるのに耐えられなかった。生きてる時も死んだ後も、自分のことしか考えてない。そんな奴、死んで当然だろ……? だから、こんなもの見せられても後悔なんてできねぇよ」
「…………」
アリサは何も言わず、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
死神は、何を考えているんだろう。
こんな人間、さっさと地獄に落としてしまいたいはずだ。それなのに、仕事だからと三日間も付き合わなければいけない。嫌に決まってる。
だから、普段はそれを隠すように笑うのかと思っていた。
けど、それなら今こそ笑えばいい。
アリサはただじっと俺を見るだけだった。
「未練を感じるなって言ってただろ? それに関しては安心していいから」
そんなものを感じられるほど、俺は人間ができていない。
「……大丈夫」
「え?」
アリサは、泣きそうな顔をして言った。
「大丈夫。私は、翔のことを理解できる」
「は……はっ、冗談キツイぜ」
俺のことを理解なんて、俺ですらできないのに。適当なことを言ってくれる、この死神。
「わたしだけは、理解ってあげられるんだよ」
その言葉は、俺に届く前にすぅっと空に吸い込まれた。
※この作品はPC用同人ゲームとして製作した「死神と過ごした三日間」のノベル版です。
ゲームは無料で公開しています。PCを持っていない方のために、プレイ動画もございます。
詳しくは「はとごろTIMES」のホームページをご覧下さい。
また、漫画も投稿しています。そちらも是非ご覧下さい。
「おはようございます、翔」
「…………」
再び目を覚ます。どうやら眠っていたらしい。
眠る前の記憶を手繰る。みちるが下校するのを見届けようとして、そこからの記憶が曖昧だ。
「死神がこの世界で活動できる時間、午後五時までなんですよ。私の活動時間外は翔の意識が保てないんです。残業申請すれば別なんですけどね」
「ああ、そういうことか」
改めて「死神」は「ビジネス」なのだと思った。この微笑みも仕事上でしか成り立たないまやかしなんだと。
「昨日は何か感じたこととかありますか?」
「んー……微妙。俺が死んだところで時間が止まるわけでもねーんだなって思ったくらい」
俺が死んで、悲しんで、それでも前を向いている妹。それを純粋にすごいとも思う。
けど、そもそも立ち止まることなんて許されないんだ。生きているなら、時は流れる。嫌でも前に進んでいく。
自分が時間という川から追い出されて、それを強く感じた。
「少し、違うと思います」
「え?」
「生きている限り、確かに時は流れ続けます。けど、個人の時間は止まるものです」
「個人の、時間……」
「今日はそれを見に行きましょうか」
もはや見慣れた営業スマイル。
それに違和感を覚えつつ、歩き出すアリサの後ろをついていった。
「ここは……」
これからどこに向かうのか、今日はすぐに理解できた。
どこにでもありそうな家が立ち並ぶ住宅街。この先には、俺の家がある。
昨日が妹なら今日は両親。十分予想できる流れだった。
「えっと、今日はあなたの死後五年が経過してます」
「五年ね……」
数字だけ言われても、いまいちパッとしない。周りを見渡し、知らない家があったり、知っている家がなくなっていたりするのを確認して、ようやく時間の経過が実感できる。
父さんと母さん、か……。
両親には、本当に申し訳ないことをしたと思う。俺の死で一番悲しんだのも迷惑したのもあの人達だろう。後悔こそないが、罪の意識がじわじわと湧き上がってくる。
死ぬ前、俺は胸のうちを両親に打ち明けていた。
苦しかったこと、もう耐えられないこと、全部吐き出した。それらを全部抱えたまま死んでも、解放されないと思ったから。
それと、家族に不満があったわけじゃないことも、伝えたかった。
両親の事は好きだった。仕事が忙しくてあまり一緒にはいられなかったけど、たくさんの愛情を注いでくれた。
俺は、それを裏切った。ただの我侭で。
それが、俺の選んだ道だった。
「あ……」
自分の家を見つける。
庭から、少しだけ煙が上がっていた。
まさか火事ではないだろうか。そんな不安が頭をよぎり、すぐに庭に駆け込んだ。
庭には父さんと母さんが立っていた。二人の前には、火を上げているドラム缶が一つ。
二人とも黙ってじっと火を見つめていた。何を燃やしているのか気になり、ドラム缶の中にするりと入る。
そこにあったものの殆どは、墨になっていて原型が分からなかった。けれどいくつか、見覚えのあるものを見つける。
「これ……」
それはノートのカケラだったり、手作りの小さな棚だったり、トロフィーだったり……一見まとまりがなさそうに見えるが、俺にはどういうものを燃やしているのかがすぐに分かった。
このノートは、俺が学校で使っていたもの。
この棚は、父さんと一緒に日曜大工をした時に作ったもの。
このトロフィーは、部活で大会に出て死に物狂いで取ってきたもの。
全部ぜんぶ、俺の物。
炎はバチバチと音を立ててそれらを燃やしていく。黒ずみ、崩れ落ちる思い出の品たちを、俺はただただ眺めた。
悲しいとは思わなかった。ただ、申し訳なさでいっぱいになった。
