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27話 メイドだって一家を支えてる!
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後始末から更に2週間が経ち、ようやく生活も元通りになったのを実感する。
紅葉が始まり、ルエーリヴはすっかり秋色に染まっていた。男爵領、子爵領の方では、もう少し色付いているかもしれない。
前の戦いで耐性上げをサボっていたことがバレたので、日常の訓練にニガマズイ毒薬を飲むことで様々な耐性を育てるのが追加されたりもした…
今日はようやく苦行からも解放され、晴れ晴れとした気持ちで外出している。
「このミニ串が地元でも評判良いようでして。」
「悔しいですが、オラベリアの労働者にも人気なんですよね。」
「やっぱり安い、手軽、美味しいのはどこでも売れますわね。」
公園に備え付けられた石製の丸テーブルに様々な味付けのミニ串を広げ、イグドラシル水で喉を潤しながらソニア様、クレアさん、リリ様が楽しそうに過ごしている。
この3人、とても気が合うようで時間が合えば頻繁にこうして『お喋り会』や、『勉強会』を開いたりしていた。色々と用事が重なり、ようやく私がお世話をする機会が訪れたのである。
「発案したハルカ様も喜びますよ。」
「冬までに北部へ進出だって息巻いてましたわよ。」
「エディアーナ商会から足掛かりにするって打診があったそうですし。」
「商魂逞しいですね。私もそれに助けられましたけど。」
イグドラシル水を注ぎ足しながら私も加わった。
流行に対する世代差はあまり感じないのでついていける!
喫茶店だけでなく、甘味のファストフード店も色々ある中でミニ串を選ぶのは一家らしいけど。
「貯金が足りないって泣きついたと聞きましたが。」
「うっ」
リリ様に痛いところを突かれる。
情報の出元はユキさんだろうか?他に思い当たらないし…
「大金貨10枚ほど…」
「えぇ…」
「全然足りてないじゃないですか…」
「いえ、それでも2割くらいなので…」
スラム以外ではほぼ使われないが、最低額の小銅貨を1円とすると10億だ。
私の出版物は「広く安く」がモットーなので儲けが少ない。エディアーナ商会に確認したところ、10年以上掛けて絵で稼いだ額は、(後進の作品の買い漁りにかなり投資はしたけど)私の貯金の4割程度だったようだ。
数えられる程度しか同行していないイグドラシル踏破が、いかに儲かってしまったのかよく分かる…
大陸最高級の素材は踏破者が続いても値段は高いままで、冒険者のビッグドリームはまだまだ終わりそうもない。
「【古律守護派】のその後について聞いていますか?」
「どうなりました?」
気になるので、私も空いている場所に座る。
カトリーナさんが性格矯正から戻ってきたのは知っているが、タイミングが悪くてまだ詳しい話を聞けていない。
「【ブレイド・オーダー】は解体されて、【聖十二剣士】は追放処分。【ロッド・セクト】も事件に関わった人間は収監され、痛いお咎めを受けている最中です。」
なかなかの大掃除になってしまったようだ。
しかし、追放処分となるとあの絵描きの行方が気になる。
「追放処分といっても事件への関与の度合いによって違いがあります。積極的に都市へ害を及ぼしたのは、スキル封印の印を身体に施されたそうですよ。」
「実質、死刑じゃないですか……」
「まあ、そうなんですけど、都市に入れなくても5年以上生き延びた実例もありますから。」
「あー…」
ユキさんの顔が思い浮かぶ。
良くも悪くも、それが死刑ではないという建前に利用されてしまったようだ…
「アクアは絵描きが気になると思いますが、」
「どうなりました?」
「何者かに殺されましたよ。まあ、法は許しても、という事ですね。」
「そう、ですか…」
変わらぬトーンで話を続けるリリ様だが、私はなんとか声を搾り出す。
無念だ。私にもライバルが出来たと思ったのに…
「というのは建前です。」
「えっ?」
「【第十二剣】はこれまで表に出たことがありませんし、誰も顔を知らないので【ロッド・セクト】から共犯者が身代わりとして提供されたそうですよ。罪も『メイド一人に軽傷を負わせた』程度ですから。」
「おぉ…おぉ?」
それなのに追放処分?というのが頭を過ぎる。罪と刑が釣り合っていないようだが…
「組織としてこれまでの余罪が多すぎたのです。魔王陛下に対し、これまで反抗してきた報復ですからね。それを清算する良い機会でしたし。
あ、絵描きは子爵の元で名を変えて働いているみたいですよ。安心してください。」
リリ様のフォローにホッとする。子爵様はちゃんと私の要望を聞き入れてくれたようだ。元々の名前も知らないけど。
事件の責任の方は、派閥が負わされたということか。
そこはもう政治の世界になってくるので、私の頭と手には負えそうもない…
「一家が動いていたのも『赤い竜』でバレてましたし、山と森から『どうなってんだ?』という問い合わせがあったのも効いてますね。河川工事によって、子爵領は重要な道となってしまったので。」
「あー…」
言われて納得する。
賑わい始めた最中の事件で、陛下も対処しない訳にはいかなくなったのだろう。
「割高な請求も諸々の隠し事の対価でしょう。ですが、完全にぼられましたね。」
「えっ!?」
あの古狸めぇ…やっぱり好きになれない!
