精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第352話【閑話】こんな小娘に手玉に取られるなんて…

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「でもね、おじさん、客観的にどんなことが起こったかは情報を集めればわかることなんだけどね。
 それが、『黒の使徒』にとってどの位のダメージになっているかは分からないの。
 かすり傷程度のモノなのか、屋台骨を揺るがす程のモノなのか見当がつかないのよ。
 まあ、ザイヒト皇子が成人するまで待てなかったのだから、かすり傷と言うことはないよね。
 『黒の使徒』の全容が掴めていればある程度は想像出来るのでしょうけどね。」

 目の前の娘が俺にそんなことを言う。こんな小娘が『黒の使徒』の台所事情を知ってどうすると言うのだ。

 俺が、おいそれと自分が属する教団の窮状を話すとでも思っているのか。馬鹿にするなよ、俺だって末席とは言え幹部の一人、教団を売るような真似はせんぞ。
 もっとも、俺も正確なところは知らんのだがな。
 『黒の使徒』は、下部組織を使って帝国のあらゆる分野に進出していて、分野ごとの責任者以上でなければ教団の全容を知ることは難しいのだ。
 教団の全容を正確に把握しているのは教皇をはじめ、多分両手で数え切れるくらいの者しかいないだろう。

「そんなこと口が裂けても教えられるわけがないだろうが。
 だいたい、貴様みたいな小娘がそんなことを知ってどうすると言うんだ。」

 俺がそう言い放つと娘はさしたる感情も顔に出さずに言った。

「そう、素直には答えてくれないか。
 まあ、いいや、別に此方はそんなに急いでいる訳ではないから。
 おじさんはもうここから出ることは出来ないし、話が外に漏れる心配がないから教えてあげる。
 『黒の使徒』が随分と事を急いているようなんで、もしかしたら切羽詰っているのかなと思って。
 もしそうなら、この気に乗じて一気に『黒の使徒』に止めを刺しちゃおうかなと欲を出しただけ。
 ほら、中途半端に弱っているところに手を出して、教祖や幹部連中に資金を持って身を隠されたら困るでしょう。
 水面下に潜られたら根絶するのに手間が掛かるから。
 やるなら、相当弱らして逃げるに逃げられないところまで追い込まないと。
 こちらは、ザイヒト皇子を確保しているから別に急いでいないんだ。」

 今なんて言った、この小娘は?
 『黒の使徒』に止めを刺すといったか?
 しかも、この娘はそれがいとも容易く出来るような言い方をしおった。
 その言い方では、その気になればいつでも出来るみたいな言い方ではないか。
 小娘がいい気になりおって、年端のいかない子供が大人の世界に口を挟むなって言うんだ。

「大人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ、小娘!
 たかが、港町九つ程度で帝国中に根を張ってきた『黒の使徒』が揺るぐわけないだろうが。
 大体、止めを刺すって何だ、貴様等は教団の本部がどこにあるかも知らんだろが!」

 そりゃあ、どこも港町は利権が大きいから我々にとっては重要な資金源だったが、我々が実質的に支配している町全体からの収入から見ればまだ大したことはない。
 今回事を急いだのは、『黒の使徒』の排斥を声高々に叫ぶ第一皇子に感化されて我々の傘下の領主からこれ以上の離反者が出るのを防ぐためだ。
 第一皇子を排除して、ザイヒト殿下を皇太子に据えて見せれば、現在動揺している領主達に『黒の使徒』の基盤が磐石であること示せるからと考えたからだ。

 今のままだと、領主達に『黒の使徒』の基盤が揺らいでると疑われ、離反する領主がますます増える恐れがあるからな。
 まあ、ザイヒト殿下を皇太子に据えた上で、救済神官を派遣して見せしめに離反した領主の一人も血祭りに上げてやれば動揺も収まるだろうと考えた訳だ。

