雨に薫る

はなの*ゆき

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2.Yellow star jasmine

芒種①

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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 電話が鳴ったのは、丁度電車に乗った所だった。

 メッセージじゃなくて、直接かけてくる所がらしいよなぁ…と思いながら、出ずに切って後からかけるとメッセージを送る。乗り物乗ってるからって言っても怒るヤツは怒るだろうけど、進藤に限ってそれはない。

 良いヤツなんだよ、ホントに。

 だからこそ、あんな顔させる彼女が許せなかった。





 じいちゃんがボケてると気付いたのは俺だった。

 ばあちゃんが死んで、なんかいっつもボーッとしてんなとは思ったけど、所謂“認知症”になってるとはうちの誰も思ってなかった。
 きっかけはやっぱり将棋で。
 毎週楽しみに見てた番組を見なくなってるな…と気が付いて声をかけた。

「じいちゃん、将棋見ねえの?」
「……」
「じいちゃん?」

 おかしいな…と思って肩を叩くと、じいちゃんはゆっくりと俺に顔を向けて、なのに何も言わずまた庭に視線を戻した。その時の顔が、視線が、「誰だ?」と言ってて、泣きたい気持ちになったのを今でも覚えてる。

 最初のうちは時々、ぼけてる?ぐらいだったじいちゃんは、それが段々続くようになり、そのうち、ずーっとボケてるけど、たまに回路が繋がるようにちゃんと話してくれる…ってレベルになった。
 そうして、共働きの両親は、じいちゃんを施設に入れることに決めた。
 俺と妹も学校あるし、一人でいるときに徘徊されたら困るから、という理由だった。
 俺はじいちゃんっこだったから、仕方ないとわかっててもやり切れない。
 施設の人から将棋指してる時は楽しそうだと聞いて相手出来っかなと本は買ってみたものの、訳わかんねぇ…と頭を悩ませていた時だった。



「おい、瀬戸」

 驚いて顔を上げると、前の席に座っていつも盛大に(?)俺の視界を遮ってくれているヤツが手に持ったプリントをこっちに差し出していた。デカイ上に無表情がデフォルトのコイツは、とにかく威圧感がスゴイ。

「あ、ゴメン…」
「お前、“桂馬”ならちゃんと前向いとけよ。」

 その言葉に驚いた。

 俺の名前はじいちゃんの好きな駒から取ったものだ。
 前にしか進めない。でも駒の中で唯一他の駒を飛び越える事が出来て、敵陣に入ると金になる、駒。

 他者を飛び越えてでも出世して大成しろ―――という意味だったかどうかは、もう今になってはわからんけど。

「え、進藤、将棋やんの?」
「いや」

 即答かよ―――速攻打ち砕かれた希望に撃沈すると、進藤が首を傾げた。

「将棋部にでも入ったのか?」
「えっ、ここ将棋部あんの?」
「いや、知らんけど。」

 何じゃそりゃ~っっ!!

 盛大に突っ込むと、進藤が笑った。
 俺が女だったら、即落ちしたと思う。そんぐらいいい笑顔だった。

「ガキん頃、“山崩し”ってのをした事があんだよ。そん時に教えてもらった。」
「あー、俺もじいちゃんとしたわ」

 将棋の駒を山の様に盛り上げて、音を立てない様に将棋盤から出すというそのゲームは、駒によって得点が違う。
 そのついでに駒について教えてくれる…というのはあるあるなんだろう。

「そういや、大きくなったら将棋教えてくれるって約束してたな…」
「そうなん?てか、なんで結局して「死んだからな」」

 サラッと言われて黙り込んだ。
 えっ、その人とはどーいう関係なん?と、聞いていいものやらどうやらわからない俺の前で、進藤は何処か遠くを見る様な目をした。

 正直、驚いた。

 こんな顔するヤツなんて、今まで見た事無い。いや、だってまだ中学生なんだし。

 話してみると、進藤は変わってる…というか、思ってたのと違うヤツだった。
 何しろコイツは目立つ。クラスん中でもダントツで、女子人気も高い。
 神田と2人、野球部のレギュラーで背え高くてイケメンとくれば、所謂勝ち組ってヤツだ。
 それに引き替え身体も貧弱でメガネかけてる俺は、絵に描いたような陰キャモブだ。
 だから生きる世界が違う…なんて思ってたのに、気がつくと何か友達ダチんなってたから、縁っていうのは不思議だと今でも思う。

 一緒に本読んで、じいちゃん対策すんのは楽しかった。じいちゃんも喜んでくれてたから尚更。
 でも、もうすぐ冬になろうかって頃、じいちゃんは死んでしまった。

 ―――じいちゃん危篤
    病院行ってくる

 なんて、昭和の電報みたいなメッセージに呆然とする俺の背中を押して、職員室に連れてってくれたのも進藤だった。

 最期の最後。

 ずっと意識不明だったのに、じいちゃんはカッ・・と目を見開いて俺を見た。
 必死で起き上がろうとしながら、ハクハクと動いた口から、何の声も聞こえてはこなかったけど。
 そのまま目を閉じて、穏やかに息を引き取ったじいちゃんは、もしかしたら俺の事を思い出してくれたのかもしれない。

 そう思えたのも進藤のおかげだ。

 部活引退して時間出来たから、じいちゃんと対戦しに行こう、なんて。
 そうやって一緒に会いに行ってくれる、そんなヤツ、俺が女だったら以下略だ。
 恩を返す、なんていうと大袈裟だけど、それでもアイツの為に何かしてやりたいと思うのはおかしな事じゃないと思う。

 だからだろうか、どうにも“ミヤマサン”の動向が気になってしょうがなかった。


 深山佳淑ミヤマカスミ―――進藤の幼なじみ。

 彼女は、華奢と言えば聞こえが良い、折れそうに細い体付きと、色白な肌に、少し垂れ気味の大きな瞳が庇護欲を唆るとかで、一部で人気があった。…あくまでも一部だ。
 女子の噂話を総合したカンジ、小学生ガキん時に父親が死んでて、それ以来進藤が保護者よろしく世話して構ってた…らしい。
 正直、俺だったら男に依存する様な女なんて、まっぴらゴメン(単純にそれ以前という話でもあるが)だけど、まあ好みは人それぞれだし俺が口出す事じゃないと思ってた。

 それなのに、なんだか酷く拗れて、結局2人は離れ離れになって今に至っている。

 3年の終わり頃はホントに酷かった。寝てないんじゃ無いかってぐらい、顔色悪いしずーっとボンヤリしてて、認知を疑ったぐらいだ。
 それでも成陵の進学コースに受かっちゃうあたりは、流石だとは思うけど。

 2人が結局どういう仲で、どうしてそうなったのか、何となく聞く事は出来なかった。そういうオーラを進藤が出してたせいもある。

 でもちょっと、いやかなり、進藤が成陵に行く事になったのは残念だった。これだけ忌憚なく話せる相手なんて、そうそう出会う事なんて無いと思うと、ホントマジで。
 おかげでせっかく合格したのになんかあまり嬉しくないし、入学してからもくさくさしてた。

 それなのに“ミヤマサン”は、進藤が成陵行きを決めたのに、自分はのうのうと長篠受けて合格した挙句、何だか知らんけど神田にまで粉かけてる。
 早速次を捕まえようって事か?!

 ―――そんなカンジで、彼女への印象は俺史上最悪を更新していたのだった。
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