雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 その車は、雨に濡れた路面でブレーキをかけた瞬間、スリップして車体を横に回転させた。
 そこへ後続の車が突っ込んで、勢いよく突き飛ばされた車体は歩道に乗り上げ、運悪くそこを歩いていた男性―――父に、突っ込んだ。


 ―――即死、だったらしい。


 スリップした車の運転手も、その車を跳ね飛ばした車の運転手も。
 車こそ破損したが、怪我はしていなかったそうだ。

 なのに、父だけが。



 横たわる父の顔は清められ、まるで眠っているかのように穏やかだった。
 ただ、無残にへし折られたビニール傘と潰れたケーキボックスが。

 生々しく、父の最期を伝えていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「スミちゃん、早く帰ろ」

 うん、わかってる、でも…
 坂道の途中で足が止まった。

 昨日のお母さんの顔が浮かんで動けない。

 だって、あんなに泣いてた。
 言葉も無く、ただ、ほろほろと。
 朝も、ほとんどこっち見てくれなくて。

 ―――そんなに、美味しくなかったのかな…

 いつもはかなちゃが作ってくれてて、それで泣いたことは無いから、そうなのかも。

 きゅっと、唇を噛み締めた。

 お母さんは、あれ以来・・・・、毎日ぼんやりしてる。話しかけても、うん…とかあぁ…ばっかり。
 掃除も洗濯も、頑張ってみたけど、そんなに上手には出来てないはずなのに。
 前だったら「何、やってんの!」って。
 も―って言いながら、一緒にやってくれるのに。

 ぐいっ―――と

 手を捕まれて、引っ張られた。
 顔を上げると、紺色のランドセルの向こうから、「俺、テレビ見たいから」と、少しだけ、怒った声がする。

 お隣の“ナオ”は、最近ちょっと伸びたけど、でもやっぱりまだ背が小さい。女の子みたいなキレイな顔で、そんなナオが怒るのは珍しい。
 引っ張られるままに、歩き出した。

「おかえり。」

 ナオに連れられて、お隣の玄関から入ると、かなちゃが言った。

「トーコさん、ちょっと寝るって言ってたから、こっちでおやつ食べる?」

 しばらく迷ってから首を振る。
 なんとなく、あんまり甘えちゃいけない気がして。
 顔を上げられなくて俯いてたら、ふわっと髪を撫でられた。

「お昼ごはんに、二人で食べたよ。トーコさんも美味しかったって。」

 咄嗟に顔を上げた。
 かなちゃが微笑んでる。

 最近はいつも困った顔ばっかりだったのに。

 くるりと回れ右して飛び出した。

 急いで玄関から鍵を開けて入る。ランドセルを部屋に放り込んで、制服のまま、お母さんの部屋を覗く。
 こんもりとベッドが膨らんでた。

 そっと音を立てないように近づく。

 そういや、寝るって言ってたっけ…
 残念…そう思ったけどしょうがない。

 電気着けっぱなしだともったいないな。
 消す前に枕元のランプを付けようと思ったら、テーブルに、何かゴミがいっぱいあった。

 飲みかけの水が入ったコップと。
 銀色のアルミの包みが、いっぱい。
 指で押し出す、薬の、あれが。

 いくつも、いくつも、いくつも―――

「…お母…さん?」

 呼びかけてみる。
 もう少し近くに寄って、もっと大きい声で。

「お母さんっ?!」

 腕を伸ばして、揺すってみる。

「お母さんっ?!起きてっ!!」


 何で起きないの?
 何で、目を開けないの?
 何で―――



 気付いた時には、叫んでた。




 ゴメンナサイ
 ゴメンナサイ
 ゴメンナサイ

 ケーキ食べたいなんて言わなきゃ良かった。

 いつも通らない道なのにって。
 誰かが言ってた。

 言わなかったら、
 きっと、お父さんは死ななかった。


 ゴメンナサイ
 ゴメンナサイ
 ゴメンナサイ


 どんなに謝っても、お父さんは帰ってこない。


 ゴメンナサイ―――!!!





「スミッッ!!!」

 大きな声にハッとした。
 目の前に、泣きそうな・・・・・ナオの顔。
 次の瞬間、ぎゅっと抱き締められてた。

「泣くなっ!」

 耳のそばで叫ぶ。
 ぎゅうぎゅうって、強い力で。
 ずっと、小さくて、可愛い、“弟”だったナオが。

「泣くなっ!泣くなっ!泣くなっ!」

 って、言いながら、泣くから。

 病院で、ずっと手を繋いでた。
 お母さんが、目を覚ますまで。


 ずっと、ずっと。
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