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1.Cape jasmine
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翌日は晴天だった。
そろそろ梅雨明けだろうかと、日差しに目を細めながらグラウンド脇の道を歩く。通用門に続くこの道は、正門よりも家までの通学路に近くて、なおかつ、あまり使っている人がいないところが気に入っていた。
…キィン―――
高く澄んだ音に顔を上げると、白球が青空に消えていくのが見えた。
グラウンドに目をやると、打たれたピッチャーにキャッチャーが駆けていき、身振り手振りを加えながら、何やら熱心に話している。
ピッチャーはそれを聞きながら、ボールをにぎにぎしてしていた。感触を確かめるような感じで。
普通に体操服を着てるし1年生なのかな?とぼんやり思った。
―――持ってみな
硬さも重さも、全然違うんだよ、と言って。手渡されたボールは、握っても凹まない。
中学の野球部は軟式だったから、ナオは3年で引退して直ぐから、慣らす為によく硬球を握っていた。
―――当たったら痛そう
―――軟球だって当たりゃ痛えよ
ボールを私の手ごと握り込む、大きな手の平の熱さ。縫い目をなぞる様に私の指をなぞる太くて節くれ立った親指。
言った声が、背中に当たった胸で低く響き、ふっと笑った息が耳を掠めて。
息をするのも苦しくて誤魔化す様に立ち上がり、振り向き様にボールを投げつける。
あっさり受け止めて、口角を上げながら見上げてくる、顔―――
「危ないっっっ‼︎」
鋭い声にはっとするのと、目の前を硬球が飛んでいくのが同事だった。
「大丈夫?!」
言われた声の方を見ると、防球ネットの向こうでキャッチャーマスクを頭に押し上げた先輩らしき人が心配そうな顔で立っている。
大丈夫です、と返しながらボールの飛んでいった先を見遣ると、植え込みの所に転がっていたのが見えた。防球ネットがあるのにどうしてだろうと不思議に思いながらも小走りで駆けていき、それを拾って戻る。
「あー、ごめん、ありがとう。」
恐縮する相手に、いいえ、と微笑んで見せたところで、ふと、その胸元辺りに目が止まった。防球ネットの四角い目の一部がほつれて切れている。なるほど、ここからボールが飛び出したのかも…ぼんやりとそう思った時だった。
「あれ、…ミヤマ、サン?」
呼ばれて顔を上げる。
少し見上げた場所にある、見知った顔に、ドクッ…と鼓動が跳ねた。
「…神田くん?」
同じ中学で、野球部だった。
ナオと一緒に全中で東京に行ったメンバーで、直球が売りのピッチャー。
有名な私立高のスカウトを受けるかどうか悩んでたって言ってたけど、ここ受けたんだ…
「ジンデ」
「…えっ?」
声に意識を戻すと、彼が半眼でこっちを見ていた。
「俺は神田って書いて、“ジンデ”って読むんだよ。」
まさしく、目が点になった―――と思う。
「えっ、そーなの?ずっと“かんだ”って呼んでるから…珍しくあだ名じゃないんだなって、思ってたんだけど…」
「アイツは誰の事もミョーなあだ名でしか呼ばねーよっっ」
まともなんは“セト”ぐれーだっっという声に、目線が泳いだ。
セト…瀬戸?かな、誰だろう。多分知ってるんだろうけど、知らない名前。少なくとも、ナオの口から聞いた事は無い…ハズ。
「何?2人、知り合い?」
すっかり存在を忘れていた先輩(らしき人)から声が上がり、“ジンデ”くんが口調を改めた。
「同中で、同じ野球部だったヤツの彼女です。」
その言葉に、体が固まった。
今、何て―――
「あー、そう、なんだ…。」
「いえ、違いますっ。」
咄嗟に否定の言葉が飛び出す。
「幼なじみ、です。ただの…」
ムキになってそう言いながら、持っていたボールを、さっきの破れたところにねじ込んで向こうへ渡す。よく考えれば、ナオと自分の関係なんてこの先輩には全く興味ない事だろうに、そんな事も思いつかないほどに動揺してた。
「“カンダ”クンは、1年なのに、もう投球練習してるんだ?スゴいね。」
「別にスゴくねーし、そもそも部員じゃねーし、“ジンデ”だし。」
あ、ゴメン…。
思わず口を噤んだ私の前で、ジンデ君が大きくため息をついた。
「もう、いいですか?やっぱ、無理っすよ。」
「あー、いや、…もうちょっと」
「無理ですって。もうずっと練習してなかったし。まぁ、自分でもまさかここまでとは思わなかったけど。」
はは…と、ジンデ君が乾いた笑い声を上げた。でもその目は、手に持って感触を確かめる様に握り込んでいるボールに向いている。
