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2.Yellow star jasmine
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「久しぶりね。元気でやってる?」
その声のトーンも、僅かに口角を上げただけの儚い微笑みも、あの時と全く変わらない。無意識に両手を握り込んだ。
「…知り合い、か?」
「うちの隣に住んでるコなんですよ。娘と同い年で」
「娘…」
それ以上は無理だった。
くるりと踵を返し、直ぐ後ろにいたキンシローの横をすり抜けてドアを出て行く。
後ろでキンシローが何か言ってるのも、全く頭に入らなかった。
―――なっさけね…
自分でも笑いが出る程だ。
まだ、こんなに動揺せずにいられないなんて―――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ね、スミちゃんと、何かあった?」
コンコン、と。
酷く遠慮がちにノックをしながらも(普段は「入るよ~」と言いながらもうドアを開けてる)、入ってくるなりそう言って、自分が寝転んでいるベッドには遠慮なく座ってきた母親に内心苛つく。
まあ無理もない。
さっき晩飯食いながら、ついでの様にかましたからな。
「成陵、行くわ。悪いけど、寮にも入らして。」
まるで漫画みたいに、夫婦揃って時を止めた。気にせず最後の一口を頬張って咀嚼する。
「…あー、でも、もう断ったろ?」
「普通に進学コース受ける。野球はもうしない。」
「えぇ…」
呆気に取られた顔の2人を置いて席を立った。それだけで納得するとは、まあ思わなかったけどな。
それでなくとも、先週の進路相談で長篠に行くと宣言したばかりだ。
仰向けのまま、持ち上げた腕で目元を隠す。あれからずっと、眼裏に浮かぶのは、あの日のスミの顔と、声。
―――こういうのは、好きな人とするのが1番だと思うし
それはつまり、俺じゃないって事か。
―――“等価交換”?ていうのかな。対価っていうか
要するに、我慢して受け入れてたって事かよ。ホントは嫌だったのに、盛ってる幼馴染の相手してたってか?
「っざけんな…」
堪えきれずに呟いた時、不意にピンポーン…という玄関チャイムが鳴り響いた。
「こんな時間に…誰…」
言いながら出て行く母親を横目に見ながらなんとなく時計を見ると20時を過ぎていた。確かに人が来るには遅い時間だ。
「あら、トーコさん。どしたのこんな時間に」
ドアの向こうから聞こえた声に、思わずベッドから身体を起こした。
「えっ、なんでそんな急に…」
トーコさんの申し出に、母親があからさまに驚いた声を出した。彼女がいきなりやって来て告げたのは、ベランダの壁を直す―――というものだったから。
「んー、前から気にはなってたのよ。つい疎かにしちゃったけど。」
「でも、玄関回らなくていいから楽なのに…」
母は不満げにそう言ったが…リビングのドアの向こうから話を聞きながら、なんとなく察していた。
多分、トーコさんは…
「そうだな、俺もそうした方がいいと思う。やっぱり、こう頻繁に行き来してるのは良くないと思うんだよ。」
「え~、私がって事?」
「違う違う、素直が、だよ。」
父の言葉に沈黙が落ちた。
つまり、うちの親も何がしか感じていたという訳か。
「…でも、いきなり、なんて。それこそ、2人を信用してないみたいでカンジ悪くない?」
思わず笑いが込み上げた。
信用も何も無い。そんなもの、とっくに壊れてる。
―――いや、そもそもあったのか?
