雨に薫る

はなの*ゆき

文字の大きさ
47 / 84
1.Cape jasmine

青嵐①

しおりを挟む
 遠ざかる背中を見つめてため息を吐いた。何だかなぁ…と。

 シャツの襟元からほっそりとしたチェーンが見えた時、それがやけに色っぽくてどきりとした。そういうの着けてるヤツは、決して珍しくないのに。

 あの・・ネックレスを着けているのだと気付いたのは、シャツに隠れている、おそらくその先がある辺りに添えられた指と、伏せた視線と、微かに開かれた唇が、何を―――誰を・・想っているかを如実に語っていたからだ。 

 なんかやたらと、ただの幼なじみ・・・・・・・って言い張るのは何でだ?…と不思議に思いながら、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 中学の時、付き合っていた彼女がいた。

 いた―――と過去形なのは、卒業前に別れたからだ。
 長篠に行くと言ったら、何で?あたし長篠は無理なんだけど、安城じゃダメなの?とスゴい勢いで言われて困った―――安城に行く理由が全く無かったから。
 そもそも安城には野球部が無いし、ぶっちゃけ自分の・・・偏差値レベルよりかなり低かったから、親がいい顔しなかっただろうと思う。

「あたしと一緒のとこっていうのは、理由にならないって事?」

 返した沈黙が、肯定になった。




 ―――新しい野球部を作るために、力を貸してもらえませんか?

 その申し出は酷く甘く、心を揺さぶった。
 何より、同じ野球部の中で声が掛かったのが、自分と進藤だけだったというのが、特に。

 進藤は所謂いわゆる巧打者アベレージヒッターだ。
 右に左に、とにかくよく打つ。それも長打を、だ。

 軟式野球なんしきの柔らかいボールは、バットに当たる瞬間大きく凹むから、力任せに打っても遠くには飛ばせない。
 たぶん、進藤ヤツは動体視力が良いんだろう。球筋を見極めながら、器用に掬い上げてコンパクトに振り抜く様は、同じ中学生とは思えない程見事で、後輩に言わせると“超格好いいぶちかっけー”。
 しかもそれを鼻にかけるでもなく、上手くなりたいと教えを請われれば、根気よく、それこそ居残りにまで付き合うぐらい面倒見が良いのだから、どんだけだよ?!と思ってたのは自分だけじゃないはずだ。

 そんな進藤と同時に声を掛けられて、舞い上がらない筈が無かった―――けれど。




「…何バカなこと言ってるんだ。」

 と、心底呆れた、という顔で父親が言った。

「スポーツ推薦なんて、怪我したら終わりなのに、まさか・・・プロで食ってこうとか、思ってるんじゃないだろうな?」

 まさかそんなこと、思ってる訳ない―――なのに、頭ごなしに言われて黙り込んだ。

「そもそも成陵なんて、私学なんだぞ?普通に通うだけでも金が掛かるのに、野球なんて―――」

 どうしてオリンピックの公式種目から外されたと思ってるんだ?金のある国しかやらないからだぞ?などと言い出した所で、「もう、いい。」と、話をぶった切った。

 あと二人いるんだからな?と続くのがわかっていたから。
 だから、公立の進学校に行って、国立大学を目指せ―――と、すでに何度となく言われた言葉を、今また聞きたくはなかったから。




「…そうなんだ。」

 彼女・・はそう言って、ほっと息をついた。良かった―――と、言外に言われた気がして黙り込む。
 それに気付かないのか無視ってるのか、地元情報誌を鞄から取り出した。

それより・・・・、今度の連休なんだけど、もう練習無いよね?行きたいトコあるんだ~」

 と言って、にこっと笑った。
 その笑顔が好きだったのにも拘わらず、酷く苛ついた事を覚えてる。だからなのかもしれない。

 ホントはあたしのこと、そんなに好きじゃなかったよね?

