精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ

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第13章 何も知らない子供に救いの手を

第353話【閑話】迎えに来てくれた人

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「ほら、お食べ。」

 お腹を空かせたネルに、優しかったお姉ちゃんがごはんを分けてくれたの。
 これがネルの覚えている一番古い出来事、スラムに来て間もない頃のこと。

 これより前のことは覚えていない。
 ネルはスラムに捨てられたらしいけど、お父さんやお母さんの顔もそれまでどこに住んでいたのかも覚えていないの。
 子供には必ずお父さんとお母さんがいるって、他の子に聞いたけどネルは顔を見た覚えもない。

 そんなネルにはスラムのみんなが家族だったの。
 その中でも、最初にごはんを分けてくれたお姉ちゃんが一番優しくしてくれて、お母さんって人がいるならこんな人なんだろうなと思った。

 スラムの中でも大きなお兄ちゃんやお姉ちゃんが、魔法で飲み水を出すやり方や火を点けるやり方を教えてくれたの。
 スラムでは年上の子が年下の子に生きていく方法を教えるんだって、そうやって大人になるまで何とか生き延びるんだと言われたの。
 ネルはスラムで一番小さかったから、みんなが優しくしてくれたよ。

 その中でも、厳しく注意されたのはネル達小さな子供は絶対にスラムから出ちゃダメということ。
 スラムの子供は町の人から嫌われていて、スラムの外に出ると虐められるから絶対に出るなって。
 特に『色の黒い人』は悪い人で、子供を殴ったり蹴ったりするから絶対に近付いちゃだめだって。

 でも、暑くなるとスラムの中は凄く臭くなるの。
 ある日、息をするにも苦しくて我慢できずにスラムから飛び出したら、いきなり蹴飛ばされた。
 地面に倒れた痛みで蹲っていたら、スラムの子供は汚いからスラムから出て来るなって言われた。

 ネルは凄く悲しくなった、好きで汚いわけじゃないもん、スラムの子供はきれいな空気を吸っちゃいけないのって。
 でもそれで、ネルは大きなお姉ちゃんたちの言うことは守らないとダメって分かったの。 
 その話を大好きなお姉ちゃんに話したら、お姉ちゃんは悲しそうな顔をして言うの。

「ごめんね、不自由な思いをさせて。
 でも、私達スラムの子供は町の人の邪魔にならない所でひっそりと生きていく他はないの。
 町の人の機嫌を損ねるとスラムからも追い出されちゃうかもしれないから。」

 そして、ネルを優しく抱きしめてくれたの。
 なんで、お姉ちゃんが謝るの?お姉ちゃんが悪いわけじゃないのに……。
 
 その後、お姉ちゃんは教えてくれたの。
 ネルたちは屋根のある家の中で暮らせるからまだましなんだって。
 この家は空き家でネルたちは勝手に住んでいるらしい、町の人が子供達を哀れんでタダで住み付いている事を見逃してくれているんだって。
 だから、町の人の機嫌を損ねる訳にはいかないって。

 うん、分かった。これからは勝手に外には出ないから、そんな悲しい顔しないで。

 そんな優しいお姉ちゃんは突然いなくなっちゃった。
 その日は、お姉ちゃんは起き上がることが出来ずずっと寝ていたの。
 お姉ちゃんの手に触れるととても熱く、酷く汗をかいてうなされていたの。

 固い床に寝たままお姉ちゃんは途切れ途切れにネルに言ったの。

「ネルちゃん、ごめんね。ずっと一緒にいてあげられなくて。
 お姉ちゃんがいなくなっても、元気でいてね。
 周りのみんなと仲良くするするのよ。
 そして、無事に大人になってね……。」

 それが、最期に聞いたお姉ちゃんの声だったの。

 翌朝、目が覚めるとお姉ちゃんはいなくなっていた。
 お姉ちゃんがどこに行ったのかを聞いてもみんな悲しそうな顔をするだけで答えてくれなかった。

「あの子は遠くへ行っちゃったのよ。もう帰って来れない遠い場所に。
 ネルちゃんも、あの子が安らかに眠れることを祈ってあげてね。」

 一番大きなお姉ちゃんが、ネルにそう言ったの。
 ネルには意味が分からなかったけど、もう会えない事だけは分かった。
 とても悲しくて、ワンワンと声を上げて泣いた事は覚えている……。

 スラムにいるネルたちは、病気になっても治癒術師に診てもらうお金も薬を買うお金もないから大人になるのが難しいって、一番大きなお姉ちゃんが言っていた。
 だから、スラムの子供の目標はお金を稼げる大人になるまで生き延びることなんだって。

「ネルちゃんはあの子の分まで頑張って無事に大人になるんだよ。」

 一番大きなお姉ちゃんがネルにそう言ったの。
 優しかったお姉ちゃんにも言われたし、ネルはちゃんと大人になるよ。

 薬を買うお金や治癒術師に診てもらうお金があれば、お姉ちゃんと別れないで済んだのか…。
 この時、ネルは病気にならないように気をつけようと思ったの。
 同時に、薬か治癒術師に払うお金があれば病気が治ることも知った。


 でも、スラムには病気以上に怖いものがあったの。
 それが、『色の黒い人』の集団、あいつら、スラムに来ては子供達を蹴ったり殴ったりするの。
 あいつら、気に食わないことがあるとスラムの子供達に八つ当たりするんだって。
 しかも、時々スラムの子供をさらっていくの、あいつらにさらわれた子供は帰ってこないので何をされているか分からないって。きっと、酷い目に合わされているんだろうって。

