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2.Yellow star jasmine
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「―――君、進藤君!」
呼ばれて、ハッとした。
少しボンヤリとしていたのか、顔を上げると隣に座っている同じクラスの女子が、こちらの様子を窺っている。どうやら、いつの間にか終わっていたようだ。周りの連中はもう帰り支度を済ませ、それぞれ立ち上がって、教室を出ようとしている。夏休み前の校内清掃について、と書かれたプリントを見下ろして、小さくため息を付いた。
「…悪い、担当聞いてなかった。どこ?」
「え…、あ、西校舎の階段だよ。」
手にしていたシャープペンシルで丸を付けて、筆記具を仕舞った。
「進藤君、大丈夫?何ならあたし、1人でもいいよ?」
「いや、大丈夫。ありがとう。」
余計な借りは作らないに限る。
彼女の顔を見ないまま、少しだけ唇の端を歪めて笑い、プリントを手に立ち上がった。
今日は美化委員の集まりだった。
実を言うとこの学校では、野球部のように全国を目指す強い体育会系の部活に所属する生徒は、こういった委員会活動は免除されている。だが、クラスで委員を決める時はまだ、野球部に入っていなかった。
立候補が無く、うだうだと長引きそうになった放課後のホームルームで、とっとと帰りたいというだけの気持ちから立候補したのだが、その途端、それまで無関心だったクラスの連中、ていうか女子がこぞって立候補し、最終的にくじ引きまでし始めた。だったら早くそうしてくれりゃ良かったのにと呆れるばかりで誰がなったか気にしてなかったせいか、放課後に声をかけられて一瞬胡散臭い顔で見てしまった。
ぶっちゃけ、名前が分からない。別にいいけど。
さて、行くか…と、リュックサックにペンケースとプリントを仕舞って肩にかけた。
「あっ、待ってよ、進藤君!」
そう言って、何故かその女子が付いてくる。
いや、こっちは部活なんだけど?
「ホントに、いいの?進藤君、野球部なんでしょ?」
だから大丈夫って、今言ったハズなんだが。そりゃ、誰か代わってくれれば1番助かるのは助かるが、立候補してしまった以上は仕方ない、と小さく肩を竦めた。
「あの、せっかく、一緒の委員になったんだしさ、…あたしで良かったら…その、何か、進藤君の力に…」
何やら訳の分からんことをごちゃごちゃ言う女子を、適当に無視しながら歩いている時だった。
「あっ、いた!“すなおっち”―――!!」
馬鹿デカい叫び声に足が止まった。
顔を上げると、間近になっていた昇降口の向こうから、“ヤツ”が満面の笑顔でブンブンと大きく手を振っている。意図せず浮かんだ笑みを刷いたまま、スタスタと早足で近付いていくと、向こうも嬉しそうに近寄ってきた。
「もー、探したよ~?!何、今日、委員会…」
言いかけた“キンシロー”の頭を、ガッと両の拳で挟み込む。
ぐりぐりぐりぐりぐり――――――
「痛い痛い痛い痛い痛い―――っっっ!!!」
抗議を無視して、気が済むまでぐりぐりとやってから解放してやる。
もちろん、その間も笑顔だ。
「何すんだよっ、せっかく呼びに来たのに~!!」
「喧しいわ、ボケ」
いい加減その呼び方ヤメロ―――と言外に込めて、笑顔のままで睨み付けるが、キンシローは意に介さない。ホント、小学生のまんまだな、コイツは。
「ふーんだ、そんなじゃ、彼女に嫌われちゃうよ?」
「彼女?」
一瞬、ほっそりとした姿が脳裏をよぎって、ドクッと心臓が跳ねる。
いや、まさか…
思わず固まる自分の前で、キンシローがにやりと笑った。
「どこで知り合ったの~、あんな可愛いOLさん?」
―――心当たりは1人しか居なかった。
「わー、何かスゴい、顔が悪い」
開口一番、それかよ。
相変わらずアラフォーの自覚がない母は、シフォンの膝丈スカートに胸元と肩口にレースをあしらったノースリーブカットソーというふざけた服装のお陰で、寮監に親だと信じてもらえなかったとご満悦だ。華奢なサンダルでは歩き辛いだろうに、大きな袋に夏服を詰め込んで持ってくると、代わりに今度は冬服を詰めて持って帰るという。
「わざわざ寮まで取りに来なくても、宅配便があるだろ?」
「既読スルーしまくる息子に会いに、わざわざ高速飛ばして来たんじゃ無いの。感謝してよね~」
アホらしい。
早々に寮の部屋から追い出し、学校へ戻ろうと踵を返した背に、母の声が追い掛けてきた。
「今日さ~、スミちゃんが男の子連れて帰ってきたんだよね。」
思わず足が止まった。
「先輩とか呼んでたかなぁ、買い物の荷物持たせるとかさすがよね。あの寂し気な雰囲気に皆騙されるのかしらねぇ…」
思わぬ悪意混じりの言葉に振り返ると、こっちを見てクスリと笑いながら肩をそびやかした。
「気になる?」
そう言って小首を傾げるとか、クソ苛つく。目を眇めて睨み付けてやると、今度はふぅ…と大袈裟にため息をついた。
「ばっかみたい。だったら同じ高校行けば良かったのに」
「……」
「なんだっけ、『面倒見なきゃいけないのが3人』? おっとこマエ~って思ってたのに、もうどうでもいいって事なのかしら」
同じセリフを桂馬にも指摘された事を思い出しながら、唇の端を曲げた。
「“どうでもいい”のは俺の方じゃねぇよ」
「え…? ちょっ、待って、それって…」
