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1.Cape jasmine
青嵐①
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遠ざかる背中を見つめてため息を吐いた。何だかなぁ…と。
シャツの襟元からほっそりとしたチェーンが見えた時、それがやけに色っぽくてどきりとした。そういうの着けてるヤツは、決して珍しくないのに。
あのネックレスを着けているのだと気付いたのは、シャツに隠れている、おそらくその先がある辺りに添えられた指と、伏せた視線と、微かに開かれた唇が、何を―――誰を想っているかを如実に語っていたからだ。
なんかやたらと、ただの幼なじみって言い張るのは何でだ?…と不思議に思いながら、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中学の時、付き合っていた彼女がいた。
いた―――と過去形なのは、卒業前に別れたからだ。
長篠に行くと言ったら、何で?あたし長篠は無理なんだけど、安城じゃダメなの?とスゴい勢いで言われて困った―――安城に行く理由が全く無かったから。
そもそも安城には野球部が無いし、ぶっちゃけ自分の偏差値レベルよりかなり低かったから、親がいい顔しなかっただろうと思う。
「あたしと一緒のとこっていうのは、理由にならないって事?」
返した沈黙が、肯定になった。
―――新しい野球部を作るために、力を貸してもらえませんか?
その申し出は酷く甘く、心を揺さぶった。
何より、同じ野球部の中で声が掛かったのが、自分と進藤だけだったというのが、特に。
進藤は所謂巧打者だ。
右に左に、とにかくよく打つ。それも長打を、だ。
軟式野球の柔らかいボールは、バットに当たる瞬間大きく凹むから、力任せに打っても遠くには飛ばせない。
たぶん、進藤は動体視力が良いんだろう。球筋を見極めながら、器用に掬い上げてコンパクトに振り抜く様は、同じ中学生とは思えない程見事で、後輩に言わせると“超格好いい”。
しかもそれを鼻にかけるでもなく、上手くなりたいと教えを請われれば、根気よく、それこそ居残りにまで付き合うぐらい面倒見が良いのだから、どんだけだよ?!と思ってたのは自分だけじゃないはずだ。
そんな進藤と同時に声を掛けられて、舞い上がらない筈が無かった―――けれど。
「…何バカなこと言ってるんだ。」
と、心底呆れた、という顔で父親が言った。
「スポーツ推薦なんて、怪我したら終わりなのに、まさかプロで食ってこうとか、思ってるんじゃないだろうな?」
まさかそんなこと、思ってる訳ない―――なのに、頭ごなしに言われて黙り込んだ。
「そもそも成陵なんて、私学なんだぞ?普通に通うだけでも金が掛かるのに、野球なんて―――」
どうしてオリンピックの公式種目から外されたと思ってるんだ?金のある国しかやらないからだぞ?などと言い出した所で、「もう、いい。」と、話をぶった切った。
あと二人いるんだからな?と続くのがわかっていたから。
だから、公立の進学校に行って、国立大学を目指せ―――と、すでに何度となく言われた言葉を、今また聞きたくはなかったから。
「…そうなんだ。」
彼女はそう言って、ほっと息をついた。良かった―――と、言外に言われた気がして黙り込む。
それに気付かないのか無視ってるのか、地元情報誌を鞄から取り出した。
「それより、今度の連休なんだけど、もう練習無いよね?行きたいトコあるんだ~」
と言って、にこっと笑った。
その笑顔が好きだったのにも拘わらず、酷く苛ついた事を覚えてる。だからなのかもしれない。
ホントはあたしのこと、そんなに好きじゃなかったよね?
