三日夜の恋

はなの*ゆき

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一夜目

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「―――で?」

 実に愉しそうな顔で聞いてくる主上あるじに冷たい視線を返すと、帝はやれやれとわざとらしく肩を竦めた。
「少将、まさか、かの姫君にもそんな顔してみせたんじゃないだろうね?」

 ここは宮中、帝が政務を執り行う昼の御座所である。
 朝一番の執務を終えて、一休みするべく、侍女が茶を入れて下がったところだが、他に誰もいないのを良いことに、どうでもいい雑談を始めるのは止めて欲しい。
 
「せっかく、“月冴ゆる君”と結婚しようなんて強者が現れてくれたというのに、そんな顔をしていたら怖がられてしまうんじゃないのかい?」
「この顔は生まれつきです。―――それより、いい加減その呼び方やめてもらえますか?」
「いいじゃないか、“仏頂面”も物は言い様だよ。」

(良くねえよ―――)

 と、流石にこれ・・は心の中で突っ込んだ。

 2つ違いのこの帝は、何故だか自分のことをえらく気に入っているらしい―――ハッキリ言って迷惑この上ないが。
 去年宮中で行われた賭弓のりゆみの試合で、相手方だった左大臣の息子に圧勝したのが不味かった、と、つくづく思う。
 相手が相手なだけに、誰も組みたがらなかったから引き受けたのだが、正直、下手にも程があるという腕前で、負けることの方が難しかったから仕方ない―――というのはまあ建前だが。
 当然の事ながら、父である左大臣の顔は引き攣り、周りの公卿達えらいさんも青ざめていたが、元々出世欲も無いので、その時は全く気にしなかった。

 だが翌日、帝の御前に呼び出されるや、急な配置転換を申し渡されるハメになった。それまでは都の治安を護る衛門府の次官だったのだが、帝の親衛隊である近衛府に配属された挙げ句、帝の秘書という名の雑用係―――蔵人まで兼任させられた・・・・・のだ。
 衛門府にいる時は毎日騎乗して街中を警邏したり、いざという時のために剣を振るって稽古をしたりと、自分的に充実した日々を送っていたのに、屋内に詰めさせられて、面倒な主上の相手をさせられるなんて、仏頂面にもなってしかるべしだと思う。

 そこへ、今回のこの結婚だ。
 元々、帝は彼女の入宮には消極的だったから、所謂“渡りに舟”というヤツだったに違いない。

 まあ、こちらもちょうど都合が良かったのではあるが、それにしても想定外の結婚になってしまったと思う。


 まさか、夜だけ、男になってしまう姫君―――なんて。



 もちろん、そんな荒唐無稽な話、信じるはずも無かった。
 姫君はいわゆる“脇腹”で、大臣父親と同居している奥方の子供では無かったから、姫君の母親が夫の愛情を繫ぎ留めるために“男”を“女”だと偽ったのだろう―――そう考えるのが普通だ。

 貴族の中でも公卿と呼ばれる、いわゆる閣議に参加する資格を有する貴族の野望は、娘を帝の妃として後宮に入れ、次代の帝となるべく皇子を産ませる事にある。
 帝の外祖父となれば、国の権力を掌握出来るからだ。
 だから皆娘を欲しがるのだが、生憎その奥方は男子しか産むことが出来なかったのだろう。
 
 確かに美しい人ではあった―――と思う。
 顔立ちのみに限定して言えば、整っていると言えるだろう。

 月明かりに照らし出された白い顔を思い出す。
 夜目にもわかるほどに青ざめながらも、真っ直ぐにこちらを見返していた、真摯な眼差し。
 相当な覚悟を持った上での決断だったのだろう事は、想像に難くない。
 なにしろ昨夜は初夜で、当然ながら花婿は、そのつもりで姫君の寝所を訪れているのである。
 それなのに、花嫁が女でなかった・・・・・・となれば、どうなるか。相手によっては、寝所を飛び出し騙されたと騒がれてもおかしくない事は、考えるまでもない。

 その相手が何故自分だったのかは今もってわからないが、彼女(?)のその真剣な顔に免じて、ひとまずその場は引き下がった。

 自身の屋敷に戻り、慣例通り文を認めた後で、不意に、会いに行ってみようと思ったのは、おそらく気まぐれだったように思う。

 本来であれば、三日夜を過ぎて正式に結婚が成立するまで、日中、花嫁に会う事は出来ない。 
 文使いを装って、姫君の部屋近くまで行く事に成功はしたものの、そこまでだろうと思っていた。通常、身分の高い姫君の近くには、大勢の侍女が仕えているものである。
 だが、直接返事をとの要求に応えてくれた侍女の案内で訪れた姫君の部屋は、昨夜も思った事だが、主殿から遠く離れた場所にあり、よく言えば静かな、悪く言えば閑散としている……という表現がぴったりだった。
 建物の外側に巡らされた廊下を行きかう人影もなく、妻戸を開けて中に入っても、人の気配が感じられない事に驚く。
 内部を間仕切るとばりを掻き分けて奥に進むと、ほのかな空薫物の香りが漂う場所に、姫君らしき女人が一人、脇息ひじかけにもたれながら、物憂げに佇んでいた。

 昨夜の彼女・・は。
 張り詰めた糸のような緊張感を体全体に漲らせ、鬼気迫る眼差しで、真っ直ぐにこちらを見返しながら、だがはっきりとした口調で言った。
 どうか、お助け下さい―――と。

 だがどうだろう。
 今そこにいる女人ひとは、今にも儚く消えてしまう朝露のような風情で、ため息をついていた。

 まさか、本当に―――?

 殆ど無意識だった、と思う。
 音を立てないように忍び寄り、腕の中に囲い込むと、小さな体がぶるりと震えた。
 女らしい甘い髪の薫りを吸い込みながら、襟元の合わせ目から手の平を差し入れたのは、衣越しでは判別出来ないと思ったからだろうか?

 するり、と撫で下ろした手の平に、確かな膨らみ。
 下から掬い上げるようにそれを掴み、吸い付くようにきめの細かい肌を指の腹で確かめると、先端が硬さを帯びて形を作った。
 途端に、強く抵抗するように身じろぎをされて我に返り、彼女を開放した。
 
 一瞬、倒れ込むように体を傾げた姫君が、大きく息を付いて、顔を上げる。

 さっきのような儚さなどまるで無い、強く詰る眼差しに。


 ―――面白い。


 思わず、笑みが零れた。
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