雨に薫る

はなの*ゆき

文字の大きさ
27 / 84
1.Cape jasmine

遠雷

しおりを挟む
 “一目惚れ”っていうのがどんなものか、正直言うとよくわからない。ただ、もの凄く興味を惹かれたというのは確かだったから、当たらずとも遠からずってとこだろう。

 正直なところ、それまで“女子”と付き合いたいという気持ちはほとんど無かった。もちろん、男だし、それなりの欲求はある訳で、自慰行為は、まぁ、あるけど。
 ただ、それまでは付き合おうと言われても、その子を相手にしたい・・・かと言われたら、面倒くさい…という気持ちの方が強く、野郎とつるんで遊んだり野球やってる方が楽しかったから、だから自分でもちょっと不思議ではあるんだけど。

 ちらり…と隣に視線を向ける。

 エレベーターの操作盤の前に立つスーツ姿は、ほっそりとして年齢を感じさせない。でも、彼女の母親という事はうちの母親とそう年齢が変わらないという事…なんだよなぁ。

「…何?」
「え、あー、いや、親子だなぁと思って」

 そう?とでも言う様に首を傾げるとか、破壊力ありすぎじゃないかと思うのは俺だけか?正直、年齢知らなきゃ…いやいや。

「どっちかって言うと、あのコは父親似だけど」
「あー、そうっすね。顔っていうより、雰囲気かな?同じ空気感有る感じ」
「空気感…」
「透明感?んー、ちょっと他と違うっていうか…。しっかりしてる風だけど、どっか不安定な感じがある…」

 そう言うと、ちょっと驚いた様に目を見張った。もしかして今まで指摘された事が無いんだろうか?

「不安定、か…」

 低く呟いて前を向いた頬に薄く浮かんだ笑み。うん、やっぱ似てる。彼女も、こんな風に笑う―――頬に“笑顔”を張り付ける様に。

 だからあの時驚いたんだ。
 あんな風にも笑えるんだ、と。

 神田じんでが話しかけて、今どき女子特有の語尾を伸ばす話し方では無い、落ち着いた様子に好感を持った。
 当たり前のようにバッグからソーイングセットを出して、ネットのほつれを直してくれた事に感動した。
 “頑張って…”と、小さく呟いた時の、微かに浮かんだ微笑みが、頭から離れなくなって、それで、逢いに来た。

 そしたら、ちょっとボケてる(天然?)わりに、人に頼るのを良しとしなくてちょっと強情で。でも、嫌な顔せずに人の話を聞いてくれるし、気遣いも出来る。それが好みのタイプとくれば惚れるだろ、そりゃ。

「幼馴染…でしたっけ、ソイツと、えーと、カスミ、さん?は、付き合ってる訳じゃ無いんですよね?」

 友人でチームメイトだったという神田も、実際のところはわからないとは言っていた。『でも、どうでもいいヤツに“ハッセン”もしないですよね?』という謎発言はあったけど。自分だって“ナナセン”したのに…とも言ってたか。
 ただ、何かあった事は確かで、クリスマス頃に2人は別れたんじゃないかとの噂が立ち、その頃ソイツは進路を変えたらしい。

『もう、スポーツ推薦終わってただろ』
『フツーに進学コースですよ。アイツ、クソみたいに頭も良かったんで』

 うちもまあまあの進学校ではあるんだけど、成陵の進学コースはそれより偏差値高かったハズだ。1月から狙って受かるとか、どんだけだよ。
 スパダリか? 意味知らんけど。
 彼女自身、付き合ってる疑惑を全力で否定はしていたから、少なくとも今は…だと思うんだけど。親に聞く事じゃないかとは思いつつ、念の為聞いてみた。

「…本人がそう言うんならそうなんじゃないかな」
「ええー、どっちなんですか」
「まぁ、結局、付き合うっていう定義は人それぞれだからね。」

 また微妙ビミョーな事を…と恨めしい気持ちになった所で、1階に着いた。先にエレベーターを降りた背中が振り向く。

「因みに、こいしくんにとって、付き合うってどんな事?」

 不意に聞かれて言葉に詰まる。そりゃあ、男にとって付き合うっつったら、ねえ?

「遊びに行ったりすんのは、“友達”でもいいですよね?」
「セックスするだけなら“セフレ”でいいよね?」

 ゴフッ―――思わず咽せてしまう。

「すんません、えーと、俺、思春期なんで…」
「うん、でも、大事な事だから。」

 真面目な顔で返されて立ち止まった。

 幼、馴染み…なんだよな?
 でも神田はどう言ってた?チームメートの、“彼女”―――少なくとも、周りにはそう見えてたって事で…セ…

「そんな顔しなさんな…」

 苦笑されて、思わず自分の頬を撫でた。今、どんな顔してんだ、自分。

 コツ…とヒールの音を響かせて、スーツの後ろ姿がエントランスを歩いていく。真っ直ぐに伸びた背筋は気持ちいい程で、でもほっそりとした首筋がどこか儚げな様子を醸し出している。

 無防備だな、と思う。2人とも。

 理由はわからないけど、多分、父親で夫である存在があの家には無い。そしてそれ・・が理由なんだろう。

 薄暗いエントランスを抜けると、外は見事な晴天だった。ざわり、と葉擦れの音を立てて、風が吹き抜ける。
 その風に乗ってきたんだろうか、小さな白い花びらが、ショートボブの黒髪に降り注いだ。

「…風渡る、なり…か」

 呟いて、振り向いた顔が微笑んでいた。

「私にはとやかく言えないから、まあ、頑張って」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...