雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おはよう」

 キッチンに立っていた母が振り向いて言った。

「もう、終わってると思うんだけど」

 目線で洗面所の方を示される。洗濯が済んだって事かな?頷いてリビングを出た。
 一時もの凄く流行ったドラム式を、縦型に買い換えたのは一昨年。母が乾燥機の付いてないシンプルなそれを選んだのは、お金だけじゃなくて、合理性を求める性格のせいだと思う。
 洗濯機から中身を全部出したところで、ため息をついた。

 色々とやってみたら?

 そう言ったのはつい昨日なのに。
 即断、即決、即実行を絵に描いたような性格をした母らしい、と言えば母らしい。カウンターの上には出来上がった弁当が並んでいたし、元々何でも出来るのだ。
 ただ、やらないでいてくれた・・・・・・・・・・だけ。

 洗濯物を入れた籠を持ってリビングに戻ると、キッチンからホワイトソースの匂いがしていた。何だろう?と思って近寄ると、盛られたグラタン皿がカウンターに置いてある。

「この状態で置いとくから、帰ってそれぞれが焼いて食べよう。サラダだけ頼んでいい?」
「いいけど…昨日グラタン食べたよね?」

 亜衣子サンとこの絶品パングラタンを思い出す。そう言えば、レシピを聞き忘れてたな。

「食べたのはあんただけでしょ?」
「え、まさかそれでグラタン?」

 返された母のドヤ顔に唖然とした。

 嘘でしょー?!
 嫌いじゃ無いけど、2日続けて食べなくても良くない?!

あたしが・・・・食べたいの。」

 問答無用だった。







「おはよ、スミちゃん。」

 洗濯物を干していたら、境界壁の間からかなちゃが顔を出した。別にいつもの事なのに、昨日の今日でちょっと身構えると、気付いたかなちゃが苦笑した。

「これ。…昨日、渡せなかったから」

 差し出されたのは、かなちゃお気に入りのセレクトショップの袋だった。今年は無いだろうと思ってたのに、ナオといい、かなちゃといい、優しすぎると思う。

「…ありがと。ごめ「だから!」」

 遮ってかなちゃが腕を組んだ。もー、と言う顔はアラフォーには程遠い可愛さだ。

「ごめんが聞きたいんじゃ無いの!スミちゃんが好きだから・・・・・あげるんだよ?プレゼントって、そーいうもんでしょ?」

 そう言って、トン、と私の鎖骨の中心を指で突く。そこには、ナオにもらった花が揺れていた。
 好きだから―――というのは本当だと思う。大事にされていた、それは確かで、嬉しかった。でも―――

「やっぱり“ゴメン”だよ、かなちゃ」
「え?」
「“好き”だから、“ゴメン”なの」
「…どういう意味?」

 答える代わりに笑って見せると、かなちゃが諦めた様にため息をついた。

「…めんどくさっ」
「ゴメン…」

 結局、それしか言えなかった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 口移しで飲まされた炭酸はやっぱりキツくて、思わず咽せたら、喉の奥で笑ったナオに唇を舐められた。身体に力が入らないから睨み付ける事しか出来ないのが悔しい。
 そのままキスをしようとするナオの口を咄嗟に手の平で塞ぐと、お返しとばかりに胸の先端をつねられた。

「やっ…」

 思わず甲高い声で叫ぶと、口を塞いでいた手の平を取ってナオがニヤリと笑った。

「外に声聞こえるぞ?いいのか?」

 玄関脇の私の部屋は、窓のすぐ外が開放廊下になっている。焦って視線を走らせた隙に、唇を塞がれた。
 まさか、それで部屋に移動させたの?…なんて、聞く事も出来ないまま、ベッドに押し倒される。

 ナオは用意周到だった。
 最初からそのつもり・・・・・じゃなきゃ、避妊具なんて持ってくる訳ない。

「あれだけで六年分になる訳無いだろ?」

 ナオはそう言って笑った。

「こんなガッツいてたら、彼女に嫌われるよ?」

 せめてものつもりで言ったら、鼻で笑われた。

「お前以外にはやらねぇよ」

 ナオはそう言って首筋に噛み付くと、鎖骨、胸元、肩甲骨へと、次々に吸い付いて無数の痕を残していく。

「これ、どのぐらいで消えるのか、後で教えてくれると助かる」

 ばかじゃないの?―――そう言えれば良かったのに、ナオの唇に、指先に、考える事は直ぐ放棄させられて、時間の感覚すら曖昧になるまで翻弄された。

 それでも。

 ナオは“彼女”という言葉は否定しなかったし、最後まで一言だって“好き”だなんて言わなかったから。

 そういう事なんだと思う。






「ナオの事、好きだよ。でも、それは多分、ナオの・・・“好き”とは違うと思う」
「こんなものもらっといて?母親の老後の面倒見るとまで言ったのに」
「中学生の戯言でしょ?」

 そう言って笑うと、かなちゃは「あー、まあね」と、肩を竦めた。

「それで、どうするの?」
「どうって…?」
「あのコ、付き合ってって言われてた」
「あー…」

 今の今まで忘れてた。
 気付いてかなちゃが笑う。

「まあ、そうね。ちょっとお互い頭冷やしてみた方がいいのかもね。それでナオに彼女出来ても自業自得だし」

 言われて、あの日見た背中を思い出した。ホントに彼女かどうかはわからないし、確かめる術も無い。
 そう思っていたら、ぷにっと頬を摘まれた。母といい、かなちゃといい、私の頬っぺたつねり過ぎじゃないかな。

「そういう顔!」
「て、言われても…自分じゃ見えないし」

 可愛くないな~と言いながら、かなちゃにぷにぷにと頬を摘まれるままにしていたのは、せめてものお詫び。


「もしかしたら、これから帰りが遅くなるかもしれない」


 そう言ったら、かなちゃは笑って頷いた。「頑張って」と言って。

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