 だから、ネル達はあいつらがスラムに入ってきたらすぐに隠れるの。
 でも、少し年上のお兄ちゃんが「あいつらなんか追い払ってやる」って言って、あいつらに向かって行っちゃった。
 大人に勝てる訳ないのにと思って、物影から覗いていたらやっぱり酷い目に合わされていたの。
 しかも、そのまま連れて行かれちゃったの。
 それからは、あいつらを見たらみんな一斉に逃げるようになったの。

 ある朝、目が覚めたらリリちゃんという、ネルよりちょっと大きな子がいなくなっていたの。
 リリちゃんは、魔法が使えない『色なし』だから親に捨てられたんだと言われていたの。
 スラムでも飲み水を他の子に分けてもらう時、いつもすまなそうな顔をしていたの。
 スラムのみんなはそんなの気にしないし、リリちゃんは凄く優しいからみんなに好かれてたの。
 リリちゃんと一番仲の良かった子はワンワン泣いているし、リリちゃんを一番可愛がっていたお兄ちゃんは懸命になって探していた。
 でも、見付からなかったの。あいつらにさらわれたらしいって、お兄ちゃん達が言っていた。
 今までも、夜寝ている間にさらわれることがあったんだって。

 もうリリちゃんにも会えないんだね、その時はそう思っていたの。


     **********


 ネルたちは、町で宿屋をしているおじさんや酒場をやっているおじさんから残った食べ物を分けてもらってなんとか生きている。だから、いつもお腹を空かせているの。
 毎日食べ物を得ることにしか気が回らないから、リリちゃんのことをみんな忘れかけていたの。

 そしたら、リリちゃんが戻ってきたの。
 ネルたちの救いの手を差し伸べてくれる聖女様を連れて。

 その晩、一番年上のヤンお兄ちゃんがみんなを一ヶ所に集めたの。
 そして、リリちゃんが貴族のお嬢様を連れて戻って来たと言った。
 そのお嬢様がこのスラムにいる子供達全員を助けてくれると言っているんだって。

 ヤンお兄ちゃんはそんな上手い話はないと思っているけど、リリちゃんが絶対嘘じゃないって言ってるんだって。

 みんなどうしたいとヤンお兄ちゃんは訪ねるけど、ネルにはよく分からなかった。
 結局、年長のお兄ちゃんたちが直接話を聞いてみたいということになり、翌日そのお嬢様から話を聞くことにしたの。
 みんな、お嬢様の話が本当ならスラムを出て行きたいって言っていた。


 そして、翌日、きれいな服を来たリリちゃんを連れて、そのお嬢様はやってきたの。
 ターニャおねえちゃんと名乗ったお嬢様は、ポルトという町にわたし達のために孤児院というものを用意したと言った。

 なんでも孤児院というのは、ネル達みたいに親のいない子供を大人になるまで保護してくれる施設らしい。
 ターニャお姉ちゃんが住んでいる国にはあるのが当たり前の施設なんだって。
 国とか施設とか言われても何のことか分からないと思っていたら隣いたお姉ちゃんが、ごはんを食べさせてくれて、寝る場所と着る服を与えてもらえるようだと教えてくれた。
 ターニャお姉ちゃんは色々と難しいことを言って、お兄ちゃん達と色々と話していたけど、ネルにもわかることを言った。

「学校に通う歳になるまででやってもらうのは、孤児院の掃除、洗濯、食事の準備や後片付けのお手伝いくらいですよ。
 それまでは、食べて、寝て、元気に育つことがみんなのやるべきことです。 」

 この言葉を聞いた時、ネルはターニャおねえちゃんに付いて行こうと思ったの。
 だって、『元気に育つこと』は優しかったお姉ちゃんが最期に願ったことだったから。

 ターニャお姉ちゃんの話を聞いてみんなの殆んどが孤児院のお世話になることになったの。
 スラムを出る前にみんなにキレイな服が配られたんだ。

 でも、その前に奇跡が起こったの、ターニャお姉ちゃんが何か言うとネルたちは明るい光に包まれたの。
 光が収まったら、ネルたちはみんなピカピカにキレイになっていた。
 ネルたちが着ている汚れて茶色くなったボロ布は真っ白になっていたし、ベタベタだった髪の毛はサラサラになっていた。なによりも、ボロ布も、体も、部屋の中まで全然臭くないの。
 ターニャお姉ちゃんはすごい魔法使いだったんだ。

 そして、ネルたちは生まれて初めて着るキレイな服に着替えてご機嫌でスラムを出たの。
 港まで来て白く光る一際大きな船に乗り込むと皇太子妃だというミルト様が出迎えてくれたの。
 皇太子妃と言われても、どんな人かわからないと思っていたら、凄く偉い人だと教えられた。
 この町の領主様よりずっと偉い人なんだって、そう言われれば分かるよ。

 で、ミルト様が言ったの。

『ようこそ、よく来たわね。
 オストマルク王国はあなた達を歓迎するわ。
 これからよく食べて、よく勉強して立派な大人になってくださいね。』 

 ここでも、一番聞きたかった言葉を聞かせてもらったの。
 ネル達はちゃんと大人になれるんだ、そう思ったら凄くうれしくて涙があふれたきた。
 ……でもちょっとだけ悲しかったんだ。
 その言葉は、あの優しかったお姉ちゃんがいる間に聞きたかったって。



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