「ですが、窓口のエディアーナ商会の方が一枚上手でした。一家が権利を持つ魔導具や本、工具や部品などをしばらく優先して取り扱うことを支払いの条件に組み込んだのですから。」
「えっ…?」
「一家に大損はさせられないということですわね。バニラ様が多額の費用を払うハメになった時も、商会総出で相手を困らせたそうですわよ。」
「おぉう…」
一家の後ろ盾が怖すぎる。
政治面ではエルフの総領様、軍事面では最強と名高い南部の伯爵様、経済面では大陸の富の3割を占めていると言われているエディアーナ商会。
何かあればこの大物らが黙っちゃいない。旦那様も色々と慎重になられるわけだ…
「子爵様が成果を喧伝するとは思えませんが、その臣下の口が固いとは限りませんからね。」
「口外したら各地の商人から啄まれますわよ。」
「うちの領地は問題が小さくて良かったです…」
「あはは…」
あの河川工事は大事業だったと思うけど、クレアさんも一家に染まってしまってないか?
将来、領地経営をする人なだけに不安である…
「それはそうとアクア。」
「はい?」
リリ様に意味深な表情で呼ばれる。私、何かしてしまっただろうか?
「あの時のこと、謝らなくて良いのですか?」
「あっ」
レッドを召喚した時のことだろう。
戦後はバタバタしてそれどころじゃなかったし、帰りはぐっすり寝てしまったし、お茶会にも参加できなかったし…
立ち上がり、クレアさんに向かって深々と頭を下げる。
「その節は大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。」
「いえ、迷惑だなんて…わたくしの方が、足手まといだったと思ってましたから。」
「そんなことありませんよ。私だけじゃライトクラフトを着けられませんでしたし、クレアさんに名前を呼ばれなければあのままおかしくなったかもしれません。」
もしも、あのまま戦いの熱に呑まれていたら、魔力と血以上の代償を払っていたかもしれない。
「わたくしもちょっとだけ支えられたでしょうか?」
「クレアさん…っ!」
「あ゙ぁぁーっ!!潰れる!!潰れたクリームパンになっちゃいますから!!」
全速力で椅子ごと抱き締めると、そんなことを言われてしまう。ついにバニラ様以外に言う人が出てくるとは…
「ああっと、それとこれも。」
「えっ!?」
私が描いた渾身の姿絵に、クレアさんが驚く。
「これって…」
「旅装束の印象が強くてこんな絵ですが、クレアさんです。」
「大事にしますね!」
そう言うと、亜空間収納の機能がついた鞄にゆっくりとしまう。額縁は安物だから、そんな恐る恐る扱わなくて良いのに。
クレアさんから離れて席に戻ると、他のお二人がニヤニヤしていた。
どうやら私はそういう趣味嗜好だと思われているらしい。かわいい女の子も好きだけど、カッコいい男の人も好きですからね?