そのまま放置して背中を向ける。
どういう事?―――なんて。
こっちが聞きたかった。
呼ばれて、ハッとした。
少しボンヤリとしていたのか、顔を上げると隣に座っている同じクラスの女子が、こちらの様子を窺っている。どうやら、いつの間にか終わっていたようだ。周りの連中はもう帰り支度を済ませ、それぞれ立ち上がって、教室を出ようとしている。夏休み前の校内清掃について、と書かれたプリントを見下ろして、小さくため息を付いた。
「…悪い、担当聞いてなかった。どこ?」
「え…、あ、西校舎の階段だよ。」
手にしていたシャープペンシルで丸を付けて、筆記具を仕舞った。
「進藤君、大丈夫?何ならあたし、1人でもいいよ?」
「いや、大丈夫。ありがとう。」
余計な借りは作らないに限る。
彼女の顔を見ないまま、少しだけ唇の端を歪めて笑い、プリントを手に立ち上がった。
今日は美化委員の集まりだった。
実を言うとこの学校では、野球部のように全国を目指す強い体育会系の部活に所属する生徒は、こういった委員会活動は免除されている。だが、クラスで委員を決める時はまだ、野球部に入っていなかった。
立候補が無く、うだうだと長引きそうになった放課後のホームルームで、とっとと帰りたいというだけの気持ちから立候補したのだが、その途端、それまで無関心だったクラスの連中、ていうか女子がこぞって立候補し、最終的にくじ引きまでし始めた。だったら早くそうしてくれりゃ良かったのにと呆れるばかりで誰がなったか気にしてなかったせいか、放課後に声をかけられて一瞬胡散臭い顔で見てしまった。
ぶっちゃけ、名前が分からない。別にいいけど。
さて、行くか…と、リュックサックにペンケースとプリントを仕舞って肩にかけた。
「あっ、待ってよ、進藤君!」
そう言って、何故かその女子が付いてくる。
いや、こっちは部活なんだけど?
「ホントに、いいの?進藤君、野球部なんでしょ?」
だから大丈夫って、今言ったハズなんだが。そりゃ、誰か代わってくれれば1番助かるのは助かるが、立候補してしまった以上は仕方ない、と小さく肩を竦めた。
「あの、せっかく、一緒の委員になったんだしさ、…あたしで良かったら…その、何か、進藤君の力に…」
何やら訳の分からんことをごちゃごちゃ言う女子を、適当に無視しながら歩いている時だった。
「あっ、いた!“すなおっち”―――!!」
馬鹿デカい叫び声に足が止まった。
顔を上げると、間近になっていた昇降口の向こうから、“ヤツ”が満面の笑顔でブンブンと大きく手を振っている。意図せず浮かんだ笑みを刷いたまま、スタスタと早足で近付いていくと、向こうも嬉しそうに近寄ってきた。
「もー、探したよ~?!何、今日、委員会…」
言いかけた“キンシロー”の頭を、ガッと両の拳で挟み込む。
ぐりぐりぐりぐりぐり――――――
「痛い痛い痛い痛い痛い―――っっっ!!!」
抗議を無視して、気が済むまでぐりぐりとやってから解放してやる。
もちろん、その間も笑顔だ。
「何すんだよっ、せっかく呼びに来たのに~!!」
「喧しいわ、ボケ」
いい加減その呼び方ヤメロ―――と言外に込めて、笑顔のままで睨み付けるが、キンシローは意に介さない。ホント、小学生のまんまだな、コイツは。
「ふーんだ、そんなじゃ、彼女に嫌われちゃうよ?」
「彼女?」
一瞬、ほっそりとした姿が脳裏をよぎって、ドクッと心臓が跳ねる。
いや、まさか…
思わず固まる自分の前で、キンシローがにやりと笑った。
「どこで知り合ったの~、あんな可愛いOLさん?」
―――心当たりは1人しか居なかった。
「わー、何かスゴい、顔が悪い」
開口一番、それかよ。
相変わらずアラフォーの自覚がない母は、シフォンの膝丈スカートに胸元と肩口にレースをあしらったノースリーブカットソーというふざけた服装のお陰で、寮監に親だと信じてもらえなかったとご満悦だ。華奢なサンダルでは歩き辛いだろうに、大きな袋に夏服を詰め込んで持ってくると、代わりに今度は冬服を詰めて持って帰るという。
「わざわざ寮まで取りに来なくても、宅配便があるだろ?」
「既読スルーしまくる息子に会いに、わざわざ高速飛ばして来たんじゃ無いの。感謝してよね~」
アホらしい。
早々に寮の部屋から追い出し、学校へ戻ろうと踵を返した背に、母の声が追い掛けてきた。
「今日さ~、スミちゃんが男の子連れて帰ってきたんだよね。」
思わず足が止まった。
「先輩とか呼んでたかなぁ、買い物の荷物持たせるとかさすがよね。あの寂し気な雰囲気に皆騙されるのかしらねぇ…」
思わぬ悪意混じりの言葉に振り返ると、こっちを見てクスリと笑いながら肩をそびやかした。
「気になる?」
そう言って小首を傾げるとか、クソ苛つく。目を眇めて睨み付けてやると、今度はふぅ…と大袈裟にため息をついた。
「ばっかみたい。だったら同じ高校行けば良かったのに」
「……」
「なんだっけ、『面倒見なきゃいけないのが3人』? おっとこマエ~って思ってたのに、もうどうでもいいって事なのかしら」
同じセリフを桂馬にも指摘された事を思い出しながら、唇の端を曲げた。
「“どうでもいい”のは俺の方じゃねぇよ」
「え…? ちょっ、待って、それって…」
そのまま放置して背中を向ける。
どういう事?―――なんて。
こっちが聞きたかった。
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