82 / 84
2.Yellow star jasmine
29
しおりを挟む
今はただ思ひ絶えなむとばかりを
人づてならで言ふよしもがな
『天皇のお姫様の恋人だったんだって。でも許されなくて、諦めなくちゃいけなくて、せめて最後に、自分で伝えたいって、そういう意味…かな。』
思わず、電話を切っていた。
手の平のスマートフォンをしばらく睨みつけてから、画面を落とし、ハーフパンツのポケットに入れた。
部屋を出て、両親の寝室に入る。今日は年度末で忙しいと、父親は休日出勤していなかったから都合が良い。
クローゼットの中にある五段重ねのチェストの二番目、父の下着が入っている引き出しを開ける。大体そこら辺にあるらしいと誰かが言っていたが、なるほどな、と思いながら、そこにあった箱の中身をポケットに突っ込んだ。
それからリビングを通って、キッチンの水屋の小さい引き出しを開けると、中に通帳や印鑑などを入れた箱が入っていた。その中に入れてある、家のものと同じメーカーの鍵を取り出して握りしめる。
―――ぽつん、と。
いつかのように、胸の中に黒いシミが落ちるように。
じわじわと染み出してくる暗い思いに駆り立てられるように、玄関を出た。
隣の家にもある、プライベートポーチを通って、たどり着いた玄関の扉に鍵を挿して回す。
カチリ、と。
音を立てて、苦も無く鍵が開いた。
ドアを開けて中に入り、後ろ手に閉めると、ガシャン、と結構な音がしたが、誰も出てこない。
廊下の先にあるリビングのドアは開け放たれていて、まだ明るい日差しが挿しているのがわかる。微かに風を感じながら近寄ってドアから見ると、スミがベランダの掃き出し窓から入ってくる所だった。
顔を上げたスミがこっちを見て、大きく目を見開く。その様子を見て、自然に、口角が上がった。
リビングに入り、持ってきた本を見せるように掲げて、スミから少し離れたキッチンのカウンターに置いた。
「何か、もらっていい?」
「あ、うん…」という返事を背中に聞きながら、冷蔵庫を開ける。
「炭酸、飲まねぇんじゃなかった?」
砂糖も何も入ってないそれは、運動をしている自分のために、いつも買ってくれていたものだ。まだ封が開いてないボトルを取って、栓を捻る。
「あ、うん…癖で」
つい…と、呟くように言ってから、スミが小さく聞いた。
「玄関、開いてた…?」
ゴクリと、きつい炭酸を飲み込んで、スミに視線を移す。戸惑いを隠さない瞳に笑みを返しながら、ポケットから“トーコさんち”と書かれたラベルの付いた鍵を取り出して、机の上に置いた。
―――スミに見えるように。
トーコさんが薬を飲んだ後、母は何かあったときの為にと頼み込んで、合鍵を交換していた。
「もう直ぐ家出るから挨拶しとこうと思ったんだよ。長い付き合いだったし。」
何でもない風に話しながら、視線を逸らしてソファに洗濯物を落としたスミの方へ向かって歩き出す。
一歩、スミに近付くたびに。
奥深い場所から暗い思いが染み出して、蔦のように体中に絡み付き、爪の先まで余すところなく覆い尽くしていく。
「寮にはいつ入るの?」
「来週だな。お陰で今、部屋ん中がすげえよ。断捨離とか意味わかんねぇ」
あぁ、それで―――と言いながら振り向いたスミが、目を見開いて微かにたじろいだ。その事に、仄暗い喜びが湧き上がる。
「あー、そうだ、それ。持って帰る?間違って頼んじゃったから…」
困った様に視線を泳がせ、逃げる様に脇をすり抜けようとしたスミの腕を掴んだ。ビクッと身体を強張らせて見上げてくるスミの頼りなげな顔に、自然と口角が上がる。
「怯えんなよ」
今更、だろ?
