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2.Yellow star jasmine
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―――ごめんね、ありがとう
その言葉が、トリガーだったと思う。
「あれ誰だ?」
「監督の彼女?…ケッコー美人…」
バント練習で塁から戻って来ると、山根達が固まって話している。どーでもいいけど、監督にバレたら追加ランニングが入るんじゃねえの?
そう思いながら視線の先に顔を向けて、またしても身体が固まった。
練習が始まってすぐ、理事長から呼び出されてグラウンドを離れていた監督が、ちょうど校舎から出てきたところだった。
その側に立っているのは、見覚えのあるパンツスーツの女性。
「何か、意外?」
「どー見てもバリキャリってカンジだよな。」
「バリキャリって何それ?」
「知らね。」
何だそりゃ~と、笑っている間に彼女は監督と話が終わったらしく離れていった。が、意外な事には、監督がその後ろ姿をしばらく見つめている。まさか…な、と思いながら見ていると、監督がこっちを向いた。
「何やってんだ、お前ら」
「いや~、何か監督、美人と歩いてるな~と思って。」
「は?」
「彼女ですか?」
止めときゃいいのに、山根が無邪気に聞いている。これがキンシローならともかく、だ。
案の定、監督はすん―――っとばかりに表情を消した。
「…俺は確か、お前らにバント練習する様言っといたはずだな?」
流石に空気を読んだ山根達が慌てて姿勢を正す。
「いざって時にまともにバントも出来ねぇヤツをレギュラーに据える気はねぇぞ。…わかったらとっとと戻れっっ!!」
「はいっっー!!」
泡を食って駆けていくヤツらを見送ってから、監督がこっちを向いた。
「…何か問題でも?」
監督にしても、トーコさんにしても、所謂業務時間中に私用で動く事は無いだろう。何より、理事長の呼び出しというのが穏やかでない。
「まあ、あれだ。鍵の件でな。」
今回の鍵交換はトーコさんの会社に頼んだと言っていたが、それが問題になったらしい。
そもそも、野球部だけのつもりだったのが、理事長の鶴の一声で大掛かりなものになった―――と言っても、たかが鍵じゃねえんだろうか?
「ここは古い学校だからな。前の理事長は特に付き合いを重視…というか、経営を寄付金頼みでやっていたから、学校関係の業者も長く固定でやってたって訳だ。」
そう言って、監督は外人みたいに肩をそびやかす。
「2年の、アイツだよ。父親が西島建設の営業部長なんだが、母親が専務の娘らしくてな。西島は昔ながらの親族経営なもんだから、退部の件もあって怒鳴り込んできやがったんだよ。」
「…それ、大丈夫なんですか?」
思わず聞くと、監督がふ、と思い出した様に笑った。
「あの人なら大丈夫だろ。まあ、見ものだったぜ。そもそも好きでこの学校継いだわけじゃねぇし、潰すのもやぶさかでないまで言いやがったからな。」
以前見かけた姿を思い出す。物腰の良い、だが押しの強そうなカンジがさもありなんというか。
トーコさんまで呼び出したのは、見積もりが適切なものかどうかを見せる為だったらしく、ついて来ていた相手の営業部の人間が確認して事なきを得たそうだ。
「野球部にしてもな、ホントは潰すつもりだったらしい。ただまあ、父親の思い入れが強かったから、仕方なく残す事にしたんだとさ。」
全国的に有名な名門私立の野球部が廃部になったニュースは、まだ記憶に新しい。古いものが淘汰されるのは時代の流れ的におかしな事では無いのだろう。
それでも、こと野球部に関しては、どこも私立が金を出して人を集めているという現状に変わりはないが。
「監督的には、どうなんです?甲子園、行く気はあるんですか?」
「…同じ言葉をお前に返してやるよ。」
言われて、黙り込んだ。
監督は面白そうな顔をしているが、流石に年の功というのか、何を考えているのかわからない。
視線を外して息をついた。
「戻ります。」
正直、自分でもよくわからなかった。
あのまま、長篠に行っていたらどうだっただろう。―――少なくとも、野球は普通に続けていただろうけど。
何となく身が入らない練習メニューをこなした後、部屋に帰ってから充電する為にスマートフォンを取り出した。
あまりやり取りする相手も無いし、学校内では常にマナーモードのせいか、メッセージ何かが来ていても、直ぐには気付かない。
今日もこの時になって初めて、桂馬からメッセージが届いていた事に気が付いた。
珍しいな…と思いながらロックを外してアプリをタップする。
『おつかれ』
というスタンプの後の、短いメッセージに、目を見開いた。
『マネージャー、やるんだってさ』
その言葉が、トリガーだったと思う。
「あれ誰だ?」
「監督の彼女?…ケッコー美人…」
バント練習で塁から戻って来ると、山根達が固まって話している。どーでもいいけど、監督にバレたら追加ランニングが入るんじゃねえの?
