精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

文字の大きさ
187 / 508
第7章 二度目の夏休み、再び帝国へ

第186話【閑話】困惑する侍女 ②

しおりを挟む
 緊張しつつも夢のような別荘での三日間はあっという間に過ぎました。いえ、私だってもう二度とくることがないと思えば満喫させていただきましたよ。

 王都まで送ってくださるという魔導車の中、カリーナ様と私はフローラ様とご一緒させていただいております。

 普段は大人しくはしゃぐ姿など滅多に見せないカリーナ様がフローラ様の魔導車に乗って大はしゃぎです。
 ええ、これは素晴らしい物ですね、カリーナ様が無邪気に喜ぶのも分ります。
 速いし、揺れないし、静かだし、馬車の悪いところを全部とり払った感じです。
 来る時は馬車で約一月かかった道のりを二日で帰るというのですから驚きです。

 しかし、この魔導車に一緒に乗っているのはなぜか平民と思われる三人組、アデル侯爵家のお嬢様は別の車に乗っています。
 みなさん、和気あいあいと親しげに話をしています。しかもターニャちゃんと呼ばれる子はフローラ様に完全なタメ口です。

 そして、フローラ様の決定的な一言、この魔導車はターニャちゃんのお母さんからもらったと言いました。

 流石にカリーナ様も気になったらしく、三人の素性を聞いてしまいました。

 そして明かされた驚愕の事実、三人が大精霊様から託された少女で、現在我が国で精霊の力を借りられる五人のうちの三人だと。
 しかし、私はいまひとつ信じていませんでした。普通精霊なんていわれて手放しで信じる人いませんよね。

 王祖様を育てたという精霊、建国間もない時期に様々な場面で人々を手助けしてくれたと伝えられている。
 しかし、私を含めて大多数の人はその存在を信じていない、みんなお伽話だと思っている。

 それだったら、どなたか王族の方の御落胤だと言われた方がすんなり信用できると思います。


 それから、カリーナ様の縁談を断るための話になり、フローラ様の側にお仕えすることを前提にフローラ様のところに行儀見習いに上がるようカリーナ様に提案がございました。
 これにはカリーナ様も簡単にハイとは言えず、フローラ様に疑問を投げかけました。

 すると、やはりフローラ様の側仕えなることを前提に行儀見習いに上がると言うのは、縁談を断る方便だと言います。まあ、それなら納得です。

 実際のところフローラ様がカリーナ様に期待するのはハンナさんの遊び相手になることのようです。
 カリーナ様は精霊のことについては半信半疑のようですがハンナさんのことは気に入ったようで、ハンナさんの遊び相手になることを承諾してしまいました。

 しかし、こんな大事なことをフローラ様一人でお決めになって良いのかと疑問に思っていると、既に皇太子妃様と相談済みだというではありませんか。
 これは明らかにおかしいです。だって初めてフローラ様にお目にかかったのは四日前ですよ。
 どう考えても不可能です。今乗せていただいてる魔導車ですら王都まで二日かかるのですから。

 
    **********


 しかし、驚いたことにフローラ様のおっしゃるとおり皇太子妃様には既に話が通っているようで、王宮に着くとすぐに皇太子妃様の私室に通されたのです。

 ここでも、私は困惑することになりました。
 カリーナ様の対面に座る皇太子妃様、なぜか皇太子妃様の膝の上には先日養女になさった王女様がいるのです。いくらプライベートな空間とはいえ、一応お客の前ですよ。
 しかも、皇太子妃様の両脇にも王女様がべったりとくっついている。皇太子妃様に懐いているのは分りますが、本来その位置は実子であるフローラ様の座る場所ではないのでしょうか。

 皇太子妃様はいつものことなので気にするなとおっしゃりますが、気になりますよ…。

 更に驚くことに子爵様を既に奥の宮に呼んであると言うではないですか。
 いったいどうやってと思っていたら、会話の中に通信機という言葉が出てきました。
 そんな魔道具があるなんて聞いたことがございませんでした。さすが王家ですね。


 控え室でお待ちになられていたようで子爵様はすぐに参られました。
 そして、フローラ様とカリーナ様が魔導車の中で交わしたような会話がなされ、アロガンツ家との縁談を断ることに王家が協力してくれることとカリーナ様がフローラ様のもとに上がることがあっという間に決まってしまいました。

 そして、子爵様が退席された後、皇太子妃様がターニャちゃんの後ろに控える侍女に向かって言いました。

「フェイ様、ハンナちゃんの遊び相手をカリーナさんにお任せすることについては問題ございませんか。」

 今確かに皇太子妃様は侍女に向かって様付けで問い掛けました、これはいったい…?