無意識に胸元のシャツを握り込んだ。
スミは嫌だと言わなかった。
ただ頑なにキスを拒むのが悔しくてムキになって、―――タガが外れた。
流れ出た白濁の中に混じった赤い色に頭が真っ白になって部屋を飛び出した。
あんなふうにしたかった訳じゃない。
誰よりも、何よりも大事にしたかったのに。
一体何が、どこで、間違ってしまったんだろう―――
6年分の等価交換
そんなものが欲しかった訳じゃ無いのに
その声のトーンも、僅かに口角を上げただけの儚い微笑みも、あの時と全く変わらない。無意識に両手を握り込んだ。
「…知り合い、か?」
「うちの隣に住んでるコなんですよ。娘と同い年で」
「娘…」
それ以上は無理だった。
くるりと踵を返し、直ぐ後ろにいたキンシローの横をすり抜けてドアを出て行く。
後ろでキンシローが何か言ってるのも、全く頭に入らなかった。
―――なっさけね…
自分でも笑いが出る程だ。
まだ、こんなに動揺せずにいられないなんて―――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「…ね、スミちゃんと、何かあった?」
コンコン、と。
酷く遠慮がちにノックをしながらも(普段は「入るよ~」と言いながらもうドアを開けてる)、入ってくるなりそう言って、自分が寝転んでいるベッドには遠慮なく座ってきた母親に内心苛つく。
まあ無理もない。
さっき晩飯食いながら、ついでの様にかましたからな。
「成陵、行くわ。悪いけど、寮にも入らして。」
まるで漫画みたいに、夫婦揃って時を止めた。気にせず最後の一口を頬張って咀嚼する。
「…あー、でも、もう断ったろ?」
「普通に進学コース受ける。野球はもうしない。」
「えぇ…」
呆気に取られた顔の2人を置いて席を立った。それだけで納得するとは、まあ思わなかったけどな。
それでなくとも、先週の進路相談で長篠に行くと宣言したばかりだ。
仰向けのまま、持ち上げた腕で目元を隠す。あれからずっと、眼裏に浮かぶのは、あの日のスミの顔と、声。
―――こういうのは、好きな人とするのが1番だと思うし
それはつまり、俺じゃないって事か。
―――“等価交換”?ていうのかな。対価っていうか
要するに、我慢して受け入れてたって事かよ。ホントは嫌だったのに、盛ってる幼馴染の相手してたってか?
「っざけんな…」
堪えきれずに呟いた時、不意にピンポーン…という玄関チャイムが鳴り響いた。
「こんな時間に…誰…」
言いながら出て行く母親を横目に見ながらなんとなく時計を見ると20時を過ぎていた。確かに人が来るには遅い時間だ。
「あら、トーコさん。どしたのこんな時間に」
ドアの向こうから聞こえた声に、思わずベッドから身体を起こした。
「えっ、なんでそんな急に…」
トーコさんの申し出に、母親があからさまに驚いた声を出した。彼女がいきなりやって来て告げたのは、ベランダの壁を直す―――というものだったから。
「んー、前から気にはなってたのよ。つい疎かにしちゃったけど。」
「でも、玄関回らなくていいから楽なのに…」
母は不満げにそう言ったが…リビングのドアの向こうから話を聞きながら、なんとなく察していた。
多分、トーコさんは…
「そうだな、俺もそうした方がいいと思う。やっぱり、こう頻繁に行き来してるのは良くないと思うんだよ。」
「え~、私がって事?」
「違う違う、素直が、だよ。」
父の言葉に沈黙が落ちた。
つまり、うちの親も何がしか感じていたという訳か。
「…でも、いきなり、なんて。それこそ、2人を信用してないみたいでカンジ悪くない?」
思わず笑いが込み上げた。
信用も何も無い。そんなもの、とっくに壊れてる。
―――いや、そもそもあったのか?
無意識に胸元のシャツを握り込んだ。
スミは嫌だと言わなかった。
ただ頑なにキスを拒むのが悔しくてムキになって、―――タガが外れた。
流れ出た白濁の中に混じった赤い色に頭が真っ白になって部屋を飛び出した。
あんなふうにしたかった訳じゃない。
誰よりも、何よりも大事にしたかったのに。
一体何が、どこで、間違ってしまったんだろう―――
6年分の等価交換
そんなものが欲しかった訳じゃ無いのに
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