46 / 84
1.Cape jasmine
45
しおりを挟む
正門までの道は沢山の生徒で溢れていた。
夏の日差しにシャツが白く光って眩しい。
それに目を細めながら、見知った顔を見つけて挨拶を交わしたり、他愛ない事を話しながら無邪気な笑顔を見せる人達をぼんやりと見つめた。
もしも―――なんて今更だけど。
もしも、私が全部から目を逸らしたまま、ナオの側にいる事を選んでいたらどうだったんだろう?
あんな風に、普通に、何心もなく笑っていられたのかな―――なんて。
そんな事、ある訳無いのに。
「おはよ、深山。」
不意に呼び掛けられてハッとした。
「お、はよう」
「そうきたか」
あえて呼び掛けずに見上げると、せっかくのイケメンが、ものすご~く悪い顔でニヤリと笑っている。
あれ、まだやってるんだ…思わずため息を吐いた。
「いーよ、もう…」
「? いいって、何が?」
「マネージャー。…やってみるよ、出来るかどうかわかんないけど」
「えっ⁈」
その大きな声に、逆にこっちがびっくりした。
「何?」
「いや…もっと手こずるかと思ってたから、意外っつーか…」
手こずるって―――その言葉に苦笑する。まあ、確かに、そうかも。
「何となく、ね。昨日、小石先輩にも頼まれちゃったし」
「は? 先輩って…」
「昨日、スーパーで会ったんだよ。後つけられちゃったみたいで」
「はあぁ⁈」
「ま、それは冗談だけど」
「冗談かよ⁈」
間髪入れないツッコミに思わず笑った。ジンデ君って何か、大きな犬みたい。ナオが気に入る訳だ。
「出来るかどうかはわかんないけど、まあ、頑張ってみるよ。…何かしてた方が気が紛れて、色々吹っ切れそうな気がするし」
「吹っ切るって…」
一旦口籠ったジンデ君が、思い切った様に口を開いた。
「お前らって結局、別れたのか?」
思わず立ち止まりそうになるのをギリで堪えた。前を向いたまま、口角を上げて見せる。
「別れるも何も、付き合ってないし」
十五年も側にいたのに、なんの挨拶もないまま、ナオは家を出て寮に入った。
それはまだ浅い春の、よく晴れた日で。
玄関の直ぐ横にある自分の部屋で、荷物を運び出す音をベッドに頭をもたれ掛けさせながら聞いていた。
ガシャン―――と響く、鉄の扉が閉まる音に目を閉じる。
あの日、この部屋の、このベッドの上で、何度も何度も、それこそ数え切れない程沢山キスをした。
その舌先の味も、火照る体から立ち上る匂いも、お互いの肌を滑らせる汗すらも、何もかも全部、どっちのものかなんてわからないぐらい、ドロドロに溶かして、混ぜ合わせて。
バカじゃない?って、頭おかしいって、思いながら。
多分、ナオも気付いてたと思う。
こんなの、“恋”じゃない。
そんな、宝石みたいにキラキラした、透明で綺麗な思いなんかじゃないから。
だから、これでいいんだって。
今も、そう思ってる。
そっと、胸元に手をやると、シャツの中で小さな花が揺れている。
チェーンの長さは、留め金の近くで調整出来るようになってるのだと、母が教えてくれた。
『まあ、立ち止まるのも人生には必要なんだけどね』
苦笑しながら母が言った。
とりあえず、前だけは向いとこう?
忘れるのは無理だってわかってる。
きっとこれからも、ふとした瞬間に思い出さずにはいられない。それでも。
少しずつでも、変わっていけたらいいと思う。―――ナオの、為に。
ナオの前で、母が言うところの“嘘くさい”笑顔じゃない、ホントの笑顔が出来る様に。
「ところで、マネージャーって、どんな事するの? 漫画みたいにレモンの蜂蜜漬け作って、タオル差し出しながら『お疲れ様~』って笑ってればいいのかな?」
「な訳ねーだろ。つーか、いつの時代の漫画だよ」
「えーと、昭和的な?」
確か、たっくんの持ってる昔の少年漫画にあった気がする。
「平成ジャンプすんじゃねえよ!古すぎだろ!」
「カンダ君、ツッコミ体質だね」
「さりげに“カンダ”呼びすんな」
「えー、うーん、じゃあ“ジン”で」
「いきなり呼び捨てかよ。…まあ、いいけど」
「オッケー、じゃあ“ジン”君、これからよろしくね」
「は…?」
間の抜けた顔が面白い。
そのまま立ち止まっている彼に手を振ってから、背中を向けた。目の前を歩く人並みをすり抜けるように歩いて校門を潜る。
歩くのが早いと指摘されたのは小学生の頃。それまで気にならなかったのは、ナオもやっぱり歩くのが早かったからだと思う。
彼女と歩く時は気を付けてるといいけど…なんて、思いついてまた苦笑した。
いつか、と、思う。
いつか、誰にでも胸を張って、この人が好きだ―――と。
言える日が来るといい。
夏の日差しにシャツが白く光って眩しい。
それに目を細めながら、見知った顔を見つけて挨拶を交わしたり、他愛ない事を話しながら無邪気な笑顔を見せる人達をぼんやりと見つめた。
もしも―――なんて今更だけど。
もしも、私が全部から目を逸らしたまま、ナオの側にいる事を選んでいたらどうだったんだろう?
