雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 ―――デッドボール?

 そう言われて呆気に取られていると、先輩は腰の後ろに手をやって、ん、と気合いを入れてから、真っ直ぐ見返してきた。

「えーと、元々神田は長篠うちと、成陵せいりょうと、どっち行くかで迷ってた…あ、“成陵”は知ってるよね?」

 聞かれて頷いた。
 私立成陵学園は県下有数の野球名門校だ。でももう20年近く同じ監督が指揮を執っていたせいか、最近は結果を残せない状態が続いていた―――と、前にナオが言っていたのを思い出す。

「全国大会が終わった後に、成陵の部長先生が家に来て言ったらしいよ。来年度から新しい監督を迎えて、新しい成陵野球部を作っていこうと思っている。ぜひ、君の力を貸してもらえないだろうかってさ。」

 羨ましいよな~と言う先輩の声に、曖昧に微笑む。
 だってその部長先生は、ナオの家にも・・・・・・来ていたから。
 先輩から見ても“男のロマン”なのかな。

「でも、神田は親に反対されたらしくってね。確かに野球で飯食ってこうとか、出来んのは一握りの人間だけだし、スポーツ推薦だと怪我とか怖いしね。親の言うこともわかる、でも気持ちが納得いかないって時に、言われたんだってさ、自分は長篠に行くって。」
「…ナオに、ですか?」
「聞いてない?」
「悩んでるっていうのは、聞いてましたけど…」
「ふーん、じゃあ、ビッグマウスなのはヤローの間でだけか」

 ビッグマウス…?
 瞬いた私に、先輩がニヤリと笑った。

「神田に言ったらしいよ?長篠の今の顧問は成陵の新しい監督の教え子で、去年はベスト8まで進んでるから、意外と甲子園も夢じゃないかもしれない。当たり前に名門校行くより、公立の星目指す方が面白いって。いや~、スゴい自信だよね。」

 その言い方に、カチンと来た。さっきの“ビッグマウス”って、そういう意味?
 思わず先輩を睨み返した。

 確かに聞いてなかったけど、わかる。カンダ君はきっと、スゴく悩んでたに違いない。そしてナオはそんな葛藤に全く興味のない顔をしながら、発破をかけたんだろう。

 カンダ君が、後悔しなくてすむように。
 親のせいにしなくてすむように。

 プロの投手ピッチャーでも、軟式経験者が沢山いるからな。
 きっと、いい変化球投げれるよ、アイツなら―――

 硬球の縫い目を親指で優しく撫でながら、ナオが呟いていた事を思い出す。
 言わなかったけどカンダ君の事だってすぐわかった。
 珍しくあだ名を付けてなかった(とその時は思ってた)けど、“テリトリー”に入ってるのは知ってたから。

「でも、いざ蓋を開けてみると、ソイツはちゃっかり・・・・・成陵行ってて―――」
「違います!!」

 思わず叫んだ。
 ナオはそんなヤツ・・・・・じゃない。

「行きたかった訳じゃ無いんです。私が―――」

 言いかけて、口ごもった。

 そう、私が、悪い。
 だからホントなら私が、志望校を変えるべきだった。

 そうだよ、カンダ君だけじゃない、ケイマ君だって、長篠に入ったのに。

 学校で見た二人を思い出す。
 ホントだったら、あそこにナオもいたはずだったのに―――


「あー、じゃあ、“彼”が長篠に来なかったのは、深山さんのせい・・・・・・・なんだね?」

 その言葉に、ズキッ…と胸が絞られた。

 ホントに死球デッドボール、来た…
 唇をかみしめて頷く。

「そっか、そっか」

 先輩は腕を組み、うんうんと納得した様に首を振って言った。

「じゃあ、深山さんには責任取って・・・・・、マネージャーやってもらおうかな。」


 ん―――?


 咄嗟のことに、一瞬頭が真っ白になった。

 今、なんて…?

 瞬く私の顔を先輩が覗き込む。

「あ、もちろん神田だけじゃ無くて、部員全員が勉強と部活を両立出来るように、色々とサポートしてもらえると助かるよ。その上で、俺との事も考えてくれたら…」

 そこまで言ったところで、ぶっ―――と、背後で誰かが吹き出した。振り向くと、リビングの入り口で、母が腕を組んで面白そうな顔をしている。

「さすがにそれは、外に外し過ぎてんじゃないの?」

 すると、小石先輩はニヤリと笑って返した。

「いや~、俺的にはチェンジアップフェイントのつもりだったんですけど。」
「へーえ、てっきり直球勝負なのかと思ったけど。」
「そのつもりだったんですけどね。―――なかなか手強いんで。」

 先輩はそう言いながら肩を竦めて、苦笑交じりにこちらを見る。
 正直、2人の真意がわからず、ただただ呆気に取られていると、ピンポーン…と玄関チャイムが鳴り響いた。
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