雨に薫る

はなの*ゆき

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2.Yellow star jasmine

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 第一志望は長篠だと言うと、担任が微妙な顔になった。

「もうワンランクいけるだろ、お前なら」
「大学行くのに高校のランク、関係あります?入試の結果次第でしょ?」
「あー、まぁ、な…」

 野球部もあるし将来の事を考えてもそれが妥当だと告げると、母も担任も苦笑を隠さなかった。




「老後の面倒見ないといけないのが、3人いるからな。」
「…それ、担任にも言ったんだ?」

 頷くと、桂馬も同じ顔をした。
 普通に大学に行って、地元企業に就職する。全国区で転勤する必要の無い所が一番望ましい。

「いやいやいや、実に堅実で見事な…」
「文句あるか?」
「いや、全然無いよ。うん、そんなもん、ちゃー、そんなもんかな?」

 はは…と桂馬が乾いた笑い声をあげた。何なんだ?

「や、だってさー、割と手に届きそうなところに、大きな夢?っていうか、そういうのが現実的になりそうな立場なのに、勿体ないっていうか、羨ましいっていうか…」
「夢?」
「プロ野球選手、とか?」
「無いな。」
「早っ」

 桂馬の言葉に肩をすくめてみせる。頑張ってみる程の価値も、自分にとっては無かったからだ。

「何だよー、俺らまだ中学生なんだぞー、夢見せろやー。」

 わざとムカつく言い方をする、桂馬にデコパンチを食らわせた。馬鹿馬鹿しい。

「もう、中学生だろ。5年経ったら成人式なのに、そんな悠長な事言ってられるか。」
「こえー、大学卒業したら、ソッコー結婚しそうだわ。」

 それも有りだな。ちゃんと就職出来てれば、悪くない。そう思ったのが顔に出たのか、桂馬が何とも言えない顔をして、何か言おうと口を開きかけて、止まった。

「あ、あー、深山…さん。」

 振り向くのと、スミが顔を背けるのが同時だった。

「あ、ゴメンね、邪魔して。先、帰るね。」

 いや、ちょっと待て。鞄を掴んで追いかけた。

「今日は醤油買うんじゃなかったのか?」
「あー、うん、でも、1人でも大丈夫だよ?雨も降ってないし、ね。」

 桂馬君とまだ話があるんじゃないの?と言うスミの背中に腕を回した。

「もう済んだ。」

 そう言って、行くぞと背中を押そうとした、その手を。
 ビクッと背中を反らせるようにして、スミが避けた。

「靴、履きかえてくるね」

 足早に下駄箱の影に消えた後ろ姿に、奇妙な違和感を覚えながら学校を出た。




 スーパーに向かう間も、買い物をしている間も。
 スミは殆ど口をきかなかったし、こっちの顔を見ようともしなかった。


 焦燥感に駆られて、スミの家に入ると、腕を掴んでリビングに連れて行き、ソファに座らせた。

「なにかあったのか?」

 向かいに膝をついて顔を覗き込むと、スミは何か言いたそうに微かに唇を開け閉めしてから、ふ…と、何かを振り切るように微笑んだ。

「何にも、無いよ?」

 いや、あるだろ?
 ちゃんと話をさせようと、手の平で頬に触れると、スミは一瞬体を強ばらせた後、不意に腕を伸ばして逆にこっちの頬を両手で挟み、顔を近づけてきた。
 こ、この流れはまさかまた?…咄嗟に体を離すと、スミが微かに微笑んだ。

「ゴメン、あたしからは厭だった?」

 そう言って立ち上がる。
 あ、キスか。それならそれでバチコイだけど、…何かがおかしい。

「スミ、ホントにどうした?」
「ナオ。」

 背中を向けたまま、スミが続けた。

「今度から、ちゃんと決めてからにしよう」
「しようって、何を?」

 スミはやっぱり振り向かないまま、言った。

「今日は、お醤油1本運んでもらっただけだから、キス1回でいい?」
「…は?」

 言っている意味が分からない。
 スミが、ゆっくりと、振り向いた。そして、ニッコリ、と微笑んで、言った。

「等価交換、ていうのかな?対価っていうか。」

 視線を下げて、頬に笑みを貼り付けたまま続ける。

「でないと、きりが無いっていうか、やっぱり、こういう事は、好きな人とするのが1番だと思うし。」

 思わず、目を見開いた。
 今、何て―――

「そりゃ、ナオは男だし、最初失敗すると恥ずかしいから練習したいのかも知れないけど。あたしは、一応、…女、だし?」

 少し首を傾げて、スミが言う。
 その手を取って、強く、握りしめた。

「お前、何言ってるんだ?」
「だから…」

 言いかけた時、またあの電子音が鳴り響いた。
 スミがカウンターに置いていたスマートフォンを見て、ふふっと笑った。

「今日は、肉じゃがだって。」

 そう言いながら、画面を見る顔がやけに愛しげに見えて、目を眇めた。スミの手からスマートフォンを取り上げ、ソファに投げる。
 それを見つめながら、スミが言った。

「ナオんちって、肉じゃが多いよね。」

 その時。
 なぜだか、不意に、今まで絶対に言わずにいたことを口にしていた。

「カレーが、NGだからだよ。」

 知らず、口角が上がったのを感じた。

「コンソメの代わりに出汁(だし)を入れて煮込んだら、肉じゃがなんだよ。」

 知らなかったのか?と続けてやる。カレー、ずっと、食べてないだろ?と。
 スミは一瞬目を見開いて、それから自嘲気味に笑った。

「そ、か…」

 言いながら、震える指で、髪をかき上げる。

「うちって、ホントどうしようも無いね…。親子揃って―――」

 ―――その手を、掴んで引き寄せた。

「六年分」

 そう言った自分の顔は、笑っていたと思う。


「カレーの、等価交換だ。」
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