あんな風に、普通に、何心もなく笑っていられたのかな―――なんて。
そんな事、ある訳無いのに。
「おはよ、深山。」
不意に呼び掛けられてハッとした。
「お、はよう」
「そうきたか」
あえて呼び掛けずに見上げると、せっかくのイケメンが、ものすご~く悪い顔でニヤリと笑っている。
あれ、まだやってるんだ…思わずため息を吐いた。
「いーよ、もう…」
「? いいって、何が?」
「マネージャー。…やってみるよ、出来るかどうかわかんないけど」
「えっ⁈」
その大きな声に、逆にこっちがびっくりした。
「何?」
「いや…もっと手こずるかと思ってたから、意外っつーか…」
手こずるって―――その言葉に苦笑する。まあ、確かに、そうかも。
「何となく、ね。昨日、小石先輩にも頼まれちゃったし」
「は? 先輩って…」
「昨日、スーパーで会ったんだよ。後つけられちゃったみたいで」
「はあぁ⁈」
「ま、それは冗談だけど」
「冗談かよ⁈」
間髪入れないツッコミに思わず笑った。ジンデ君って何か、大きな犬みたい。ナオが気に入る訳だ。
「出来るかどうかはわかんないけど、まあ、頑張ってみるよ。…何かしてた方が気が紛れて、色々吹っ切れそうな気がするし」
「吹っ切るって…」
一旦口籠ったジンデ君が、思い切った様に口を開いた。
「お前らって結局、別れたのか?」
思わず立ち止まりそうになるのをギリで堪えた。前を向いたまま、口角を上げて見せる。
「別れるも何も、付き合ってないし」
十五年も側にいたのに、なんの挨拶もないまま、ナオは家を出て寮に入った。
それはまだ浅い春の、よく晴れた日で。
玄関の直ぐ横にある自分の部屋で、荷物を運び出す音をベッドに頭をもたれ掛けさせながら聞いていた。
ガシャン―――と響く、鉄の扉が閉まる音に目を閉じる。
あの日、この部屋の、このベッドの上で、何度も何度も、それこそ数え切れない程沢山キスをした。
その舌先の味も、火照る体から立ち上る匂いも、お互いの肌を滑らせる汗すらも、何もかも全部、どっちのものかなんてわからないぐらい、ドロドロに溶かして、混ぜ合わせて。
バカじゃない?って、頭おかしいって、思いながら。
多分、ナオも気付いてたと思う。
こんなの、“恋”じゃない。
そんな、宝石みたいにキラキラした、透明で綺麗な思いなんかじゃないから。
だから、これでいいんだって。
今も、そう思ってる。
そっと、胸元に手をやると、シャツの中で小さな花が揺れている。
チェーンの長さは、留め金の近くで調整出来るようになってるのだと、母が教えてくれた。
『まあ、立ち止まるのも人生には必要なんだけどね』
苦笑しながら母が言った。
とりあえず、前だけは向いとこう?
忘れるのは無理だってわかってる。
きっとこれからも、ふとした瞬間に思い出さずにはいられない。それでも。
少しずつでも、変わっていけたらいいと思う。―――ナオの、為に。
ナオの前で、母が言うところの“嘘くさい”笑顔じゃない、ホントの笑顔が出来る様に。
「ところで、マネージャーって、どんな事するの? 漫画みたいにレモンの蜂蜜漬け作って、タオル差し出しながら『お疲れ様~』って笑ってればいいのかな?」
「な訳ねーだろ。つーか、いつの時代の漫画だよ」
「えーと、昭和的な?」
確か、たっくんの持ってる昔の少年漫画にあった気がする。
「平成ジャンプすんじゃねえよ!古すぎだろ!」
「カンダ君、ツッコミ体質だね」
「さりげに“カンダ”呼びすんな」
「えー、うーん、じゃあ“ジン”で」
「いきなり呼び捨てかよ。…まあ、いいけど」
「オッケー、じゃあ“ジン”君、これからよろしくね」
「は…?」
間の抜けた顔が面白い。
そのまま立ち止まっている彼に手を振ってから、背中を向けた。目の前を歩く人並みをすり抜けるように歩いて校門を潜る。
歩くのが早いと指摘されたのは小学生の頃。それまで気にならなかったのは、ナオもやっぱり歩くのが早かったからだと思う。
彼女と歩く時は気を付けてるといいけど…なんて、思いついてまた苦笑した。
いつか、と、思う。
いつか、誰にでも胸を張って、この人が好きだ―――と。
言える日が来るといい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる