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1.Cape jasmine
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『宅配便でーす』
リビング入口横のモニターを見て、母が部屋を出ていった。
場所的に仕方ないのはわかるんだけど、二人で残されるとか、正直居たたまれない。
ちらりと見遣ると、目が合った先輩がへらりと笑った。
「 失敗ったなぁ…」
「え?」
「いや、やっぱ、カウントしときゃ良かったって…」
「はぁ?!」
「や、冗談、冗談。ゴメンね?」
人の良さそうな笑顔が逆に胡散臭い…。
「先輩、性格悪いって、言われませんか?」
「俺?いやぁ?これでも部長だし…」
「えっ、部長さんなんですか?」
「驚くとこそこ?まぁ、一応ね」
「…三年生一人なんですか?」
「そんな訳ないでしょ、ひどいなぁ…」
苦笑しながらそう言って先輩は、脇に置いていたリュックを取って背負った。
よく見ると、サイドに“NAGASHINO”というロゴが入っている。
「まあ、とりあえず今日のところは帰るんで、マネージャーの件、試験の間に考えといてくれると嬉しい。あ、もういっこの方もね」
「もういっこ…」
「えーと、付き合ってって、俺言ったよね?」
そう言えば…と視線が泳ぐ。
「それも冗談にしといてもらえませんか…」
「えー、無理だよ。一目惚れなんだし」
思わず瞬いた。一目惚れ?私に?
「冗談ですよね?」
「いや、全然。最初見た時すげー 好みと思ってさ。したらなんか野球詳しいし」
「別に詳しくはないんですけど…」
「でも、打ったバッターがどっちに走るかはわかるでしょ?」
「えっ、そんなレベルなんですか?」
「まぁ、それは冗談だけど」
「……」
てへっと言わんばかりの顔に半眼になる。
やっぱりこの人胡散臭い。
「絶対やりません」
「ええ~、そこを何とか」
「ムリです。私、家事やってるから、晩御飯の準備とか買い物とかしないといけないし」
「そーなの?あ、それは、そっちを優先してもらっても…」
「そんなマネージャーいらなくないですか?」
「~~~~そ、や、…えー」
さすがに先輩が困り顔になったのを見て、内心ほくそ笑んだ。
このまま諦めてもらおう、そう思ったのに。
「別にやってもらわなくてもいいんだけどね」
その言葉に振り向くと、母が小さな小包を手に立っていた。私と目が合うと、ふ…と目を細めて微笑む。
「散々甘えてたあたしが言うのもなんだけどね。どうせ二人なんだし、晩御飯なんてテキトーでいいじゃない?惣菜でも冷食でも」
「でも…」
「洗濯だって掃除だって、二人でやればいいんだから、あんたはもっと好きにすればいいよ」
「好きに―――って…」
「マネージャーでなくても、バイトするとか。色々やってみたらいいんじゃない?高校生なんだし」
「……」
呆然とした。
まさか、今さら、そんな事言われるなんて……
「とりあえず時間だから、出るわ。コーヒー入れられなくて、小石クンには悪いんだけど」
「あー、いえいえ、俺は全然」
「そ?じゃ、出よっか」
「あ、ハイ…」
促して母が先に先輩をリビングから出した後、私の所に歩いてくる。手に持っていた小包を渡されて、反射的に受け取った。
「今日は晩ご飯作らなくていいよ」
「え…」
「7時に駅前で待ち合わせしよう。外に食べに出るから、それなりのカッコしてきて」
言葉も無く立ち竦む私の頬に、母の手が触れる。
「お祝いしよう。7年分」
―――今、なんて…
驚いて顔を上げた私に、母が優しく微笑んだ。
『ほら、泣かないの』
そう言って。
昔、まだ父が生きていた頃に時折見せてくれた笑顔だと、気付いた時には母はもう部屋を出ていた。
私の誕生日は、父の命日だ。
だから、7年前のあの日から、母とはお祝いした事が無かった。それは仕方の無い事だとわかっていたから、いつも、隣でナオとかなちゃと一緒にケーキを囲んでいたのだ。
その場で渡されるのは、たっくんとかなちゃからのプレゼントと、「トーコさんから」という注釈付きのプレゼントで。でも多分、かなちゃからなんだろうと、ずっと思っていた。
ナオはいつもフライングで、当日より前に「ほら」ってくれるのだけど、それも、もう無い。
だから、今年はプレゼントもケーキも無しだろうと思っていたのに。
手渡された小包に視線を落とす。
宅配便のロゴが入った小さな紙袋に貼られた送り状の文字は、幼い頃からよく知ったものだった。
“進藤 素直”
送り主の名前を見て、トク…と胸が鳴った。フルネームをまともに見たのは久しぶりだ。
小学生の頃、キラキラネームだと言って怒っていたっけ。
『まあまあ、良いじゃないか。加南子さん、散々悩んで付けたんだよ?』
そう言って父が取りなしても、ナオの膨れっ面は収まらなくて、頭を撫で撫でしてあげてた事を思い出す。じゃあ、呼ぶ時は“ナオ”にするね?って言ったら、やっと納得してくれて。
すっかりガタイが良くなっちゃったから、今だと確かにキラキラっぽいかもしれない。でも、もう物理的にも離れちゃったのに律儀に送ってくるんだから、それ程外れた名前では無いかもね。
そう思いながら、閉じてある紙テープを破って開けると、中から細長いケースが出てきた。
ケースの真ん中を押さえるように持ってパカリと開ける。
中に入っていたのは、小さな半透明の石が光る、可愛い小花のチャームが付いたネックレスだった。
リビング入口横のモニターを見て、母が部屋を出ていった。
場所的に仕方ないのはわかるんだけど、二人で残されるとか、正直居たたまれない。
ちらりと見遣ると、目が合った先輩がへらりと笑った。
「 失敗ったなぁ…」
「え?」
「いや、やっぱ、カウントしときゃ良かったって…」
「はぁ?!」
「や、冗談、冗談。ゴメンね?」
人の良さそうな笑顔が逆に胡散臭い…。
「先輩、性格悪いって、言われませんか?」
「俺?いやぁ?これでも部長だし…」
「えっ、部長さんなんですか?」
「驚くとこそこ?まぁ、一応ね」
「…三年生一人なんですか?」
「そんな訳ないでしょ、ひどいなぁ…」
苦笑しながらそう言って先輩は、脇に置いていたリュックを取って背負った。
よく見ると、サイドに“NAGASHINO”というロゴが入っている。
「まあ、とりあえず今日のところは帰るんで、マネージャーの件、試験の間に考えといてくれると嬉しい。あ、もういっこの方もね」
「もういっこ…」
「えーと、付き合ってって、俺言ったよね?」
そう言えば…と視線が泳ぐ。
「それも冗談にしといてもらえませんか…」
「えー、無理だよ。一目惚れなんだし」
思わず瞬いた。一目惚れ?私に?