「ええ、カリーナちゃんは優しい子で性格は良いですし、洞察力が非常に優れています。
 ハンナちゃんにいい影響を与えてくれると思いますので私は異存ありません。
 ところで、子供の遊び場としてはあの森が良いと思うのですが、カリーナちゃんとエラさんの立ち入りを許可してもらえますか。」

「それはかまいませんが、森が二人を受け入れてくれますか?」

「それは、私がいれば大丈夫です。私がいなくてもハンナちゃんと一緒であれば受け入れるように森のチビ達に言っておきます。」

 森?受け入れる?何のことでしょう、まるで森が意思を持っているかのような会話です。

 すると、フェイさんがハンナちゃんに言いました。

「ハンナちゃん、これから森に行きましょう、ここからの方が近いですから。
 森のみんなにこの二人のことを紹介しておかないと森で遊べませんよ。」

「はーい、じゃあ、カリーナちゃん、一緒に行こう!」

 ハンナちゃんはカリーナ様の手を取って立ち上がりました。

「さあ、エラさんも一緒に行きますよ。」


     **********


 フェイさんに連れられてやってきたのは王宮の最奥、王族しか立ち入ることのできない区画でした。
 そこには、穢れを知らない清浄な水が滾々と湧き出している泉がありました。

「ここが精霊の泉です。ヴァイスハイトちゃんがウンディーネ様に育てられた場所ですね。
 この先の森が今日の目的地ですが、この先、私の手を握り絶対に離さないでください。」

 王祖様をちゃん付けで呼ぶフェイさんって、いったいなんなのでしょう?
 私はフェイさんから差し出された手を取り、ギュッと握り締めます。ええ、何か嫌な予感がするので絶対離しませんよ。

 見るとカリーナ様もハンナちゃんの手を固く握っています。

 そしてフェイさんに手を引かれ森に足を踏み入れます。

 すると空気が変わりました。さっきまでは残暑が厳しくむっとしていたのに、ここにはまるで春のような爽やかな風が吹いています。
 何より空気の質が違います。なんと表現すればよいのか、詩的素養のない私には上手く言えませんが、凄く清らかな空気なんです。


 そして、目の前の光景にまたもや驚かされました。私はこの人たちと知り合って一生分の驚きを使い切った感じです。

 目の前に咲き誇る花達、プリムラ、アネモネ、ルピナス、ラベンダー、クリスマスローズ、咲く季節も、本来咲いている地域も違う花が同時に咲いているのです。
 呆気にとられている私にフェイさんが言います。

「ここが王家の森の中です。精霊が管理する森で普通の人は立ち入れないのですよ。
 今、ここの精霊達にエラさんとカリーナちゃんが来たら中に入れるように言いましたのでこれからは普通に入れますよ。
 あ、もう手を離しても大丈夫です。」

 一般に王家の森と言われているこの森は精霊の楽園で、生まれたての精霊を守るため人が立ち入ることができないそうです。
 王家の森と言いつつもここ二千年の間この森に立ち入った王族はいなかったそうです。
 現在立ち入れる王族は、フローラ様とミルト皇太子妃様の二人だけだとか、王様すら立ち入れないそうです。

 そんなところに私のような使用人が立ち入ってしまってよいのでしょうか?恐れ多い…。

 しかし、この光景を見ると精霊の存在を信じてしまいそうです…もとい、目の前で信じざるを得ない現象が起こりました。

 ハンナちゃんが何もない空間に何か話しかけるとしばらくして果実らしきものが二つハンナちゃんの手許までふよふよと飛んで来たのです。それを手に取るとハンナちゃんは一つをカリーナ様に分けています。

 馬車の中でフローラ様に伺った話では、精霊は体質があわないと見えないらしいです。
 どうもこの森には精霊がたくさんいるみたいです。ハンナちゃんは精霊にお願いして果実を取ってきてもらったそうです。
 さすがにこれを見せられたら精霊の存在を信じざるをえないと思いました。


 ひとしきり森の小動物と戯れる幼子二人の姿を見て和んでいたら、フェイさんが言いました。

「そろそろ、いい時間なので帰りましょうか。もう、ターニャちゃん達も寮に帰っている頃でしょうし。」

 え、王宮からは歩いて学園まで行くのですか、結構遠いですよ。
 そう思いつつもフェイさんに続いて精霊の泉まで戻ってきました。

「じゃあ、ちょっと目がクラッとするかも知れませんが、手を離さないでくださいね。」

 そこで、フェイさんはわたしの手を取って言いました。見ると反対側の手ではカリーナ様の手を握り締めています。ハンナちゃんはフェイさんの足にしがみ付いていますね。
  
 一瞬目の前が暗転し、気がつくとそこは「バスルーム?」でした。

「私、属性が水なので水のある場所にしか転移できないのです。」

 フェイさんがそう言いながらバスルームの扉を開くと、そこにはソファーで寛ぐターニャちゃんの姿がありました。

「あ、おかえりなさい。精霊の森にはちゃんと入れた?」

 ターニャちゃんは別段何事もないように言います。あ、これ、いつものことなのですね。
 フェイさんも精霊なんですね、そうじゃないかと思っていました。

 精霊の力でここまで転移してきたそうです、この力は上位の精霊しか使えないそうです。
 すごいですね、精霊の力…、なんでもありだ…。

 そんな事を考えながら周りを見回し、ハタと気がつきます。
 ここは学園の寮、今日から私もここに住むことになるのでした。
 それも、王女のフローラ様と一緒に、衝撃的なことが多すぎて失念していました。

 良く考えるとたとえ侍女としてでも王女様と一緒に住むなんて恐れ多いことです。
 私はこの環境に適応できるでしょうか…。



しおりを挟む
感想 217

あなたにおすすめの小説

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ 『壽命 懸(じゅみょう かける)』 しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。 だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。 異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...