と、最後に言われたのは。
「行かねぇけど?」
至極当然、という顔で言われて拍子抜けした。
進藤は、成陵の誘いをその場で断ったらしい。何でだろう?―――と思ってすぐ、ああ、そうか、と気付いた。
進藤は練習熱心で真面目だったけど、雨の日の自主練だけはせずに、速攻家に帰っていた。
「アイツ一人にしとくとヤバい」と言って。
違う小学校だったから知らなかったけど、アイツ―――深山佳淑は、雨の日のスリップ事故で父親を亡くしたらしい。
「なんかその時、お母さんも自殺未遂したとかで大変だったらしいよ~。それで、進藤君が何かと面倒見てるんだって。」
優しいよね~、という彼女の見解に、ビミョーな違和感を覚える。
優しい…か?―――アレ。
確かに面倒見はいいけど、深山に関しては、女子と男子で明らかなズレがあったのではないかと思う。
と言うのも、進藤は3年男子の間で密かに、“地獄の番犬”と呼ばれていたからだ。
深山と廊下ですれ違いざま、肩が当たりそうになって睨まれたヤツは、「マジ、目で殺ラレルと思ったっっ!!」と言っていたし、昔、進藤を殴って野球部を辞めるハメになった先輩は、深山にちょっかい出そうとしてたと専らの噂だ。他にも深山を隠し撮りしてた強者が、バレてスマホをぶっ壊されたとか、枚挙にいとまない。
何しろ、進藤からどんな反応が返ってくるかわからないという恐怖から、誰も「深山」と呼び捨てに出来なかった位だ。
成陵の野球部は、入寮を義務付けられてるっていう話だし、聞いた俺がバカだった。コイツが“深山サン”を置いて行く訳がない。
はぁ…とため息をついた。なんか、自分一人バカみたいだ。
ちょっとやさぐれた気分になる。
「…進藤、どこ行くんだ?」
「長篠。」
即答だったけど、ちょっと意外だった。長篠は進学校としてはまぁまぁのレベルだが、コイツならもうワンランク上げられるだろうにと思って見返すと、進藤がにやりと笑って言った。
「お前、知ってた?」
「何を?」
「今の長篠の顧問、“瀬川監督”の1期生らしいぜ。」
「高津南のか?」
ああ、と言って頷く。瀬川監督というのが、今度成陵の監督になる人だ。高津南という、学区内では最低レベルだった公立高の野球部を甲子園に連れて行ったとして、地元では結構有名だった。
高津南は今じゃ偏差値も上がって、県内では強豪校として名を馳せている。その教え子って事か?
「ここ最近、打線がもの凄くて、今年の初戦は五回コールドで勝ってる。」
へぇ…と感心する。何と15-4だそうだ。県大会で強豪校が出てくるのは2回戦以降だから知らなかった。
「ネックは投手だな。準々(決勝)で新条の田浦に1点に押さえられて敗退してる。」
「田浦から1点?!」
新条の田浦と言えば、今年ドラフト指名されてプロ入りが決定してるスゴい投手で、甲子園では1点を争う投手戦の末に敗れてる。
「すげぇじゃん。」
「6点も取られてなけりゃ、な。」
―――確かに。
コールドゲームの条件は5回までに10点差ある事だけど、4点も取られてる事を考えると、確かに投手が弱点だな…と思っていると、進藤が意味あり気にこっちを見ていた。
―――お前だったら、どうよ?
と、言われた気がして。
ゾクゾクした。正直、成陵に勧誘されてる時よりも、気分が上がっていくのがわかる。
知らず、口角が上がった。
「面白ぇじゃん。」
シャツの襟元からほっそりとしたチェーンが見えた時、それがやけに色っぽくてどきりとした。そういうの着けてるヤツは、決して珍しくないのに。
あのネックレスを着けているのだと気付いたのは、シャツに隠れている、おそらくその先がある辺りに添えられた指と、伏せた視線と、微かに開かれた唇が、何を―――誰を想っているかを如実に語っていたからだ。
なんかやたらと、ただの幼なじみって言い張るのは何でだ?…と不思議に思いながら、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
中学の時、付き合っていた彼女がいた。
いた―――と過去形なのは、卒業前に別れたからだ。
長篠に行くと言ったら、何で?あたし長篠は無理なんだけど、安城じゃダメなの?とスゴい勢いで言われて困った―――安城に行く理由が全く無かったから。
そもそも安城には野球部が無いし、ぶっちゃけ自分の偏差値レベルよりかなり低かったから、親がいい顔しなかっただろうと思う。
「あたしと一緒のとこっていうのは、理由にならないって事?」
返した沈黙が、肯定になった。
―――新しい野球部を作るために、力を貸してもらえませんか?