 すると、娘は一言呟いた。

「スタインブルグ…。」

 えっ、今なんて……。

「スタインブルグでしょう?教皇がいるのは?」

「貴様、何でそれを知っている!」

 帝都にある教団本部はダミーであり、実際はスタインブルグにあることを知っているのは極僅かな幹部だけだ。俺だって、幹部に昇進したときに初めて教えられたのだ。
 それを何で、こんな小娘が知っているんだ。

「あっ、やっぱり?おじさん、ザイヒト皇子の事言えないじゃない。
 少しは頭を使おうよ、秘密な事ならカマをかけられていると疑って惚けるところでしょう、そこは。」

 この娘、俺にカマをかけたってか、どこまで人をコケにすれば気が済むのだ。

「でも、おじさんの言い振りを聞くとまだ息の根を止めるほど弱ってはいないようね。
 もう少し内陸部の領主達を『黒の使徒』から離反させて弱らせたほうが良いみたいね。
 わたし達はザイヒト皇子だけおじさん達の手に渡さなければ良いのだけど、おじさん達はザイヒト皇子を確保した上でケントニスさんを暗殺しないとならないのだからこっちが有利ね。
 しばらくはのんびりと帝国から『黒の使徒』を排除する活動を続けさせてもらうことにするわ。」

 そう言ってこの娘は自分達のしていることを俺に話すのだった。
 俺達に不利な情報やこの娘と第一皇女に好意的な情報、それに第一皇子の我々の不正を糾弾する情報がやけに早くしかも正確に伝わると不思議に思っていたが、この娘達は帝都の商業組合を抱き込み商人の情報網を通じて意図的に拡散していたらしい。

「知ってる?東部辺境からオストエンデまでの地域はもう『黒の使徒』に従う人はいないわよ。
 まあ、人の少ない地域なんでおじさん達は大して気にしてないのでしょうけどね。
 でもね、帝国に住む人たちはどう思うでしょうね、あの広い辺境部が『黒の使徒』の影響下から逃れたと聞いたら。
 おじさん達は傲慢だから民衆を馬鹿にしているけど、民衆の力を侮ったら痛い目にあうわよ。
 ルーイヒハーフェンに送った救済神官みたいにね。」

 確かに、ルーイヒハーフェンでは百人もの救済神官が返り討ちにあうとは思ってもいなかった。
 もし、残りの二百人余りの救済神官が団結した民衆にやられてしまえば、我々は民を恐怖で押さえつける術を失ってしまう。

 この娘達の慈善活動とやらを止めさせないと我々は大変なことになるのではないか。
 俺達は帝都の貴族や領主達を抑えておけば、民など諾々と従うものだと考えていた。
 極一部の従わない者には救済神官を送り付けて見せしめにすれば、民なんか逆らえなくなると。

 だが、こいつ等が民に施しをして回り、それを第一皇子や第一皇女が称えると共に民から搾取する我々を糾弾する。そんなことを続けられたら、民は『黒の使徒』に従わなくなるではないか。
 しかも、その状況は刻々と商人の口コミで帝国中に広がってしまう。
 拙い、俺達は目の前の娘を侮りすぎていた。
 この娘は民を味方に付けることで、最初から『黒の使徒』を潰しにかかっていたんだ。

 俺は何とかして教団本部にこの事を知れせる手立てはないものかと思案していた。
 そのとき、この娘はとんでもないことを言ったんだ。

「そうそう、『黒の使徒』が牛耳っていた魔晶石の流通管理、これからは帝都の商業組合が担うことになるから。」

 なんだ、それは……。魔晶石は魔導具の稼動に必要不可欠な物、都市部の中流以上の者にとって魔導具は生活に欠かせないものだ。
 その、魔晶石の流通を圧倒的なシェアで牛耳ってきたのは我々で、最も重要な資金源の一つだ。
 それを、商業組合に移すだと、そんことは出来るわけないだろう。

