雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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「深山さんて、進藤君と付き合ってるの?」

 そう聞いてきた顔に見覚えが無い。同じクラスになった事が無いんだろうと思うのに、なんでこっちの名前知ってるんだろう?
 中学に入ってから、この手の呼び出しが増えて、正直ちょっと面倒くさいと思ったけど、顔には出さずに微笑んでみせた。

「えぇ-、まさか、幼なじみだよ~」

 ほぼマニュアル化しているな、と思いながら。




 小学校に上がって間もなく、校庭で行われていた少年野球の練習を見かけたナオが

「野球やりたい!」

と言い出したのを、たっくんはそれはそれは喜んだ。

 たっくんは地元にある赤いヘルメットを被ったチームが大好きで、高校時代は野球部にも入ってたらしく、小さい頃はよく家族ぐるみで観戦に行っていた。
 けど、ナオは難産で生まれたせいか、赤ちゃんの頃から小柄で、季節の変わり目には必ず熱を出すほど身体が弱かった。たっくんが休みの日にはキャッチボールをしたりしていたけど、どちらかというとインドア派だったから、そう言い出した時は、ぶっちゃけ大丈夫?というのがホンネだった。

 でも、ナオは体を動かすようになると熱も出さないようになり、3年生になる頃には真っ黒に日に焼けた健康優良児へと変貌を遂げ、さらには遺伝子情報に従って、メキメキと背を伸ばしていった。
 そうなると、「わたし、面食いだから!」と堂々と宣言しているかなちゃ曰く、“爽やか系イケメン顔”のたっくんクローンナオは、少しずつ女子の視線を集め始めたのだ。

 とは言っても小学校の間は、大抵の女の子は頭一つくらい上から見下ろされると、ちょっと怖さを感じるらしく、遠巻きに見ているのが殆どだった。

「みやまん、何で平気で喋れるの~?」

 とよく聞かれるほど、ナオの口数が少なかったせいもあるけど、これもかなちゃに言わせると、小さい時に二人で世話を焼きすぎたのが原因で、余りナオの方から説明しなくても、意を汲んであれこれしていたのが良くなかったらしい。

 そんな訳だから、どんな関係だと聞かれると、もうホントに“幼なじみ”の一言に尽きるのだけれど。


「その割に、なんか、甘えてる?ってカンジ。」

 言われて、言葉に詰まった。
 目の前の女の子はちょっと首を傾げながら続ける。

「深山さんてお父さん居ないんだっけ、交通事故?大変だよね。」

 その言葉にたじろいだ。
 もちろん、隠してる訳じゃ無いし、同じ小学校のコは大体知ってる。でも…

「だから、お隣の進藤君が代わりに、色々世話してるっていうのは、わかる。進藤君、優しいしね。」

 優しい?ナオが?
 優しくされたの?ナオに…?

「でも、進藤君だって、したいこと、色々あるんじゃないかなぁ…。毎日部活頑張ってるんだし、せっかくの休みくらい、どっか遊びに行ったりとか、ね。」

 そう言って、ニッコリ笑ったそのコは、小さくて華奢で、どこかかなちゃに似ていたから。

 何も、言えなくなった。









◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「誕生日に、“亜衣子サン”のシフォンケーキが食べたい!」

 そう言ったら、お父さんは目を丸くした。
 とっても キレイ・・・な顔だから、そんなコトしてもやっぱり“いけめん”だけど。

「え…?亜衣子さんって…、なんで知ってるの?」
「お母さんに聞いた!亜衣子さんの料理、すっごいおいしいって。でも、まだ連れてけないって言うから~」
「あー、うん、まあ、ね。三年生だし。」


 こないだの金曜日は、お父さんが“のみかい”で居なくて、晩ごはんがグラタンだった。
 はふはふしながら食べてたら、お母さんがポツリと言ったのだ。

「亜衣子さんとこ、行きたいな~…」って。

 “亜衣子さんのお店”は、ふたりの“いきつけ”だったらしい。
 いちおう“いたりあん”だけど何でも作ってくれて、とくに“ぱんぐらたん”がおいしい。
 誕生日にはケーキも焼いてくれるって言ってたけど、でもまだだめって言われた。
 お酒飲むお店だからって。

「なるほどね…そんなに食べたいんなら頼んでみようか。」
「やったぁ!あ、でもね、でも、お母さんにはないしょね?」
「ん?なんで?」
「びっくりするでしょ?」

 そう言ったら、お父さんはまた目を丸くした。
 それから、ぽんと頭に手のひらを乗せて、ふっ…と優しく笑う。

 大好きな、大好きな、お父さんの笑顔。

 お父さんはすっごく優しいけど、でもお母さんを驚かすのも好きだから。
 きっと、ちゃんと、ケーキ買ってきてくれる。
 そしてそれを見たらきっと、普段“くーる”なお母さんの目も丸くなるに違いない。
 それを、お父さんと二人で見るんだ。

 きっとすてきな誕生日になる。


 ―――そう、思ってたのに。



 お父さんは約束通り、ケーキを頼んでくれてた。

 仕事の帰りに寄ってもらってくるから、待っててね?

 朝、そう言われて、うん、と頷いた。
 お母さんは唐揚げを揚げてくれて、かなちゃがロールサンドを作ってくれた。
 ナオのプレゼントはパズルで、二人で床に広げて遊んでいた。

 たっくんはちょっと遅くなるって電話あったけど、お父さんはもうすぐ帰るって。
 ちゃんとケーキ受け取ったからねって。

 電話してきてたのに。

 待ってたのに。





 その日、お父さんは、 帰らぬ人・・・・となった―――
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