『何色』青葉とコーヨー イケメンでモテモテなノンケの先輩が平凡で地味な僕とつきあうなんてありえない

こやまことり

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第20話 「もっと、いる?」

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 食卓の上に色とりどりのケーキが並べられているのを見て、「ああいつもの夢だ」とすぐにわかった。
 赤い苺がのったショートケーキ。なめらかな茶色のチョコケーキ。黄色とオレンジのあざやかなフルーツタルト。モンブランにチーズケーキ、ミルフィーユ。
 机から溢れそうなほどのケーキたち。実際、実家の食卓にこんな数のケーキが並べられたことなんてない。だから夢だとわかる。
 それでもなぜか「いつものやつだ」と、そう思ってしまう。


 「好きなのを選んでいいよ」と両親がいう。
 「これがいい」「あれがおいしそう」と弟たちははしゃいでいる。
 そんな二人に、僕は「先に選んでいいよ」と声をかける。
 「二人とも喧嘩するなよ」と笑いながら、ケーキがのった食卓から一歩下がる。
 ふいに、明るいスポットライトがあたる食卓と、それをかこむ家族とは別に、暗い影の中を立っている気分になる。
 みんなといるはずなのに、まるでひとりでいるような。
 本当は、僕だって好きなケーキを選びたかった。
 だけどそれができないまま。ただ、弟たちが好きなケーキを選ぶのを眺めている。
 何度も似たようなことがあった。
 心臓がぎゅっと小さく引き絞られる感覚がする。
 でもそれも、いつものことだ。


 くるりと大学の食堂に光景が変わる。
 サークルのみんなが座っている。
 その光景も昔あったようで、きっとそのままのことはきっとない。
 でも、なぜか本当にあった気がする。
 上級生や同級生が賑やかに話している。
 目の前に、青葉先輩が座っている。
 長い足を組んでいるから、視界の端でとらえた青のスニーカーがよく見える。
 テーブルにおろした先輩の指が目にはいる。大きな手、長い指。
 その指の付け根には、我が物顔のように銀色の指輪が鎮座している。爪は短くそろえられている。
 そして、青葉先輩の横には。
 同じ銀の指輪をつけた、細い指の、持ち主がいて。
 体の芯を冷やすような恐怖と、暗い衝動が襲ってきて。
 「今度の飲み会行く?」とメンバーの誰かが問いかける。
 青葉先輩の声が「オレはパス」と答えるのが聞こえる。
 後輩らしい笑顔を作って、「彼女さんいますもんね」と声をかけようとして。
 できなくて、顔がひきつる。
 どうした。いつものことなのに。何度も何度もあったことなのに。
 体がどんどん冷えて、冷えて、固まっていく、動けなくなる。
 癖で、左耳のピアスを握りこんだ。

 
 鏡の中に、とくだん特徴のない平凡な、ただの男子大学生の姿がうつっている。
 左耳には、お守り代わりの、自分の醜悪な気持ちを封じ込めるための、青いピアス。
 その青だけがやけによく見えて、まわりは影でよくみえない。自分の顔すらわからない。
 どこにいけばいいのかもわからない。
 いまここには自分しかいないんだと、その認識が真実のように頭を支配する。
 ああ、こんな、ピアスなんて、無駄な足掻きをして、あさましいから。
 こんなくらい世界にひとりぼっちなんだ。
 ぎゅうぎゅうと心臓がどんどん小さくなる。
 胸の中心から冷たさが体に広がっていく。
 青い色だけが、目に焼きついて。

 「いいいろだな」

 ふいに聞こえた声とともに、鏡の中から、青いピアスが消える。
 左耳に、大きな手がかさなって、そこにあったピアスが見えない。
 長い指が、耳たぶをくすぐるように触る。
 触っているひとは、鏡にうつっていない。けど。
 