「私たちも離れてしまいましたが、カトリーナさんがいなくなっていたのが本当に痛かったですね。」
あの後、すぐスリを捕まえたそうだが、魔物の大発生に遭い、更に聖十二剣士を2人も捻じ伏せていてはカトリーナさんでもすぐには戻ってこられない。…いや、単独で2人も捻じ伏せてるだけに、あの方はメイドの形をしたバケモノに違いない。
「声に出てますよ。ココだけの話にしておきますね。」
「あっ」
慌てたリリ様から囁くように言われるが、ソニア様は微妙な表情を、クレアさんは苦笑いを浮かべている。
みんなだいたいそんな評価で間違いないらしい。
「やー!やっと見つけましたよ!」
私たちはギョッとして、聞き慣れない声の方へと顔を向ける。
現れたのは子狸…ではなく、子爵様の三男ではないか!
なんでこんな所に?
「どうされましたか?たしか、子爵領に住まわれていたはずでは…?」
驚いた様子でクレアさんが言う。
「実は3週間前からこちらに住んでいまして、今日ようやく正式にルエーリヴ魔法学園に編入が決まったのですよ。」
『な、なんですってー!?』
私、リリ様、ソニア様の声が揃ってしまう。
これは今後のクレア様の動向が見逃せない。
これまでとこれからの話を聞き、先行きに期待と不安を抱く私たち。それでも、若い2人の前途は明るいと信じ、生暖かい目で見守ることにしたのだった。
「大変…大変だった……」
夜、ベッドに身体を投げ出して、激動の1ヶ月を頭の中で振り返り、思わず言葉が漏れてしまった。
「アクアはまだ落ち着かない?」
「メイプルもでしょ?」
念入りに肌の手入れをしながら同室のメイプルが言う。
スキンケアをするのは外見が商売に直結する人以外には見られない。
ちなみに、その諸々の道具は一家の様々な人たちの成果で、メイプルは広告塔だったりもする。
「私はただ楽しくやらせてもらったからね。収穫祭も大盛況だったし。」
「行けなくてごめんね…」
「大変だったのは分かってるし、その分、サンドラとハンナが頑張ってくれたから。大怪我したって聞いた時は3人で心配したんだよ。」
「心配してくれてありがと。」
「アイドルしながらアクアの代わりは務められないからね。」
「ですよねー」
メイプルも転生してディモスになっている。角の手入れが必要だけど、やはり芸術系はディモスが良い。感情を素直に表現したいタイプは特にだ。
メイプルには心のままパフォーマンスをしてもらいたいだけに、私も代わりなんてさせたくない。推しの枷になんてなりたくない!
「まだ起きてましたね。」
「ごめんなさい!もう寝ます!」
「なんで謝るのですか。そんな事で叱りませんよ。」
突然、影から現れたカトリーナさんに、正座をして反射的に謝ってしまう。
こういう時、叱られないのは分かっているのに…
「せめてこっちを向きなさい。」
「あ、はい…」
壁に向けてしまっていた身体をカトリーナさんの方に向け、改めて話を聞く姿勢になった。
「一家に対して指名依頼が入りました。アクア、また男爵領と子爵領に行く事になりますよ。」
「えぇ…」
「クレアさんと会うのがそんなに嫌でしたか。それなら…」
「大丈夫です!私、行けます!痛いのじゃなければ!」
「それはあなた次第ですね。」
「おぉぅ…」
きっとまた護衛役だぁ…
まあ、クレアさんのなら喜んで引き受けるけど。
「今度はメイプルもですよ。」
「え?」
「子爵、男爵から連名で年末ライブの依頼だそうです。」
『おぉー!』
歓喜の声を上げる私たち。
それは領地の安定と平穏の証であり、いざこざから解放された証である。それを喜ばないはずがない!