アリサは言っていた。今は俺が死んでから五年後だと。
五年間、あの人達はこんなものを大事に取っておいたのか。
五年間、俺の存在は鎖のようにあの人達を縛りつけていたのか。
「生きている限り、確かに時は流れ続けます。けど、個人の時間は止まるものです」
そんな死神の言葉を思い出す。
両親の時間は、俺のせいで止まっていたんだ。
俺の遺品を見るたびに涙を零す父と母の姿が頭に浮かぶ。そうなることなんて分かっていたはずなのに、今になってそれが鮮明に思い描けてしまうのはどうしてだろう。
ごめんなさい、なんて安っぽい謝罪は言えなかった。
今の俺には、それすらできない。
「翔の部屋、これからどうしましょう……」
「書庫にでもするさ。せっかく部屋を空けたんだ。無駄にはできん」
かすかに両親の会話が聞こえてくる。ドラム缶から出て、二人の顔を見た。
二人は、微笑んでいた。
泣いている姿を想像していたから、少し面食らう。
「五年間も部屋を放置して……馬鹿だったわね、私達」
「帰ってくるかもしれない、という夢を捨て切れなかったんだから、確かに馬鹿だな」
「そのせいで、みちるにも辛い思いをさせて……それでも二年、翔の部屋に触れられなかった。情けなさすぎるわね」
「でも、今日でその情けなさともお別れだ」
「ええ。みちるがあんなに頑張ってるんだもの、私達もちゃんとしなきゃね」
昨日のみちると同じ、前を向いている人の顔。
俺がした事は、許されることじゃない。
けど、俺が何をしてもしなくても、周りの人は進んでいける。
この世界は、そういう風にできている。
「……よかった」
「よかったですか?」
俺の何気ない呟きに、アリサが反応した。
「どうして、よかったと思ったんです?」
「……俺の死が、ちっぽけなものだからかな」
「それ、よかったんですか?」
「よかったよ。こんなこと思う俺は最低だろうけど、俺のせいでずっと悲しいままってのは嫌だし」
勝手に死んで、悲しんで欲しくないなんて、本当に最低だ。
それでも、俺にはよかったとしか言えない。
俺は自分が死んだことを、後悔できない。
「アリサはさ、俺が死んだ理由知ってるんだろ?」
「……はい」
少し、遅い返事。
俺が死を選んだのは、自分自身の気持ち悪さに耐えられなかったから。
死ぬ前の一年間くらい、俺は同じ中学に通う一人の男子生徒を執拗に虐めていた。そいつが悪さをしたわけじゃない。原因は俺にあった。全部俺が悪かった。
自分で信じられないが、俺はそいつのことが好きだった。
特に目立ったところもない男だったのに、どうしてか気になった。気がついたら目で追っていた。ああ、思い出しても気持ちが悪い。
男を目で追う自分が許せなくて、その視線は自然ときつくなった。まるで嫌悪しているかのように。当然相手は俺に嫌われてると思っていただろう。
最初はその程度だったからまだよかった。気がついたら、話しかけていた。かなり緊張した。男に話しかけて鼓動を早くする自分は、吐き気がするほど気持ち悪かった。その気持ち悪さはそのまま口から出て罵倒となった。
いつも見ていたから、気になったことがたくさんあった。登校が遅い、体育の時着替えにもたつく、教師にあてられるとどもる。まるで嫌味のように言った。気にくわない。腹が立つ。気持ちわるい。
言動は日に日に悪い方向へとエスカレートした。自分でも何がしたいのか、何を言いたいのかが分からなくなっていった。何も言えなくなると、自然と暴力に訴えた。
ただ友達になろうと言えば良かっただけなのに……。そんなことを考えながら暴力を振るう奴が恐ろしくないはずがない。
俺は俺自身が何より怖かった。気持ち悪かった。大嫌いだった。
何をするか分からない自分。止めるには、死ぬしかないと思った。
「迷惑がかかることも、どうでもよかった。俺が俺じゃなくなるのに耐えられなかった。生きてる時も死んだ後も、自分のことしか考えてない。そんな奴、死んで当然だろ……? だから、こんなもの見せられても後悔なんてできねぇよ」
「…………」
アリサは何も言わず、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
死神は、何を考えているんだろう。
こんな人間、さっさと地獄に落としてしまいたいはずだ。それなのに、仕事だからと三日間も付き合わなければいけない。嫌に決まってる。
だから、普段はそれを隠すように笑うのかと思っていた。
けど、それなら今こそ笑えばいい。
アリサはただじっと俺を見るだけだった。
「未練を感じるなって言ってただろ? それに関しては安心していいから」
そんなものを感じられるほど、俺は人間ができていない。
「……大丈夫」
「え?」
アリサは、泣きそうな顔をして言った。
「大丈夫。私は、翔のことを理解できる」
「は……はっ、冗談キツイぜ」
俺のことを理解なんて、俺ですらできないのに。適当なことを言ってくれる、この死神。
「わたしだけは、理解ってあげられるんだよ」
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