雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 雨が降ると必ず中止になるのが野球だ。
 サッカーなんかは、雷が落ちない限りやるらしいと聞いた事があるけど。
 必然、学校の部活でも、泥だらけで走り回るサッカー部を横目に見ながら、野球部は早々に帰宅していた。

 ―――中学校までは。





「―――ただいま。」
「…あ、お帰り。」

 食べた後の食器を片づけながら出迎える(?)と、母は脱いだジャケットをソファに放り投げながら、台所に来て冷蔵庫から発泡酒の缶を出して開けた。

「今食べたの?」
「あ、うん。今日、帰りリツと買い物行ってきたから。」
「ふ、んん」

 あ、そうと言ったつもりなのだろう。母は中身をコクンと飲み込んで、カウンターに缶を置くと、茶碗を取り出してご飯をよそった。ラップをかけたお皿をレンジにかけながら、味噌汁の鍋を火にかける。
 その間に軽く汚れを落とした食器を食洗機に入れて手を洗った。スイッチは母が食べた後に入れる。
 いつも通りのルーティンをこなして、台所を出る。お風呂に入らなきゃ…

「―――カスミ」

 不意に呼びかけられて、リビングのドアノブに手をかけたまま振り向いた。

「何?」
「…あー、うん……」

 自分から呼びかけておきながら、母が困ったように視線を巡らせる。

「えーと、…お小遣いとか、足りてる?」

 思いもよらない問いかけに首を傾げた。
 何しろ食材とか日用品の買い物する為に結構な額を毎月預かってるし、服とか学用品なんかはその都度もらってるから、お小遣いは月5千円で問題無いどころか、下手すると余る。
 ネットでの買い物は母のクレジットカードだから、直接管理出来てるハズだし、特に散財した覚えは無いんだけど…?

「別に困ってないよ?」
「…なら、いいけど。」
「なに、急に」
「ん、うん。」

 妙に歯切れが悪いのが、少しだけ気になった。
 基本、母はいわゆるサバサバ系だ。そのせいか、仕事の愚痴も同僚の悪口も言わないから、逆に心配にならなくもない。

 全部、一人で溜め込んでしまいそうで。

「会社でなんかあった?」
「いや、なんもないよ。」
「ホントに?実は誰かと付き合ってるとか…」
「無いね」
「早っ」

 気のせいか…と笑いながら、ドアを開けた。

「先、入るね。」
「ん。」

 短い返事を背中に聞きながらドアを閉めた。
 母とはいつもこんな感じだ。仲が悪いわけじゃない、嫌いでもないし、心配する程には好きだと思う。

 けど、母の、 一番奥底にあるもの・・・・・・・・・を、多分、私は知らない。
 もちろん、 母も・・、知らないはずだ。

 明かりも付けずに暗い廊下を歩いて、玄関横の自室に入る。

 ぱたん、とドアを閉めて。

 背中をドアにもたれかけて目を閉じた。
 眼裏に、夕方見た遠ざかる背中が浮かんだ。

 ―――良かった。彼女、出来たんだ。

 そう、心の中で呟いて。
 一つ、息をついて、目を開けた。

 机の上で、緑色の光が点滅しているのが見える。近寄ってスマートフォンを起動した。

『今日、ありがと。』

 浮かび上がったウインドウに一言だけ。

『どういたしまして』

 リツのメッセージは1時間位前に来ていたけど、すぐに既読が付いた。

『おやすみ』
『おやすみ』

 タップして、ホーム画面に戻す。
 “トーク”の隣にある“友達”をタップしようとして、やめた。

 自分では入れてないのに、いつの間にか出来てたトーク画面。
 悪気の無さそうな笑顔に苦笑する。
 でも、この三ヶ月、そこには一度も書き込みをしていない。

 触れない方がいい。
 もうずっと、このままで。

 机の上にスマートフォンを置いて、窓を開けた。
 まだ、雨が降っている。

 さああああ…と、

 湿った風と共に、微かな甘い薫りを感じた、途端。

 ゾクリ―――

 躰の奥から込み上げてきたものが、心臓を、締め付けて。
 同時に、全身を粟立たせた。

(―――スミ…)

 耳の奥に、掠れた声が蘇る。
 厭だ―――
 その場に蹲って、必死で躰を抱きしめた。

 忘れなきゃ
 忘れなきゃ、いけない
 早く―――――

 震える躰を、きつく、きつく、抱きしめた。


 だって、これは、恋じゃないから
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