 「このいろ」

 じわりじわりと、左耳から、熱が、ぬくもりが冷えた体に広がっていく。

 「コーヨーのいろだよ」

 目の前が、紅葉色にそまった。





 パチリ、と目を開ける。

「あ、ごめん起こした?」

 真っ先に視界にうつったのは青葉先輩の顔。ベッドの脇に座って、寝かしつけるように僕の髪を撫でている。
 眠る前はあんなに寒気がしていたのに、今は布団が邪魔なほど暑い。べっとりと汗でシャツがはりついている。
 だけど不思議と不快ではなかった。
 まだ頭は起きたばかりで、ぼんやりしているけれど、夢で最後に感じたぬくもりが、いま、すぐ近くにある。

「うなされてたみたいだったから。起こしたならごめん」

 なのに。すっと大きな手が離れる。
 あつい、はずなのに。そこから急に、冷たさが舞い戻ってくるようで。

「飲み物、そこにあるから。えーと、ひとまず熱はかりなおしたほうがいいか」

 ベッドの横にあるペットボトルを指さしてから、先輩は体温計を探そうとベッドから離れようとする。
 途端、夢で感じた、真っ暗のなかでひとりぼっちでいたときの感覚が蘇る。
 ぎゅうっと心臓がひきしぼられて、そのままちいさくなって消えてしまいそうな。

「えっ?」
「あっ」

 先輩が驚いて振り向く。僕も自分自身の思いがけない行為に驚いた。
 僕の手は、無意識のうちに青葉先輩のシャツの裾をつかんでいた。
 なにを、しているんだろう。こんな、すがるようなこと。
 離れてほしくないと、子どものように駄々をこねるみたいなこと。
 すみません、と謝りたくても口からは熱っぽい息しかでない。裾をつかんでいる指は磁石みたいに離れない。
 どうしよう。青葉先輩を困らせる。早く手を離さなきゃ。思う通りにならない自分の体にとまどっていたら、ふいに浮かべた青葉先輩の笑みに息がとまりそうになる。

「なに、どうした? コーヨー」

 それは、まるで大切な宝物を見るような、満面の笑み。
 下げた眉尻に、優しく細める目は、見ているこちらが溶けてしまいそうになるほどで。
 そんな、嬉しくてたまらない、ということが溢れている表情、初めて目にして。
 「ん?」と首をかしげる仕草も、声すらも砂糖でできてるんじゃないかっていうくらいに甘くて。

「オレになにかしてほしいこと、ある?」

 その表情のまま、離れた体を戻して、僕の顔をのぞきこんでくる。
 そんな、やさしい顔で、やさしい声でたずねられて、鼓動が早くなる。
 してほしいこと。せんぱいに。
 いまだにシャツの裾から指を離せないまま、かたまる。
 先輩の顔がどんどん近づいて、額と額がこつん、とぶつかる。
 至近距離に先輩の笑みがあって。互いのまつ毛が触れてしまいそうで。
 なんでもないと、言おうとした言葉は封じられてしまう。
 だって、何を言っても全部許してくれるんじゃないかと、錯覚するほど、うれしそうな顔をするから。
 ぼくは、ただ。
 ひとりになるのが、いやで。
 せんぱいが、はなれてしまうことが、いやだっただけで。

「なあ、コーヨー?」

 小さな呼びかけは、寝起きで、まだ熱が残る頭の中にある、小さな枷を外すには十分で。
 ようやく、裾から離した手を、おそるおそる先輩の肩へと伸ばす。
 力の入らない、震える指先で、でも、確かに先輩のしっかりとした肩をつかむ。
 こんなこと、自分からしたことなんて、ない。
 自分から、すがって、先輩を求めるようなこと。
 はっきりとした言葉も、明確な意思がないまま。ただ、先輩に近くにいてほしくて、そばにいてほしくて。
 はなれるのが、さびしい。
 そう思ってしまったから。
 目がじわりとにじむ。