「おじさんの仲間のギリッグが瘴気の森で経営していた製材所、経営が成り立たなくなって撤退したんだって。
 いい迷惑だよね、各地のスラムから不良少年を集めておいて、放っぽったまま自分達だけいなくなったらしいよ。
 少年達が仕事をなくして辺境で野盗みたいになられても困るから、そのまま魔獣狩りを続けてもらうことにしたんだって。
 本人達もそう希望しているし、そこそこ魔獣狩りのスキルも身に付いている様だしね。
 そのために、帝都の商業組合があの村に魔晶石の買取所を設けることになったの。ついでに近隣の村々からも魔晶石を買い取るみたい。
 だから、魔晶石の流通ルートがこれまでとは違ってくるのよ。
 これからは、『黒の使徒』より帝都の商業組合の方が魔晶石の取り扱いが圧倒的に多くなるわ。
 あっ、帝都の商業組合にはケントニスさんの派閥の貴族から護衛を付けて貰ったからね。」

 なんだって、ギリッグの製材所を閉鎖するなんて聞いていないぞ。たしかに、このところ業績が下降気味なんで気になってはいたのだが。

「おい、ギリッグの製材所が閉鎖されるなんて聞いていないぞ。
 それこそ、俺にカマをかけてるのだろう、何を聞きだすつもりだ。」

 すると、この娘はまたもや信じられないことをいいやがった。

「別にカマかけなんかしてないよ。
 知らなくて当然だよ、夜逃げ同然でいきなりいなくなったのは二週間ほど前だもの。
 よっぽど、スラムの少年達に恨まれるのが怖かったのね。早朝、みんながまだ寝ている間に『黒の使徒』の連中だけいなくなったそうだよ。」
 
 二週間前だと?ここまで、海路を使っても二ヵ月はかかる場所じゃないか。
 それこそ、嘘に決まっている。
 そんな思いが顔に出ていたのだろうか、娘が言った。

「情報伝達速度の差、これがわたし達が『黒の使徒』に絶対負けないと思っている根拠だよ。
 わたし達が『黒の使徒』に勝てると思っているのは、何も根拠のない思い上がりではないのよ。
 おじさん達が自分達に何が起きているのかを知る大分前にわたし達はそれを知る方法を持っているの。わたし達の方が圧倒的に有利でしょう、常に先手を打てるのだから。
 どうやっているかは勿論教えないよ、わたし達の切り札だから。」

 そう笑いながら言った娘の顔は俺には悪魔の微笑みに見えた。
 どうやら、俺達は敵に回してはいけない奴を敵に回してしまったようだ。

 しかし、俺が何でこの娘が『白い悪魔』と呼ばれているのかを真に思い知るのはこの後であった。
 
「まあ、大したことは聞けなかったけど、まだ追い詰めきってないことは分かったから良しとするわ。
 じゃあ、おじさん、今まで人々を虐げてきた償いをしてもらうね。
 この国には死刑はないから、おじさんは終身強制労働になると思うんだ。
 もちろん、裁判の判決しだいだから、実際にどうなるかわたしには分からないけどね。
 でも、おじさん達は魔法が得意だから魔法を使って逃亡されたら困るのよね。
 だから、魔法を取上げちゃうね。」

 いったいこの娘は何を言っているのかと思ったら、視界が眩い光に包まれた。
 気付くと既に娘は目の前から立ち去っていた。
 ふと、体の違和感に気付いた俺は自分の手を見たのだが。

「白い……。」

 そう、俺の手は『色なし』のように真っ白になっていた。
 ハッと気付いて体内の魔力を探ると魔力が感じられない、あの娘は最後に何と言った。
 魔法を取上げると言ってなかったか、あの娘は神から授かりし魔法を奪うことが出来ると言うのか。

 『白い悪魔』……、部下が言っていたのはこの事であったのか。
 まさか、本当にこんなことが出来るなんて……、キチンと話を聞いておくのだった……。 

 

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