最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第458話【閑話】こうして出会ったのです

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 その年、三十を目前にした私、フランツ・ヨーゼフ・フォン・アスターライヒは途方に暮れておった。
 私が皇帝の座に就いた途端、帝国全土を今まで経験したことが無い大旱魃が襲ったのだ。

「なにも、私の皇帝就任早々にこんな試練を与えんでも良いだろうに…。
 この帝国は、聖教の神の加護の下にあるのではなかったのか。」

 王都の郊外、私はカラカラに乾いた麦畑を見ながら思わずそう呟いてしまった。
 いかな、乾燥に強い麦と言えど、ここまで乾いてしまうとどうしようもない。
 いわんや、葉物野菜など、全滅に近いのではないだろうか。

 半年後、帝国全土を襲うであろう大飢饉を考えると、頭が痛くなってきた。
 私は皇帝の座など放り出して何処かに逃げてしまいたいと、心底思っていたのだ。

 その時のことだった。

「おや、そんな辛気臭い顔をしてどうしたんだい。
 あんた、服装からすると貴族だね。
 この辺りの領主さんかしら?」

 突然、私に若々しい娘の声が掛けられたのだ。
 声は、若々しいのだけど、言葉遣いは老成していて少しちぐはぐは感じの言葉が。

 私は、驚いて周囲を見回したのだが、娘の姿は見えない。
 空耳かと思っていると…。

「あんた、何処を見ているのさ。
 ここだよ、ここ。」

 再び、声がした…。
 空耳ではない、確かに聞こえた。
 私が、もう一度辺りを見回すと…、見つけた、目の前の空に。

 なんと、その娘は、箒に乗って宙に浮いていたのだ。
 黒尽くめの服を身に纏い、しなやかな黒髪をそよ風になびかせた若い娘が。
 空を飛ぶなんて、まるでお伽話に出てくる魔女のようではないかと思ったのだが。
 だがその時、実は私は、横座りに乗った箒からぶら下げた白く美しい脚に見惚れておったのだ。
 その娘の瑞々しい脚の白さは、黒尽くめの服装と対照的で今でもはっきりと覚えておる。

 娘は、私がその存在に気付いて驚いているのを見て、少し愉快そうに笑いおった。
 それから、娘は目の前の地面に降り立って言ったのだ。

「私は、アーデルハイト・フォン・アルムハイム。
 これでも、アルム山麓にちっぽけな所領を持つ貴族の娘なんだよ。
 なんか、今にも夜逃げしそうな悲壮な顔をしているのが気になってね。
 気まぐれに声を掛けさせてもらったのさ。」

 地上に降りてきた娘は年の頃は二十歳前後だろうか、涼し気な切れ長の目が印象的な美しい娘だった。

「これは失礼、私はフランツ・ヨーゼフ・フォン・アスターライヒ。
 一応、ここアスターライヒ公国の大公と神聖帝国の皇帝ということになっておる。
 いや何、ここ最近の旱魃の様子を視察に来たのであるが…。
 余りに酷い状況に、この先起こるであろう飢饉を想像したら頭が痛くなってな。
 そなたの言うように、皇帝の座を放り出して逃げてしまおうかと思っていたところなんだ。」

 思わず、私は十は年下と思われる娘に愚痴を零してしまったよ。
 それだけ娘の老成した言葉遣いが、不思議と年下と感じさせなかったためだと思う。
 すると、娘は言ったのだ。

「なんだ、そんなちっぽけな事で悩んでいたのかい。
 借金で首が回らないとか、もっと大事かと思ったよ。」

 いやいや、それは違うんではないのか。
 下手をすると数万、数十万の民が命を失う大飢饉と借金のどちらが深刻だって…。

「そんなことくらいだったら、手助けしてあげても良いよ。
 ちょっと、待ってな。」

 娘は、そう言うと何やらブツブツと言い出したのだ。
 そして、

「じゃあ、頼んだよ!たっぷり雨を降らせておくれ!」

 そう叫ぶと、空が一転俄かにかき曇り、やがてポツポツと雨が降り出しおった。
 それが、やがて本降りの雨となり、不自然極まりない光景を目にする事となった。
 私の上に一滴も雨は降っておらず、まるでそこに壁でもあるかのように道の向こう、畑の上にだけ降っておるのだから。
 明らかにその雨は、何かの意思に基づいて降っているとしか思えないモノであった。
 いや、そんなことが出来る存在があるのであればだが。

 しばらく降り続いた雨が上がると、そこには青々と元気を取り戻した小麦畑が広がっておった。
 さっきまでは、力なく萎れていて、枯れる寸前に思えた小麦は嘘のように息を吹き返していたよ。

「雨だけ降らしても、作物は大分弱ってたからね。
 作物にも少し活力を与えといたよ。
 今年も豊作になるから、安心しな。」

 私のもとに戻った娘は。然したる手間もかからなかったような口調で言ったのだ。

「先程の雨は、そなたが降らせたのか。
 そなたは、いったい…。」

 奇跡のようなことを起こして見せた娘に対し、何と言って良いものか分からず。
 私は問い掛けになっていない問い掛けをしてしまったのだが。

「お初にお目にかかります皇帝陛下。
 次代の『アルムの魔女』、アルムハイム伯爵の一女アーデルハイトでございます。
 以後、お見知りおきを。」

 娘は再度名乗ると、背筋を伸ばすと、両手でスカートの裾を軽く持ち上げて見せたのだ。
 これが、忘れもしない、三十数年前の私と婆さんの初めての邂逅であった。

     ********

「どうだい、借金で首が回らないって言われたら助けようがないけど。
 雨を降らせるくらいの事であれば、『アルムの魔女』にかかれば大したことじゃないさね。」

 アーデルハイトは、いとも容易いように言ってのけたのだ。
 その時の私は藁にも縋る思いだったので。
 図々しいかと思ったが、尋ねずにはいられなかったのだ。

「貴方の力で、帝国の旱魃を何とかすることは出来るであろうか?」

 すると、アーデルハイトは少し思案した後に言ったのだ。

「出来ない事は無いけど、帝国中を回るんじゃ一日、二日って訳には行かないよ。
 その間の、宿とか、メシとかを用意してもらえるなら手助けしても良いけど。」

 私は暗闇の中に光明を見出したような気持ちで答えたよ。

「もちろんだとも、依頼をしている間の生活は全て私の方で手配させて頂く。
 もちろん、依頼が完了した暁にはそれ相応の褒章は用意するので、何とか助けてもらえんだろうか。」

「そう、それじゃあ、しばらくお世話になるね。
 よろしく、陛下。」

 その時のアーデルハイトの笑顔はとても魅力的で、今思えばその時から私は婆さんに心を惹かれていたのかも知れない。

 それから皇宮まで、私は馬で帰ったのだが…。
 アーデルハイトは、私の横、少し上方を飛んで付いて来たのだ。
 話しを聞くと、彼女は当代の『アルムの魔女』から何か大事な用件を命じられて領地を出てきたのだそうだ。
 領地を出るのは、物心ついてから初めての事らしく目にするモノは何でも物珍しいようであった。
 皇宮までの道すがら、あれはなんだ、これはなんだとよく尋ねられたものだ。

 王宮に着くと、私は側近を交えて、アーデルハイトに何処をどう回ってもらうかの相談をしたのだ。

 最初、目の前の年若き娘が、大地に雨を降らすと言っても誰も信じようとしなかったが。
 私が重ねて目の当たりにしたことを話すと、宰相は疑り深いことに確認に人を走らせおった。
 こいつ、皇帝である私の言葉が信じられんのかと腹が立ったが。
 宰相にしてみれば、即位したての未熟な皇帝が困難に直面し現実逃避したと思っていたらしい。
 確認に出た者が泡を食って帰って来て、私の言葉に間違いないと聞いた宰相のバツの悪そうな顔は傑作であった。

 こうして、帝国各地に雨を降らして巡る計画が固まるとアーデルハイトは言ったのだ。

「それじゃあ、陛下に一緒に来てもらうよ。
 帝国各地を巡るのは構わないけど、私はその辺の領主に面識がないからね。
 ふらっと行って、「雨を降らすから、泊めてもらうよ」なんて言っても誰も信用してくれないよ。
 さっきの、その宰相さんみたいにね。」

 アーデルハイトが泊まるのは地元の諸侯の館にして、私の名前の紹介状を持たせる予定にしておったのだが。
 そもそも、紹介状を手渡すまで至らないのではないかと、アーデルハイトは心配したのだ。
 言われてみれば、その心配はもっともだと思ったわい。
 たしかに、年若き娘が箒一本を手にやって来て、皇帝からの命でやって来たと言っても取次ぎの者が相手にするか分らんからな。
 
 と言うことで、アーデルハイトに押し切られて私も帝国全土を巡る事になったのだ。
 実を言うと、私もこの時初めて帝国中を回ることになったのだがな。

     ********

 その夜、私はアーデルハイトに皇宮の中で、最重要な賓客をもてなすための部屋に滞在してもらう事にしたのだ。
 それが、皇宮の最奥、皇帝一族の居住区画に近い、今ロッテが転移魔法のために使っている部屋であるな。
 この日より、あの部屋が『アルムハイム家』の専用の部屋になったのだ。

 それで、アーデルハイトに部屋を手配して、休んでもらった後、私達が何をしたかと言うと。

「陛下、ありましたぞ。
 帝国貴族年鑑の最終ページに、確かにアルムハイム伯国とあり、アーデルハイトの名もあります。」

 宰相が、分厚い本をめくりながらそう声を上げると。

「こちらも、見つけました。
 帝国全土何処を探しても見当たらないと思ったら、飛び地でした。
 三方をクラーシュバルツ王国に囲まれ、残る一方をセルベチア王国に接した豆粒のような国です。」

 そう、私と私の側近たちは、誰もアルムハイム伯国と言う名を聞いたことが無かったのだ。
 当然どこにあるかも知らなかったし。

 アーデルハイトが帝国諸侯の一つだと言う以上は、皇帝である私が知らないとは言い出し難くてのう。
 アーデルハイトが部屋に下がってから、皆で手分けしてアルムハイム伯国のことを調べておったのだ。

 私は、地図を見ながら思ったよ、「これ国か?村の間違いじゃないのか?」って。
 
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