精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第2章 オストマルク王立学園

第23話 ある近衛騎士の受難

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「ちくしょう、ちくしょう、われがあんな『色なし』よりと劣るだと?ふざけるな!!
魔法実技って言ったって所詮は畑がうまく耕せるだけではないか。
そんなこと貴重な魔法に頼らず百姓にやらせておけばよいのだ。
 魔法の真髄は、その威力、破壊力にあるということが、何でこの国の馬鹿共には解らないのだ。
この力は、人を、国を支配することにこそ活かすべきなのだ。
 ええい、思い出すだけでも腹が立つ。」


 先日の特別クラスに乱入し、魔法実技を競ってからこっち、ザイヒト殿下は荒れて手が付けられない状態になっている。
 学園にいくと誰彼構わず噛み付くものだから、ここ数日、護衛兼保護責任者の俺、ケンフェンドのもとに苦情が殺到して困りきっている。


      **********


 俺は、貴族の三男坊に生まれて継ぐ家がないため、一代貴族の騎士の道を選んだ。
戦争の多い帝国で、若い頃から武勲を挙げて、名誉ある近衛騎士団に名を連ねることができた。
 今回、俺はザイヒト殿下の留学の護衛兼保護責任者として抜擢された。
 過去皇太子もこの国に留学しているが、そのときの護衛兼保護責任者は留学後に男爵の爵位を賜っている。
 殿下の留学の際に護衛兼保護責任者に選ばれたものは、無事役目を果たして帰国すれば永世貴族への道が約束されているのだ。
 俺にもチャンスが回ってきたと小躍りしたい気分だった。


 皇太子の護衛兼保護責任者を努めた先輩に話を聞いたら、非常に楽な仕事だったと言っていたし、現在留学中の第一皇女殿下の護衛兼保護責任者も楽な仕事で有り難いと言っている。
 この言葉を鵜呑みにした俺が馬鹿だった。
 皇太子殿下も第一皇女殿下も、思慮深く品行方正なお人柄だ。間違っても授業の途中で勝手に退出したり、他のクラスの授業妨害などしなかったであろう。
 俺は、貧乏くじを引かされたのだ。


 俺の明るい将来見通し(当初はそう思っていた)は初手から派手につまずいた。
入学試験の日、筆記試験が終ったあとの休憩時間に、学園の入学試験の責任者が泡を食って私を呼びに来た。
 個室に呼び出され何事かと思えば、目の前にザイヒト殿下の筆記試験の答案が差し出された。


「採点するまでもなくこの答案では不合格ですがいかがいたしますか?
 この学園の入学試験は身分を問わず公平に合格者を決めることになっておりますが、遠路お越しいただいた上、姉上が在籍中ですので帝国が希望するというのであれば合格させる方向で会議にかけてみます。
 ただ、あまりにも成績が悪いので入学しても授業についてこれるか、疑問が残るのです。
 それでも入学を希望するか、入学は諦めて帰国するかをここで決めていただきたいのです。
 もちろん会議の結果についてはお約束できないのですが。」

 俺は、答案用紙を見て驚愕した。この学園の筆記試験はきわめて簡単で九割以上は出来て当たり前と聞いていた。
 しかし、目の前にある殿下の答案用紙は半分も埋まっていないのだ。たしかに、採点するまでもなく不合格な答案だった。

 俺は目の前が真っ暗になったが、ここで帝国へ帰ったら永世貴族になることは叶わないどころか辺境の騎士団に左遷である。
 俺は、入学式までに責任持ってこのレベルのことは出来るようにすると平身低頭してお願いした。
 ホテルに帰って殿下にこのこと告げると、オストマルク語がわからなくて問題の内容すら理解できなかったと悪びれず言った。
 おかしい、一年前からオストマルク語の家庭教師がついていたはずなのだが。


 そして、殿下は実技試験でもやらかしてくれた。
 この実技試験は、課題一つ一つは簡単なもので、一つできれば合格だが、上のクラスに行くためには多くの課題をこなさなければならない。
 実技試験で重視しているのは、どこまで多様な属性の魔法を使えるのかと連続して魔法を使う魔力の使い方である。
 
 殿下は、土属性の課題で小石一つ砕くのに全力で『クラッシュ』を使ったらしい。
試験場内に響き渡る大音響に皆が殿下に注目したようだ、もちろん賞賛ではなく呆れた意味で。
 殿下は小石を跡形もなく粉砕したが、そこで魔力切れを起こして他の課題をクリアできなかったらしい。
  殿下にはこの試験の肝が、最小限の魔力でいかに多くの課題をこなすかだということがわからなかったらしい。


 試験の翌日の合格発表、平身低頭した甲斐があってか、殿下は何とか合格できたが最下位クラスの五組であった。
 皇太子殿下、第一皇女殿下が特別クラスであったから、殿下は自分が最下位クラスであることがお気に召さないらしい。
 俺としては自業自得だと思うが、口が裂けてもそれは言えないので、何が悪かったかを出来る限り噛み砕いて説明したが納得はしていないようである。