「今年の年末は忙しくなりますよ。今から覚悟しておくように。」
『はーい。』
こうして、一月に及んだ大変な依頼は無事に解決した。
厳しい冬を迎えることになるが、きっと男爵領は無事に乗り越えられるだろう。
種族間の大きな戦争は無くなっても、まだ危うい均衡の上の平和なのだと実感する依頼でもあった。一家の皆様が日々奔走し続けている理由も、だからこそかもしれない。
世界は広く、未だ未知と不安に満ちている。
この地の人々の一助になろうと活動するのが、今のヒガン一家。
ついていくのは大変だが、楽しいことの方が多い。ささやかでも、私の力だって一家を支えていると信じ、賑やかな日々を過ごすのだった。
紅葉が始まり、ルエーリヴはすっかり秋色に染まっていた。男爵領、子爵領の方では、もう少し色付いているかもしれない。
前の戦いで耐性上げをサボっていたことがバレたので、日常の訓練にニガマズイ毒薬を飲むことで様々な耐性を育てるのが追加されたりもした…
今日はようやく苦行からも解放され、晴れ晴れとした気持ちで外出している。
「このミニ串が地元でも評判良いようでして。」
「悔しいですが、オラベリアの労働者にも人気なんですよね。」
「やっぱり安い、手軽、美味しいのはどこでも売れますわね。」
公園に備え付けられた石製の丸テーブルに様々な味付けのミニ串を広げ、イグドラシル水で喉を潤しながらソニア様、クレアさん、リリ様が楽しそうに過ごしている。
この3人、とても気が合うようで時間が合えば頻繁にこうして『お喋り会』や、『勉強会』を開いたりしていた。色々と用事が重なり、ようやく私がお世話をする機会が訪れたのである。
「発案したハルカ様も喜びますよ。」
「冬までに北部へ進出だって息巻いてましたわよ。」
「エディアーナ商会から足掛かりにするって打診があったそうですし。」
「商魂逞しいですね。私もそれに助けられましたけど。」
イグドラシル水を注ぎ足しながら私も加わった。
流行に対する世代差はあまり感じないのでついていける!
喫茶店だけでなく、甘味のファストフード店も色々ある中でミニ串を選ぶのは一家らしいけど。
「貯金が足りないって泣きついたと聞きましたが。」
「うっ」
リリ様に痛いところを突かれる。
情報の出元はユキさんだろうか?他に思い当たらないし…
「大金貨10枚ほど…」
「えぇ…」
「全然足りてないじゃないですか…」
「いえ、それでも2割くらいなので…」
スラム以外ではほぼ使われないが、最低額の小銅貨を1円とすると10億だ。
私の出版物は「広く安く」がモットーなので儲けが少ない。エディアーナ商会に確認したところ、10年以上掛けて絵で稼いだ額は、(後進の作品の買い漁りにかなり投資はしたけど)私の貯金の4割程度だったようだ。
数えられる程度しか同行していないイグドラシル踏破が、いかに儲かってしまったのかよく分かる…
大陸最高級の素材は踏破者が続いても値段は高いままで、冒険者のビッグドリームはまだまだ終わりそうもない。
「【古律守護派】のその後について聞いていますか?」
「どうなりました?」
気になるので、私も空いている場所に座る。
カトリーナさんが性格矯正から戻ってきたのは知っているが、タイミングが悪くてまだ詳しい話を聞けていない。
「【ブレイド・オーダー】は解体されて、【聖十二剣士】は追放処分。【ロッド・セクト】も事件に関わった人間は収監され、痛いお咎めを受けている最中です。」
なかなかの大掃除になってしまったようだ。
しかし、追放処分となるとあの絵描きの行方が気になる。
「追放処分といっても事件への関与の度合いによって違いがあります。積極的に都市へ害を及ぼしたのは、スキル封印の印を身体に施されたそうですよ。」
「実質、死刑じゃないですか……」
「まあ、そうなんですけど、都市に入れなくても5年以上生き延びた実例もありますから。」
「あー…」
ユキさんの顔が思い浮かぶ。
良くも悪くも、それが死刑ではないという建前に利用されてしまったようだ…
「アクアは絵描きが気になると思いますが、」
「どうなりました?」
「何者かに殺されましたよ。まあ、法は許しても、という事ですね。」
「そう、ですか…」
変わらぬトーンで話を続けるリリ様だが、私はなんとか声を搾り出す。
無念だ。私にもライバルが出来たと思ったのに…
「というのは建前です。」
「えっ?」
「【第十二剣】はこれまで表に出たことがありませんし、誰も顔を知らないので【ロッド・セクト】から共犯者が身代わりとして提供されたそうですよ。罪も『メイド一人に軽傷を負わせた』程度ですから。」
「おぉ…おぉ?」
それなのに追放処分?というのが頭を過ぎる。罪と刑が釣り合っていないようだが…
「組織としてこれまでの余罪が多すぎたのです。魔王陛下に対し、これまで反抗してきた報復ですからね。それを清算する良い機会でしたし。
あ、絵描きは子爵の元で名を変えて働いているみたいですよ。安心してください。」
リリ様のフォローにホッとする。子爵様はちゃんと私の要望を聞き入れてくれたようだ。元々の名前も知らないけど。
事件の責任の方は、派閥が負わされたということか。
そこはもう政治の世界になってくるので、私の頭と手には負えそうもない…
「一家が動いていたのも『赤い竜』でバレてましたし、山と森から『どうなってんだ?』という問い合わせがあったのも効いてますね。河川工事によって、子爵領は重要な道となってしまったので。」
「あー…」
言われて納得する。
賑わい始めた最中の事件で、陛下も対処しない訳にはいかなくなったのだろう。
「割高な請求も諸々の隠し事の対価でしょう。ですが、完全にぼられましたね。」
「えっ!?」
あの古狸めぇ…やっぱり好きになれない!