「冗談ですよね?」
「いや、全然。最初見た時すげー 好みと思ってさ。したらなんか野球詳しいし」
「別に詳しくはないんですけど…」
「でも、打ったバッターがどっちに走るかはわかるでしょ?」
「えっ、そんなレベルなんですか?」
「まぁ、それは冗談だけど」
「……」
てへっと言わんばかりの顔に半眼になる。
やっぱりこの人胡散臭い。
「絶対やりません」
「ええ~、そこを何とか」
「ムリです。私、家事やってるから、晩御飯の準備とか買い物とかしないといけないし」
「そーなの?あ、それは、そっちを優先してもらっても…」
「そんなマネージャーいらなくないですか?」
「~~~~そ、や、…えー」
さすがに先輩が困り顔になったのを見て、内心ほくそ笑んだ。
このまま諦めてもらおう、そう思ったのに。
「別にやってもらわなくてもいいんだけどね」
その言葉に振り向くと、母が小さな小包を手に立っていた。私と目が合うと、ふ…と目を細めて微笑む。
「散々甘えてたあたしが言うのもなんだけどね。どうせ二人なんだし、晩御飯なんてテキトーでいいじゃない?惣菜でも冷食でも」
「でも…」
「洗濯だって掃除だって、二人でやればいいんだから、あんたはもっと好きにすればいいよ」
「好きに―――って…」
「マネージャーでなくても、バイトするとか。色々やってみたらいいんじゃない?高校生なんだし」
「……」
呆然とした。
まさか、今さら、そんな事言われるなんて……
「とりあえず時間だから、出るわ。コーヒー入れられなくて、小石クンには悪いんだけど」
「あー、いえいえ、俺は全然」
「そ?じゃ、出よっか」
「あ、ハイ…」
促して母が先に先輩をリビングから出した後、私の所に歩いてくる。手に持っていた小包を渡されて、反射的に受け取った。
「今日は晩ご飯作らなくていいよ」
「え…」
「7時に駅前で待ち合わせしよう。外に食べに出るから、それなりのカッコしてきて」
言葉も無く立ち竦む私の頬に、母の手が触れる。
「お祝いしよう。7年分」
―――今、なんて…
驚いて顔を上げた私に、母が優しく微笑んだ。
『ほら、泣かないの』
そう言って。
昔、まだ父が生きていた頃に時折見せてくれた笑顔だと、気付いた時には母はもう部屋を出ていた。
私の誕生日は、父の命日だ。
だから、7年前のあの日から、母とはお祝いした事が無かった。それは仕方の無い事だとわかっていたから、いつも、隣でナオとかなちゃと一緒にケーキを囲んでいたのだ。
その場で渡されるのは、たっくんとかなちゃからのプレゼントと、「トーコさんから」という注釈付きのプレゼントで。でも多分、かなちゃからなんだろうと、ずっと思っていた。
ナオはいつもフライングで、当日より前に「ほら」ってくれるのだけど、それも、もう無い。
だから、今年はプレゼントもケーキも無しだろうと思っていたのに。
手渡された小包に視線を落とす。
宅配便のロゴが入った小さな紙袋に貼られた送り状の文字は、幼い頃からよく知ったものだった。
“進藤 素直”
送り主の名前を見て、トク…と胸が鳴った。フルネームをまともに見たのは久しぶりだ。
小学生の頃、キラキラネームだと言って怒っていたっけ。
『まあまあ、良いじゃないか。加南子さん、散々悩んで付けたんだよ?』
そう言って父が取りなしても、ナオの膨れっ面は収まらなくて、頭を撫で撫でしてあげてた事を思い出す。じゃあ、呼ぶ時は“ナオ”にするね?って言ったら、やっと納得してくれて。
すっかりガタイが良くなっちゃったから、今だと確かにキラキラっぽいかもしれない。でも、もう物理的にも離れちゃったのに律儀に送ってくるんだから、それ程外れた名前では無いかもね。
そう思いながら、閉じてある紙テープを破って開けると、中から細長いケースが出てきた。
ケースの真ん中を押さえるように持ってパカリと開ける。
中に入っていたのは、小さな半透明の石が光る、可愛い小花のチャームが付いたネックレスだった。
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