 ザイヒト殿下は、黒髪に黒い瞳、そして濃い褐色の肌という伝承の初代皇帝と同じ特徴を持っており、生まれながらに大きな魔力を持っていたことから大層甘やかされて育ったらしい。
 殿下は常に強い魔法を使えるようになれと言われて育ったが、肝心なことを教えてもらえなかったようだ。強い魔法は馬鹿では使えないということを。

 確かに威力を極めることが強い魔法だと考えているザイヒト殿下の好んで使う『火の玉ファイアボール』は、直径二メートル程度の範囲内にいる人を文字通り消し炭にできるが、所詮『火の玉』の攻撃範囲はその程度である。

 一方、魔力は十人並だが聡明な皇太子殿下は、中級魔法の『範囲燃焼エリアバースト』で直径十メートル程度の範囲を火の海にできる。
人が確実に死ぬほどの火力ではないが、戦闘不能となる火傷を負わすには十分な火力を持っている。
 実際の戦場では、ザイヒト殿下と皇太子のどちらが役に立つかは火を見るより明らかだ。
 だいたい戦場で人を殺すのに消し炭にする必要は全くないのだ。

 ザイヒト殿下は、魔法の威力を高め続けていれば、そのうちもっと強い魔法が使えるようになると思っているようだ。
 俺は、強い魔法を使うためには、魔法の威力を高めるより、魔法の術式の理解が出来るようにならないと駄目だと何度も言っているのだが理解してもらえない。
 まあ、八歳児に難しいことを言ってもしょうがないと最近は諦めている。
もう少し大きくなればその辺のことも理解できるようになるだろうと期待することにした。


 入学式から一週間が過ぎた頃、ザイヒト殿下は頭の痛い問題を起こした。
その日、俺は初等部の中に用意された従者控え室でお茶を飲んでいたら、殿下のクラスの担任教師が血相を変えて飛び込んできた。

 担任の話では、魔法の授業中に突然怒り出したかと思ったら、「魔法は神の御業だ、百姓の道具などではないわ!!馬鹿にするな!!」という捨て台詞を残して出て行ってしまったという。


 俺と侍女は、慌てて殿下を探した。
特別クラスがなにやら騒がしいので確認すると殿下を突き出された。授業妨害をしたらしい。
特別クラスの担任教師は、えらい剣幕で退学処分を考えているという。
それをされると、俺のクビが物理的にとぶと思い、今回も平身低頭謝った。
しかし、自分の行いに非があるとこれっぽちも思っていない殿下が言いやがった。

「ケンフェンドよ、われが、何を反省せねばならんというのだ。
この学園は、偉大なる帝国の王子であるわれより、この『色なし』の方が優秀だといっているのだぞ。
こんな侮辱されて黙っていろというのか。」 

台無しじゃないか、もう勘弁して欲しい、この無能王子。
どうも、自分が最下位クラスなのに、帝国では差別対象である『色なし』が特別クラスにいることが気に食わないらしい。

 ただ、この点だけは俺も不思議に思っていた。この国では『色なし』が魔法を使えるのかと。
この機会に、それが本当なのか、一度確認したいと思った。
それで、殿下を納得させるため『色なし』の魔法を見せて欲しいと頼み込んだ。
本当なら本当で、殿下も納得するだろうし。


 そして、『色なし』二人は、土属性、風属性、水属性の魔法を駆使して荒地を見事な畑に変えて見せた。しかも、それだけのことをしたのにまったく疲れた様子もない。
 それに控え、ザイヒト殿下は中途半端に土地を耕しただけでへばっている。
 土を耕すのに『クラッシュ』なんて魔法を使う馬鹿がどこにいるんだ、殿下は魔法を農業に使うことを嫌っているので『耕耘スルーゲン』という便利な初級農耕魔法があることを知らないのだ。
 
 しかし、『色なし』二人の魔法は見事であった、俺の『色なし』は魔法を使えないという常識はなんだったのか。これは、至急本国へ報告しなくては。


     **********


 あれで、少しは負けを認めて謙虚になるかと思った俺は甘かったようだ。
この馬鹿王子は、『色なし』に負けたという事実を受け入れられないらしい。それが冒頭のセリフだ。

 まあ、たとえ相手が『色なし』でなくとも、優劣の基準が農耕魔法では結果は同じか。
この馬鹿王子は攻撃魔法で優劣を決めないと納得できないようだ。
この国では、攻撃魔法は教えていないからそれは無理なのに。
そもそも、皇族が他の国の文化を認められないような偏狭な心の持ち主では困るのだが。

 あ、でも、もしあの『色なし』二人が攻撃魔法を使えたらきっとザイヒト殿下は手も足もでないな。
二人とも賢そうだったから、教えれば攻撃魔法も巧みに使いこなすだろう。


 あの様子では、殿下はまた問題を起こすだろう。
もう勘弁して欲しい。俺はこっちに来てから胃が痛くてしょうがないぜ。

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