「ですが、窓口のエディアーナ商会の方が一枚上手でした。一家が権利を持つ魔導具や本、工具や部品などをしばらく優先して取り扱うことを支払いの条件に組み込んだのですから。」
「えっ…?」
「一家に大損はさせられないということですわね。バニラ様が多額の費用を払うハメになった時も、商会総出で相手を困らせたそうですわよ。」
「おぉう…」
一家の後ろ盾が怖すぎる。
政治面ではエルフの総領様、軍事面では最強と名高い南部の伯爵様、経済面では大陸の富の3割を占めていると言われているエディアーナ商会。
何かあればこの大物らが黙っちゃいない。旦那様も色々と慎重になられるわけだ…
「子爵様が成果を喧伝するとは思えませんが、その臣下の口が固いとは限りませんからね。」
「口外したら各地の商人から啄まれますわよ。」
「うちの領地は問題が小さくて良かったです…」
「あはは…」
あの河川工事は大事業だったと思うけど、クレアさんも一家に染まってしまってないか?
将来、領地経営をする人なだけに不安である…
「それはそうとアクア。」
「はい?」
リリ様に意味深な表情で呼ばれる。私、何かしてしまっただろうか?
「あの時のこと、謝らなくて良いのですか?」
「あっ」
レッドを召喚した時のことだろう。
戦後はバタバタしてそれどころじゃなかったし、帰りはぐっすり寝てしまったし、お茶会にも参加できなかったし…
立ち上がり、クレアさんに向かって深々と頭を下げる。
「その節は大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした。」
「いえ、迷惑だなんて…わたくしの方が、足手まといだったと思ってましたから。」
「そんなことありませんよ。私だけじゃライトクラフトを着けられませんでしたし、クレアさんに名前を呼ばれなければあのままおかしくなったかもしれません。」
もしも、あのまま戦いの熱に呑まれていたら、魔力と血以上の代償を払っていたかもしれない。
「わたくしもちょっとだけ支えられたでしょうか?」
「クレアさん…っ!」
「あ゙ぁぁーっ!!潰れる!!潰れたクリームパンになっちゃいますから!!」
全速力で椅子ごと抱き締めると、そんなことを言われてしまう。ついにバニラ様以外に言う人が出てくるとは…
「ああっと、それとこれも。」
「えっ!?」
私が描いた渾身の姿絵に、クレアさんが驚く。
「これって…」
「旅装束の印象が強くてこんな絵ですが、クレアさんです。」
「大事にしますね!」
そう言うと、亜空間収納の機能がついた鞄にゆっくりとしまう。額縁は安物だから、そんな恐る恐る扱わなくて良いのに。
クレアさんから離れて席に戻ると、他のお二人がニヤニヤしていた。
どうやら私はそういう趣味嗜好だと思われているらしい。かわいい女の子も好きだけど、カッコいい男の人も好きですからね?