その申し出は酷く甘く、心を揺さぶった。
何より、同じ野球部の中で声が掛かったのが、自分と進藤だけだったというのが、特に。
進藤は所謂巧打者だ。
右に左に、とにかくよく打つ。それも長打を、だ。
軟式野球の柔らかいボールは、バットに当たる瞬間大きく凹むから、力任せに打っても遠くには飛ばせない。
たぶん、進藤は動体視力が良いんだろう。球筋を見極めながら、器用に掬い上げてコンパクトに振り抜く様は、同じ中学生とは思えない程見事で、後輩に言わせると“超格好いい”。
しかもそれを鼻にかけるでもなく、上手くなりたいと教えを請われれば、根気よく、それこそ居残りにまで付き合うぐらい面倒見が良いのだから、どんだけだよ?!と思ってたのは自分だけじゃないはずだ。
そんな進藤と同時に声を掛けられて、舞い上がらない筈が無かった―――けれど。
「…何バカなこと言ってるんだ。」
と、心底呆れた、という顔で父親が言った。
「スポーツ推薦なんて、怪我したら終わりなのに、まさかプロで食ってこうとか、思ってるんじゃないだろうな?」
まさかそんなこと、思ってる訳ない―――なのに、頭ごなしに言われて黙り込んだ。
「そもそも成陵なんて、私学なんだぞ?普通に通うだけでも金が掛かるのに、野球なんて―――」
どうしてオリンピックの公式種目から外されたと思ってるんだ?金のある国しかやらないからだぞ?などと言い出した所で、「もう、いい。」と、話をぶった切った。
あと二人いるんだからな?と続くのがわかっていたから。
だから、公立の進学校に行って、国立大学を目指せ―――と、すでに何度となく言われた言葉を、今また聞きたくはなかったから。
「…そうなんだ。」
彼女はそう言って、ほっと息をついた。良かった―――と、言外に言われた気がして黙り込む。
それに気付かないのか無視ってるのか、地元情報誌を鞄から取り出した。
「それより、今度の連休なんだけど、もう練習無いよね?行きたいトコあるんだ~」
と言って、にこっと笑った。
その笑顔が好きだったのにも拘わらず、酷く苛ついた事を覚えてる。だからなのかもしれない。
ホントはあたしのこと、そんなに好きじゃなかったよね?
と、最後に言われたのは。
「行かねぇけど?」
至極当然、という顔で言われて拍子抜けした。
進藤は、成陵の誘いをその場で断ったらしい。何でだろう?―――と思ってすぐ、ああ、そうか、と気付いた。
進藤は練習熱心で真面目だったけど、雨の日の自主練だけはせずに、速攻家に帰っていた。
「アイツ一人にしとくとヤバい」と言って。
違う小学校だったから知らなかったけど、アイツ―――深山佳淑は、雨の日のスリップ事故で父親を亡くしたらしい。
「なんかその時、お母さんも自殺未遂したとかで大変だったらしいよ~。それで、進藤君が何かと面倒見てるんだって。」
優しいよね~、という彼女の見解に、ビミョーな違和感を覚える。
優しい…か?―――アレ。
確かに面倒見はいいけど、深山に関しては、女子と男子で明らかなズレがあったのではないかと思う。
と言うのも、進藤は3年男子の間で密かに、“地獄の番犬”と呼ばれていたからだ。
深山と廊下ですれ違いざま、肩が当たりそうになって睨まれたヤツは、「マジ、目で殺ラレルと思ったっっ!!」と言っていたし、昔、進藤を殴って野球部を辞めるハメになった先輩は、深山にちょっかい出そうとしてたと専らの噂だ。他にも深山を隠し撮りしてた強者が、バレてスマホをぶっ壊されたとか、枚挙にいとまない。
何しろ、進藤からどんな反応が返ってくるかわからないという恐怖から、誰も「深山」と呼び捨てに出来なかった位だ。
成陵の野球部は、入寮を義務付けられてるっていう話だし、聞いた俺がバカだった。コイツが“深山サン”を置いて行く訳がない。
はぁ…とため息をついた。なんか、自分一人バカみたいだ。
ちょっとやさぐれた気分になる。
「…進藤、どこ行くんだ?」
「長篠。」
即答だったけど、ちょっと意外だった。長篠は進学校としてはまぁまぁのレベルだが、コイツならもうワンランク上げられるだろうにと思って見返すと、進藤がにやりと笑って言った。
「お前、知ってた?」
「何を?」
「今の長篠の顧問、“瀬川監督”の1期生らしいぜ。」
「高津南のか?」
ああ、と言って頷く。瀬川監督というのが、今度成陵の監督になる人だ。高津南という、学区内では最低レベルだった公立高の野球部を甲子園に連れて行ったとして、地元では結構有名だった。
高津南は今じゃ偏差値も上がって、県内では強豪校として名を馳せている。その教え子って事か?
「ここ最近、打線がもの凄くて、今年の初戦は五回コールドで勝ってる。」
へぇ…と感心する。何と15-4だそうだ。県大会で強豪校が出てくるのは2回戦以降だから知らなかった。
「ネックは投手だな。準々(決勝)で新条の田浦に1点に押さえられて敗退してる。」
「田浦から1点?!」
新条の田浦と言えば、今年ドラフト指名されてプロ入りが決定してるスゴい投手で、甲子園では1点を争う投手戦の末に敗れてる。
「すげぇじゃん。」
「6点も取られてなけりゃ、な。」
―――確かに。
コールドゲームの条件は5回までに10点差ある事だけど、4点も取られてる事を考えると、確かに投手が弱点だな…と思っていると、進藤が意味あり気にこっちを見ていた。
―――お前だったら、どうよ?
と、言われた気がして。
ゾクゾクした。正直、成陵に勧誘されてる時よりも、気分が上がっていくのがわかる。
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