雨に薫る

はなの*ゆき

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1.Cape jasmine

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 正門までの道は沢山の生徒で溢れていた。

 夏の日差しにシャツが白く光って眩しい。
 それに目を細めながら、見知った顔を見つけて挨拶を交わしたり、他愛ない事を話しながら無邪気な笑顔を見せる人達をぼんやりと見つめた。


 もしも―――なんて今更だけど。


 もしも、私が全部から目を逸らしたまま、ナオの側にいる事を選んでいたらどうだったんだろう?
 あんな風に、普通に・・・、何心もなく笑っていられたのかな―――なんて。


 そんな事、ある訳無いのに。



「おはよ、深山。」

 不意に呼び掛けられてハッとした。

「お、はよう」
「そうきたか」

 あえて呼び掛けずに見上げると、せっかくのイケメンが、ものすご~く悪い顔でニヤリと笑っている。
 あれ・・、まだやってるんだ…思わずため息を吐いた。

「いーよ、もう…」
「? いいって、何が?」
「マネージャー。…やってみるよ、出来るかどうかわかんないけど」
「えっ⁈」

 その大きな声に、逆にこっちがびっくりした。

「何?」
「いや…もっと手こずるかと思ってたから、意外っつーか…」

 手こずるって―――その言葉に苦笑する。まあ、確かに、そうかも。

「何となく、ね。昨日、小石先輩にも頼まれちゃったし」
「は? 先輩って…」
「昨日、スーパーで会ったんだよ。後つけられちゃったみたいで」
「はあぁ⁈」
「ま、それは冗談だけど」
「冗談かよ⁈」

 間髪入れないツッコミに思わず笑った。ジンデ君って何か、大きな犬みたい。ナオが気に入る訳だ。

「出来るかどうかはわかんないけど、まあ、頑張ってみるよ。…何かしてた方が気が紛れて、色々吹っ切れそうな気がするし」
「吹っ切るって…」

 一旦口籠ったジンデ君が、思い切った様に口を開いた。

お前ら・・・って結局、別れたのか?」

 思わず立ち止まりそうになるのをギリで堪えた。前を向いたまま、口角を上げて見せる。

「別れるも何も、付き合ってないし」



 十五年も側にいたのに、なんの挨拶もないまま、ナオは家を出て寮に入った。

 それはまだ浅い春の、よく晴れた日で。

 玄関の直ぐ横にある自分の部屋で、荷物を運び出す音をベッドに頭をもたれ掛けさせながら聞いていた。

 ガシャン―――と響く、鉄の扉が閉まる音に目を閉じる。


 あの日、この部屋の、このベッドの上で、何度も何度も、それこそ数え切れない程沢山キスをした。

 その舌先の味も、火照る体から立ち上る匂いも、お互いの肌を滑らせる汗すらも、何もかも全部、どっちのものかなんてわからないぐらい、ドロドロに溶かして、混ぜ合わせて。

 バカじゃない?って、頭おかしいって、思いながら。

 多分、ナオも気付いてたと思う。

 こんなの、“恋”じゃない。
 そんな、宝石みたいにキラキラした、透明で綺麗な思いなんかじゃないから。
 だから、これでいいんだって。

 今も、そう思ってる。


 そっと、胸元に手をやると、シャツの中で小さな花が揺れている。
 チェーンの長さは、留め金の近くで調整出来るようになってるのだと、母が教えてくれた。

『まあ、立ち止まるのも人生には必要なんだけどね』

 苦笑しながら母が言った。
 とりあえず、前だけは向いとこう?

 忘れるのは無理だってわかってる。
 きっとこれからも、ふとした瞬間に思い出さずにはいられない。それでも。

 少しずつでも、変わっていけたらいいと思う。―――ナオの、為に。
 ナオの前で、母が言うところの“嘘くさい”笑顔じゃない、ホントの笑顔が出来る様に。


「ところで、マネージャーって、どんな事するの? 漫画みたいにレモンの蜂蜜漬け作って、タオル差し出しながら『お疲れ様~』って笑ってればいいのかな?」
「な訳ねーだろ。つーか、いつの時代の漫画だよ」
「えーと、昭和的な?」

 確か、たっくんの持ってる昔の少年漫画にあった気がする。

「平成ジャンプすんじゃねえよ!古すぎだろ!」
「カンダ君、ツッコミ体質だね」
「さりげに“カンダ”呼びすんな」
「えー、うーん、じゃあ“ジン”で」
「いきなり呼び捨てかよ。…まあ、いいけど」
「オッケー、じゃあ“ジン”君、これからよろしくね」
「は…?」

 間の抜けた顔が面白い。

 そのまま立ち止まっている彼に手を振ってから、背中を向けた。目の前を歩く人並みをすり抜けるように歩いて校門を潜る。

 歩くのが早いと指摘されたのは小学生の頃。それまで気にならなかったのは、ナオもやっぱり歩くのが早かったからだと思う。
 彼女と歩く時は気を付けてるといいけど…なんて、思いついてまた苦笑した。


 いつか、と、思う。




 いつか、誰にでも胸を張って、この人が好きだ―――と。


 言える日が来るといい。
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