それが何だか寂しそうな顔に見えて、思わず言ってしまった。
「まだ、硬球に慣れないの?」
そろそろ梅雨明けだろうかと、日差しに目を細めながらグラウンド脇の道を歩く。通用門に続くこの道は、正門よりも家までの通学路に近くて、なおかつ、あまり使っている人がいないところが気に入っていた。
…キィン―――
高く澄んだ音に顔を上げると、白球が青空に消えていくのが見えた。
グラウンドに目をやると、打たれたピッチャーにキャッチャーが駆けていき、身振り手振りを加えながら、何やら熱心に話している。
ピッチャーはそれを聞きながら、ボールをにぎにぎしてしていた。感触を確かめるような感じで。
普通に体操服を着てるし1年生なのかな?とぼんやり思った。
―――持ってみな
硬さも重さも、全然違うんだよ、と言って。手渡されたボールは、握っても凹まない。
中学の野球部は軟式だったから、ナオは3年で引退して直ぐから、慣らす為によく硬球を握っていた。
―――当たったら痛そう
―――軟球だって当たりゃ痛えよ
ボールを私の手ごと握り込む、大きな手の平の熱さ。縫い目をなぞる様に私の指をなぞる太くて節くれ立った親指。
言った声が、背中に当たった胸で低く響き、ふっと笑った息が耳を掠めて。
息をするのも苦しくて誤魔化す様に立ち上がり、振り向き様にボールを投げつける。
あっさり受け止めて、口角を上げながら見上げてくる、顔―――
「危ないっっっ‼︎」
鋭い声にはっとするのと、目の前を硬球が飛んでいくのが同事だった。
「大丈夫?!」
言われた声の方を見ると、防球ネットの向こうでキャッチャーマスクを頭に押し上げた先輩らしき人が心配そうな顔で立っている。
大丈夫です、と返しながらボールの飛んでいった先を見遣ると、植え込みの所に転がっていたのが見えた。防球ネットがあるのにどうしてだろうと不思議に思いながらも小走りで駆けていき、それを拾って戻る。
「あー、ごめん、ありがとう。」
恐縮する相手に、いいえ、と微笑んで見せたところで、ふと、その胸元辺りに目が止まった。防球ネットの四角い目の一部がほつれて切れている。なるほど、ここからボールが飛び出したのかも…ぼんやりとそう思った時だった。
「あれ、…ミヤマ、サン?」
呼ばれて顔を上げる。
少し見上げた場所にある、見知った顔に、ドクッ…と鼓動が跳ねた。
「…神田くん?」
同じ中学で、野球部だった。
ナオと一緒に全中で東京に行ったメンバーで、直球が売りのピッチャー。
有名な私立高のスカウトを受けるかどうか悩んでたって言ってたけど、ここ受けたんだ…
「ジンデ」
「…えっ?」
声に意識を戻すと、彼が半眼でこっちを見ていた。
「俺は神田って書いて、“ジンデ”って読むんだよ。」
まさしく、目が点になった―――と思う。
「えっ、そーなの?ずっと“かんだ”って呼んでるから…珍しくあだ名じゃないんだなって、思ってたんだけど…」
「アイツは誰の事もミョーなあだ名でしか呼ばねーよっっ」
まともなんは“セト”ぐれーだっっという声に、目線が泳いだ。
セト…瀬戸?かな、誰だろう。多分知ってるんだろうけど、知らない名前。少なくとも、ナオの口から聞いた事は無い…ハズ。
「何?2人、知り合い?」
すっかり存在を忘れていた先輩(らしき人)から声が上がり、“ジンデ”くんが口調を改めた。
「同中で、同じ野球部だったヤツの彼女です。」
その言葉に、体が固まった。
今、何て―――
「あー、そう、なんだ…。」
「いえ、違いますっ。」
咄嗟に否定の言葉が飛び出す。
「幼なじみ、です。ただの…」
ムキになってそう言いながら、持っていたボールを、さっきの破れたところにねじ込んで向こうへ渡す。よく考えれば、ナオと自分の関係なんてこの先輩には全く興味ない事だろうに、そんな事も思いつかないほどに動揺してた。
「“カンダ”クンは、1年なのに、もう投球練習してるんだ?スゴいね。」
「別にスゴくねーし、そもそも部員じゃねーし、“ジンデ”だし。」
あ、ゴメン…。
思わず口を噤んだ私の前で、ジンデ君が大きくため息をついた。
「もう、いいですか?やっぱ、無理っすよ。」
「あー、いや、…もうちょっと」
「無理ですって。もうずっと練習してなかったし。まぁ、自分でもまさかここまでとは思わなかったけど。」
はは…と、ジンデ君が乾いた笑い声を上げた。でもその目は、手に持って感触を確かめる様に握り込んでいるボールに向いている。
それが何だか寂しそうな顔に見えて、思わず言ってしまった。
「まだ、硬球に慣れないの?」
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