雨に薫る

はなの*ゆき

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2.Yellow star jasmine

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「―――すなおっちってばっっ!!」

 不意に腕を掴まれて、我に帰った。
 振り返ると、キンシローが腕を掴んだまま、ゼィハァと息をしている。

「もー、呼んでるのに無視るとか」
「…わりぃ…」

 上目遣いに睨まれて素直に謝ると、キンシローは手を離しながら体を起こして、ため息をついた。

「貴重品は預けてきたよ。あの元マネージャーだっけ?あの人が鍵持ってた事も言っといたから。」
「ああ…」

 そう言えば、そんな事があったな…
 気のない相槌を打つと、キンシローがまたため息をついた。

「あの人は、監督の家直しに来た業者さんなんだって。鍵の事話したら、直ぐ交換してくれるって話してたよ。」
「…そうか」
「てっきり監督の彼女かと思ったよ。結構美人さんだったし。」
「彼女…」
「…もしかして、あの人とすなおっち付き合ってたの?」

 一瞬、頭が真っ白になった。
 付き合ってた?

「でもやめといた方がいいよ。あんな年上じゃ、上手くいきっこないじゃん?」
「…は?」

 年上―――?

「娘さんが同い年って事は…」
「ちょっと待て、何の話だ?」
「え、だからあの人が元カノ?」
「は?!」
「だって訳ありっぽかったからさぁ…」
「な訳ねぇだろっ」

 なんでよりにもよってトーコさんとなんだよ。うちの母親に負けず劣らずの美魔女ではあるが、そーいう趣味はねぇ!!

「ふーん、じゃあやっぱ・・・娘さんの方か…」

 その言葉に顔が強張った。
 気付いたキンシローが、気不味げに肩をすくめる。

「あー、と。その、噂でね、聞いた事があってさ。…なんか、幼なじみと付き合ってたとか、なんとか。」 
「付き合ってねぇよ。」
「えっ?」

 ひくり…と、片頬が不自然に引き攣ったのがわかる。
 そう、スミとは、付き合ってなんかいない。

 それどころか―――

 驚きに瞬きを繰り返すキンシローに、一歩近付いて顔を寄せた。



「俺が、アイツを、レイプしたんだよ。」



 そう呟く様に告げて身体を離すと、キンシローが目を見開いて固まっていた。
 片頬を歪めて笑い、踵を返す。


 そう、付き合ってなんていない。
 あれは自分の、一方的な―――


 ぐっと、唇を噛み締めて、強く拳を握った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「飯食わねぇの?」

 持ってきた弁当箱を片しながら桂馬が言った。手ぶらなの見りゃわかるだろうに。

 4階の渡り廊下にあるこの多目的ホールは、普通教室から若干離れていて冷暖房も無いせいか、普段からあまり生徒がやって来ない。桂馬曰く、バブル期に作られた学校だから、色々無駄が多い―――らしい。
 おそらく生徒を集めて何某かの会でもやるつもりだったんだろうが、一学年集めるには狭いし、展示を行ってもわざわざここまで見に来るやつなんていないに違いない。
 ホールの隅には壊れているのだろう、薄汚れた長机や折りたたみのパイプ椅子が放置されているし、掃除もされていないのか、若干埃っぽい。

 だが、今みたいな時にはもってこいな場所ではあった。


 部屋の真ん中にある大きな窓は少し出窓になっていて、人が腰掛けられるようになっている。
 そこに座って見るともなしに窓の外を眺めていると、ふう…と桂馬がため息をついて立ち上がったようだ。
 音の気配からして、多分先に教室へ帰ったんだろう。



 担任に進路変更を伝えると、なんとも微妙な顔をした。

「…もう推薦は「普通に受けます」」
「公立は受けないのか?」
「成陵一本で」

 これ以上話す気はないというのが伝わったんだろう。
 わかった、と、父親と同じ顔をして言いながらも、気が変わったらすぐ言えよ―――とも言った。

 だが気が変わる事は無い。
 正直、今すぐにでも家を出たいぐらいだった。スミの顔を見る事が出来なくて、朝も夕方も時間をずらしている。

 結局、母親がごねて壁を直すのは保留になった。

「でも、ちょっとベランダから行き来するのは控えようか」

 と言ったのは父親だ。
 スミの方にも、窓に鍵をかける様に伝えると話したらしい。

「…今更…」

 ふっ…と。
 思い出して鼻で笑った。

 ホントに今更だ。
 もう取り返しはつかないだろう。

 ゴン―――と、音を立てて窓に頭を押し当てた。窓の外のグラウンドでは、後輩達が練習を始めるのが見える。
 フェンスの手前を何人かの生徒が歩いていて、中には校内だというのに手を繋いで歩いているヤツらもいた。

 それを見ていると、なんだか虚しくなった。考えてみたら、自分とスミはあんな風に手を繋いで歩く様な事をした事が無い―――と気がついて。
 もちろん、子供の頃はあった気がするが、少なくとも中学では無いだろう。

 それでも、誰よりも一緒にいたはずだった。

 あの雨の日から、ずっと。
 それなのに―――



 キュ…と、塩ビの床が鳴って、顔を上げた瞬間、身体が強張った。
 ホールの端からこっちを見ていたスミが近寄って来る。


 その顔は、薄らと微笑んでいた。
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