少し眉を上げながら首を傾げてやると、スミが力を抜いた。迂闊なヤツ。しかも強がりだ。
「怯えてないよ。ちょっと驚いただけ」
「そっか、なら、一個頼んでいい?」
「…頼み?」
「キスしたい」
手を伸ばして、スミの髪を撫で、指の背で頬に触れる。
微かに戸惑う瞳に、微笑みを返す。
「最後だから」
そう言うと、スミが一瞬瞳を揺らしてから、小さく頷いた。それを確認してから、そっと顔を寄せて、閉じられた唇に軽く口を押し当てて、離す。
瞬間、スミがほ…と息をついて、体の力を抜いた。
それを、見計らって。
腕を伸ばす。
背中に回して、細い体を抱きすくめる。
驚いて顔を上げたスミの唇を、かみつくように塞いで。
飢えた舌先で、それをこじ開けた。
スミが、悪い。
そう、心の中で呟いて。
人づてならで言ふよしもがな
『天皇のお姫様の恋人だったんだって。でも許されなくて、諦めなくちゃいけなくて、せめて最後に、自分で伝えたいって、そういう意味…かな。』
思わず、電話を切っていた。
手の平のスマートフォンをしばらく睨みつけてから、画面を落とし、ハーフパンツのポケットに入れた。
部屋を出て、両親の寝室に入る。今日は年度末で忙しいと、父親は休日出勤していなかったから都合が良い。
クローゼットの中にある五段重ねのチェストの二番目、父の下着が入っている引き出しを開ける。大体そこら辺にあるらしいと誰かが言っていたが、なるほどな、と思いながら、そこにあった箱の中身をポケットに突っ込んだ。
それからリビングを通って、キッチンの水屋の小さい引き出しを開けると、中に通帳や印鑑などを入れた箱が入っていた。その中に入れてある、家のものと同じメーカーの鍵を取り出して握りしめる。
―――ぽつん、と。
いつかのように、胸の中に黒いシミが落ちるように。
じわじわと染み出してくる暗い思いに駆り立てられるように、玄関を出た。
隣の家にもある、プライベートポーチを通って、たどり着いた玄関の扉に鍵を挿して回す。
カチリ、と。
音を立てて、苦も無く鍵が開いた。
ドアを開けて中に入り、後ろ手に閉めると、ガシャン、と結構な音がしたが、誰も出てこない。
廊下の先にあるリビングのドアは開け放たれていて、まだ明るい日差しが挿しているのがわかる。微かに風を感じながら近寄ってドアから見ると、スミがベランダの掃き出し窓から入ってくる所だった。
顔を上げたスミがこっちを見て、大きく目を見開く。その様子を見て、自然に、口角が上がった。
リビングに入り、持ってきた本を見せるように掲げて、スミから少し離れたキッチンのカウンターに置いた。
「何か、もらっていい?」
「あ、うん…」という返事を背中に聞きながら、冷蔵庫を開ける。
「炭酸、飲まねぇんじゃなかった?」
砂糖も何も入ってないそれは、運動をしている自分のために、いつも買ってくれていたものだ。まだ封が開いてないボトルを取って、栓を捻る。
「あ、うん…癖で」
つい…と、呟くように言ってから、スミが小さく聞いた。
「玄関、開いてた…?」
ゴクリと、きつい炭酸を飲み込んで、スミに視線を移す。戸惑いを隠さない瞳に笑みを返しながら、ポケットから“トーコさんち”と書かれたラベルの付いた鍵を取り出して、机の上に置いた。
―――スミに見えるように。
トーコさんが薬を飲んだ後、母は何かあったときの為にと頼み込んで、合鍵を交換していた。
「もう直ぐ家出るから挨拶しとこうと思ったんだよ。長い付き合いだったし。」
何でもない風に話しながら、視線を逸らしてソファに洗濯物を落としたスミの方へ向かって歩き出す。
一歩、スミに近付くたびに。
奥深い場所から暗い思いが染み出して、蔦のように体中に絡み付き、爪の先まで余すところなく覆い尽くしていく。
「寮にはいつ入るの?」
「来週だな。お陰で今、部屋ん中がすげえよ。断捨離とか意味わかんねぇ」
あぁ、それで―――と言いながら振り向いたスミが、目を見開いて微かにたじろいだ。その事に、仄暗い喜びが湧き上がる。
「あー、そうだ、それ。持って帰る?間違って頼んじゃったから…」
困った様に視線を泳がせ、逃げる様に脇をすり抜けようとしたスミの腕を掴んだ。ビクッと身体を強張らせて見上げてくるスミの頼りなげな顔に、自然と口角が上がる。
「怯えんなよ」
今更、だろ?
少し眉を上げながら首を傾げてやると、スミが力を抜いた。迂闊なヤツ。しかも強がりだ。
「怯えてないよ。ちょっと驚いただけ」
「そっか、なら、一個頼んでいい?」
「…頼み?」
「キスしたい」
手を伸ばして、スミの髪を撫で、指の背で頬に触れる。
微かに戸惑う瞳に、微笑みを返す。
「最後だから」
そう言うと、スミが一瞬瞳を揺らしてから、小さく頷いた。それを確認してから、そっと顔を寄せて、閉じられた唇に軽く口を押し当てて、離す。
瞬間、スミがほ…と息をついて、体の力を抜いた。
それを、見計らって。
腕を伸ばす。
背中に回して、細い体を抱きすくめる。
驚いて顔を上げたスミの唇を、かみつくように塞いで。
飢えた舌先で、それをこじ開けた。
スミが、悪い。
そう、心の中で呟いて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる