最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい

アイイロモンペ

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第17章 夏、季節外れの嵐が通り過ぎます

第460話【閑話】危うく誘惑に負けそうに…

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 帝国各地を回って恵みの雨を降らせる、そんなアーデルハイトの神の御業のような力を振るって歩く旅。
 それに、同行した私にとっても、その旅は忘れ難き旅になったのだ。

 それは、南部の穀倉地帯を潤して一旦帝都へ戻って来て、今度は北部へと向かおうとしている時のことだった。

「あんた、知ってるかい。
 さっき雨を降らせてブドウ畑のオバチャンに聞いたんだけど。
 この界隈のブドウ農家では、その年の新酒のワインを飲ませてくれるんだってね。
 まあ、もう今年のブドウが花をつける時期だから、新酒とは言えないかも知れないけど。
 せっかく来たんだから一杯味見して行こうじゃない。」

 アーデルハイトは、一面に広がるブドウ畑に慈雨を降らせた後、私を造り酒屋に誘ったのだ。
 帝都郊外にあるその町には、ワインの酒蔵も兼ねているブドウ農家が何軒も軒を連ねているのであるが。
 それぞれの蔵が、中庭で簡単な肴と自家製のワインを提供しているのだ。
 本来、帝国では酒場の営業は許可制なのであるが、…。
 販売量も少量であるし、郊外の小さな町まで取り締まるのも手間なので、ぶっちゃけ見て見ぬ振りをしておったのだ。

「ああ、私も話には聞いておるよ。
 実際に行ったことは無いがね。
 皇帝の一族などに生まれると、毒見やら、店の格式やらと口煩く言う輩が多くてね。
 中々、そうした庶民の憩いの場などには縁が無くてね。」

 すると、アーデルハイトは。

「じゃあ、尚更だ。今は煩いお目付け役もいないんだ。
 こんな機会じゃないと、あんたが治める国の民の暮らしぶりに触れることもないだろう。
 貴族だ、王様だと言ってお高くとまっていると、民がどんなことを欲しているかを見失うよ。」

 そう言って、私を造り酒屋の中へ引き摺るようにして連れて行きおった。

 そこで出されたは、木の器に並々と注がれた白ワイン。
 それも中庭に面した建物の中にドンと置かれたワインの樽から直接注いで渡されるのだ。
 その時は、普段見慣れたワイングラスに入った上品なワインとはまるで別物のように感じたものだったよ。
 それを、屋台のような場所で適当に買った酒の肴と共に中庭に置かれたテーブルで味わったのだ。

「おや、このワインは口当たりが良いね。
 私は、まだ小娘のせいか、セルベチア辺たりで喜ばれる渋みの強い赤ワインは苦手でね。
 こっちの方が、飲み口が軽いし、甘みがあって好みだよ。」

 我が国のワインは本場と言われているセルベチアのモノに比べてあまり評判は良くないのだが。
 アーデルハイトは、とても気に入ったようでジャガイモ料理を摘まみに上機嫌で飲んでいたものだった。

 すると。

「おっ、さっきの姉ちゃんじゃねえか。
 おりゃ、雨を降らしてもらった辺りにブドウ畑を持ってるんだ。
 ホントに助かったぜ、このままじゃ今年のブドウはお手上げで。
 首を括んなきゃいけねえかと思ってたんだよ。
 有り難うよ、感謝しているぜ。
 そうだ、ここは俺が奢るぜ、どんどん飲んどくれよ。」

 この辺でブドウ農家を営んでいるらしき男がそう言うと。

「何だ、何だ、さっき、あの丘の辺りだけ雨が降っていて変だと思ったんだ。
 そのお姉ちゃんが、雨を降らしてくれたのか。
 まだ、若いのに大したもんだ。」

 近くで飲んでいてもう出来上がった感じの男がそう言いおった。
 いや、若いのに大したもんだって…、普通は歳がいってもあんなことは出来んぞ。

 そうこうするうちに、アーデルハイトがブドウ畑に雨を降らした様子を目撃した者や恩恵を受けた者が集まって来よった。
 そして、まだ、日が高いと言うのアーデルハイトを囲んで大宴会になったのだ。

 ハッキリ言って、これまで民衆と一緒に酒を酌み交わし事などない私は戸惑っていたよ。
 でも、そんな私の戸惑いなど気にする様子も無く…。

「ほら、あんたも飲んだ、飲んだ。
 せっかく、町の人達が感謝してくれて酒を振る舞ってくれるって言ってんだよ。
 あんたも飲まないと失礼ってもんだよ。」

 ほろ酔い気分で顔を薄っすらと赤らめたアーデルハイトが上機嫌で私にワインを進めてきよる。
 私は、この時、アーデルハイトが酔い潰れてしまったらどうしようかと気が気ではなかったのだ。

 この日は雨を降らす場所が帝都の郊外ということもあり、皇宮に戻ることにしておったのだ。
 そもそも、この町は私の直轄領なので宿泊する貴族の館など無いからのう。
 
 でも、農民たちに囲まれて、和気あいあいとワインを飲むアーデルハイトの楽しそうな表情を見ていて。
 時には地元の楽師のバイオリンにあわせて楽し気に歌を口ずさむ姿を見ていると、これ以上飲むなとは言えなかったのだ。

 しかもだ。

「お貴族様は、魔女のお嬢ちゃんの佳い人かい?
 大分、年が離れているようだけど、忍ぶ恋ってやつかね。
 お嬢ちゃんが酔い潰れちまうようなら、近くに良い連れ込み宿があるよ。
 なあに、田舎の宿だからって捨てたもんじゃないよ。
 帝都のお貴族様が、人目を忍んでいたす宿なんで結構立派な宿だから安心しな。」

 酔っぱらって、そんないらんことをそそのかすオバさんもいるものだから、余計意識してしまうではないか。

     ********

 そして、夕暮れが近づいてくると、村人たちは一人、二人と帰って行き。

「お嬢ちゃん、今日は本当に有り難うよ。
 この酒場の支払いは村のみんなで済ませてあるから、気をつけてお帰りよ。
 そうそう、今飲んでいた中に連れ込み宿の主がいたから言っといたよ。
 あんたら二人がしけこむようなら、お代を取るんじゃないよって。
 ちゃんとウンと言わせといたから、使うならタダでいけるよ。」

 さっきのオバさんがそんな要らぬことを言って帰ると。
 あれだけ賑やかだった中庭には、アーデルハイトと私だけが取り残されていた。
 そのアーデルハイトはと言うと、目の前のテーブルにうつ伏してスヤスヤと寝息を立てておる、だらしなく涎を垂らして…。 

 完全に酔い潰れて眠ってしまったアーデルハイト。
 その寝顔もとても美しかったのだ、例え涎を垂らしていたとしても…。
 私が、人目が無いのを良い事に思わず連れ込み宿へしけこもうかなどと不埒な考えを抱いた時だった。

「こら、その娘はまだ生娘なんだよ!
 三十男が、まだ成人もしていない娘を酔い潰して不埒なマネに及ぼうとはとんだ外道だね。
 少し、キツイお灸を据えてやろうか。」

 誰もいないハズの中庭にそんな声がしたのだ。しかも、私のごく近くから。

「えっ!」

 私は、慌てて周囲を見回すと…、また浮いてた。
 ただし、今度はアーデルハイトと出会った時のように箒に乗った人がいる訳では無かったのだ。

 目の前にいるのは、両手を腰に当てててプンプンと怒る少女、ただし、身の丈十インチほどの。

「やっ!あんた、皇帝さんだろう。
 私は、この娘と契約している水の精霊さね。
 多少、世間知らずで、危なっかしい所があるこの娘のお目付け役みたいなもんだ。
 あんたみたいに、酔い潰してこの娘を傷物にしようとする不埒者がいたら困るからね。
 日頃から、男の前で酔っぱらうんじゃないよって注意しているのにこの娘ときたら。」

 どうやら、私がアーデルハイトに邪な気持ちを抱いたことを察知して姿を現したようであった。

「いや、アーデルハイトを酔い潰したのは私ではないですから。
 彼女は、自分から村の人々からの謝意を受け入れて宴席に参加していたのです。
 確かに、酔い潰れた彼女を見ていて、多少心を動かされたのは否定しませんが…。」

 水の精霊さんの剣幕につい本音を言ってしまったのだが。

「ああ、ちゃんと見ていたよ。
 あんたが、あのオバチャンに変な入れ知恵を与えられていたところもね。
 ちょっと、からかっただけだから安心をし。」

 そう言って水の精霊さんはニヤニヤと笑ったのだ。
 後々、この精霊さんには色々お世話になるのだが、この時は知る由も無かったのだ。

 それで、この精霊さん、アーデルハイトをみて「まったく、若い娘が無防備に…、困ったもんだよ。」と呟くと。
 突然、アーデルハイトに白銀に輝く光の雨を浴びせよった。

 これは、アーデルハイトが雨を降らせた時より、驚いたわい。何処からともなく、光の雨が降り注ぐのだから。
 すると、酔いが回って紅潮していた彼女の頬がいつもの白さを取り戻していき。
 光が消える頃。

「あれ、私、寝ていたのかい。
 悪かったね、あんたを放って一人で寝ちまって。
 黙って見てないで、起こしてくれたら良かったのに。」

 自分が酔い潰れていたことなど、すっかり忘れているようでそんな言葉をもらすアーデルハイト。

「寝てたのかいじゃないでしょう!
 あれだけ、男の前では無防備な姿を晒すなと言っているでしょうが。
 この男、私が止めなければもう少しで不埒に及ぶところだったんだよ。」

 いや、それ濡れ衣だから、少しそんな考えが頭をよぎっただけだから。
 わたしは、心の中でそう叫んだものだよ。

 その後、ひとしきり、アーデルハイトは精霊さんから説教を受けておったよ。
 何はともあれ、この精霊さんのおかげで、私達は無事帝都に帰りつくことが出来たのだ。

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