 あおばせんぱい。

 声になったか、自分でもわからない。
 それでも、安心させようとするように、青葉先輩の唇の端が、ゆるりとあがる。
 ふっと先輩の吐息がかかる。
 ほとんどなかったような距離が、ゼロになる。
 先輩の唇が、くちびるに重なる。
 角度を変えて、何度も、形を確かめるようにくちびるをついばまれる。
 ゆっくりと、雪がはらはらと降り落ちるように軽く。くすぐるようにくちびるの輪郭を、先輩の唇でたどっていく。
 雪がつもるようなそのふれあいは、心地よくて、力がどんどん抜けていく。
 けど。それじゃ、まだ、たりなくて。
 ほんのすこし。本当に少しだけ。
 くちびるの隙間をあける。
 ただの、呼吸をするのとかわらない、すこしの動作だけど。
 ああ、こんなの、熱に浮かされてなかったら絶対にできやしない。
 恥ずかしくて肩をつかむ指に力をこめた時には、僕の考えをわかってると言いたげに、先輩の舌が性急にはいってきた。
 いつもよりぬるく感じるのは、きっと僕の体温が高いからだろう。それでも熱を奪おうとするように舌が絡んでくる。いつもなら緊張と羞恥でパンクしそうになるのに、今はなぜかその感触と動きに安心してしまう。

 互いの熱を交換するように、舌を絡ませあう。ぬるくなった唾液が口の中に広がる。

 それを飲み込みながら、ふっと、今まで考えたこともなかったことが頭によぎる。
 なんでこんなに自分の舌は短いんだろう、届かないんだろう。もっと、もっと先輩とくっついていたい。
 足りないものを埋めるように、肩に回していた手をさらに伸ばしてすがりついた。先輩の髪に触れる。短い毛先が手のひらにあたって、その髪の毛に指を絡ませる。
 合わせるように先輩の手が僕の頭に、耳にかかる。撫でるように、なぞるように、確かめるように耳の輪郭からピアスに触れられる。ぞくり、と体に痺れが走る。
 二人の唇に隙間ができないほどくっついて。中で粘膜がふれあう。先輩の髪に触れながら、先輩自身の体温を感じて、ああここに先輩がいるんだと、わかるのに。
 まだ足りない、と強欲な心がさけんでる。
 心臓が張り裂けそうで。割けたところから今にも、言ってはいけないことを言いそうになる。
 こんな、飢えるような、与えられれば与えられるほど、足りなくなって、ひどく欲しがる感情は、いったいなんなんだ。
 ふいに、近かった熱が遠ざかる。
 キスをやめた先輩が、困った顔をして僕を見下ろす。

「病人に、ムリさせられないよな」

 その言葉とは裏腹に、先輩の指が僕の頬を撫でるのは、名残惜しいと思っていると、うぬぼれてもいいんだろうか。
 もし風邪なら、先輩にうつってしまうかもしれない。こんなのよくない。
 わかっているのに。
 先輩の体に伸ばした手をもどせない。荒くなった息を整える口から、そうですね、という言葉がでてこない。
 むしろ、逆の言葉がでてきそうで。
 気持ちを持て余しすぎて、歯がゆくてくちびるを噛む。涙がこぼれそうになる目に、必死に力をこめる。
 先輩は苦笑して、目尻をそっと撫でる。

「……そんな泣き顔が見たいわけじゃないんだけどなあ」

 青葉先輩は体を起こして、ベッド横に置いてあったペットボトルをとる。それを開けて、自分の口に含んだ。飲み込むことはせずに、そのまま顔をまた近づける。
 くちびるを重ねて、わずかな隙間から、冷たいものが流れ込んでくる感覚。
 はいってくるのはペットボトルにはいっていた水で。
 それを与えられる。口移し、で。
 ゆっくり、ていねいに、こぼさないようにしながら、先輩の口から水が僕の口へとはいってくる。
 渇いていた喉は、もたらされた水を素直に飲みこんでいく。
 少しだけの水を飲んだあと、先輩は顔を離して、楽しそうにほほ笑んだ。

「もっと、いる?」

 もっと。
 指しているのは、水のことだろうけど。
 それはつまり、先輩からの口移しを、キスを、求めるということで。
 普段なら絶対に拒む。否定する。それなのに。

 体は勝手に、こくり、と頷いていた。

 だって、喉が渇いている。水が飲みたいのは本当だ。
 だけどそれが、はなれがたいことを、まだ触れていてほしいと素直に言えない僕のためにこんなやり方をしてくれているんだと、わかっていて。
 頷いてしまうのは。

 きっと、全部、熱のせいだ。
 
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