 と、最後に言われたのは。





「行かねぇけど?」

 至極当然、という顔で言われて拍子抜けした。
 進藤は、成陵の誘いをその場で断ったらしい。何でだろう?―――と思ってすぐ、ああ、そうか、と気付いた。
 進藤は練習熱心で真面目だったけど、雨の日の自主練だけはせずに、速攻家に帰っていた。
「アイツ一人にしとくとヤバい」と言って。

 違う小学校だったから知らなかったけど、アイツ・・・―――深山佳淑みやまかすみは、雨の日のスリップ事故で父親を亡くしたらしい。

「なんかその時、お母さんも自殺未遂したとかで大変だったらしいよ~。それで、進藤君が何かと面倒見きにかけてるんだって。」

 優しいよね~、という彼女の見解に、ビミョーな違和感を覚える。
 優しい…か?―――アレ。
 確かに面倒見はいいけど、深山に関しては、女子と男子で明らかなズレがあったのではないかと思う。

 と言うのも、進藤は3年男子の間で密かに、“地獄の番犬ケルベロス”と呼ばれていたからだ。

 深山と廊下ですれ違いざま、肩が当たりそうになって睨まれたヤツは、「マジ、目でラレルと思ったっっ!!」と言っていたし、昔、進藤を殴って野球部を辞めるハメになった・・・・・・・・先輩は、深山にちょっかい出そうとしてたと専らの噂だ。他にも深山を隠し撮りしてた強者が、バレてスマホをぶっ壊されたとか、枚挙にいとまない。
 何しろ、進藤からどんな反応が返ってくるかわからないという恐怖から、誰も「深山」と呼び捨てに出来なかった位だ。

 成陵の野球部は、入寮を義務付けられてるっていう話だし、聞いた俺がバカだった。コイツが“深山サン”を置いて行く訳がない。

 はぁ…とため息をついた。なんか、自分一人バカみたいだ。
 ちょっとやさぐれた気分になる。

「…進藤、どこ行くんだ?」
「長篠。」

 即答だったけど、ちょっと意外だった。長篠は進学校としてはまぁまぁのレベルだが、コイツならもうワンランク上げられるだろうにと思って見返すと、進藤がにやりと笑って言った。

「お前、知ってた?」
「何を?」
「今の長篠の顧問、“瀬川監督”の1期生らしいぜ。」
「高津南のか?」

 ああ、と言って頷く。瀬川監督というのが、今度成陵の監督になる人だ。高津南という、学区内では最低レベルだった公立高の野球部を甲子園に連れて行ったとして、地元では結構有名だった。
 高津南は今じゃ偏差値も上がって、県内では強豪校として名を馳せている。その教え子って事か?

「ここ最近んとこ、打線がもの凄くて、今年の初戦は五回コールドで勝ってる。」

 へぇ…と感心する。何と15-4だそうだ。県大会で強豪シード校が出てくるのは2回戦以降だから知らなかった。

「ネックは投手ピッチャーだな。準々(決勝)で新条の田浦に1点に押さえられて敗退してる。」
「田浦から1点?!」

 新条の田浦と言えば、今年ドラフト指名されてプロ入りが決定してるスゴい投手で、甲子園では1点を争う投手戦の末に敗れてる。

「すげぇじゃん。」
「6点も取られてなけりゃ、な。」

 ―――確かに。
 コールドゲームの条件は5回までに10点差ある事だけど、4点も取られてる事を考えると、確かに投手ピッチャー弱点ネックだな…と思っていると、進藤が意味あり気にこっちを見ていた。

 ―――お前だったら、どうよ?

 と、言われた気がして。
 ゾクゾクした。正直、成陵に勧誘されてる時よりも、気分が上がっていくのがわかる。
 知らず、口角が上がった。

「面白ぇじゃん。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

有名俳優の妻

うちこ
恋愛
誰もが羨む結婚と遺伝子が欲しかった そこに愛はいらない

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...