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運命のひと

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触れれば分かる。


触れれば分かることは多々あります。


例えば上質の布地。革や毛皮。
宝石などもそうかもしれません。
しっとりと重厚で風格すら感じる存在感。
大抵の場合、価値を示す価は可愛いとは言い難いものの、それでもなんとか我が物にしたいと思わせる魅力を放つもの。

そんなものの中に"運命のひと"なんてのも含まれたりします。
よく聞くじゃないですか。
出会った瞬間、あっこのひとと結婚するって思ったんです。なんて使い古されたクサイ台詞。
けれど侮るなかれ。
度々聞くということはその中にごく稀に本物が含まれている可能性だって捨てきれません。


さてここに運命の出会いとやらを迎えたふたりがおりました。


恋もまたファーストインプレッションが大事です。
一目惚れやら感性が合うやら好きな対象が同じやらいろいろとありますが、まぁなんか良い。好ましい。という感覚。
なんだかわからないけど触れた瞬間ビビっと来たんだよねなんてのも例のごとく含まれます。


ケイコとタカシは恋人でした。
ふたりはタカシの友人ヨースケを祝う小さなパーティーに参加しました。
いわゆるヨースケの結婚披露パーティーです。
参加者は新婚夫婦とその友人のみ。
隠れ家的レストランで良く手入れされた花木が囲む日当たりの良い庭も開放した立食のカジュアルシックなもの。
だから参加者は皆なんとなく幸せのおすそ分けをいただきつつ寛いでほんわか幸せ気分。
しかもうら若き男女が程々に着飾って集えば自ずとテンションは上がるもの。
ケイコとタカシも漏れなくいつもよりも多く手を繋いだり触れ合ったりして次はそろそろ自分たちかななんて気分になっちゃうヤツです。

ここでヨースケの友人カズマの登場です。
いわゆる友人の友人。

友人の友人は友人なのか他人なのか。
出逢ったのだから友人ということにしておきましょう。
さてヨースケを介し挨拶を済ませ互いに手に持つグラスを合わせた瞬間。
まずタカシとカズマが、そしてケイコとカズマが。
そのとき。
図らずもケイコとカズマのグラスを持つ指がわずかに触れてしまったのです。

ビビっと来ました。もうまさにビビっと。
疑いようもないほどお互いにビビっと。
何コレ何コレと思わずうろたえるほど。

だって運命のひとですから。
運命ってでも本当に悪戯好きですよね。

というわけでタカシはカズマと友人というカテゴリに入る間もなく弾き飛ばされ、ケイコとカズマは障害のようなものを軽くヒョイと乗り越えめでたく結ばれました。
だつて運命のひとですから。
人生って残酷です。


時は過ぎ、
運命の出会いで結ばれたはずのケイコとカズマも、まぁいざ夫婦、家族になってみれば案外平凡で退屈な日々を過ごすことになります。
しょせん結婚なんて皆どうせこんなもの。
ふたりは互いにそう心の奥底でそっとつぶやきます。
まぁ世の中の夫婦の大半と同じです。
日々が虚しく感じるときは"ビビっと感じて結ばれた稀なイベント"があっただけマシ。そう思うことでやり過ごします。
運命のせいで弾き飛ばされたタカシへの罪悪感なんてのもとっくに忘れ去られています。

でもなぜかカズマの心には常に虚しさが重く居座り続けるのです。
すきま風が吹き荒れ寒くて仕方がないのです。
それはきっとケイコと出会ったあの日から。
ヒトのオンナを奪った罪なのでしょうか。
いくらそれが運命だったとしても。


さて、運命の悪戯を侮るなかれ。


あの日。
あの運命の出会いの日。
ビビっと感じたあの瞬間。

ケイコとタカシは手を繋いでいたのです。

ケイコという-異物-を挟んでまで強く感じ取れるほどの運命だったんですけどね。残念。
だからあのときケイコと手を繋いでいたタカシだってもちろんビビっとしていたんです。
なぜか分からないけどドキドキしてたんです。
でもねぇ、それは静電気かなって位に思うでしょ?
だって慣れ親しんだケイコと繋いでる手が急にビビっとしたんですから。
しかも彼の場合、後にあれはきっと嫌な予感だったんだと結論付けました。
あの後呆気なく振られちゃったワケですから。

ケイコにしたって両手がビビっとしたなんてまさか気づきもしていませんでしたし、気づいたところでそれこそ全身を貫くほどの衝撃だったわけです。

タラレバを言っても虚しいだけ。

でも、
もしあのときあの瞬間。
ケイコとタカシがせめて手を繋いでいなければ。
運命の相手に出会いながらも気づかず結ばれなかったかも。

運命の相手に出会いながらも間違えて違う相手と結ばれてしまった。しかも運命の片割れを傷付ける形で。
どちらがマシ?

知らず間違えたとは言え運命の半身を傷つけてまで掴んだ空虚。

でも侮るなかれ運命ですから。
この先もこのまま気付かないまま生を終えるとは限りません。
今さら結ばれなかった運命の存在に気づいてしまったときの苦悩。
しかもノーマルだと思っていたのに運命の相手はまさかの同性ですから。

さてどちらがマシなんでしょうね。




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