そう思いながら視線の先に顔を向けて、またしても身体が固まった。
練習が始まってすぐ、理事長から呼び出されてグラウンドを離れていた監督が、ちょうど校舎から出てきたところだった。
その側に立っているのは、見覚えのあるパンツスーツの女性。
「何か、意外?」
「どー見てもバリキャリってカンジだよな。」
「バリキャリって何それ?」
「知らね。」
何だそりゃ~と、笑っている間に彼女は監督と話が終わったらしく離れていった。が、意外な事には、監督がその後ろ姿をしばらく見つめている。まさか…な、と思いながら見ていると、監督がこっちを向いた。
「何やってんだ、お前ら」
「いや~、何か監督、美人と歩いてるな~と思って。」
「は?」
「彼女ですか?」
止めときゃいいのに、山根が無邪気に聞いている。これがキンシローならともかく、だ。
案の定、監督はすん―――っとばかりに表情を消した。
「…俺は確か、お前らにバント練習する様言っといたはずだな?」
流石に空気を読んだ山根達が慌てて姿勢を正す。
「いざって時にまともにバントも出来ねぇヤツをレギュラーに据える気はねぇぞ。…わかったらとっとと戻れっっ!!」
「はいっっー!!」
泡を食って駆けていくヤツらを見送ってから、監督がこっちを向いた。
「…何か問題でも?」
監督にしても、トーコさんにしても、所謂業務時間中に私用で動く事は無いだろう。何より、理事長の呼び出しというのが穏やかでない。
「まあ、あれだ。鍵の件でな。」
今回の鍵交換はトーコさんの会社に頼んだと言っていたが、それが問題になったらしい。
そもそも、野球部だけのつもりだったのが、理事長の鶴の一声で大掛かりなものになった―――と言っても、たかが鍵じゃねえんだろうか?
「ここは古い学校だからな。前の理事長は特に付き合いを重視…というか、経営を寄付金頼みでやっていたから、学校関係の業者も長く固定でやってたって訳だ。」
そう言って、監督は外人みたいに肩をそびやかす。
「2年の、アイツだよ。父親が西島建設の営業部長なんだが、母親が専務の娘らしくてな。西島は昔ながらの親族経営なもんだから、退部の件もあって怒鳴り込んできやがったんだよ。」
「…それ、大丈夫なんですか?」
思わず聞くと、監督がふ、と思い出した様に笑った。
「あの人なら大丈夫だろ。まあ、見ものだったぜ。そもそも好きでこの学校継いだわけじゃねぇし、潰すのもやぶさかでないまで言いやがったからな。」
以前見かけた姿を思い出す。物腰の良い、だが押しの強そうなカンジがさもありなんというか。
トーコさんまで呼び出したのは、見積もりが適切なものかどうかを見せる為だったらしく、ついて来ていた相手の営業部の人間が確認して事なきを得たそうだ。
「野球部にしてもな、ホントは潰すつもりだったらしい。ただまあ、父親の思い入れが強かったから、仕方なく残す事にしたんだとさ。」
全国的に有名な名門私立の野球部が廃部になったニュースは、まだ記憶に新しい。古いものが淘汰されるのは時代の流れ的におかしな事では無いのだろう。
それでも、こと野球部に関しては、どこも私立が金を出して人を集めているという現状に変わりはないが。
「監督的には、どうなんです?甲子園、行く気はあるんですか?」
「…同じ言葉をお前に返してやるよ。」
言われて、黙り込んだ。
監督は面白そうな顔をしているが、流石に年の功というのか、何を考えているのかわからない。
視線を外して息をついた。
「戻ります。」
正直、自分でもよくわからなかった。
あのまま、長篠に行っていたらどうだっただろう。―――少なくとも、野球は普通に続けていただろうけど。
何となく身が入らない練習メニューをこなした後、部屋に帰ってから充電する為にスマートフォンを取り出した。
あまりやり取りする相手も無いし、学校内では常にマナーモードのせいか、メッセージ何かが来ていても、直ぐには気付かない。
今日もこの時になって初めて、桂馬からメッセージが届いていた事に気が付いた。
珍しいな…と思いながらロックを外してアプリをタップする。
『おつかれ』
というスタンプの後の、短いメッセージに、目を見開いた。
『マネージャー、やるんだってさ』
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