「私たちも離れてしまいましたが、カトリーナさんがいなくなっていたのが本当に痛かったですね。」
あの後、すぐスリを捕まえたそうだが、魔物の大発生に遭い、更に聖十二剣士を2人も捻じ伏せていてはカトリーナさんでもすぐには戻ってこられない。…いや、単独で2人も捻じ伏せてるだけに、あの方はメイドの形をしたバケモノに違いない。
「声に出てますよ。ココだけの話にしておきますね。」
「あっ」
慌てたリリ様から囁くように言われるが、ソニア様は微妙な表情を、クレアさんは苦笑いを浮かべている。
みんなだいたいそんな評価で間違いないらしい。
「やー!やっと見つけましたよ!」
私たちはギョッとして、聞き慣れない声の方へと顔を向ける。
現れたのは子狸…ではなく、子爵様の三男ではないか!
なんでこんな所に?
「どうされましたか?たしか、子爵領に住まわれていたはずでは…?」
驚いた様子でクレアさんが言う。
「実は3週間前からこちらに住んでいまして、今日ようやく正式にルエーリヴ魔法学園に編入が決まったのですよ。」
『な、なんですってー!?』
私、リリ様、ソニア様の声が揃ってしまう。
これは今後のクレア様の動向が見逃せない。
これまでとこれからの話を聞き、先行きに期待と不安を抱く私たち。それでも、若い2人の前途は明るいと信じ、生暖かい目で見守ることにしたのだった。
「大変…大変だった……」
夜、ベッドに身体を投げ出して、激動の1ヶ月を頭の中で振り返り、思わず言葉が漏れてしまった。
「アクアはまだ落ち着かない?」
「メイプルもでしょ?」
念入りに肌の手入れをしながら同室のメイプルが言う。
スキンケアをするのは外見が商売に直結する人以外には見られない。
ちなみに、その諸々の道具は一家の様々な人たちの成果で、メイプルは広告塔だったりもする。
「私はただ楽しくやらせてもらったからね。収穫祭も大盛況だったし。」
「行けなくてごめんね…」
「大変だったのは分かってるし、その分、サンドラとハンナが頑張ってくれたから。大怪我したって聞いた時は3人で心配したんだよ。」
「心配してくれてありがと。」
「アイドルしながらアクアの代わりは務められないからね。」
「ですよねー」
メイプルも転生してディモスになっている。角の手入れが必要だけど、やはり芸術系はディモスが良い。感情を素直に表現したいタイプは特にだ。
メイプルには心のままパフォーマンスをしてもらいたいだけに、私も代わりなんてさせたくない。推しの枷になんてなりたくない!
「まだ起きてましたね。」
「ごめんなさい!もう寝ます!」
「なんで謝るのですか。そんな事で叱りませんよ。」
突然、影から現れたカトリーナさんに、正座をして反射的に謝ってしまう。
こういう時、叱られないのは分かっているのに…
「せめてこっちを向きなさい。」
「あ、はい…」
壁に向けてしまっていた身体をカトリーナさんの方に向け、改めて話を聞く姿勢になった。
「一家に対して指名依頼が入りました。アクア、また男爵領と子爵領に行く事になりますよ。」
「えぇ…」
「クレアさんと会うのがそんなに嫌でしたか。それなら…」
「大丈夫です!私、行けます!痛いのじゃなければ!」
「それはあなた次第ですね。」
「おぉぅ…」
きっとまた護衛役だぁ…
まあ、クレアさんのなら喜んで引き受けるけど。
「今度はメイプルもですよ。」
「え?」
「子爵、男爵から連名で年末ライブの依頼だそうです。」
『おぉー!』
歓喜の声を上げる私たち。
それは領地の安定と平穏の証であり、いざこざから解放された証である。それを喜ばないはずがない!
「今年の年末は忙しくなりますよ。今から覚悟しておくように。」
『はーい。』
こうして、一月に及んだ大変な依頼は無事に解決した。
厳しい冬を迎えることになるが、きっと男爵領は無事に乗り越えられるだろう。
種族間の大きな戦争は無くなっても、まだ危うい均衡の上の平和なのだと実感する依頼でもあった。一家の皆様が日々奔走し続けている理由も、だからこそかもしれない。
世界は広く、未だ未知と不安に満ちている。
この地の人々の一助になろうと活動するのが、今のヒガン一家。
ついていくのは大変だが、楽しいことの方が多い。ささやかでも、私の力だって一家を支えていると信じ、賑やかな日々を過ごすのだった。
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